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ラッキーアイテム(ショート)

 占い師さんにこんな話をするの変だとは思うんですけど、ちょっと聞きたいことがあって。これ、悪いのは私でしょうかって話なんです。
 ラッキーアイテムってあるでしょう。持っていると運が向いてくるってやつ。
 あれでね、私、100万円って言われたことがあるんです。
 現金で100万円。いや、おかしな話ですよね。100万円なんてそんなの、誰にとっても毎日ラッキーアイテムじゃないですか。
 でも当時はね、ラッキーアイテムって言われたからには何とかしないといけないと思って、小学生だった私は悩んで悩んで、近所に住んでた老夫婦の家のことを思い出したんです。
 うちは田舎だったもんで、どの家も扉は開けっぱなしで、特に子供なんてどこに出入りしたって怒られるようなもんじゃなくてね。そんなんだから、その、親戚ってわけでもない老夫婦の家にもね、何度か遊びに行ったことがあったんです。
 老夫婦の家にはですね、でかい金庫があったんですよ。いつもは茶の間でお菓子食べて帰るだけですけど、その日は、トイレに行った後だったかな。廊下を左に戻ればすぐ茶の間なんですけど、なんとなく、この右に続いてる薄暗い廊下の先には何があるんだろうって思っちゃってね。行ってみたことがあったんです。探検気分で。
 そしたら、少し広めの和室があってね。こんな部屋もあるんだなってきょろきょろしてたら、部屋の隅にね、金庫が置いてあったんです。真っ黒の。子供なら1人入れちゃうくらいのサイズのね。私、ちゃんとした金庫を見るの初めてで、興奮しましたね。最初はペタペタ叩いてたんですけど、やっぱり中身が気になってくるじゃないですか。
 どうせ開かないだろうと思いつつ、ダイヤルをがちゃがちゃ回してみたんです。そしたら、ガチャって手ごたえがあって、まさかと思ってそのまま手を引いたらね、扉が動くんですよ。
 うわあ、開いたって思ったその瞬間、後ろから「コラッ」ってじいさんが大声で怒ってきて。金庫が開いた驚きと、急に怒られた驚きで、私その場で泣いちゃいました。
 じいさんに手を引かれながら茶の間に戻りましてね。泣いてからはじいさん優しかったな。優しく、「人の家の奥まで勝手に行くもんじゃない。」とか「勝手に金庫は開けちゃだめだ。」って、普通ですよね。そんな普通のことを言われました。
 それから、金庫のことは忘れられませんでしたけど、怒られるのも怖かったんで、その部屋に行くことはなかったですね。
 でもね、100万円って聞いたら、他に方法が浮かびませんでしたね。あの金庫のたたずまいを思い出して、間違いなく100万円はある、もう行くしかないって、学校早退してね、老夫婦の家に向かったんですよ。
 どきどきしながら家の中に入ってね。確か、じいさんの方はどっかで仕事してたかな。茶の間からはテレビの音が聞こえたんで、ばあさんがいるのは分かりました。いつもなら、「お邪魔します。」なんて言いながら茶の間にずかずか入って行くんですけど、そのときは、そっと静かに、奥の和室に向かったんです。
 前に見たときと同じ位置に金庫はありました。部屋の薄暗さも全く同じで、時が止まっているような感じでしたね。何度、後ろを振り返ったか覚えてないですけど、できるだけ静かに、周りの様子をうかがいながら、ダイヤルを回していきました。でも、これにすごく時間かかりましてね。前はやっぱり運が良かったんでしょうね。
 それでも100万円が欲しい一心でずっとがちゃがちゃ数字を確認していったら、ようやくあのときと同じ手ごたえを感じまして。さあ開けるぞという瞬間に、おじいさんの声がしたわけですよ。そこまで前と同じじゃなくても良いもんなんなのに。玄関の方から「ただいま」って声がして、足音がね、こっちに向かって来るんです。まずい。隠れないと、まずい、やばいって思うけど、本当にね、何もない部屋だったんです。金庫以外。
 でね、もう数歩でこの部屋に来るってタイミングで、意を決して金庫の中に入ったんです。
