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令和の夜に「八日目の蝉」を見て情緒が破壊された話【感想】

わけあって、母と娘の物語のインプットが必要になった白金です。そういうことで、平成を代表する傑作映画の一本である「八日目の蝉」を見ました。この作品はドラマ版と映画版がありますが、今回は映画版の話をします。

ガッツリとネタバレしますので、これから見ようかと思っている人はブラウザバックしてくださいね。また、この記事では時系列は本当にざっくりとしかまとめてないので、正確なストーリーの流れを知りたい人は映画を見てください。


映画概要

映画「八日目の蝉」は2011年に公開されました。
物語は、21年前に野々宮希和子が一人の赤ん坊を連れ去ったところから始まります。彼女はかつて不倫相手との子供を孕みますが、男から「(要約すると)堕ろせ」と指示され、その結果二度と子を孕めない身体になってしまっていました。
そしてもう一つ別の視点。現代(2010年付近?)でアルバイトに明け暮れる女子大生、秋山恵理菜(希和子が連れ去った赤ん坊が大きくなった姿)は、妻と子供のいる男性と不倫関係にありました。色々あったある日、彼女は自分の腹の中に命を宿していることを知ります。

「八日目の蝉」は、21年前の希和子による逃避行、現代の恵理菜による回想を行ったり来たりしながら進む作品です。それじゃあ、感想いきますね……


序盤からつらい

まず胸が苦しくなるのは、過去編の最初のシーン。過去編の主人公、野々宮希和子が、不倫相手に「子供が出来た」というやりとりをする場面です。
ここで相手の男が「今はタイミングが悪いから堕ろせ」というお話をするんですが、直接言わないところがすんげぇずるいんだよ……「一緒に幸せになりたい」みたいなふんわりした言動でほんの微かな希望を握らせて、堕児という激烈に重い決断をさせようとしてくるんです。最後はその希望すらも奪って……

これが、現代編の主人公である秋山恵理菜が不倫相手と付き合っていることに対応します。恵理菜は色々あって自分の腹の中に彼との子供が出来ていることを知るのですが、その男に「もし子供ができたら、産む? 堕ろす?」と質問すると……同じような言葉が返ってくるんですね。
今はタイミングが悪い、でもいつか君と幸せになりたいんだ、って。

――いるわ。
多分だけど、こういう奴は探せばまぁまぁな数いる。そんな気がする。
そして、面倒な出来事を先送りにしようとする男共の姿が、ヘンに尖ったブーメランの形になって面倒くさがり屋な私の心に刺さる。心の5%くらいで「ごめんなさい」って謝りながらそのシーン見てた。ごめんなさい。


それで、序盤の印象的なシーンとして外せないのはやっぱり、過去編で希和子が赤ん坊と初めて出会うシーン。
自分は子供を作れない、でも、いやだからこそ、不倫相手の家庭に生まれた赤ちゃんを一目でも見たい……と希和子は、自分から母になる選択を奪った男が妻と一緒に外出した時を見計らって家の中に侵入します。

……ベッドの上で、赤ん坊が泣いていました。まるで引き寄せられるようにゆっくり近付くと、赤ん坊は希和子を見つけて静かに泣き止みます。

希和子の口から微かに漏れる「薫」の言葉が、その時の彼女の全てだったようにも思えます。自分の子(=薫)を持つ未来を夢見ていた、しかしそれを奪われて灰のような日々を送っていた彼女にとって、ベッドの上の赤ん坊はどんな風に映ったか。
葛藤を手と腕に表しながらも、小さな命を優しく抱きしめる希和子の笑顔は、私しろがねの視線をグググっと釘付けにします。笑っているのに、その奥にあるぐちゃぐちゃに入り交じった感情がこっちにも伝わってくるようで、すごく辛いシーンだった……

かくして生後4ヶ月の赤ちゃんを誘拐した希和子は、何年にもわたる逃避行生活を送ることになります。ちゃんとママになるための勉強をしようと本を買ったり、その時自分にできることを全部やろうとするんだよね。えらい。


所々の「母親」仕草がブッ刺さる

しかし、テレビを見れば世間では「赤ん坊が誘拐された」というニュースで持ちきり。このままでは見つかってしまう、と焦りを募らせた彼女は、いかにも怪しそうな「エンジェルホーム」という現代の駆け込み寺に入ることになります。
良く言えば、現代と隔絶されたもう一つの小さな社会。悪く言えばカルト宗教の修道院……ここでの生活は確かに、外界と隔てられているから赤ちゃんを誘拐してきたなんて分かりようがありません。そして多分テレビとかラジオの類いもないから、自分の正体もバレない。まさにうってつけ!

