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因幡の白兎、神となり社に鎮座するまでの物語 6 諏訪でタケミナカタノカミと再会し、護法神と知り合う話


傍らに置いた木箱をご覧になっておいでなので、お土産を差し出しました。

「スセリビメからの贈り物です。出雲からはるかに遠い国へ行かれてお寂しいでしょうから、お慰めしたいとのことです」

タケミナカタノカミが、しんみりしたご様子で受け取られました。

「おふくろ様が……そうか、ありがたいなあ」

大切そうに木箱の蓋を開けられて中をご覧になり、いかつい男神が固まりました。

わたくしは出雲で中身を見ておりますので、少々脅えながらさりげなく目をそらせ、無言で座っておりましたとも。

しばらく箱の中身とにらめっこをしておられたタケミナカタノカミが、おそるおそる尋ねられました。

「これ……魔除けか? 俺の社に飾ったら、魔物どころか参拝者まで逃げそうだが……」

「いいえ、魔除けではございません。それはスセリビメが最近趣味で作っていらっしゃる〝芸術的花あしらい〟で、簡単に言えばお花を美しく取り合わせた飾り物です。これはまだ、わたくしが背負える程度の小ささですが、出雲の宮殿ではこの何十倍もの大きさの作品が正面の門柱にまとわりついて……いいえ、飾られております」

タケミナカタノカミのお顔が、引きつっておいでです。

ええ、わかりますとも。

この勇敢な男神を脅えさせる強敵はそうそうおりますまいが、スセリビメの力作は文句なしの破壊力を発揮いたします。

「ええっと~、後でどこに飾るか考えよう……ははは……」

必死に笑って誤魔化しつつ箱に蓋をして隅に押しやられるタケミナカタノカミに、わたくしも同意しました。

「はい、せっかくの母君のお心遣い、ゆっくり時間をかけてお飾りになるのが賢明かと……」

「そうだよな? うん、そうだそうだ……はははははは……」

タケミナカタノカミと一緒に必死に顔を引きつらせながら笑っておりますうちに、大事なことを思い出しました。

「そうそう、父君にふみをお出しください。諏訪まで行ってしまわれた理由をお知りになりたくて、待っておいでですよ」

「うーん、そのうちにな」

面倒くさそうなご様子の大神様に、そっとご忠告を申し上げました。

「あの、こんなことを口にするのはなんですが、あなたが文を書かないと、スセリビメが心配されてさらに慰めるために新作を送っておいでになると思います。今日はわたくしが遣いでしたから小型ですが、改めて送るなら屈強な大柄な者を遣いに出されることでしょう。そうなればもっと大きな強力な作品が……」

「すぐに書こう」

タケミナカタノカミは、近くの手箱から筆記用具をお出しになり、文を書き始められました。

ほぼ同時に、お部屋に面した庭で羽音がしました。

開け放した戸の前に二羽の雉がいます。

文を書き続けておられるタケミナカタノカミに代わって、わたくしは雉のところに行き、首を傾げてしまいました。

「出雲へのお遣いに来てくれたのですね。でも、なぜ二羽?」

「本日は〝雉の文遣い特急便〟をご利用いただきまして、ありがとうございます。私はこの地区担当の雉で、タケミナカタノカミの文を承るために参りました」

一羽がそう口上を述べ、次いでもう一羽が言いました。

「僕は、因幡から来ました。ヤカミヒメからシロナガミミノミコトへの文です」

「ヤカミヒメから? よくここにいると、わかりましたね」

「ワニザメからあなたが諏訪へ行かれたと聞き、文を送ろうと思われたようです」

首に提げた袋から文を出して渡してくれたので、すぐに開いてみました。

  コッチハシンパイナシ シュギョウガンバレ  

                 ヤカミヒメ


相変わらずあっさりした文でございますが、しんみりしてしまいました。

こんなに回り道をして帰りが遅くなっているのに、ヤカミヒメはわたくしを待っていてくださるのです。

地元の雉が、興味深そうにこちらを見ています。

「因幡からこの諏訪までとは、ずいぶん長い旅をしておいでですね」

「ええ、いろいろと用事がありまして。でも来てよかったです。ここは良いところです。タケミナカタノカミが鎮座されることを決められたのも、うなずけますよ。わたくしも因幡へ帰る前に来ることができて、本当に幸いでした」

外の景色を眺めながら嬉しさを噛みしめておりましたが、地元の雉が心配そうな顔になりました。

「ご滞在の後、因幡へ戻られるのですよね? もし故郷でお急ぎのご用事がなければ、少しの間こちらにおられて、国が静まってからお帰りになった方がようございます。この度の国譲りによって、中つ国は一時的とはいえ、ひどく不安定になっています。〝神の道〟ですら、以前のように安全とは言い難いのです。我々道を知りぬいている雉ですら、ヒヤリとすることが多々あります。悪いことは申しません、お帰りを急がれますな」