 金庫の中に入ったら、外の音は全然聞こえませんでした。まるで別世界、深海、土の中、何と言ったら良いかな。とても、安心感がありました。後ろめたいことをしていたからなんですかね。いやでも、あのときの安心感は、万人共通だと私は思います。だって、誰だって、人生は子宮から始まるでしょう。
 まあとにかく、そのときの私は、この心臓の音が聞かれる心配はなさそうだと思ってほっとしてました。そして、じっとしとけば良いのに、気になってしょうがなくてね、手探りで何があるか探し始めました。
 最初は、がっかりしました。なんだか、端っこの方に書類が少しと巾着みたいのがあるだけだったんです。なんだよ、大きな金庫のわりにこれだけかって。もしも満杯だったら、私隠れられてないのにね。
 でも、巾着の中に手を突っ込んでみたらお札の感触がありましてね。暗闇の中で数えてたんです。そしたら、ちょうど100枚だったんですよ。びっくりしました。何にびっくりしたかって、その薄さというか、実体のなさというかね。100万円と聞いて想像するような重みを全く感じなかったもんですから。だから、お札じゃなくて商品券が入っているんだと思いました。
 結構な時間金庫の中で過ごして、いい加減息苦しくなってきた頃にね、内側からそっと金庫を開けたんです。部屋にはもう誰もいなくなってました。入ったときよりももっと薄暗くなっていたけど、こっちは金庫の中にいたんですから、目が慣れてむしろさっきよりよく見えてましたよ。そこでね、手元にある紙束が、本当に100万円なんだって分かったんですよ。
 最高の気分でしたね。そこからは、なぜか堂々と家を出ましたね。見付かる気がしなかった。なんたって、ラッキーアイテムがあるんだから。
 それで家に帰りまして、姉に報告しようとしたんです。
 姉なんですよ。私のこと毎日占ってたの。
 占うって言っても、ラッキーアイテムを教えてくれるだけなんですけどね。
 姉がいつものようにね、部屋に来いって言うから付いて行くんです。姉はまさか、私が100万円用意できてるとは思ってなかったんでしょうね。いつもならラッキーアイテムを持ってるかどうか確認されるんですよ。持ってたら、それを姉に渡してね、そうすると幸いなことに嫌なことをされなくて済むんですよ。ただその日は、いきなり首を掴まれて壁に押さえ付けられたので、私は急いでポケットから札束を取り出したんです。
 姉は、びっくりしてましたね。そりゃそうですよ。まさか小学生が100万円なんて用意できるとは思ってなかったでしょうし。
 でも、そこから厳しい尋問が始まりましてね。こんなんなら嫌な目に遭っとけば良かったと思いました。姉にいじめられたくなくて盗みをやる子供ですからね、すぐにぺらぺら話しましたよ。姉は、珍しく私の話を邪魔せずに聞いてくれていたな。それで、このことは誰にも言わないようにきつく言われて、その日は終わりました。
 でも、そのすぐ次の日ですよ。朝ご飯の後、父親が仕事に行って母親が洗濯してて、リビングに姉と私だけになる時間。その時間が占いの時間なんですけど。その日のラッキーアイテムが、まさかね、金庫だったんですよ。さすがに、持って来れるような大きさじゃないんだってたどたどしく説明しました。滅多に反抗しなかったですけど、そのときはね。もう、あの家に入りたくなかったですし。すると姉は、道案内さえすれば良いって言うので、安心したような、また行かないといけなくて憂鬱なような、複雑な気持ちでしたよ。
 姉に、連日で早退するのは怪しいからって言われたので、その日は最後まで授業を受けて、家で姉の帰りを待ちました。姉は早退したんでしょうね。いつもならパートに出ている母親より帰りが遅いんですけど、その日はまだ日が出ているうちに帰ってきました。
 姉を案内しながら、あの老夫婦の家に向かいました。ちなみに、姉はあんまりね、田舎の人間関係を好いていなかったから、他所の家の人とは全然関係なかったですね。
