ゴールデンカムイ308話 感想と考察

杉元の見えてる部分と、見えてない部分。

28巻のカエコお嬢様は、のら坊が勇作さんの替え玉だと気がついた瞬間に殺されると気が付いて、責任取ろうとしたけれども、ハマ子さんに「家のほうが大事」だと言われ、もう二度とは会わないだろうと社交辞令で「立派な軍人になって」と深々と礼をした。

流石に、カエコお嬢様も飯だけで釣られてそこまでしたとは思っていないかもだけど、軍人になるのに「飯が食えればそれで良い」と志の低さに速攻で冷めたよう。

昇級の条件満たしていて、軍で気に入られてたら、昇級しててもおかしくないけど昇級してない現実。

谷垣は体格が昇級の規格外……

二階堂兄弟は枠が空いていれば昇級してたかもだけど、軍人辞めたがってたから。

あの場にいた、鶴見少尉、月島、尾形、宇佐美の4人も二度と合うことは無いと思ってたから、のら坊顔覚えてなかった。

杉元を始末しなかった菊田さんのせいで、今がある。

一方、土方さんに杉元はどう映ったのだろう…

土方さんも何か強い信念がなければ、そこまで、できやしないだろうと思ったのだろうけども、これから面白くなるはずなのに「悔しい」って何に対してだろう。

将来有望な若者の行く末も、まだ生きてる昔の仲間の行く末も見届けられなかったところなのかなと。

斎藤さんは存命だし。

尾形と杉元の対極な対決を、見届けたかったのもあるかも。

杉元を自分と同じく本来なら長生きしないタイプと思って和泉守兼定杉元に託せば、杉元を斃せるような人間に渡るだろうなのだろうけど。そこ尾形しかいないのがまた。

もし杉元に尾形より強い義があれば、杉元が勝つだろうというのも込めて。

土方さんって新撰組モノ色々読むと、お上に対する忠義には厚いけど、物凄くこうしたいっていう信念が強くて、ひとりで何かを成し遂げたいってイメージの人じゃないのだよな。

杉元の何となく流れに身を任せる感じが、似た者同士と感じた理由なのかも。

土方さんのイメージソングは長く短い祭。


28巻自体も、勇作さんの母ヒロさんが夫と息子の将来性に悲観して鶴見少尉へSOS出したのが事の発端。

そこから連動の本誌、尾形が「俺に任せておけ」と言ったからその場を離れる鶴見中尉。

アシリパさんは、杉元のことどう思っているだろう…

そして「潔く散る」という状況でも死に対して恐怖感抱いているのは何故だろう。
アイヌの宗教観での人の死はどちらかというと穢れなのかもだし、キリスト教では自己犠牲と信仰のない死は不幸だし。

そこ、やっぱり武士や日本人独特の死に対する宗教観の違いに「慣れろ」っていう試練なのかもなと。

浄土真宗の死は不幸じゃないし、地獄の概念もない。

ただ「現世でお別れするだけ」だし。

キロちゃん回で「サヨナラダケガ人生ダ」の勧酒がアオリに使われてたけど、まさに。

杉元の言う地獄ってどの宗教観に基づくものなのだろう、漠然とし過ぎ。

一方、杉元、読者に対しては何となく儲け話に乗って、自業自得でヤバい状況にいるから自己保身に必死、金手に入れなきゃ割に合わないっていう信念も何もない面が強調されてるわけだけど。

アシリパさんに対しても、今の自分を梅ちゃんは拒絶するだろうけど、アシリパさんなら分かってくれるだろうで甘えた上で、死なないための保険にしか思ってない。

杉元のお陰で誰が救われた?って言ったら、未来に対して影響力のある人間が誰も救われてない。

二階堂兄弟は軍人として優秀な上で、ただ祖父母や親戚のいる生まれ故郷に帰りたかっただけなのに…だし。 

鶴見中尉も、尾形も少なくとも自分たちだけは腐りきった軍内の政治のなかで、正しくいようっていう。

何せ、国防最前であり最終ラインである地の兵士だし第七師団が勝たなければ、強くなければっていう。

鯉登少尉は史実がどうであれ、第七師団に骨埋める気がないようで…最初から第七師団内の人事は史実じゃないし。

そこに史実はどうとかツッコミ入れるのは物凄くナンセンスだし、現代の価値観持ち込むのも野暮だなと。

歴史通りなのは新撰組時代と戦争や歴史が動いた事件と歴史上の人物のいた年代だけ。

ただ、鯉登父子に関してはどう着地させるのだろうか気になるところ。

姓的にあまり悪くっていうのも…

杉元佐一に関しては最初に尾形が言った通り『第一師団の同姓同名』ってだけだから。

音だけなら「杉本」かもしれないし。

何せ北海道の苗字事情的に本家と縁を切るため、移住の際に読みはそのまま字だけ変えるという苗字が多いから。


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