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音大卒がテレビ業界で働いて4年が経ったので、少し振り返ってみようと思います。

自己紹介

人生一番何を頑張ってきましたか?と聞かれたら音楽ですねと胸張って言ってしまうぐらい音楽のことしか頭にない人生を送ってきました。
高校は音楽コース、大学は音楽大学。習い事はピアノに声楽にバレエ、聴く曲はイタリア歌曲。好きな作曲家はヴェルディです。

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音楽一色の人生からテレビ業界へ

なぜテレビ業界に就職を決めたのか。
実は最初からテレビ業界を目指していたわけではありませんでした。
十何年間ずっと音楽と一緒だった当時大学生の私は、社会人になっても音楽をやるんだろうなとやんわり思っていましたし、ほのぼの歌って毎日音楽なんて楽しいなあって人生軽く考えていました。
大学3年生の春、来月イタリア研修に行くぞ〜って時に「あら?貴女、就活するの?音楽やるの?」って声楽の先生に聞かれるまでは。

「就活」

突然突きつけられた聞き馴染みのない2文字の単語は、来月イタリアで恋人を探して嫁ぎ先を見つけるって笑っていた私を一気に現実に戻すには十分な言葉でした。
もうそんな時期なんだと憂鬱になりながら、頭の片隅でそういえば友人も就活始めるって言ってたな〜と思い出し、先に見つけるべきは就職先だなと考えをシフトチェンジしました。

そこからはすごく早かったです。
どうせやるなら楽しいことがしたい!全く違うところに行こう!音楽番組とか楽しそう!と選んだのがテレビ業界でした。
研修先のイタリアでルームメイトとエントリーシートを書き、いいところや悪いところを教え合い、写真を撮り合い、ついでにイケメンも探しました。

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1ヶ月経ち、日本に帰ってからは本格的に就活を始めて、音楽番組がしたい!という気持ちだけで押し切りあっという間に最終面接。
ここが落ちたら田舎に帰って歌うのもしばらくはいいかな〜と感傷に浸っていたのに、面接が始まってからの記憶はなく、気付いたら面接官5人の前でイタリア歌曲を歌っていた。
「歌ってください」と言われたのか、空気に耐えられず自分で「歌います」と言ったのかは忘れたけれど、願わくは前者であって欲しい。

スーツを着た男性5人の前でアホみたいに大口開いて歌うなんてこれが最初で最後だろう。やっぱり、イタリアで恋人を探して嫁いどけばよかったとひどく後悔した。私の就活いろんな意味で終わったな、もう田舎に帰ろうと思いながら歌い終わり少し話した後、『4月からよろしくお願いします』と言われて「…え?ドッキリですか?」と答えたのだけ覚えています。

歌ったことが功を成したのか、翌年4月私はテレビ業界にいました。
配属された番組は『くりぃむクイズミラクル9 』
キラキラした音楽番組ではなくゴリゴリのクイズ番組。配属を言われた時、内心驚きと焦りと不安しかありませんでした。
元々声楽専攻で声が大きく、他専攻の人から『脳みそがないから、声がよく響くんだよ』なんて言われていた私がクイズ番組。怖いななんて思っていたけど実際配属されるとすごく楽しかったです。面白い先輩ばかりで毎日笑っていたように思います。もちろん音楽しかしてこなかった私は勉強ができないので、ディレクターの『この義務教育問題わかる?』に対し『いや、その授業の日学校休んでいて習っていないですね』と返していましたが。

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ADになって初めての仕事

皆さんはADになって初めての仕事ってなんだと思いますか?
収録準備?ロケ?先方への電話?許諾確認?ハンコまわり?
正解は、物撮り用のでっかい椎茸を探して買ってくる事です(※私の場合)

リアルに2回ぐらい聞き直したけど返ってくるのは「増山ちゃんはでっかい椎茸1パック買ってきてね」のみ。正確には、「飾り包丁」と答える問題の補足情報として大きな椎茸をバッテンに切ってその様子を撮るために買いに行ったんですけど。この時スーパーにはでっかい椎茸は置いていないことを知り、生まれて初めて友人からの夜ご飯の誘いを『ごめん!!今でっかい椎茸探してて!』と断りました。

その3年後には新年早々五反田でトルティーヤを探しているんですけどね。でっかいトルティーヤとかじゃなくてよかった、普通サイズは探しやすいです。

こんな感じでクイズ番組はどちらかというとロケより物撮り用の品を買ってくることが多かったように思います。
他にもファービー人形や塩レモン麹、赤べこ、などなど、普通に生活してたら絶対買わないだろうなってものを多く買い、気付いたら私のデスクはおもちゃでいっぱいになってました。

本当にいろんなものを買うのでごく稀に何年前に買ったの?みたいな古い掘り出し物が引き出しから出てきたりします。

ある時、たまたま行った占いで「引き出しに良くないものがあるからすぐ捨てなさい」と言われて、次の日引き出しの下を確認したらいつのものかわからない謎の絵馬が出てきたこともありました。
流石に悲鳴を上げた。
聞くと先輩が2年前物撮り用に買ったらしく、先輩に断りを入れてその絵馬は、塩振ってその場で捨てた。

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得意なこと

「音楽以外で得意なことってあるの?」と入社して2年目の時、突然先輩に聞かれました。
その時は世間話なのかなと思い「イラスト描くことですかね」と答えましたが、続けて何か描いてみてよと言われてたまたま目の前にいたディレクターを書きました。

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そこから絵が描けることを褒めてもらって、セット図を描いて台本載ることもありました。いい思い出です。
他にも字が綺麗だね、や絵が可愛いねと演者さんから褒めてもらえた時は「得意でよかった〜」ってなります。

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きっとあの時得意だって言わなかったら台本にイラストが載ることもなかっただろうし、他の仕事をもらうことなんてなかったなと思います。
私の人生は就職してから180度変わり、他のところでは経験しないような事もたくさん経験しました。
音楽一色の生活もとても楽しかったけれど、今の生活は毎日驚きと変化があってとても面白いです。
これからもいろんなことに挑戦し今後も頑張っていきたいと思います。

株式会社シオン
アシスタントディレクター
増山 志津奈

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