ただ……希和子の「お母さん」意識がこの辺でもう出始めてて辛い。
例えば、最初はエンジェルホームで一番偉い「エンゼル」という女性に挨拶をするんですが、彼女は赤ん坊を見ると興味深そうにサッと両手で奪うように抱きかかえるんですよね(この理由も映画内でしっかり語られてます)。
その時の希和子の(えっ……?)という様子がこっちの心臓に来てヤバい。胸がギュッとなる。早く返してやれよぉ、と思いながら見てた。しんどい。

そして、エンジェルホームでの「名前」を与えられるシーン。
ここで二人は新しい名前を貰って、それで暮らすことになるわけですが……名前を書かれた札を受け取る時の希和子の顔が、もう、なんともいえねぇんですよ……
希和子は、赤ちゃんを「薫」と呼んでいました。これは、彼女がかつて堕ろしてしまった赤ちゃんに付けたいと思っていた名前。思い入れのある、大切な名前です。これを、奪われるわけです。

やや事件的な出来事もあって子供の元へ駆け寄る場面もあるのですが……その時もやっぱり「薫」という名前を呼ぶんですね。ここに来るまでで色々な形の「母親」と出会ってきた彼女は、着実に一人の「母親」になっていっているわけです。


現代編はスロースタート 小池栄子さんの演技に注目

一方の、現代を生きる恵理菜はどこか無感情な日々を送っていました。安藤千草というルポライターの女性に絡まれ、赤ちゃんの頃にあった誘拐事件の話を聞きたいとせがまれます。それがきっかけで、当時の事件へ繋がる記憶の扉を開けようとするわけです。

あんまり役者のことは詳しくないんですが、この千草さんを演じた小池栄子さんのことは知ってました。大人のお姉さんのイメージが強かったので、こんな演技できたんだなぁ、と驚きました。というか、演技力が凄い。
千草さんはどこか落ち着きがなく、コミュニケーションも距離感がうまく取れてないタイプの人間なんですが……彼女のキャラクター性が一番濃く現れたのが、恵理菜と千草の二人で焼きそばを食べるシーン。
恵理菜はしっかり器を持って食べてるんですが、千草は器を机の上に置いたまま身を屈めてガツガツ食べるんです。しかも口に物入れたまま喋ろうとするし。この辺の人物表現の幅が広すぎて、いち小説書きとして「こんな表現もあるんだ……」と口が開きっぱなしでした。


脱線した、ストーリーに戻ります。
恵理菜の交友関係は最初、不倫相手の男性くらいしか見られませんでしたが、ここに千草が割り込んできます。そうした中で、男に例の「子供が出来たらどうする?」の問答をするわけです――腹の中に子供がいる状態で。

前述の通り、「(ざっくり言うと)堕ろしてほしい」という雰囲気を感じ取った恵理菜はそこで別れを切り出し、お腹の子供を育てると決意を固めました。
これは、過去編の希和子と別の道を行く選択をしたことになるため、非常に印象深いポイントです。不倫相手の子供を堕ろして「がらんどう」になった希和子、不倫相手の子供を産んで一人で育てると決めた恵理菜の対比がここではっきりと描かれます。

そして……もはや友達のようになっていた千草から、かつて自分は「エンジェルホーム」という施設にいて、小さい頃の恵理菜と二人で遊んでいたのだという事実を教えられます。Oh, it's a small world !!
思い出巡りをするのも兼ねて、二人はエンジェルホーム……があった跡地へ。21年の時が経ち、かつての小さな社会は見る影もありませんでした。


助けてください、心臓が持ちません

過去編。エンジェルホームで数年を過ごした薫(恵理菜)と希和子ですが、もしかしたらエンジェルホームに警察が入るかも知れない、というお知らせを聞いたある日、希和子はここを出て行くことを決意します。カルトからの脱出ってめちゃめちゃ緊張するから心臓に悪かったです。マジでギュッてなった。心臓弱いならそもそもこの映画見るな。

ここなんですけど……映像で語られるシーンでは初めて、希和子が薫を叱るんですよね。この時の薫の表情が(ヒッ……!?)という感じで、すげぇなと唸っちゃった。あんなに優しくしてくれたママが、自分に向かって初めて「黙りなさい!」と言った……え……? という困惑と混乱があの表情に出てるんです。すげぇよあの子役の人。今元気してるかな?

