我々は何を赦し、何を許さないのか(映画『ひどくくすんだ赤』感想)
戦隊モノのパブリックイメージを考えよう週間
特撮オタクの皆さん……! まだ一週間も経っていないんだぜ? 我々は漫画『桃の園』を論って「解像度が低い」だの「そんな戦隊は無い」だの言いつつ、たった一日でこの話題を弄るのに飽きてしまっていたわけです。
せっかく1万5千字を書いたというのにあの記事あんまし読まれていません。話題の消費、速すぎません?
さらに漫画『桃の園』の炎上に飽きたと思ったら、その翌日に「戦隊モノ」への解像度が高いと評判の『異世界レッド(略称)』のアニメ化が告知されるとは……!
しかもスタッフの多くは特撮ファンになじみ深い面々。「戦隊モノ」もとい「東映スーパー戦隊シリーズ」のファンも納得のアニメになりそう。
さて、一連の話題の中で名前が出ていたのが、映画『ひどくくすんだ赤』で、奇しくもこの夏公開されたばかり。短編映画ということもあり上映館は限られているが、主要都市で封切られている。これは『桃の園』で振り上げた拳のためにも、ちゃんと観るしかない。
『ひどくくすんだ赤』はどんな映画か
というわけで、行ってきました。
詳しいあらすじは公式サイトを見ていただくとして、ざっくり言うと、戦隊ヒーローや敵怪人が実際に存在している世界で、『稲妻戦隊サンダーファイブ』が解散してから40年(推定)ほど後の社会が舞台。
劇中の戦隊であるサンダーファイブは、前回の記事で書いた「戦隊モノのパブリックイメージ」にびっくりするほど沿っており、予算がついていたら、きっと名乗りの爆発@岩船山や武器を使った必殺技もあったと思われる。怪人がレインボー造形謹製なのもびっくり。そこを忠実にする?w
話の筋は概ね次の通り。ネタバレがいやな人は、目次をクリックして次の項目に飛んでください。
冒頭で、誰かが誰かの墓に赤いスカーフを供える。いきなり陰気くさい。そして酒浸りの中年が映し出され、彼が主人公の「レッド」であることがわかる。無為で底辺ともいえる生活ではあるが、ヒーローだったがために身体が無用に頑丈で、彼やかつてのチームメンバーは、事故に遭おうが不具となろうが、死ねずにいる。
そんな中、レッドはメンバーを訪ねて回り、希望と力に溢れていた少年時代を思い出す。
かつて少年少女だった彼らは戦隊に相応しいと選ばれ、特訓を受け、自分たちを「ホワイツ(Whiteの複数形)」と名乗りたかった。それが、パブリックイメージの戦隊まんまの「稲妻戦隊サンダーファイブ」と名付けられてしまう。観客は大人の事情を想起するが、純真無垢ではいられないことの暗示であろう。
現代では、仕事が長く続かず廃品回収業をしながらゴミに紛れた缶コーヒーを啜るイエロー、右腕を失い病院のベッドに寝かされたまま目覚めないブルー、動かぬ足で車椅子生活の上に息子が心身障害者のピンクと、行く先々で、地球を守ったヒーローのその後とは思えぬメンバーの姿が映し出される。
その道中でレッドは、かつて殺害した怪人の忘れ形見に出会うが拒絶を受けて混乱して激昂、周囲の民間人を殴り倒す。血のついた拳に、過去の出来事がフラッシュバックする。
贖罪というには身勝手な行動。イエローには自決用の毒薬を痛み止めと偽って渡し、寝たきりのブルーを怪力で扼殺。ピンクを手にかけようと訪問した時に、グリーンが自殺した理由を聞かされる。
40年前のある日。怪人出現の報に駆けつけた5人。力に呑まれて暴走するレッド。怪人の返り討ちにあったブルーは腕を切断され昏倒して再起不能になり、前後不覚になったレッドはピンクを強姦。そのときにできた子供は、世に生まれ出でたものの、脳実験を繰り返されて障害者に。グリーンは同性でありながらレッドを慕っていたが、チーム解散後に事情を知ってピンクと結婚。グリーンは最終的には心の行き場を無くして、自殺してしまった。これが真相だったのだ――。