「雉の言うとおりだ。情勢が落ち着くまで、ここにいるといい」

ようやく書き終えた文を手にされたタケミナカタノカミが、やってきておっしゃいました。

早く帰りたいのはやまやまですが、出雲での暴れ川のことといい、状況が安定してから帰る方が安全かもしれません。

「返信なさいますか?」

優しく因幡の雉に問われたので筆記用具を借り、ヤカミヒメへ「危険が去るまで諏訪に滞在する」と文を書きました。

道具と書き終えた文を渡しながら、わたくしは因幡の雉に尋ねました。

「最初にわたくしの家に来た雉さんは、お元気でしょうか?」

「ええ、元気に配達していますよ。ちょうど彼が遠方へお遣いに出た後に文を託されたので僕が来ましたが、場合によっては彼が来ていたでしょうね」

「そうでしたか。因幡に戻れば会えますよね?」

「もちろんですとも。皆、あなたの帰りをお待ちしていますよ、シロナガミミノミコト。それでは失礼いたします」

「私は出雲へ参ります」

因幡の雉と地元の雉が文を受け取り、それぞれの目的地へ飛び去りました。

このような事情で短い間でしたが、諏訪に滞在したのでした。



諏訪では、タケミナカタノカミ(建御名方神)と一緒に山野を歩き回ったり、諏訪湖で釣りをしたりして過ごしました。

出雲での国造りの思い出話、これからこの国をどのように造っていくのかという熱い抱負などをうかがい、わたくしは心身が引き締まりつつも楽しく滞在いたしました。

梨割剣なしわりのつるぎのこともお話ししましたところ、タケミナカタノカミも本当に果物用だと思っておられたらしく、驚いていらっしゃいました。

おもしろがられて、わたくしと共にいろいろなものを斬っておられました。

その結果、水やあらゆる物体は斬れるが、炎や風、呪力などには効果がないこと、持ち主の身体や身につけているものには全く傷をつけないことがわかったのです。

「オオクニヌシノミコトは、なぜ、お話ししてくださらなかったのでしょうか? 自らの経験の上で悟れという思し召しだったのでしょうか? それとも、ある程度、経験を積まなければ、この剣の切れ味は現れなかったのでしょうか?」

試し斬りを終えてタケミナカタノカミにお尋ねしますと、にっこり笑ってお答えくださいました。

「シロナガミミノミコト、相手は親父殿だぞ。間違いなく言い忘れていたんだ」

ああ、やっぱり。

がくりときたものの、見事な剣をくださったことに感謝しつつ、その後も梨割剣をさして、タケミナカタノカミにご案内いただき、諏訪での生活を楽しみました。

山はありますがどちらかといえば海辺で生まれ育ち、この先も海の近くで鎮座するわたくしにとって、海の無い山国はとても珍しく、その思い出は今でもしっかりと心に刻まれております。

ちなみにタケミカヅチノカミがなぜ剣の切っ先に座ったのかという理由は、タケミナカタノカミも合点がゆかずお尋ねしたところ、「……なかったことにしてくれ」とのお返事だったそうです。

タケミナカタノカミがお考えになるには、変わったことをしてオオクニヌシノミコトを脅そうとしたものの逆に「危ない奴」と思われていることに気づき、「しまった」と思ったけれども引っ込みがつかなくなってそのまま座っていたのではないか、とのことでした。

わたくしも後年、タケミカヅチノカミにお会いしたときにそのことをお尋ねしたのですが、やはり「忘れてくれ」とのお答えでしたので、タケミナカタノカミのお考え通りなのではないかと思います。