それで二人はエンジェルホームを脱出して……施設で仲良くしていた女性の縁を伝うように、小豆島まで向かいます。
いいところだねぇ、小豆島。この「島」ってところが舞台として最高。陸路での逃げ場がない、物語のクライマックスを迎えるに最適の場所。ぼくは設定厨なのでこの辺で絶頂しました。いいなぁ、おれも島で物語の一番良いところを迎えたい!

美しい小豆島は、まさに楽園のような場所です。希和子を知る人物もいるはずがなく、成長した薫を一目見て「誘拐されたあの子」と分かる人もいるはずがなく……夢のような時間を過ごすことになります。
ここが本当に幸せそうで、心臓が引き千切られそうになるんですね。途中でお祭りにも参加したりと現地人として暮らしていくんですが、瞬間瞬間、ワンシーンワンシーンがキラキラと輝いていて……まさに、地面を出てきたセミが鳴きながら夏を謳歌するかのよう。

……ですが。
ひょんなことがきっかけで、小豆島にいる希和子と薫のことがバレてしまいます。急いで島を出ることにした希和子でしたが……もうダメだと思ってたんでしょうね。

島の写真館を訪れて、「家族写真」を撮ってくれ、とお願いするんです。

こんな……こんな重い「家族」って言葉があるか……(ひっくり返ってのたうち回る白金)


恵理菜と千草の絆が癒やしポイント

現代編。エンジェルホーム跡地を離れた恵理菜と千草も、恵理菜の過去を求めて小豆島に向かいます。この辺から、過去編と現代編のシーンが交差していく演出が入って、これがまたなかなかに良い。是非ともちゃんと映画で見て欲しいおすすめポイントですね。

この辺(だったかな?)でもう一つ外せないポイントが……自分はダメだ、母親になんてなれないと弱音を吐き始めた恵理菜に、千草さんが「ダメな母親でも二人ならなんとかなる」と励ましの言葉を掛ける場面があります。
エンジェルホームで育った千草さんは、男という存在が居ない場所で幼少期を暮らしていました。彼女もまた、恵理菜と同じように子供の頃の大切な時間を奪われた一人……皆と同じ"普通"を送れなかった彼女は男性とコミュニケーションが取れない人物になってしまっていたのです。

人との距離感の詰め方が妙におかしい点、どこかON/OFFのレバーが壊れたようなテンションの上がり方、親のすねをかじって暮らしているという自虐、今までの千草さんが醸し出してきた違和感が、ここで全部一本の筋に収束します。
これがもう、あまりに見事だった……
この映画においての「エンジェルホーム」は、希和子と薫を一時的に匿った「功績」こそありますが、どうしてもカルト的な一面は否定できませんでした。その中で、エンジェルホームという設定がここでいよいよ「悪役」として登場し、かつて安藤千草という一人の女性の人生を修復不能なほどにねじ曲げていたことが発覚するわけです。

白金は設定厨です。
ええ、もちろん。絶頂しました。

真の意味で互いを吐き出し合い……エンジェルホームの偉い人の言葉を借りれば「魂で話をした」二人は小豆島巡りを始めます。そして、遂に、恵理菜は21年前の事件、育ての母「野々宮希和子」の記憶をたぐり寄せるのです。
話の構成ヤバくない? 全おれが嫉妬して世界中のハンカチが千切れるが?