冒頭の描写は、グリーンの墓へレッドが参り、少年時代に彼に頼まれていた「僕が死んだら君のスカーフを入れてくれ」に応えたものだった。
そして、全て自分の引き起こしたことであると、レッドは自らが犯した過ちに苛まれる。首を括っても死ねず、最後は自分を自分で何度も殴りつけ、ひどくくすんだ血に塗れる。薄れゆく意識の中、桜舞い散る土手で少年少女時代の仲間と手を繋ぎ、楽しそうに走って行く姿が映し出される……。
この映画でパブリックイメージはどう活かされたか
なんというか『桃の園』は、戦隊モノのパブリックイメージを利用しようとして、「ミリしら」で「エアプ」なくせにチラチラとオタクに目配せしようとしているのが、特撮オタクの怒りを増長させていたわけです。
ところがこの映画はR15ということもあって、そもそも「東映スーパー戦隊シリーズ」を見せたいわけではないというのがわかる。ターゲットの範疇に、そう思い込む特撮オタクを想定していない。
劇中の「稲妻戦隊サンダーファイブ」は、推定するに40年前の戦隊で、「40年前の戦隊のパブリックイメージ」すなわち、40年前の特撮オタクでさえも「戦隊ってこういう感じだよな」となるせいぜい『科学戦隊ダイナマン』までのイメージです。前回紹介した『愛國戦隊大日本』が戦隊パロディ像だった時代。だから、違和感がない。
スカーフ(マフラー)もダイナマンの前年の『大戦隊ゴーグルファイブ』までの伝統でしかなかったので、そう考えると納得が行く。
何度も引き合いに出してしまって申し訳ないが、『桃の園』のように現代的な設定をしてテーマを「戦隊モノ」に仮託し、パブリックイメージで戦隊ヒーローを描いてしまうと「ゴレンジャーのイメージから脳みそアップデートされてないのかよ! 最近の何作かでいいから観ろよ!」と特撮オタクから叱られてしまう。
だが、「サンダーファイブは40年前の戦隊をイメージしています」と言われたら、「まあ、そうだよね」となる。
現在中年となった彼らにスポットを当てた作劇がされているために、その彼らが未熟な若者だった時代の戦隊の姿って、むしろああでないと困るわけです。現代人のうち特撮にまったく興味ない人が持つ「パブリックイメージ」でOKという。なんというかモチーフの妙って怖いですね。
少年少女時代の彼らはなぜか廃自販機相手に特訓の成果を披露してますが、『桃の園』のピンク育成学校設定は批判されたけれど、こちらのヒーロー養成システムはそんなに違和感がない。
それって、昔の特撮にはレギュラーで出てくるガキンチョがたくさんいたり、特訓シーンがあった、というのとも合っているからだと思う。仮面ライダーブラックに出てくる少年戦士なんか、まさにそうですからね。体操選手のようなユニフォームも微妙に「あの頃」を思い起こさせる。ドリフの仲本工事だからね。時代性。
惜しむらくは、サンダーファイブに手持ちの武器が欲しかった。手持ちの武器をうっちゃって、レッドが素手で暴力を振るうことに快楽を覚えてるかのような凶暴性が観たかったというだけですが。
あとはイカ怪人が、頭と手だけ怪人だったので『仮面ライダー BLACK SUN』を思い出してしまった。社会に溶け込んでる怪人がいる理由や、悪事を働いた怪人を連れて行く緊急搬送車って何者?(劇中現代での組織が何かあるのだろう)みたいなのを少し思ったかな。
余談。エンドロールでサンダーファイブの主題歌が流れるんですが、子門真人のモノマネっぽくて「でも、子門真人は東映スーパー戦隊シリーズでの主題歌は一度も歌っていないから、これは希砂未竜のパロディなんだろうな」と思ってしまった。本当にこういうところが厄介なのが特撮オタクです。