やがて天孫降臨となり、その御子孫が大和国やまとのくにを造られて治安も安定し、〝神の道〟も普通に通れるようになりました。

わたくしの感覚では十日ほど泊めていただいたのですが、人間の世界ではずいぶん長い時間が経過し、奈良に都ができたとか。

「道も安全になったようですから、そろそろ故郷へ帰ろうかと存じます」

夕食に山菜と粟の粥を食べながら言いました。

すると炙った鹿のもも肉をかじっておいでの大神様が、食べるのを中断されました。

「そうか。おまえがいると楽しいのだが、因幡でもおまえを待っている者達がいるしなあ。残念だが……」

「根の国へ行くのではありませんから、またお会いする機会もございましょう」

「そうだな。明日の朝、発つか?」

「はい」

その夜は早くに休みました。

翌朝、起きていつものように『一日一訓 御教訓集』を読んでから朝食を摂り、梨割剣を腰にさし、オオモノヌシノカミの本を背負いました。

ちなみに鉢巻きはずっと巻いたままですが、気が向かないらしく一言もしゃべりませんでした。

「もう大丈夫だと思うが、気をつけて行けよ」

タケミナカタノカミが、諏訪湖の畔まで送ってくださいました。

「はい、たいへんお世話になりました。あなたなら、きっとこの地を良い国になさいましょう」

「おまえも、立派な縁結びと皮膚病とフサフサの神になるだろう。元気でな」

「タケミナカタノカミも、どうぞお元気で。また会いましょうね」

「ああ、また会おう」

わたくしは、手を振って見送られるタケミナカタノカミに手を振り返しつつ、〝神の道〟の近道へ入りました。

すると以前と同じく歩きやすい野原なのですが、少し様子が変わっているような気がします。

「こんな感じだったっけ?」

運良く前方から文遣いの雉が飛んできましたので、声をかけました。

「雉さん、すみませんが」

「なんでしょうか、シロナガミミノミコト?」

雉は地面に降りて羽をたたみ、愛想良く答えてくれました。

「お遣いの途中に申し訳ありませんが、〝神の道〟が少し変わっているように見えるのです。気のせいかしら?」

「いいえ、変わっていますよ。目的地へまっすぐ行けるという点は変わっておりません。ただ、蛇やムカデの穴はなくなりました」

「あらま! いったい、どうして?」

「埋められたんです。すべての穴を埋めて、誰も落ちないようにしたんですよ」

「ええ! わたくしが覚えているかぎりでも相当な数ですよ。ましてや通っていない道もたくさんあるのですから、無数と言ってもいいでしょう。どなたが埋めたのですか? 高天原から来た神様ですか?」

諏訪にいる間に埋められたとすると神の感覚では十日。

そんな短期間に、あのどう猛な蛇やムカデの穴をすべて埋めるような強力な方々が高天原からおいでなのでしょうか?

雉が首をひねりました。

「それが、我ら雉にもよくわからないのです。天孫降臨が行われ、アマテラスオオミカミのお孫さんの神様がおいでになり、治安は安定しました。その後、人間界を直接支配されるようになり大和国となりましたが、神々の世界にはそれほど変わりはなかったんです。ええ、もちろん、〝神の道〟も安定しましたが、相変わらずムカデや蛇の穴はあちこちにありましたし。ただ……最近、人間の世界にも神々の世界にも変化があり、その影響がこの道にも及びまして……」

「どのようなことですか? 諏訪でタケミナカタノカミと田園生活を楽しんでいましたので、まったく気づきませんでした」

「なるほど、あの大神様とご一緒でしたか。それなら最近の事情に疎くても納得できます。あのお方は非常に強い武神ですから、ちょっとやそっとの他国神よそがみの神気などよせつけません。それでも、すぐに噂は伝わると思いますが……」

「他国神? それでは、危険な穴を埋めたのは、他国神なのですか?」

仰天しましたよ。

この国は八百万やおよろずの神の国ですから、わたくしのように最初から住み着いている国津神くにつかみもいますし、しょっちゅういろんな神があちこちからやってきます。

天から天津神あまつかみのご一行様がおいでになりましたし。

それでも〝神の道〟の膨大な数の神にも喰らいつく蛇やムカデの穴を数日で埋め尽くす神など、今までおりませなんだ。

「どういう神様なのでしょう? 恐ろしい祟り神でしょうか? それとも武神とか? あるいは強い呪術を使う神ですか?」

怖さと好奇心半々で訊いてみました。

すると雉が今度はぐるりと首を回しました。

「さっきも申しましたとおり、我らにもよくわからないのです。ただ、一柱の神様ではないですね。団体でおいでです」

「天孫降臨の時も団体だったと諏訪で噂を聞きましたが、もっと多いのですか?」

「ええ、相当な数のようです。しかも大和国へ引っ越してきたのではないようです」

「ああ、それでは客神まれびとがみですか? 穴を埋めて、お帰りになったのでしょうか?」

雉が、ひどく困った顔になりました。

「それが、いるんですよね、この国に……。いるのに永住するわけでもなく、帰るわけでもない。正直、何がしたいのか、理解不能なんですよ」

「変わった方々がおいでですね〜。いったい何というお名前の神なのですか?」

「うーん、それぞれの名前は、私もわからないんです。ただ全部まとめての名前は、〝仏(ほとけ)〟というらしいです」

「〝仏〟ですか。初めて聞きましたね」

わたくしは首を傾げました。

雉も一緒に首を傾げています。

「しかも、その〝仏〟の配下にいる存在が〝神(かみ)〟なのです。仏は神よりも偉いらしいのです」

わたくしは、無言で反対側に首を傾げました。

しかし、いくら傾げてもわかりません。

神にもいろいろおります。

わたくしのような地方でちんまり暮らすウサギ神もおりますし、出雲におられるオオクニヌシノミコトや根の堅州国のスサノオノミコトのような大神様もおいでです。

高天原にはアマテラスオオミカミがいらっしゃいますし、常世とこよ外つ国とつくにからおいでになって幸や不幸を置いて帰る客神まれびとがみもおいでです。

それでも神のさらに上の存在がいるなどとは、初耳でした。

「確かに雉さんのおっしゃるように、よくわからない方々ですね」

「そうでしょう? 我らも困っているのです。果たして文遣いをしていいものかどうか、今のところ判断できないのです」

なるほど、一番困るのは、この雉さん達かもしれません。

お仕事がかかっているのですし。

雉が思い出したように尋ねました。

「シロナガミミノミコトは、因幡へお帰りなのですか?」

「はい」

「ひょっとしたら、その〝仏〟と会うかもしれません。彼らもまた〝神の道〟を平気で通っていますから。お気をつけください。危害は加えないと思いますけれど、何をしたいのやら……」