分かっていた結末 それでもつれぇよ……

フェリーターミナルの前に立った恵理菜が思い出したのは、かつて自分を誘拐した希和子との「別れ」の場面でした。

写真を撮って、もう思い残すことはない……でもワンチャンあるかもしれない。そんな風に細い光を追い求めながら、売店で夜ご飯を買って船の切符売り場へ……
しかし、もう既に、捜査の手はここまで届いていました。

希和子は薫に「先に行く」ようにと言って、精一杯の笑顔を浮かべます。ここがもう、最高に母親の表情をしてるんですよ……泣きたい、遠ざかっていく薫を捕まえたい、抱きしめたい、本当の別れの言葉を言ってあげたい、でもそれは叶わないんです。

なぜなら……希和子は「母親」だから。
最後の時まで、薫の母親としていなければならなかったから。

アアッ……(嗚咽)

込み上げてくる「愛」を全部腹の底に沈めて、ぐしゃぐしゃに涙を流しながら精一杯の笑顔を浮かべて、小さくなっていく薫の背中を見送る希和子……そして、逮捕されながらも発した、この映画を代表する台詞。

「その子は まだ ご飯を食べていません」

きっと、薫が「保護」されてしばらく、その子自身で自分の状況を説明することは出来ないと思ったのでしょう。突然知らない人たちに連れて行かれることになるわけですし。なんなら、薫がずっと黙ったまま何も喋らない……なんてこともあり得る。
だからこそ、希和子は最後に、薫がまだ食事していないことを伝えたのだと思います。子供のことをちゃんと分かってる母親じゃないと、こんな機転を利かせられるわけがない。

そんな風に、過去の回想がひとしきり終わって……恵理菜は最後、希和子が自分のことを愛してくれていた、という真実に手を掛けます。

物語はエピローグへ。恵理菜は「家族写真」を撮った写真館へ向かいます。


唯一の、そして最大の救い

最後、恵理菜が訪れた写真館に行くと、写真館の変なおっちゃんが「来い」と写真を見せてくれます。それは確かにあの時、希和子と"薫"が二人で並んで撮った写真でした。
そして、写真を撮る際のやりとりをはっきりと思い出します。

「ママはもういらない。何もいらない。薫が全部持って行って。大好きよ、薫」

自分の両親とうまくいかなかった原因を、恵理菜はいつしか希和子にぶつけるようになっていました。あの人のせいで、あの女のせいで……しかし、希和子はどこまでも真っ直ぐな愛を"薫"="恵理菜"へ注いでくれていたのです。
写真に写るのは、笑顔を浮かべる希和子。
あとそう遠くないうちにこの生活も終わってしまう。その中で彼女は最後まで「母親」として在り続けたのです。

そして、恵里菜に決定的な変化が訪れました。
希和子の愛を思い出した恵理菜は、ここで初めて声を上げて泣くんです。今まで何があってもほとんど動じることのなかった彼女が(それこそ"生みの母親"にすごい剣幕で迫られたときでさえ)、初めて自分の全てを曝け出して、心の中に愛が芽生えた感動に打ち震えるんです。

これがもう見事で……いやぁ……圧倒されちゃったヨ……
そのままエンディングに入って、しばらく口をぽかんを開けたまま天井を眺めてました。「えっ、小説ってこういうコンテンツと勝負しなきゃいけないの?」って若干気が遠くなりましたね。見る価値ありました。とりあえずオタクは全員見て情緒を破壊された方がいい。よく「女性に刺さる映画」と言われることもあるらしいけど、男の僕にもしっかり刺さりました。


総評:寝る前に見るんじゃなかったナ

邦画の傑作と言われる「八日目の蝉」……このタイトルも、見終わればスンと腑に落ちるようになっています。地上に出て七日しか生きられないセミが、もし八日目を生きられたとしたら? そんなオタクの大好きな問いに対して、一応作中では何かしらの回答が出ていると思います。

なんというか、やりきれねぇ気持ちになっていると、「八日目の蝉」というタイトルが――
「えっ、希和子と薫の二人暮らしが幸せそうだからもっと続いて欲しい? しょうがねぇな、小豆島(八日目)用意してやったからエンジョイしとけよ~。まぁ最後は逮捕されるけどな!w」
という作者の高笑いにも聞こえてくるようで、おれはもう寝た方がいいのだろうと思いました。寝れるか。こんなもの見てまともに寝付けるとでも思っているのか。おれは人間だぞ。眠れないからこんな記事書いてんだよ。

まあ、この映画を見る「当初の目的」は達成できたので、形だけでもベッドで横になろうかと思います。ウオンウオンウオン情緒が壊れたまま戻ってこないウオンウオンウオン……恵理菜と千草、幸せになるんだぞウオンウオンウオン……



追伸:小池栄子さん、顔めっちゃ良いよなぁ……

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