映画の感想
戦隊のパブリックイメージの扱いが下手くそとかではなく、むしろ奏功しているというのが本作。この物語を描くのに巨大ロボも不要だし。現代的な「東映スーパー戦隊」に似せずに「戦隊モノ」としてのパロディをきっちりやっていて、テーマの要請があってこのモチーフが使われているから、『桃の園』に感じたノイズはほとんど無い。
むしろ、我々は下卑た二次創作で「レッドがピンクを犯す」とか、「戦いの果てに廃人となったヒーロー」とかを目にしてきているので、衝撃的な設定というほどではなかった。あり得るヒーローの末路として、思い浮かべられないというものでもない。悪趣味だな、とは思えど……。
上映時間が短いので仕方がないとは思うが、「少年少女たちがヒーローとしてデビューしてからの、主にレッドの暴虐性による連戦連勝とそれに伴う重圧、レッドが有り余る暴力や欲を制御できない様子」がもう少し長く描かれていれば、温和そうなイカ怪人家族に手を出すシーンがすんなり飲み込めたかな、というところ。
ただ、変身後って絵面的にいかにも「パロディやってますよ」になってしまうので、長時間それを映すのは難しいとも思う。今のままで良いのだろうな。
視点を一般市民にもってくると、半年で解散してしまったとはいえ、一時期はキッチリ地球を守っていたヒーロー。不具となったブルーの見舞いに当初は人がたくさんやってきていたという看護師のセリフからも、それは間違いないと思える。
けれど、40年の歳月は残酷なもので、劇中の酔っ払いやオタクはかろうじて覚えていたけれども、レッドやイエローは、社会によってヒーローらしからぬ凋落を味わわされている。飲み屋のカウンターに溢れた日本酒をペロペロする元レッド、見とうなかったわ。
このあたりに、日本社会の嫌なところが出てるなぁ、と思った。日本のムラ社会は失敗者に不寛容で、再起や再挑戦を阻むとはよく言われる。五人もいて誰一人幸せになっていないというのも、無用な連帯責任ぽさがある。
でも、その日本社会の嫌さが出来上がった理由は、少年少女時代の描写できっちり描かれてるのだよね。
最初師範みたいな兄貴に徹底的にボコられるところから始まるんだけど、あれって日本の敗戦のメタファーで、そこから勝てるようになって力を手に入れると、仲間内でロールの押しつけが始まる。
これって日本が敗戦の復興から、現代に連なる社会の構築までにやってきたことでしょう。さっきドリフの仲本工事って書いたけど、頑張れニッポンってやってた時代なんだよ。衣装に日の丸が書いてないだけで。
よく引き合いに出すんだけど、80年代のツービートのギャグなんて、「ジジババカッペ(田舎者)は死ね」だからね。障害者や同性愛者も笑いのネタにしてた時代。イエローが笑われてるところのパンチドランカー表現、たこ八郎ですよね。
ピンクを強姦するレッドが、イエローに「誰か来ねぇように見張ってろ!」なんていうのも、典型的体育会系ホモソーシャル描写じゃないですか。昭和の遺物。
それが、40年経つと経済的焼け野原になっていて、中年になったメンバーたちが社会から見放されていて、正しく福祉にたどり着けていない。挙げ句、自分勝手なレッドは死出の旅を始めてしまう。
これって、まっこと、現代的ですよ。
団塊の世代がクソ撒き散らして社会保険料を食い潰して逃げ果せた後の惨状という話にも見える。深読みしすぎかもしれないが、上っ面で済ませるなら状況をここまで醜く底辺にしないって。
世界が一切綺麗に見えていない。なんの希望も無い。空がくすんでいて空気が澱んでいる。でもそれ、レッド、お前らの(時代・昭和世代の)せいでもあるじゃん。
