ネズミ講編 その1の2(喫茶店で逢引き、みたいな)
件のアポイントメント当日、品川の隣に位置する大崎は快晴だった。
今でこそメガクラスのビル群が立ち並ぶゲートだかなんだかという令和エグゼクティブ好みのラベリングがされているが、当時は「本当に何もない」という陳腐な表現がフィットしている地域だった大崎。
23区内かつ品川というビッグネームシティの隣に位置しながら埼玉郊外のベッドタウンのような静けさが「いかにも私が東京様だが?」という顔をして毎日もったりと鎮座していたものである。
駅までの道中にある赤提灯や駅前の大判焼き屋台が妙に侘しく、眼前に聳える巨大ビル群との対比とも相まっていったい大崎というのはどこの時空と繋がって蠢いているのが真実なのだろうかとクラクラしたが数日もすると人並みに麻痺してくるのだった。徐々にこの街並みが好きという感情さえ湧いてくるので「住めば都」というのは人間の自衛本能から来ているのかもしれない。
その大崎に、酒と薔薇の予感を持って女が訪ねてくる。
「どうしよう、そういうコトになった場合は。まずいぞ。寮の自室では無理だから、どこか探すか。恐るべし東京、早速こんなに俺を攻めたてやがる」
危険度100%罠ドハマり電話を受けた日から、俺の頭はこういうことでいっぱいになった。それはそうだろう、何しろ思春期にネテロ(*)よろしく正拳突きばかりやってきた童貞野郎なんだから無理もない。祈る時間も軟弱なクソサークルの7億倍はあったはずだ。
当時インターネットは一般人の手にはまだまだ遠く、今のようにまさに手のひらの中に世界を収めるようなことは到底できなかった。
しかしそこは一部上場の巨大企業、俺の出向先のパソコンはしっかりとインターネットに繋がっていた。まだまだ情報量は少なく「すごく便利」とは逆立ちしても言えないようなシンプルサイトばかりだったが、出たてのネットスケープを情熱でブン回してイミフな英語メニューを乗り越えなんとかそこで事前に五反田のホテルに目星をつけておいたのである。
いよいよ準備は整ったぞ。
金も下ろしたし。
歯磨きとモンダミンも抜かり無し。
指定の喫茶店に向かう足取りは軽かった。着衣総合レベルなどは目も当てられたものではないだろうことは想像に難くないが、鳩尾より立ち登る抗えない熱に浮かされた童貞少年にはそんなことはハードルになり得ないだろう、今埼玉で金星を見上げながらそう思う。
約束の11時、これは実に絶妙な時間設定であるなと思う。
朝食にはもちろん遅いし(当時はブランチなどテレビの中の絵空事だった)昼食はそこに見えてはいるが少し時間あるよね。
1時間がしっかりとした形を持ち、為すべき事を色々するための変数を入れておく脳内メモリが確保される。
10分前に到着した俺は店内にそれらしき女性が見当たらない事に安堵し席につき、味の違いなどわからないがアメリカン420円をオーダーしレモン水を飲み息を整える。
店内には上品そうな老夫婦とパリッとしたポロシャツなど着ている青年が2人。きっと良い大学を出ているサラリーマンだろう。
半分ほどコーヒーを飲んだところで、土曜の喫茶店には少々不似合いなビジネススーツを着た女性がカランと入り口のドアを開ける。
来た。
いよいよ始まるぞ。東京。
「あ〜シリウスさんですかぁ〜、初めましてぇ!」
予想よりちょっと上品な、25-27歳ぐらいの落ち着きを纏った黒髪のイイ女が早速俺を発見しこちらに歩いてくる。
俺も立ち上がり「あーどうも、はじめまして」と余裕ありげな挨拶をセレクトし提示した。
「私はアイスコーヒーにしよう、アイスひとつくださぁい」
手慣れた感じでオーダーをしつつ向かいにゆっくりと着席をする。
またまた長くなってしまったので今回はこのぐらいにして次回で完結させよう、そのように精進します。
アディオス、アミーゴ。
※ネテロ
HUNTERxHUNTERに出てくるハンター協会の会長。
→参考リンク
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