「危険な穴を塞いでくださった方々なら、わたくしを襲ってウサギ鍋にすることはないと思います。お仕事中、呼び止めてしまってすみません。貴重な情報を、ありがとうございました」

「いえいえ、きちんと教えてさしあげられなくて申し訳ございません。雉同士でも情報が混乱しておりますので何とも……それでは、失礼いたします」

雉は目的地へ向かって飛んでいきました。

わたくしは、今の不可解な話について考えながら歩き出しました。

危険な穴はないと教えられましたが、それでも用心深く歩いていたのは習慣になっていたからでしょう。

ややあって、また誰かがやってくるのに気づき足を止めました。

若い精悍な男の姿をしていますが、明らかに人ではありません。

衣装は、この国のこの時代のものです。

諏訪で住人の服装が刻々と変わっていくのを見てきましたもの。

もっともわたくしは、時代が変わってもヤカミヒメが作ってくださった上代の衣装を愛用しておりましたけれどね。

話を戻しましょう。

そのまま立ち止まって、やってくる者を見ておりました。

この国のものではない神気をまとっていますが、敵意も乱暴な雰囲気もありません。

やがて相手もすぐ前まで来て足を止め、しげしげとこちらを見つめました。

「おやおや、ウサギがこんな所に?」

嫌な言い方ではありません。

本当に驚いている御様子です。

わたくしは、この初対面の相手に親近感を覚えました。

「こんにちは、わたくしはシロナガミミノミコトと申しまして、因幡のウサギ神です。もし間違っていたら、ごめんなさい。あなたは、外つ国からいらした神様ではありませんか?」

礼儀正しくお尋ねすると、相手はすぐに応じてくださいました。

「なるほど、この国の神なんだね。俺は、確かに君たちから見れば外つ国の神だよ」

「やっぱりそうですか。中つ国なかつくに、いえ大和国へようこそ」

わたくしの挨拶に、面食らったようでした。

「歓迎してくれるのか? 俺が誰なのか知らないのに……」

「外つ国の神様でしょう? それで充分です。ひょっとして、あなたが蛇やムカデの穴を塞いでくださったのでしょうか?」

相手の神は信じられないものを見るような、同時におもしろそうな表情になられました。

「ああ。俺と仲間が穴を埋めた。知らずに歩いていて、ずいぶん落ちたのがいたんだ。それにしても変わったウサギ神だな。俺は敵かもしれないし、この国を乗っ取りに来たのかもしれないのに」

「おっしゃる意味がわかりませんが、ああ〜、ま、まさか、わたくしをウサギ鍋に? もしくは、丸呑みですか? あなたの本体って大蛇とか?」

しまった、食べられるのですか?

何とうかつなことをしてしまったのでしょう。

あの危険な多数の穴を塞ぐような強い神ならば、本体がどれだけ大きいか考えておくべきでした。

わたくしなど、一口でパクリ……。

くすん。

ようやく長い旅を終えて故郷へ帰れると思ったら、こんなところで外つ国の神の歓迎のご馳走になってしまうのですか?

嫌です!

逃げ腰になったためか、相手の神があわてておいでです。

「食べないよ。だから安心して」

疑いましたが、相手は本心から困惑しておられるようです。

「本当に食べないんですね? よかった……脅かさないでくださいよ。それでは、わたくしの敵ではないじゃないですか」

すると相手の神が、不思議そうな顔になられました。

「訊きたいんだが、どうして〝敵〟が〝食べる〟になるんだい?」

意味がわかりません。

「当然ではありませんか。わたくしはウサギ神ですよ。わたくしの敵はわたくしを脅かす存在、つまり〝食べる相手〟じゃないですか。それ以外に、何が〝敵〟になるのですか?」

どうも話がかみ合いませんでしたが、外つ国の神が傍らの草むらを指さされました。

「座って話さないか? この国へ来てまだ日が浅いんだが、とまどうことが多い。よかったら、この国の神々のことについて教えてもらえないだろうか?」

「詳しいことは立派な大神様達にお話をうかがった方がよいと思いますが、わかることであればお話ししましょう」

わたくしもこの外つ国の神に興味を持ったのです。

ウサギ神が図々しくもこの国の神について語るなどとはおこがましいのですが、示された草の上に向かい合って座りました。

そしてわたくしは、〝仏〟について知ることとなったのです。



外つ国の神が、おもむろにお尋ねになりました。

「まず〝敵〟について訊きたいのだが、君は〝自分を食べる相手〟が敵だと言った。確かに、それはよくわかる。食用にされたくはないからな。でも、それ以外にも〝敵〟はいるだろう? 君は、この国の神だ。君にお参りに来る人間達が君から離れて、俺にお参りして君を忘れてしまったならば、君にとって俺は〝参拝者を奪った敵〟になるだろう?」