劇中のレッドは58歳ということらしいので、団塊の世代でも団塊Jrでもなくて、なんというかバブル世代ですね。ギロッポンで札束振ってタクシー停めてた世代になりますw 正直、ざまぁ見ろって感じでもあるんですよね、氷河期世代からすると。
そういうのを感じ取ってしまったから、嫌な映画だなとは思ったけど、自業自得じゃん(なお社会は仄暗いまま)ってね。
10年後には、氷河期世代の戦隊ヒーローが老いて落ちぶれ、いわゆる"無敵の人"となって大都市の真ん中で自爆テロを起こす映画ができてるよ。そしてまた特撮オタクが「戦隊モノをモチーフにするなんて…」と論争を始める。おれにはわかるw
我々は何の正義で拳を振り上げたのか
話を「戦隊モノ」のパブリックイメージに戻すのだけれども、映画を見た後にツイートした内容がこれ。
もちろん、『桃の園』は語りたい内容、すなわち男尊女卑社会への批判からのピンク成り上がりストーリーに対し、果たしてモチーフが「戦隊モノ」として相応しかったのか、という点に批判があった。ぶっちゃけ「パワハラ企業でショムニをやりゃよかったんではないか」という話。
ならばこの『ひどくくすんだ赤』はどうだ。さっき「テーマの要請で~」と書いたが、物語がテーマの奴隷になることも踏まえて「戦隊モノ」のパブリックイメージを使用すべきだったのかどうか。
これについては、ぼくは「戦隊モノ」にして良かったと思いますね……。例えば男女混成スポーツチームの凋落とか、昭和的モーレツ社員の武勇伝からの定年しょぼくれ思い出話では成り立たなかったと思う。
アメコミならベトナム戦争後に精神疾患を背負いつつもお為ごかしに愛国者として扱われる退役軍人のチームになるんだろうけれど、そんな存在は日本にはいないわけだしね。
なので、特撮オタクとして「戦隊モノの扱い方がなっとらん」という拳の振り上げ方はしないです。戦隊を汚い大人の二次創作みたいにしやがって、というのも無いです。
特撮パロディという点で、松本人志監督の『大日本人(の後半のバラエティ番組風ギャグを除いたもの)』に近い。もしこの映画のラストに「アカレンジャイ! キレンジャイ! アカレンジャイ!」って芸人がやるシーンがくっついてたら本当にそうなってしまうが、そうではないので『ひどくくすんだ赤』のほうが見やすいまである。
予算がもっとあればよかったかどうかについては、今、映画の内容を思い返してみて、岩船山でドカーン!ってやるのは、しなくてよかったと思ってる。無用なギャグっぽくなってしまう。
あとはそうだなぁ。少年少女の特訓シーンは、どう見ても「壊していい自販機ごと借りてきた倉庫」に見えたので、そこは昭和っぽい灰色に塗った書き割りの壁で、スパーリング用の特訓機械(ウルトラマンレオ第5話『泣くな!お前は男の子』参照)を相手にやるみたいなところにお金をかけてほしかったかも。
話を戻すと、結局特撮オタクなんてものが赦すか許さないかなんてのは、リスペクトの有無だとかでは無かったんだなと思う。テーマとモチーフが折り合っているか。ターゲットに向けてあるかどうか。これなのだろう。
ターゲットでもないのに目配せされたら、そりゃ炎上のきっかけになるよね、と思う。映画のタイトルがもし『稲妻戦隊サンダーファイブ 中年奮闘編』だったら、『桃の園』どころじゃなく蔑まれたはずなので。
ということで、『ひどくくすんだ赤』は特撮ファンとしての姿で観に行くべきではない。邦画特有の救いようのない陰鬱な雰囲気が好きな映画ファンとして観に行くべきだ。その期待には必ず応えてくれる。
ということで、ヒーローのその後(30年!)を描いた本家東映による『忍者戦隊カクレンジャー 第三部・中年奮闘編』も公開されたばかりなので、見比べてみるといいと思います!(比べようがないだろ!)
(了)