(13)チェーホフからのメッセージ
チェーホフは神の存在を信じていなかった。
この事実は、チェーホフがモスクワ大学で医学課程を修了した医師であり、合理的・近代的な知性と科学的な精神の持ち主であったことと、当然関連があるだろう。
それと同時に、チェーホフの無神論には自身の生い立ちも深く関わっていた。彼は、子ども時代に父親から相当に厳格な宗教教育を押し付けられたようだ。伝記作者は、チェーホフが三十二歳の時に書いた友人あての手紙から次のような一節を引用している。
「僕は子供の頃宗教教育を受けて育ちました。合唱隊で歌い、教会で使徒伝や詩篇を朗読し、朝の勤行にも几帳面に出席し、祭壇の手伝いをしたり、鐘楼で鐘をついたりしたものです。それがどうでしょう? 自分の少年時代を今思い出してみると、それは陰鬱な色におおわれているのです。今となっては、僕のなかに宗教心はありません。……」(アンリ・トロワイヤ、村上香住子訳『チェーホフ伝』中央公論社、1987)
筆者は、このシリーズの第1回で、チェーホフはドストエフスキーと問題意識を共有していたと述べた。第2回では、より直接的に、チェーホフが作品をつうじて「人間の生活はいかにして虚無の意識を克服しうるのか」という問題に取り組んだのではないかと述べた。
「人間の生活はいかにして虚無の意識を克服しうるのか?」
その答えを探りながら、チェーホフの中期以降の小説作品を読み進めてきた。この究極の問いに対して、神への信仰を持たないチェーホフは、どのようなヒントを与えてくれただろうか?
チェーホフの作品から何を読みとるかは、あくまで個々の読者に委ねられるべき問題である。それを承知の上で、あえて、筆者が作品から感じ取ったチェーホフのメッセージを拾いあげてみたい。
<この世の真実は誰にも分からない。>
登場人物のこのような感慨はチェーホフの多くの作品に見られるものだ。
この不可知論はチェーホフ自身の正直な告白であり、この想いは生涯変わらなかったのではないかと思う。
『可愛い女』の主人公のオーレンカは、自らの存在を委ねうる対象を奪われると、たちまち生きる意味や目的のいっさいを見失うという、いわば実存的な危機に直面する。
この実存的な危機に対して、チェーホフはなんら根本的な「救い」を提示しなかった。オーレンカに対しては、せいぜい、新たな愛の対象を与えることしかできなかった。
死の数か月前に女友達に宛てた手紙で、チェーホフは次のように書いている。
「人生について、僕らはなにも知りませんが、果たして人生には、ロシア精神が、へとへとになるほど苦悶する瞑想の価値があるのでしょうか?」
<あるべき生活の回復>
不可知論を前提にしながらも、チェーホフの作品は、人間がより良く生きるための指針を与えてくれる。
チェーホフの作品は、読者に対して、惰性や世間常識や習慣にとらわれず、日常の狭い枠から脱け出して、より良い生活、そうあるべき生活を取り戻しなさいと呼びかけているように感じられる。
つまらない社会規範や日常性にはまり込んだ「箱に入った男」ベーリコフやイオーヌィチを「反面教師」として描き出す一方で、真実の生活を求めて苦悶する『犬を連れた奥さんの』の二人の主人公に読者の共感を引き寄せる。そして、最後の小説作品『いいなずけ』では、主人公は未来に向かって決然たる一歩を踏み出す。
<文明や進歩への信頼、そしてより良い未来に対する確信>
『六号室』から読み取れるように、チェーホフは、人間が暖かい血と神経で作られていることを重視していた。そして、人間の生活にとって、快適、清潔、便利といった価値が大切であることがよく分かっていた。
また、トルストイ主義への決別を告白する手紙で述べているように、チェーホフは、進歩を信じ、「電気や蒸気の中により多くの人間への愛がある」と感じていた。
後期のチェーホフの作品では、実に多くの登場人物が、未来に対する希望(例えば、「五十年もたてば生活は素晴らしくなる」「新たな生活が間近に迫っている」など)を口にする。この明るい未来に対する確信は、おそらく、文明や進歩に対する率直な信頼の必然的な結果であるとも言えるだろう。
「あるべき生活の回復」という呼びかけは、チェーホフの作品の中で、最初は遠慮がちにほのめかされ、しかし晩年に向かって次第に強まっていく。あたかも、一人ひとりが生活の方向を少しでも変えることによって、それだけ明るい未来の到来が早まることを念じていたかのように。
「結局のところ、この世の真実は人間が容易に到達できるものではない。しかし、未来のより良い生活は人間の不断の営みをつうじて確実に実現するのだ。」 チェーホフにとっての「救い」は、そんな風に、現世ではなく未来において約束されたものだったのだろうか。
チェーホフの死後とうに百年以上を経た今日、文明の進歩は百年前の人類の想像をはるかに超える高みに到達したが、人間の生活は、チェーホフの時代と比べて果たしてどれほど素晴らしいものとなっただろうか?
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