ゆっくり考えましたが、やはりこの外つ国の神が言わんとすることがわかりませんでした。

「おっしゃる意味がわかりません。わたくしが、ウサギだからなのかもしれませんが……。いえ、おそらくこの国の神ならば、わたくしと同じお返事をするでしょう。それは〝敵〟ではありませんと。もしもわたくしの社に参拝する人間が、『あっちの外つ国の神の社へお参りしよう』と考えて、あなたのお社へ通うようになり、わたくしの社に誰も来なくなったとします。それで、なぜ、あなたは〝敵〟になるのでしょうか? 人間が、どの神にお参りするのか、どの社に変えるのか、それはどうでもよいことです。神々を敬い祖先を敬い、この地の生きとし生けるものに敬意を払い、穏やかに、和を保ち、譲り合い、いたわりあって暮らすことが、我ら神々の喜びです。それさえ守られるならば、どこの神社へ行こうが、わたくしの神社に来なくなろうが、どうということはありません。参拝者がいようがいまいが、わたくしは静かに因幡の地を見守るだけですから。それが土地神というものでございます。むしろ人々がどっさりわたくしにお供物を持ってきて参拝を欠かさないけれども、他人をいじめ、卑怯な振る舞いをし、私利私欲に走り、必要以上に貪るならば、そちらの方が嘆かわしゅうございましょう?」

あまりにも当たり前のことをお答えしたのに、外つ国の神はひどく驚いたご様子でした。

「それでは、人間達が神や祖先に敬意を持って、心正しく生きていれば、自分の所に誰も来なくてもよいと言うのかい? 仮に俺が参拝者を独占しても、気にしないと?」

「はい。あなたが人間達やこの国に生きるもの達に良くしてくださるならば、こんなに嬉しいことはございません」

にこにこしながら答えました。

この神様、どうしてこんなことで驚いているのでしょうか?

外つ国の神は唸って、頭を垂れて草を見つめていらっしゃいます。

こちらも何をどう言っていいものかわからなかったので、そのまま待っていました。

しばらくしてから、相手の神は大きく息を吐き出されました。

「驚いたね。そんなふうに考える神になど、他の国で会ったことがない。ふーむ……話してみてよかった。すでにこの国の神々に会ったのだが、どうも今まで行った国々の連中とは勝手が違うので、『何を企んでいるのか?』と思ったが、そういう考え方だったとは……ふう〜」

だんだん興味がふくらみ、お尋ねしました。

「大和国へ来る前に、他の国にもおいでになったようですね? 今まで行かれた国にも神はいたと思いますが、我らとは違うのですか?」

「全然、違うよ。新しい国に入っただけで〝敵〟として排除しようとする。平和に暮らすための仏の教えを広めようとすると、すぐさま力尽くで追い出そうと威嚇する。話し合おうとしても、話にならない。それゆえ、我々戦神が出て行って戦いとなる。国を挙げての大戦争になることもあった。その上で、ようやく仏の教えが定着する。そんなことの繰り返しだった」

「それはまた、ずいぶん荒っぽい神々がおいでの国へばかり行かれたのですね」

呆気にとられるわたくしの前で、外つ国の神は微笑んでおいでです。

「この大和国が変わっているんだよ。こうもたやすく他国から来た新来者を受け入れる所は、珍しいだろう」

「あらま」

口を開けてしまいましたが、すぐに閉じてまじまじとこの外つ国の神を見つめました。

「そうですか……ずいぶん虐められて来たのですね、お可哀想に……でも、大丈夫。この国は、他国神だからといって虐めたりしませんよ。外つ国から来て住み着いた神々もおいでですし、ここに在住ではないけれどやってきては帰る客神もいますし、天からおいでの方や、天にお住まいでも出張所を設けておいでの方もいらっしゃいます。安心してお住まいください。きっとここなら幸せに暮らせますよ……辛かったでしょうね……もう不幸とはお別れできますからね」

今まで、どれほど虐められてきたのでしょうか?

ついつい涙ぐんでしまいました。

「本当に変わった神だね、君は……。いや、別にそう辛いわけでもなかったんだよ。だから、泣かないでおくれ」

外つ国の神が、とまどったご様子でこちらをご覧になっています。

ご心配をかけないように急いで袖で涙を拭いて、にっこりしました。

「改めまして、ようこそ大和国へ……えっと……まだ、お名前をうかがっていませんでしたね」

ようやく気がつきましたが、この方、どなたでしょう?

