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ショートストーリーの茶話会 2

これもアメブロで外出自粛の際に、冒頭だけを出して続きを作るお遊びとしたもの。

コーヒーを片手にいかがですか?


題名『人生をやりなおそう』


私だけがこの世の不幸を背負っているんじゃないって、知っている。

誰もが何らかの不幸を経験しているし、私より不幸な人はたくさんいる。

そんなことはわかっている。

でもね、三人兄妹の中で、私だけが「お兄ちゃんが大学でお金がかかるから、あなたには学費は出せない」と言われて自力で稼いで、奨学金を使いバイトしながら大学を卒業。

不景気な世の中だけど、やっとの思いで遠方で就職して、一人暮らしスタート。

もちろん親からの援助なんてなかった。

それなのに「あなたは働いているから、妹の進学を応援してあげて」と親に泣きつかれ、自分の奨学金返済と生活費で苦しい中から実家に仕送り。

働きづめで、気がつけば40過ぎても私は独身。  

同期は寿退社か共働き。

休憩時間に旦那や子供の愚痴をこぼされても、私には幸せ自慢にしか聞こえない。

独身主義じゃないよ、結婚したかったよ。

会社で旦那子持ち女に「あなたは一人でいいわね~」って言われるけど、だったら離婚してあなたも一人になればいいでしょ。

そういう女ほど、離婚しないんだよね。

やがて田舎の親が相次いで倒れ要介護。

私同様、故郷から離れて就職し家庭を持っている兄妹や地元の親戚から「おまえは一人なんだから、帰ってきて介護しろ」と矢の催促。

お金出してもらって、仕送りの苦労もせずに良い思いをした兄貴と妹が面倒みるのが筋でしょ!

言い返しても、「家庭が~」「子供が~」「仕事が~」「おまえは1人で身軽なんだから~」の大合唱。

とうとう心が折れて、仕事を辞めて田舎へ戻り、長年介護を続けて、親を看取って、手もお金も出さなかったくせに権利は主張する兄妹に、親と住んでいた家も売り払われて、わずかな遺産をきっちり等分にとられた。

おまけに、兄貴にいくら言っても、私の取り分をよこさない。

妹は士業の旦那がいるせいか、すぐにもらったようだ。

もう要求するのにも疲れ果て、何も言う気になれなかった。

残ったのは、親がハワイへ行くときに買った古い中型スーツケース一つ分の身の回りの品とお財布の中の5万円だけ。

私の仕送りでハワイか。

兄も妹も「ハワイくらい今時当たり前」とか、ほざいていたな。

国内旅行だって行ったことないよ、私。

もう、いいけど、何もかも。

行く当ては無いが、もう売られてしまった家も立ち退かなくちゃいけなくて、スーツケースを引きずって駅へ行った。

疲れ切って、この先のことも何も考えられなかったけれど、「ここにはいたくない」という気持ちだけは強かった。

田舎とはいえ一応地方都市だけあり、駅に付随した小さな駅ビルもショッピングセンターもある。

コーヒーでも飲もうと駅ビルの中にある小さなカフェに入った。
なぜか片隅の4人席に、インド風の服装をした怪しげな女が座っている。

嫌でも目を引く。

美人だからとか、オーラがとかじゃなくて、とにかく怪しげなのだ。

服装や装飾品やメイクはインドだが、顔も背格好もよくいる日本人の女。

何かのコスプレ?

ちょっとキモい。

店を変えようと回れ右をした瞬間、妙に良い声が私の背中に響いた。

「あなた、人生をやりなおさない?」

はあ~?

「馬鹿にするな、そんな詐欺に引っかかるか!」と心の中で叫んだものの、身体は勝手に向きを変えて、インド風女の前の席に座ってしまった。

他にはお客は誰もおらず、静かなものだ。

そこへカフェのマダムらしい地味なメイクと服装の中老の女が、水を持ってきた。

私にだけ水を出し、オーダーを聞いたのが妙だった。

「ブレンドを」

テーブル脇のメニューも見ずに口に出したが、マダムはすぐに奥へ引っ込んだ。

インド風女の前には水も飲み物もない。

常連か?

もしくはこの店の占いサービス係なのだろうか?

でも、タロットとか占いに使うようなものもない。

怪訝に思いつつ、まずグラスの水を飲んでいたら、女はてきぱきと話し始めた。

「あなたは人生をやり直せるのよ。あなたって……」

女の口からすらすらとこれまでの私の人生が、効率よくまとめられて出てきた。

過不足なく、実に的確に正確に。

なぜ、これほどまでに私のことを知っているんだろう?

そこへ、マダムがコーヒーを運んできた。

とりあえずブラックで一口飲んでから、私は女に疑問をぶつけた。

「どうして私のことをそこまで詳しく知っているの? 会ったことがあるかしら?」

女は微笑した。

「そんなことはどうでもいいんじゃない? あなたが知りたいのは、これからどうすればいいかってことでしょ」

今思えば奇妙なのだが、その時の私は素直に納得し、同時にひどく現実的な台詞を口にした。

「いくら良いアドバイスをもらっても、私にはあなたに支払うお金が無いのよ」

「いらないわ。ボランティアだから」

うさんくさい返事だが、なぜかこれも簡単に受け入れて、私は率直な疑問をぶつけた。

「私はどうしたらいいの?」

「このビルの6階に精神科があるの。そこへ行って受診なさい」

は?

