第八話 「留守番」
私は物心がついた時から留守番ばかりしている。それもそうだ。私は拾われた子供なのだから。他の家庭とは何かが違う。何かが違うと言っても、何がどのように違うのかは説明出来ないが、小さいながらにも、そんな空気はしっかり感じ取っていた。
そう、あの日も私は一人で留守番だった…。
その日は、大型の台風が接近していたようで風が強く、窓に打ちつけるように雨が降っていた。ガタガタと窓が揺れ、まるで目に見えない何かが窓を揺らしているようにも思えた。
そんな日に、留守番をしなきゃいけないらしい。小学校一年生が、一人で。
私は子供なりに脳をフル回転させ、母、義父、兄の話をしている時の表情と、話している内容のわかる言葉をつなぎ合わせながら、私が留守番をしなければならない理由を突き止める。
理由はこうだ。
その日は、母の実家に義父との結婚(それか妊娠)の挨拶に行こうとしていたらしいのだが、私の実の父親を良く思っていなかった母のお兄さんから、
「アイツ(実の父親)の子ども(私)なんか連れて来るな」
という意味合いの事を言われ、協議の結果、私を置いていくことにしたようだ。
よく、子供に罪はないと言うが、全くそのとおりだ。あなた達大人が勝手に盛り上がってくっついたり別れたりしていただけで、私はただ、生まれただけだ。実の父親があなた方に何をしたのか存じませんが、生まれてしまって申し訳ありませんね。
私はその日から、母の実家に嫌悪感を持つようになった。
協議が終わると、私以外の家族はそそくさと出かける準備を始め、
「すぐ帰ってくるからね」
みたいな言葉を言い残し、義父の運転する白いセダンで行ってしまった。
玄関のドアが閉まった瞬間、とてつもない孤独感と疎外感に襲われた私は、玄関とは反対側にある大きな窓側に行き外を見ると、大雨でぼやける窓越しに、遠ざかって行く白いセダンが見えた。
本当に一人にされてしまった。内心、みんなで口裏を合わせて私をからかっているのだろうと思っていた。でもどうやら本当だったようだ。これは普通の家庭でもよくあることなのだろうか。
視界から見えなくなるまで白いセダンを見送ると、後ろを振り返り、どうしたものかと誰も居ない部屋を見渡す。居るとすれば、窓をガタガタと揺らす見えざる客ぐらいだ。
こんな時に頼りになるのは、テレビしかない。そう、テレビはいつだって私を支えてくれた。テレビを見ていれば、時間はあっという間に過ぎていく。寂しい気持ちを紛らわせてくれる。この頃一番好きだった番組は、「笑っていいとも!」だ。何をしゃべっているのかはよくわからないが、とにかくみんな楽しそうだ。私の住む世界とは大違いだ。このテレビの中の世界に浸っていれば、すぐにみんな帰ってくるだろう。
が、願いもむなしく、雨風はますます強くなる。窓ガラスを揺らす訪問者が、私を現実世界に引き戻す。そして、あえなく「笑っていいとも」は終わってしまった。
それからどれくらい経ったのだろう、私はただひたすら、テレビを見ながら立ったり座ったりそわそわしながら、窓の向こうに白いセダンが映るのを待ちわびていた。
だが不思議なことに、帰ってきた時の記憶が無い。待ちくたびれて眠ってしまったのか、それとも、帰ってきた嬉しさを素直に表現出来なかった為記憶を捨てたのか。
どちらにしろ、疎外感だけが強く刻み込まれた。
いまだに、窓が揺れる音は苦手だ。
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