すると外つ国の神は楽しそうにおっしゃいました。

「俺は毘沙門天びしゃもんてん。仏の教えを守る戦神だ」

「いいお名前ですね、強そうですもの」

毘沙門天は笑顔のままでおっしゃいました。

「君は優しい神だね、シロナガミミノミコト。ここで会えて話ができてよかったよ。これから仏の教えを妨害する奴を始末しに行くところだったんだが、どうやらその心配はなさそうだな」

「ええ、そうですとも、この国で乱暴なことはしなくていいんです。もちろん、小競り合いはありますよ。でも大規模な国を挙げての神々の戦争など、そうそうございませんから……」

「それは、ありがたい。ところで、この国の神々にも仏の教えを聞いてほしいのだが、どういうふうに教えを広めたらいいだろう?」

「簡単なことです。仲良くすればよいのです」

「……仲良く?」

「はい。ここでは人間達によってどんな神も大切にされています。たとえ人々に災いをもたらす神でさえも、丁重に迎えられ、敬意を持って神の国へ送り返されます。神々同士のおつきあいも同じです。もちろん相性もありますし、喧嘩もあります。それでも互いの違いを認めて尊重しあい、うまくいかない相手とは距離を保ちつつ共存することを考えます。いくら自分が嫌いだから、ウマが合わないからと言って拒絶し追い出すようなことはいたしません。その点に御注意なされば、皆さんとうまくやっていけますとも。それに、あなた方はすでにこの国の神々に親切にしてくださったじゃないですか? 皆さん、喜んで受け入れてくださいますとも」

「どういう意味だ? 親切にした覚えなどないが」

「〝神の道〟の危険な穴を塞いでくださったでしょう? これほどの力を持つ神は、残念ながら大和国にはいませんでした。そういう強い方々が真っ先に危ない道を安全にしてくださったのです。わたくし、あなた方は、とてもいい神様達だと思いますし、先住の皆様方とうまく暮らしていけると思います。だから……」

つい、うるっとしてしまいました。

「もう誰もあなた方を虐めたりしませんから、安心して暮らしていいんですよ……可哀想に……」

「いや、可哀想じゃないから。まいったな……なんだか、完全に可哀想な存在にされてしまったような……」

とまどう毘沙門天の手を、自分の前足を伸ばしてそっと叩きました。

「大丈夫。ここは安心して暮らせますからね。良い場所を見つけて、やしろをお作りなさい」

涙ぐみつつもにっこりするわたくしの目に、吹き出しそうな毘沙門天の顔が映りました。

「これまで多くの国へ行って、いろいろな神や悪魔や精霊と衝突して戦ってきたが、まさか大和国へ来て、ウサギ神から〝可哀想な神〟扱いをされることになるとは、想像すらしていなかったよ」

「そうですか、そうですか……そんなに虐められて……苦労してきたのですね〜」

これまでの毘沙門天や仏達の苦境を思い、胸を痛めてほろほろと泣いてしまいました。

毘沙門天が、あわてておっしゃいました。

「泣かないでくれるかい? どうも調子が狂うよ。だから虐められたんじゃなくて……まあ、何だな、今はこの国へ来たんだから、大丈夫だよ」

そうです、もう毘沙門天はこの大和国におられるのです。

わたくしは、ほっとして泣き止みました。

もちろんいけ好かないと警戒する神々もおられるでしょうが、これまでのご苦労に比べればどうということはありますまい。

……本当にお気の毒な方です。

〝仏〟という方々も、一緒に行動されているようですから、たくさん虐められたのでしょうね。

どこかでお会いしたら、できるだけ親切にしてさしあげましょう。

毘沙門天はおかしいのをこらえたようなご様子でおいででしたが、ふっと真顔になられました。

「ところで、君は仏について何か知っているかい?」

首を横に振りました。

「いいえ。〝仏〟という新しい神がおいでらしいとは、うかがいましたが、それ以上は何も。そうそう、少しだけ聞いたところでは、〝仏〟は〝神〟よりも上の存在だとか……どういうことなのでしょうか?」

そうです、せっかく〝仏〟に関係する神と知り合ったのですから、うかがいましょう。

「仏とは、悟られた方々だ」

毘沙門天の言葉に、今度は首をひねりました。

「あの……わたくし、ウサギのせいか、よくわかりません。何を悟られたのですか?」

「この世の苦から脱する方法だよ」

毘沙門天は、言葉を選んでおられるようでした。

そうですよね、ウサギに教えるのですから、気を使ってくださったのでしょう。

でも、わかりません。

「苦でございますか? 苦から脱する方法? 人生、いえ神生相談でしょうか?」

一生懸命理解しようとしておりますと、毘沙門天はにっこりされました。

「ははは、仏の教えを理解するなら、仏から聞くのが一番だ。俺はまだ迷いのある神の身。解脱して仏になったわけじゃないからな。うまく説明できないが……」

頭の中が混乱しております。

聞いたこともない言葉を連発されて、目を丸くしたまま固まってしまいました。

「あの……神が仏になるのですか? あなたもいつかは仏に? 神って他の何者かになることができるのですか? 初めてうかがいました」

すっかりうろたえてしまいましたが、毘沙門天は優しく微笑まれました。

「そうだね、こんな話は初めて聞くだろうよ。だからこそ、仏や俺のような仏に仕える神が、この国へ来たんだから」

「さようでございますね。たいてい外つ国からおいでの神々は、それまで大和国に無かったものを携えておいでですもの。あなた方は、ずいぶん珍しいお話を持って来られた方々ですよ」