呆気にとられている私に、女はゆったりと続けた。

「あなたはこの街を出て行きたいんでしょうけれど、それでいいの? 自分の人生をやりなおして、静かな老後を過ごして、ついでにあなたをこんな辛い目に遭わせた兄妹や親戚に仕返しした方がすっきりすると思うけど。まず、上の精神科へ行きなさい。その後は流れに任せて。兄妹や親戚がやってきたら、まっすぐに相手の顔を見て『私の人生を返して』とだけ言いなさい。それで、すべて上手くいくから」

私は黙って冷めてしまった残りのコーヒーを飲み干した。

理由はわからないが、とにかくこの女の言うとおりにしてみようと考えて、立ち上がった。

入り口近くのレジには、すでにさっきのマダムがいた。

お金を払い、振り向くと、インド風女が自信ありげにうなずいてみせた。

私はスーツケースを引きずって、6階の精神科に行き、受診した。



そこから先は、記憶がとぎれている。

気がついたときには、公営住宅の質素な部屋の中で市の福祉担当者と話し合っていた。

おぼろげな記憶をつなぎ合わせると、カフェを出た後に精神科で受診し、強度の鬱病と診断され、その病院のソーシャルワーカーに連れられて市役所の福祉課で生活保護受給の手続きをし、ちょうど空いていた公営住宅に入ったらしい。

兄や妹や親戚が「そんなものを受け取って、一家の恥さらしだ。まっとうに働け!」と怒鳴り込んできたらしいのだが、かといって世話をしてくれるわけでもお金を出してくれることもなく、連中が来る度に私は呪文のように「私の人生を返して、私の人生を返して」と繰り返し、近所であっという間に噂になったらしい。

市内の親戚も近郊に住む兄妹も「独り身の娘さんに無理矢理仕事をやめさせて親の介護を押しつけた挙げ句、財産まで根こそぎ奪って追い出した鬼畜」のレッテルを貼られ、親戚の息子や娘はことごとく就活失敗、結婚前提につきあっていた相手に逃げられるというていたらくだったらしい。

文句を言いに来ても、私がうつろに「私の人生を返して」と繰り返すだけなので、さらに遠方まで噂が飛び火し、親戚は後ろ指を指され、兄は世間体を気にする会社で閑職に飛ばされ、妹は離婚寸前までいったらしい。

そして数年が経過し、兄はこれまで払わなかった私の遺産の取り分を、妹の夫や親戚はこれ以上世間体が悪くなることを恐れて和解金のつもりでまとまったお金を、私の銀行口座に振り込んだので、めでたく生保返上となったらしい。

「らしい」ばかりだが、私自身、記憶が不確かなのだ。

頭がしゃっきりすると、兄妹も親戚も「人でなしの鬼畜」としての地位を確立し、私の通帳には800万円があり、公営住宅という住まいがあった。

すぐさま、このお金で簿記を勉強し直し、昔勤めていた会社でしていたように、小さな会社で経理の仕事に就くことが出来た。

50才を越えていたが、資格と経験で何とかつながったのだった。

生活が安定すると同時に、私はあの日に出会ったインド風女のことを思い出した。

うさんくさい女だったし、なぜあのアドバイスに従ったのかも奇妙だったが、それでもあの女に出会ったことで私の人生は立て直しが出来た。

休日に、あのカフェへ行ってみた。

数年前のことで、まだあるかどうか不安だったが、ちゃんと駅ビルの中の以前と同じ場所にあった。

そっと入ったが、あの日と同じく閑散として、あの女はいなかった。

「いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ」

若い女の子が、にこやかにやってくる。

「あの、こちらにサリーというかインド風の服装をした女性が来ませんか? 以前、こちらのお店で会ったんですけど」

「はあ? いらしたことないですよ。私、今年から入ったバイトなので、それ以前のことは、わかりませんが」

困ったように女の子が奥へ顔を向けると、あの中老のマダムがやってきて、愛想良く言った。

「ここは駅ビルの中なので一見さんが多いんです。そういう方がみえたかもしれませんが、覚えていません」

「そうですか。そうですよね。何年も前のことなので……すみません、お邪魔しました」

私はそそくさと店を後にした。

行きずりの怪しげな女が何者なのかは、おそらくもうわからないだろう。

でも、私の恩人には違いない。

「ありがとう。あなたのおかげで、私は人生をやりなおせたわ」

帰宅前に、駅前のコンビニで段ボール箱をもらった。

収入が増えて、もう公営住宅に住む資格がなくなったので、職場近くのマンションを借りて引っ越すのだ。

心の中で見知らぬ怪しい女に感謝しつつ、私は弾むような足取りで人生の再スタートをきった公営住宅に帰った。


カフェでは、若いアルバイトの女の子がマダムに尋ねていた。

「インド風の女の人って、来たら覚えていますよね」

「よく覚えているよ、あの人のことは……」

「え? それじゃ、教えてあげたらよかったじゃないですか?」

「私が覚えているのは、今来た人だよ。何年前だったか、疲れ切った顔でスーツケースを引きずってそこの席に座って、ブレンドを注文して、一人でぶつぶつ言い続けて、出て行ってね。変な人だったけど、ちゃんとお金は払っていったし……インド風の女なんて、うちへ来たことはないよ」

                                                     完

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