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僕はどんなストーリーを残せるのだろう【ハイダ語カンファレンス最終日:24/1/21】

・今日も早起き。ハイダ語カンファレンスの最終日だ。8時にバスが出る。バナナを口に突っ込みコーヒーで流し込む。

・シャトルバスにはすでにレオナおばあちゃんが乗っていた。朝から元気。博物館までの道のりでは、オーディオブックの「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」を聞き続ける。今年4月にはヘルシンキを訪れる予定なので、主人公がフィンランドに友人を訪ねにいくシーンには聞き入ってしまった。北欧の湖を吹く心地のいい風を想像させる美しい情景描写に脱帽である。

・博物館につくと、すでに他の村の長老たちは席についていた。五日間ぶっとおしでのカンファレンスできっと疲れも溜まっているであろうに。

・今日のスケジュールはこれまでのセッションの振り返りと政策提案を構想するというもの。僕の先生であり、マセット村ハイダ語センターのスタッフであるジューサルジュスは午後にオタワに飛び、カナダ政府との会合に出席する。ハイダ語を継承していくプログラムへのファンドを取り付ける、大切な仕事だ。

・「どのセッションも素晴らしかったけれど、昨日のストーリーテリングは本当にパワフルだった。ハイダの神話をハイダの言葉で聞き、学べるというのは貴重な経験」アラスカからはるばるやってきたエイプリルというおばちゃんがシェアする。

・強く同意する。僕もこの場所の人々に興味を持ち始めてから、さまざまな媒体でハイダの神話を深ぼろうとしていた。本で読み、絵本を開き、論文を漁った。しかしなによりも、教室にいるエルダーの口から語られたストーリーほど力を持ったものはなかった。結局のところ、ハイダのストーリーはオーラル・ヒストリーなのだ。文章として記述されることを想定されていない、しかるべき運命を背負って幼い時から訓練を受けたストーリーテラーが語るべきものなのだ。いくら本で読もうと、人伝いに聞こうと、現地で本人の口から聞くことに勝る経験はない。

・この場所に集まっている長老たちの、静かな熱量には胸を動かされるものがあった。数千年という時間をくぐり抜け、民族としてのプライドとアイデンティティを繋いできた固有の言語を、何とかして後世に繋げたい、繋げなくてはならないーそんな気概を、教室の空気から感じ取ることができた。

・もちろんその道は決して視界良好とはいえない。僕と同じような世代の学習者を、今回の会合では数人しか見ることができなかった。日本であろうとハイダグワイであろうと、若者世代や子育て世代にとって、目の前の生活を一日一日と生きていくことが喫緊の問題なのだ。いくら自らのネイティブな文化や言語の重要性を理解しているからといって、そこに日常のなかの大きなリソースを割くことは難しいだろう。僕がこう参加できているのは例外に過ぎない。

・最後のシェアリング。マイクが回ってきて、僕も感謝と意見を述べる。学ぶ機会を分け与えてもらえて、この場所に受け入れてもらえて、本当に感謝していること。長老たちの口からストーリーを聞くことができたのは、自分がこれからの生において、ずっと抱えていくであろう大切なものになったということ。

・「ひとつの提案というか、外部の人間の意見として聞いていただきたいのですが」言葉を選んで、思っていたことを伝える。「若い世代がハイダ語を学習する現実的なインセンティブを作る必要があると思うのです。先住民言語を学ぶことは、僕のような非英語圏の人間が英語を学ぶことで得られるようなプラクティカルな利益をすぐにはもたらしてはくれません」

・「ただ、自分たちのルーツとしてハイダ語を学ぶことは、きっとそれ以上の価値があると思うのです。その価値は目に見えず、その大切さをはじめから理解はしにくくはあっても。目の前の生活を繋いでいくことに精一杯な若者たちを支援し、学習を促進するためにも、奨学金のような金銭的インセンティブがあればいいのでは、と思いました」

・誰もが僕のように時間があり、融通が効き、そして言語学習というものに純粋な好奇心を持っているというわけではないはずだ。その点において、自分はそうとう恵まれているな、と改めて思う。ひとりの招かざる客としてこの島で生活し、その文化に魅了された一人として、僕にいったい何ができるのだろう。そうずっと考えている。

・感謝の言葉が交わされ、長老たちへの敬意のギフト、そのお返しにスタッフへのギフトが贈られる。贈り物をもらった人物は中央に躍り出て、ドラムの音に合わせて身体を揺らす。最後には最高齢のイルスキャーラスが祈りと捧げ、五日間に及んだ会合は終了となった。

・ランチタイムにはサンドウィッチとスープが配られる。僕も配膳を手伝い、さまざまなストーリーを伝えてくれた数々の長老のもとに食事を運ぶついでに、感謝を伝える。僕が彼らのような歳になった時、どんなストーリーを残せるのだろうか、とふと思った。

・さすがに数日間続けて顔を合わせていると皆僕のことも覚えてくれたようで、いろいろと声をかけてもらえる。「ここのところあってはいないけれど、何年と続けてハイダグワイにきていた日本人がいたわ。あなたのテリトリーと我々のテリトリー、結構縁が深いのよ」ひとりのおばちゃんがそう話しかけてくれた。『国』という言い方ではなく、『テリトリー』というのが新鮮だった。

・この会合に参加できてよかった。僕がどんな貢献をできたかはわからないけれど、もっとこの地の言葉を学びたいと思ったし、学んでもいいのだろうという感覚を得ることができた。また長老たちに会えるのが楽しみだ。

・バスでマセット村に帰り着いたのは15時前。まだ明るい。隣のルークのサウナに火が入っていた。昨日は走れていなかったし、一週間ほどサウナにも入っていない。犬二匹を連れてビーチを軽く走り、ストレッチをしてじっくりサウナに入る。

・外気浴をしているとルークが長距離ランから帰ってくる。今日は22キロ走ってきたという。ちゃんとした練習だ。「君がいいモチベーションになっているよ」先週、彼に七月のマラソンで勝つと宣言してから、ルークも嬉しそうに体づくりを始めているようだ。ランニング仲間がすぐ近くにいるのは楽しい。

・夕食にはタロンが鹿肉のフォーを作ってくれる。繊細な出汁が効いていて美味しい。彼は18時過ぎにはキャビンで寝るといって出て行ったので、それ以降は猫と遊びつつ原稿を書き進めた。ちょっとドラマを見て夜更かしをし、2時前にベッドに潜り込んだ。

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