わたくしは、まじまじとこの〝可哀想な〟体験をしてきた毘沙門天を見つめました。

外つ国からは様々な知識や技術を持った神々もおいでですが、病や災いを持って来られる方々もおいでです。

この〝仏〟という方々は、これまでに聞いたこともない知識を持って来られた集団のようです。

災いではない、何か良いもののような気がします。

こちらがそんなふうに考えているのに気づかれたのか、毘沙門天は優しくおっしゃいました。

「そのうちに、仏と会って話を聞くことになるだろう。シロナガミミノミコト、君は心根も良いし賢い神だ。会ってお話をうかがえば、理解できる」

「その仏のお名前は何というのでしょう? たくさんおいでのようですが?」

「そうだな、今、主に説法に歩いておられるのは、文殊菩薩と観世音菩薩だ」

「文殊菩薩、観世音菩薩」

繰り返すと何だかいい気持ちになりました。

「なぜでしょう、お名前を言っただけで、とても清々しい気分ですよ。ひょっとして、お名前にも呪力があるのですか?」

「君達の言い方なら、そうなるかな」

毘沙門天が立ち上がられました。

「もう行かれるのですか?」

わたくしも立ち上がると、毘沙門天はうなずかれました。

「ああ。観世音菩薩が説法をされるようだから、その場でお守りするんでね。君も来るかい?」

ちょっと行ってみたい気もします。

でもそれ以上に、故郷が恋しくなっておりました。

「残念ですが、このまま因幡へ帰ります。いつか、その文殊菩薩と観世音菩薩が因幡へいらっしゃったら、お話をうかがいたいと思います」

「もう俺と〝仏縁〟ができた。きっと君も仏の教えを聞くことになるだろう」

「ぶつえん……ですか?」

「ええと、何と言えばいいかな……そうそう知り合いになっただろう? そういうことだ」

「ああ、お友達ですか?」

「そんな感じだよ」

優しく笑っておいででしたが、ふっと表情が厳しくなられました。

「これから故郷へ帰るなら、充分気をつけなさい。仏の教えが入ると、それを邪魔したくて仕方がない悪い鬼もついてくる。それを退治するのも俺や仲間の戦神の仕事なんだが、まだ全てを始末したわけではない。この国の神ではない、俺のような護法神でもない見慣れない奴には気をつけるんだよ」

「はい。ありがとうございます」

毘沙門天はなおも心配そうなご様子でしたが、すぐに向きを変えられました。

「元気でな、シロナガミミノミコト」

「はい、お気をつけて、毘沙門天」

わたくしは、去っていかれる毘沙門天とは反対の方向へ歩き出しました。

初めて耳にした難しいお話でしたが、何となく心が弾む素敵な響きを持っていました。

いつか仏のお話を聞いてみたいなあと思いながら、因幡へ向かって歩き続けました。



しばらく歩いていましたが、後ろから声が聞こえます。

「待ってください」

珍しいこともあるものです。

〝神の道〟は途方もない広さですから、誰かに会うことはめったにないのです。

今日、雉と毘沙門天に続けて会ったことでさえ奇跡的なのですが、そのうえさらに誰かに会うなど……どうしたんでしょう?

振り向くと、少し年配の召使いふうの男が追いついてきました。

神ではありませんが、ここにいるのですから人間ではございません。

精霊かどこぞの神にお仕えする者でしょう。

怪訝に感じながら尋ねました。

「何かご用ですか?」

「えっと、さっき、毘沙門天と話しておられた神様ですよね?」

「ええ、そうです」

やってきた男は、早口で言いました。

「私は毘沙門天のお側に仕える者でございます。あるじが『さっきのウサギ神に危険が迫っている。すぐにお連れしろ』と申されますので、お迎えに参りました」

危険?

さっぱり理解できずにいる様子を察したのか、使いの男はすぐに付け加えました。

「あなたが主と話しているのを異国から追いかけてきた〝仏の敵〟が見ていて、あなたをやっつけようとしているのです。かなり手強い相手ですから、主が心配してあなたをご自分の傍へ連れてくるようにとのこと。そうすれば、我らの手であなたを安全に故郷へお送りいたしましょう」

「わざわざ〝仏〟につきまとうなんて、ずいぶん執念深い者がいるのですねえ。でも、なぜ毘沙門天とお話ししたら、わたくしまで〝敵〟になるのですか?」

どうも今回この外つ国から来た方々の考えていることすることは、理解できません。

使いの男は、少しイライラしたような雰囲気になりました。

「毘沙門天と親しく話せば、〝仏〟と縁ができ、〝仏〟に救われることになるのです。だから、あなたはもう〝仏〟側の神なのです。当然、仏を憎む鬼から見れば、立派な敵なのですよ」

「……さっぱりわかりませんが……ああ、でも、わざわざあの方が呼んでくださるのですから、きっと危ないことになっているのでしょうね。わかりました、どちらへ行けばいいのでしょうか?」

今にも怒りだしそうだった遣いが、機嫌を直しました。

「こちらです」

さっさと歩き出したので、おとなしくついて行きました。

どうしてこうも敵だ味方だとカリカリするのでしょう? 

