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嘘発見器に愛を問う(ショート)

「人類は進化を続け、多くの葛藤を克服してきました。狩猟や農耕に短い人生の全てをかけていたあの頃、狭い領土を取り合い血で血を洗う争いを繰り広げていたあの頃、深刻な環境汚染によって傲慢にも我々以外の生命をないがしろにしていたあの頃。どんなときも、人類の悩みの種を解決してきたのは、無数の知恵と、小さなイノベーションの積み重ね、そして、この世の誰もが唯一生まれながらに手にしている、誰にも奪うことのできない、『隣人への愛』でした。そして現在、我々人類はこれまでにないほど平和で自由な世界を築き上げています。生命を維持するために忙殺されることもなく、自らの利益を守るために他者を蹴落とす必要もない。ただただ個人があるがままの生を享受できる時代が訪れました。そう、誰もが、現代を人類の到達点と思って疑わずにいました。……まさかここにきて、これまで人類の発展を支え続けた『愛』が、高く分厚い障壁に様変わりし、人々が『愛』の袋小路に迷い込むことになるとは誰が予想したでしょうか。ここで、興味深いデータをご紹介しましょう。(中略)以上のとおり、少子化による人口減少、旧婚姻制度等を利用したパートナー数の減少は極めて深刻化しております。そしてこのグラフにあるように、子供を作らない、パートナーを持たない理由のトップが、『愛とは何か分からない。』なのです。……比較的、年齢層が上の方には信じがたい話かもしれません。愛とは何か。それは、これまで一部の哲学者や、あるいは思春期、青年期において一時的に背負わせられる類の重い重い命題でした。今それが、年齢も地域も問わない無差別爆撃のように人類を襲っているのです。(中略)ここまで、大変暗い話をしてきましたが、本日は私、警鐘を無暗やたらに打ち鳴らし、皆さまの焦燥感に火をつけておさらばするような、そんな無責任なことはいたしません。私は今日、この新たな人類の葛藤を終わらせるためのアイテムを用意しております。(中略)きっかけは、息子との何気ない会話にありました。矛盾するようなことを言いますが、息子には仲良くしているパートナーがおりまして。親としては息子の成長を微笑ましく思っていたのですが、当人はなんだか浮かない顔をしている。何事かと思って事情を尋ねると、言うのです、『父さん、僕は、パートナーのことを愛しているのだろうか。この気持ちは何なのだろうか。』と。(中略)つまり、彼らは『愛』が分からないわけではないのです。ただ、自分の『愛』に自信が、確信が持てないだけなのです。(中略)では、皆さまずっと気になっていたことでしょう。こちらの布を取り去って、ご覧いただきましょう。現代の救世主、我々の知恵とイノーベーションの新たな結晶でございます。どうぞ!…………何の変哲もない、ただの鉄の玉に見えることでしょう。ですがこちら、内部には超高性能AIナノモニタリングマシンが数万個搭載されており、手にした者の心拍数体温血流交感神経副交感神経ホルモン電気信号等々等々をこと細かに分析解析しまして、ありとあらゆる『嘘』を見破ることのできる、新時代の嘘発見器なのです。……これがどうして人類を救うことになるか、お分かりでない方もいらっしゃるでしょう。皆様は『自分に嘘はつけない。』という言葉を御存知でしょうか。そう、自分に嘘はつけない。人の目はごまかせても、自分にだけは嘘をつけない。と言うことは、自分の気持ちが本当か嘘かは、自分自身に聞いてみるしかない。自分自身の、身体に。そうです。この嘘発見器を握りしめ、声に出してみましょう『私はこの人を愛している。』と。そうすれば、自らが答えを教えてくれるでしょう。この、嘘発見器を通じて。(中略)ありがとうございました。購入受付は会場を出てすぐ右側でございます。注意点として、悪用できないよう、反応する言葉には制限があります。『私はこの人を愛している。』というセリフにだけ反応するのです。詳細は添付の説明書を……。」
 
 新世代の嘘発見器は飛ぶように売れました。息子や娘が心配だ、親として購入しない手はないと言う保護者の顔には、自らが試したくてうずうずしている好奇心がありありと浮かんでいるのでした。
 人類に貢献したいという無償の気持ちから嘘発見器を研究してきた博士も、売上を見てさすがに顔をほころばせます。
「これほど多くの人に必要とされる物を発明したことは、科学者冥利に尽きる。」
 コンピューターの画面を見ながら博士が満足そうにつぶやいていると、血相を変えた様子で助手が部屋に駆け込んできました。
「は、は、博士大変です。」
「どうした。」
「バグです。嘘発見器に致命的なバグがみつかりました。」
「何だって、一体どういう。」
「愛に関する質問をすると、嘘発見器は全て真実と判断してしまうようなのです。」
「そんなまさか。」
「本当です。確認の実験もしました。」
「そのことは外部には。」
「いえ、まだ。」
 そのとき部屋の電話が鳴りました。
 博士は冷や汗を流しながら電話に出ます。
「はいもしもし。」
 電話の相手は総理大臣でした。
「博士。あの嘘発見器が普及してから、少子化とパートナー合意数が劇的に改善しているよ。素晴らしい。ここだけの話ね、若者ばかりでなく、結婚してそこそこの中年夫婦の間にもベビーブームが起きつつあるらしい。ははは。愛の確認というのは大事なものだね。そのうち何かしらの賞を授与するから楽しみに待っていたまえ。」
「あ、あの。」
 博士が何か言う前に電話は切れてしまいました。
 事情を聞いた助手は一層青ざめます。
「ど、どうしましょう。」
「どうもこうも。正直に発表するしかないでしょう。」
「……ですが博士、実際に少子化等の問題は解決しているのです。ここでわざわざ水を差す必要はあるのでしょうか。」
「そんな不誠実なことができるか。大丈夫、君に累は及ばないようにしよう。持ち場に戻ってくれ。」
 助手は渋々といった様子で部屋を出て行きました。
 博士は謝罪文の作成に取り掛かりますが、ここで1つの疑念が浮かんできました。
「『愛』に関する質問でだけバグが起こるなどあり得るのだろうか。」
 結局、博士はその疑問から一歩も前に進むことができず、嘘発見器はそのまま流通を続けました。多くの人々が『愛』に関する悩みや葛藤から解放され、幸せになりました。
 博士はただ一人、愛の袋小路から出ることができなかったのでした。

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