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紙の本に復権のきざし?

以下は、2023年の3月に公開し、その後ある事情で削除していた記事を、若干修正したうえで、再掲載するものです。

新聞で意外な記事を読んだ。アメリカで紙の本の人気が復活し、「約10年続いた(書店の)店舗数の縮小傾向に歯止めがかかってきた」とのことだ。

2021年の米国市場での紙の書籍販売が、調査を開始した2004年以来で過去最高(8億2800万冊)を記録したというのだから驚きだ。新聞記事は、コロナ禍による「巣ごもり需要で読書ブームが再燃」したことが需要反転のきっかけであると報じている。

「巣ごもり需要」ということであれば、むしろ電子書籍に対するニーズの方がより高まりそうな気がする。ところが、書籍販売全体に占める電子書籍のシェアは、2013年の28%をピークに下落傾向が続いているとのことだ。

デジタル化の最先端を走っていそうなアメリカで、電子書籍ではなく、むしろ紙の本が見直されているとすれば、たいへん興味深い現象である。
記事によれば、若年層ほど紙の本を好む傾向があるらしく、デジタルデバイス漬けの生活を送っている世代にとって紙の本を読むことが息抜きになっている、との業界関係者の分析が紹介されている。

町の書店が次々と姿を消してしまったわが国でも、若者を中心に、紙の本やリアル書店の復権が始まるのだろうか?

そんなことを考えていて、ふと、もう十年以上も前に読んだある本のことを思い出した。
内田樹氏の『街場のメディア論』という本だ。

この本の中で、内田氏は、電子書籍と紙の本を比較しつつ、それぞれの功罪を論じている。

それによれば、電子書籍のメリットは、絶版本や稀覯書きこうしょなど「紙ベースの出版ビジネスでは利益が出ない本」を再び甦らせたことであり、これまで顧みられなかった少数の読者のニーズを認知したことが「電子書籍の最大の功績」である、とされる。
その一方で、電子書籍の紙媒体に対する最大の弱点は「電子書籍は書棚に配架することができない」ことである、と述べる。

内田氏は、人は「今読みたい本」を買うのではなく「いずれ読まねばならぬ本」を買うのだ、という。
そして、たとえ今は読むことが困難な本であっても、いずれは読めるだけの能力を備えた「十分に知性的・情緒的に成熟を果たした」人間になりたいという欲望が、それらの本を書棚に並べるという行為を動機づけている、と論じるのだ。

ここで述べられているのは、書物の機能は、必ずしも読者の「今この時点の」消費者としてのニーズを満たすことではなく、購入され、書棚に並べられることによって、購入した者に対し「未来のいつかに向かって」教化的な力を及ぼすことである、という思想である。
たしかに、電子書籍がそのような機能を担いうるとは想像しがたい。

「書棚に配架する必要がない」ということは、一面で電子書籍のメリットでもある。
安価な価格設定や入手の迅速さ、本文検索など新たな機能の観点からも、紙と比較した電子書籍の「商品」としての優位性は否定できないだろう。
だが、そんな電子書籍たちは、(内田氏の表現によれば)「家の中を歩く度に背表紙を向けて、僕たちに向って「(せっかく買ったんだから)早く読めよ」と切迫してくる」ということがない。

紙の本には、電子書籍にはないアナログならではの「重み」があるのだ。
それはちょうど、昔レコードで聴いていた音楽と、昨今のスマートフォンで聴くストリーミング再生とやらの音楽との違いに重なるような気もする。
吟味を重ねて購入した一枚一枚を、宝物のように大切に扱いながら、針を落として聴き入った音楽には、なんとも言いがたい深い「味わい」や「奥行き」があった。
デジタルコンテンツの高度な品質や利便性を軽視するわけではないが、紙の本やレコードには「物」自体に宿る魂のようなものを感じるのだ。

読みたいと思う本を買いたいだけ、買えるだけ買って、部屋中を埋め尽くすように書棚に並べて、「早く読め、読んでくれ」という無言の圧力にさらされて過ごす。
そんな贅沢な空間を想像してみる。

ところが、わが家の住宅事情ときたら、四人家族で3LDKのマンション。
成人した子ども二人が一部屋ずつを使い、親の寝室は二台のベッドでほぼいっぱい、リビングに本を「積読つんどく」というわけにもいかない。本どころか、自分自身の身の置き場にも困るほどで、本に囲まれた空間など夢のまた夢だ。

仕方なく、可能な限り図書館の本を活用しつつ、必要に応じて電子書籍も入手せざるをえない。新たに紙の本を買うにしても、せいぜいかさばらない文庫本程度だ。

わたしのようなシニア世代であっても「いずれ読まねばならぬ本」は尽きることがない。そして、それらの本は、やはりできるだけ紙で持っていたい。
たとえ、ついに最期まで、読めないとしても。




タイトル画像は ia19200102さんからお借りしました。ありがとうございました。

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