仲良くすればいいのに……。

でも危険だと教えていただいたのですから、禍を避けましょう。

とまどうことばかりで、だんだん不安になってきました。

黙々と歩く遣いの男の後に黙ってついて行きましたが、ますます不安が大きくなってきます。

なぜか遣いに声をかけようという気にもなりません。

今までにこんなことはありませんでした。

気まずさと不安で何気なく首にかけている首飾りを手にとっていじり、ふと勾玉まがたまを見てぎょっとしました。

さらに頭の上から低いささやき声がしました。

「あなたの手玉も見てごらんなさい」

鉢巻きに教えられ、両腕の手玉も見てさらに仰天しました。

「何、これ?」

小声でつぶやいてしまいました。

いつのまにか〝神の道〟から出て人間界のどこかの山道に入っています。

そして、わたくしはようやくヤカミヒメのくださった飾りの勾玉が、何を知らせているのかを理解したのです。

わたくしが足を止めたので、遣いの男が振り返り、せっかちに促しました。

「さあ、早く行きましょう」

「行きません」

「何を言っているんです。毘沙門天が……」

「嘘です。おまえは、毘沙門天の遣いなんかじゃない! 何者だ?」

わたくしは握っていた勾玉を放して、梨割剣の柄に手をかけました。

首飾りも手玉もこれまではずっと澄んでいたのに、今は暗く濁った色になっています。

しかも、この勾玉から強い不安と警戒の念が送られていることに気がついたのです。

遣いの男は憎々しげな表情に変わり、吐き出すような口ぶりになりました。

「けっ、気づいたのか」

人間の姿をしていた男の背丈が伸び、長身で恐ろしげな青鬼に変わりました。

ぎょっとしましたとも。

「なぜ、騙したのですか?」

「言ったろう。貴様が毘沙門天と〝結縁けちえん〟したから、貴様は仏側の神だ。さっき遠くから、貴様と毘沙門天が話しているのを見ていたんだよ。ま、貴様も毘沙門天も気づいていなかったみたいだがな。さすがにあいつがいるとやりにくい。だから行っちまったのを見届けて、貴様を始末しに連れ出したんだ。わかったか、ウサ公」

わたくしは、梨割剣を抜いて構えました。

「おまえは可哀想な毘沙門天や仏達を虐めて、しつこく追いかけてきたのか? おまえがここに住むのは勝手だ。だが他の神々を虐めるのは、この国では許されない。意地悪はやめろ!」

「はあ〜ん? ちっちゃい吹けば飛ぶようなウサギのくせに生意気な!」

バカにするような青鬼に、わたくしはきっぱりと言い返しました。

「ちっちゃい吹けば飛ぶようなウサギでも、わたくしも大和国の国津神。可哀想な友達を虐めるような卑怯な奴は許せない。あくまでも毘沙門天や仏達を虐めると言うなら、とっととこの国から出て行け! 神同士で卑劣なことをするずるい汚い奴は、この大和国に住む資格はない!」

青鬼は大声でゲラゲラ笑いました。

そしてモゴモゴと何かつぶやいた後、パンと両手を前で打ち鳴らしたのです。

わたくしは、剣を構えて油断なく睨み付けました。

こんなことは初めてですから、もちろん怖かったですよ。

それでも恐怖以上に、毘沙門天や仏を虐めて追いかけてきてまた虐めようとするこの鬼への怒りが大きかったのです。

青鬼は手を下ろし、にたにた笑いながらこちらを見ています。

何をしたいのかわからないまま相手を睨んでいるうちに、頭の上から鉢巻きが叫びました。

「シロナガミミノミコト、足下!」

自分の足を見てぎょっとしました。

足先の色が灰色に変わり、石になっているのです。

しかも、じわじわと上へ上へと石化が広がっているのです。

「うわあ〜!」

必死に足を動かそうとしましたが、すでにしっかりと石になっていて少しも動きません。

「けけけ、石化の呪文をかけられたのに、気づいていなかったのか? バカなウサギ!」

相手の嘲りに関わっている暇などなく必死に身体をよじりましたが、少しずつ足は石に変わっていきます。

「鉢巻きさん、どうしよう?」

泣きそうになって尋ねましたが、鉢巻きも泣きそうになっています。

「あたしにだって、どうにもならないわよ。梨割剣じゃ、どうしようもないし。どうすんのよ〜」

    つづく


次回はいよいよ最終話。

石化が進むシロナガミミノミコトはどうなるのか?

因幡へ無事に帰ることができるのか?

お楽しみに。

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