 家の中に入ると、昨日と全く同じような感じで、茶の間からはテレビの音が聞こえて、廊下は薄暗くてずっと奥の方まで続いてるように見えて。昨日のことがばれてないようで安心しましたけど、なんだか、昨日よりも不気味な感じがしましたね。いつ来ても、同じ過ぎるような気がして。
 姉に小突かれたのをきっかけに、私が先頭になって歩き始めました。音がしないよう気を付けても、1分もせずに和室には着くんですけどね。
 和室の風景も、最初に見たときのまま、昨日のままって感じでね。姉に言われるまま、金庫のダイヤルを回しました。とは言え、昨日開けたばっかりですから。数字の雰囲気は覚えていたので、かなり早めに開けられました。
 でもね、そこから、なかなか扉を開ける気がしなくて。何といっても、開けようとしたらあのじいさんが来るっていう状況が続いていましたから。
 そうやって私がもたもたしているのが気に食わなかったのか、姉に軽く突き飛ばされて。姉が金庫を開けました。じいさんは来ませんでしたね。
 そして、姉が金庫の中に身体半分以上入れてね、中を確認し始めました。ぼんやりと、私には意味の分からなかった書類も、この人からすれば何か役に立つのかななんて思ってました。
 なぜか、絶対にじいさんが来ると思ってたので、私そこで気が抜けましてね。
 期待してたんでしょうね。きっと。こういう、姉の後ろに立たされている自分を、見付けてもらえるって。
 でも現実には、私が金庫を開けようとすると、頼んでもないのに出て来るじいさんは今日に限って来ないし、ばあさんは何も知らずにぼーっとテレビ見てるし、父親は仕事しているか眠っているかだし、母親は姉のことを溺愛してるし、そういう現実が、急に頭に浮かんできて気分が滅入ってきたところで、それまた急に、前の日のことを思い出したんですよ。
 金庫の中のこと。
 金庫の中、良かったなあって。
 自分を傷付ける相手がいないというのはあんな感じかもしれない。
 姉がいない世界というのが、あんな感じかもしれない。
 それでね、思いっきり金庫の扉を閉めて、ダイヤルをぐちゃぐちゃに回したんですよ。
 一瞬、姉の怒声が聞えた気がしましたけど、扉を閉めてからはうんともすんとも聞こえなくなりました。その後は、急いで家に帰りました。
 それからの日々は、本当に晴れやかでしたよ。身近に脅威がないってこういう生活なんだなって思いました。姉の友達たちが定期的に我が家に集まろうが、両親が姉を泣いて探してスピリチュアルに走ることになろうが、そんなのどうでも良かった。姉はもう別世界にいるんだってだけで気持ちが明るくなりました。
 そりゃ、金庫のことはずっと気掛かりでしたけど。でも、姉がいなくなってそれほど経たずにばあさんの方が施設に入ることになりまして。残されたじいさんもみるみる老けてね。いつだったか、じいさんの方は間違いなく亡くなりました。
 それからも老夫婦の家はずっとそのままなんです。社会人になってからもちょくちょく見に行ってますけど、あの部屋はずっと変わらないんです。もしも金庫を開けたら、そのまま姉が出て来そうで、嫌なくらい。
 話が長くなりました。
 まあようは、悪いのは、占いなんですよ。
 私はラッキーアイテムを用意して、活用しただけなんですよ。そうでしょう。100万円だって、金庫だって、言われなかったらあんなことしてませんよ。
 あんた、うちの両親に何か言ったみたいですね。探し物はすぐ近くにあるだとか、金属の箱がどうとか。
 多分、適当なこと言っただけなんでしょうね。探しものなんて身近にあるもんだし、今の世の中、金属の箱ばっかりだし。
 でも、それでうちの親がその気になってるから、すごい困ってるんですよ。やっぱ、占いなんてろくなもんじゃない。
 あんたに、もう二度と会わせるわけにはいかないんです。
 どうですか。どれに入りたいか、選ばせてあげてもいいですよ。
 でかいのから小さいのから、色々あるでしょう。どれも高いんですよ。
 私の人生、これを買い集めるためにあるようなもんですよ。
 だって、あの日から私のラッキーアイテムずっと金庫のままなんですよ。
 

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