見出し画像

もっと,内向型人間として生きやすい生き方を見つけたので書いてみる

お断り
これは,自己との対話のために書いている文章であり,それを他人の見える環境に置いてしまうことで,今の自分を具現化しようという試みの文章です.
頑張りますが,文章の性質上,ナンセンスな文章となるかもしれませんし,独りよがりで,何言いたいかわからん,な部分も多いと思います.
それでも,次の自分へ続く土台となることを願って真面目に書きました.

第1節:概説


人間は不完全な生き物で,生を受けた時点で成長しなければならない義務を持つ.(自分は,一種の原罪であると考える)
そのため,成長をするためには,現在の成長度を測る必要がある.

現在,多くの大人が,何も考えずに話す状況を見る.
その例として,以下に示す無責任な「根性論」が挙げられる.

  • 「俺は昭和型人間だから,若い人の考えることはわからん」

  • 「やる気がないくせに,文句を言うな」

  • 「お前は凡人だから,コツコツ続けるしかない」

  • 「意識が低い,もっと意識を高くしろ」

  • 「しっかりしろ」

  • 「当たり前ができるようになれ」

これらの言葉は自己と他人の成長に対して全く責任を持ず,
あまつさえ,組織や個人の成長を停滞させる.

私はこれに大してひどいくらいに苦しめられてきたし,
多くの人もまた,これに苦しめられているであろうとみる.

しかし,自分自身もうまく言語化できていない状況が多々あることも確かである.(人のこと言えないにゃー)
これを助ける学問が,数学であり,哲学であると考えるが,それとは別に日本語で自分を言語化することも有用であると考える.

その理由を,第2節で述べる.
また,第3節では,第2節を踏まえ更に踏み込んだ方法を提示してみる.

第2節:現在に至るまでの過程及び状況の説明


この節では,人間の成長過程を交えて,なぜ言語化手法に至らなければいけないのか,までを説明する.

幼少期(第1期成長期)

まず,生まれてから中学生までの多くの子供は,独りよがりな側面が強い.
中学生までくらいになると,だいぶ落ち着くようになる.
これは,自己の形成途上の段階で,他人と関わり方を探っている最中だからである.

この段階はまだ,「自己中心的」から抜け出せていない.
しかし,学校生活や,社会生活を続ける中で,自己を分析する中で,この段階を超えるようになる.

※しかし残念なことに,この段階から成長を止めてしまった,残念な大人が,この世にはなんとも多い.(この段階を打破するためには,家庭環境や周りの環境に依存することも確かである.また,学力にも依存する.)
この,くっっっそ残念な大人達が,概説で述べたような「根性論」を話すところを死ぬほど見てきた.
この人種の人たちとはできるだけ距離を取り,関わらないことが大切である!)

少年期(第2期成長期)

次に,中学生から高校生程度のアイデンティティを形成し終える段階を考える.

この段階では,自分とは何かがテーマになってくる.
そのため,この時期になると社会環境よりも,成長の度合いは個々の性質に依存すると考える.

例えば,以下のように分けられる.

  • 私のようになよなよしていて,内向的で,他人を意識しがちな人.

  • 自分と他人を,特に考えずに分けられる人.

特に前者は,思考のパターン的に自分に非があると考えがちだ.
さらに,他者から否定されるのが怖くなる.
その状況を,自分の「殻に閉じこもる」と表現する.

多くの内向型の人が,「殻に閉じこも」り,自分の弱さに甘えたまま,成長が止まっているところを見る.

しかし,次のステップに移るためには,残念ながら今以上の辛酸を経験しなければならない.
例えば,鬱病が回復するなどのタイミングは,これに当たると思われる.

私は,自分の甘さを環境によって矯正させてもらえたおかげで,次の成長に移ることができた.

※ちなみに,この時期の社会経験によっては,鬱病になるか,不登校になってしまう.

(そもそも,自分自身前者である.
なよなよしていて,内向的で,他人が起こられているのを肌身で感じて,びくびくするような人間である.
そのため,毎日を疲れて生きていたことをよく覚えている.

確かに,枕に顔をうずめて泣き続けた時期もあり,自殺を図ろうとしたり,自分を押し殺して記憶のない時期もあったが,いつも思いとどまってぎりぎり死なずに生きていた.)

こんな感じの人が,HSP発達障害なるものに惹かれるのだと思う.
確かに,自分をカテゴライズして救われるなら,それも一時的な救済法だとは思うが,残念ながら今の自分を客観視するには至ることはできない.
例え,属性に属していたとしても,それを克服しなければならない.


青年期(現在)

具体的には,辛酸を経験する中で,自分の失敗パターンがわかるようになり,その結果,レジリエンスが強まる.

これにより,自我と他者との接点に壁を設けることができる.
自己と他人の境界を,経験と勘で分けることができる.

ここは,過去の自分の経験と蓄積により自然と編み出された手法である.
自己啓発本の内容に頷けるのも,これを言語化したものに他ならないからである.

ここまでくると,だいぶ生きやすくはなるが,これ以上の成長をするために,この段階からどうしても言語化が必要になる.

※ちなみに,現在進行形で苦しんでいる人も,なぜ苦しんでいるのかを明文化できれば,割と解決できたりする.
その役割を担う職種がカウンセラーである.

具体的には,現状の自分を結果と捉え,今を形成する前提となる自分を掘り下げて探すことで,自分なりの答えに見つかることが多い.

例えば,なぜ生きなければならないのか,再帰関係になっているため答えられない.
しかし,自分なりの確固たる証拠:ニーチェやサルトルやカントなどの本から知識をかいつまむこと,を行うことで,少なからず自分なりの解を得ることができる.

これを自分は,意識の体系化と呼ぶことにし,最近実践している.

最近の出来事

[蛇足]
ちなみに,最近になって,自己の言語化方法を身につけたおかげで,
「日常会話」と「表現」の違いの言語化に成功した.
(恐らく,この事実を言語化できているのは,日本では数えるくらいの人しかいない,自信がある!)

具体的には,ブログや日記,作曲から作詞,小説作成,全ての表現行為をツールと捉えることで,一般化することができる.

そのため,今回のように超絶臭くて黒歴史みたいな文章を書いていても,平然とまとめられているのである.

第3節:新規手法の提示

以上が現在の自分を構成する意識である.
今回発見した,生き方の手法は以下の通りになる.

今回の発見

1,他者は,「自己のペルソナ」を見る.これをキャラクターを演じるとおいた.
注)多くの場合,キャラクターを演じることは忌避されがちだが,今回はあえてキャラクターを演じる理由考えた.
そのため,なぜキャラクターを演じているのかを常に問い続けることができる.

2,本来の自我は2そのものであり,それの集合物が「本当の自分」であるとする.

3,自己が他者と繋がる時は,「本当の自分」が役割を担う.

今回のポイントは,他者が見る自分と,自己が他者と繋がる際に,できる限りコントロールしてしまおうという部分である.
これにより,楽をして自分を表現することができる.

さらに!キャラクターとしての自分が見える部分の役割をになってくれるので,自己の意識を変えたい時に変更を隠して行うことができる.
つまり,意識をモジュール化することができる.

これって,まさしく芸能人がやってることじゃんよ!

終わりに

罪深きこの世界を無理なく生きるために,できる限り今の生活を言語化し,客観視することが,人生を健康に生きるための攻略法ということに気づいた.
これをより深く行うためには,やはり高校生レベルの集合論に加えて,代数学の知識が必要になってくると思われる.

これをさらに一般化し,いずれノウハウとして輸出できるようになることも想定して,今後も続けていきたい.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?