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あなたに逢えてよかった


今日、彼女はいるだろうか。
はやる気持ちを押さえながらいつもの場所に向かう。

彼女と初めて会ったのは、ある日の夕暮れ。
空が複雑な色に染まり周りの風景が輝きだす、1日のうち30分しかないと言われるトワイライトタイム。
とてもきれいな夕日に照らされて、橋の欄干にもたれて静かにたたずむ、美しい彼女の横顔に思わず話しかけてしまったこと。
普段の自分なら絶対にしないことをしてしまい、恥ずかしいと同時に自分にこんなことができたのかと驚きもしたことを憶えている。

彼女は少し驚いたようだったが話すうちに次第に打ち解けていろんな話をしてくれた。
好きなこと、住んでいる街の話、家族の事。彼を自殺でなくしてしまったことも。
亡くした彼のことを想っていたからあんなに美しい表情をしていたんだなと今になって思う。

今まで自分はそんなに人を愛したことはなかったから。
自分から積極的に相手を求めることは一度もなかった。
もちろん、今まで自分のもとに寄ってきてくれた女性はいた。
自分を選んでくれて嬉しいなと思う気持ちはあったけれど、どの人も同じように見えて。
求められたら優しく声をかけて、自分の弱みを見せて気を引いて。相手がさらに興味を持ったら雑に扱ったり優しくしたりを繰り返すとたいていの人は簡単に落ちる。
そんな心理ゲームをしているだけだった。
攻略したら、落としたらもうゲームクリア。
そこから先は全く興味がなくなっていた。
相手は女性だけでなく男性だったこともあった。
自分のことを求めてくれる人がいる、と感じることで自分を認めることができて自己肯定感を高めていたんだと思う。
クリアした後は虚しさだけがのこったけれど。

ただ、彼女だけは違った。何がどう違うのか言葉で説明することはできないけれど、彼女だけは特別だった。

次に会った時、彼女は以前会った時のことを完全に忘れているようだった。
初めは驚き、深く傷ついたけれど、同じように自分に心を許してくれる過程を味わうことができるのならそれもいいかと思えた。
それほど彼女のことが好きになっていた。

「恋は誰かを救うことがある」そんな安っぽい言葉、今までは鼻で笑っていたけれど、真理なのかもしれないと今では思う。
きっと恋する気持ちは救ってくれる力があるんだ。


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今年もこの日が来た。
高校時代に付き合っていた彼の命日。
ケンカした次の日にニュースで知った彼の死。
「もう知らない!大っ嫌い!死ねばいいのに!」
軽い気持ちで言った一言がまさか彼との最後の会話になるなんて。

本気で言ったと思ったの? それとも、私を傷つけたかったの?

今となってはもう答えを確かめようがない問いにずっと支配されてぐるぐる同じ思考の迷路から抜け出すことができない私がいる。
ただ、あれから気をつけていることは2つ。

人を傷つける言葉は使わないこと。
もう誰とも恋をしないこと。

もう2度と好きな人を失う悲しみを味わいたくない。

そう、心に決めていたのに。
10年前、偶然出会った人にたまたま彼の話をしてしまったのが間違いだった。
その時にはもう2度と会わないから、と思っていたから吐き出した苦い思い出。
なぜだかその後も毎年、同じ場所でその人に会っている。
初めは知らないふりしてスルーしようと思っていたけれど、話すうちにその人に惹かれている自分がいることに気づいた。
その人の中では私は「記憶障害をもった可哀想な女性」という印象なんだろう。
それなら、そのイメージを守りたい。求められる女性像を演じたい。

「あれから19年。わたしももうすっかりこんな年齢になってしまったよ」
そう呟いて、今年も彼が最後に見た景色を見に行く。
けれど彼の死を悔やみに行く気持ちよりも、あの人に会える喜びの方が大きくなっていることにもう気づかないふりはできないなと自嘲した。

自分で決めた2つの決まり。そのうちの1つが守れそうにない。

「恋は誰かを救うことがある」
彼の死後むさぼるように読んだ自己啓発本のどれかに書いてあったような薄っぺらい言葉が、言い訳として今の自分を支えてくれる。
きっと恋する気持ちは救ってくれる力があるんだ。


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警官A「先輩、ここ数年、自殺者がすごく減っていますよね」

警官B「昔は飛び降りの名所だった橋があったんだがな。今は全く誰も飛び降りてないんだ。」

警官A「知ってます! あの橋、ですよね。 毎日、女が一人でブツブツ言いながら徘徊していて、気味が悪い、ってので誰も寄り付かなくなってる場所でしょ。」

警官B「おいおい、一般市民にそんな言い方するもんじゃないぞ。だけど、まあ、そうだな。」

警官A「変な人は時として誰かを救うことってあるんすね。」








#2000字のドラマ

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