感情を無くして幸せに生きる
これを書き始めた今は午前1:36
睡眠について不安とプレッシャーを感じざるを得ない
いつもは20時を過ぎれば布団に入ろうかというのに
昼間にたんまりと睡眠をとったためになんの眠気もないので
ホームページのレイアウトをいじったりしていた流れで
まとまる気がせずにいつか書こうと思っていたことがいくつかあったので
絞り出してみようと思う
そして余計眠れないくなる
明日、というか今日仕事が在宅じゃなかったら詰む気もする
でもいってみよう
わたしは思い入れが薄いよ
感情を無くして幸せに生きる
感情が人を人たらしめ、感情が、喜怒哀楽が豊かであることの方が幸福であるって
なぜか頑なに信じてきたような気がするんですが、
その正解に私は劣等感とか欠損とか、そんなものを感じてきてここのところ
果たしてそうなんだろうか、というところにやっと辿り着いた
世の中の大多数の人が仮にそうであっても
それがわたしにぴったりしてますか?って
感情がない って言葉にどんな印象をもつだろうか
心が冷たかったり、貧しかったり
そうんなふうに思うのは
感情というものにポジティブな印象を結びつけられる記憶が、経験が多かったりするのだろうか、またはものと同じで無いよりは有るが豊かに感じるからなのか
ではわたしはどうだろう。
猜疑心や嫉妬心、妙な執着心とか競争心とか
眺めると非常にネガティヴな不安定なものに結びついている
ということは、わたしが感情をなくすということは
心が冷たく貧しくなることではなくて
揺れなく安定するということだったのでは?
と思ったら感情が無い、(というかなんというか)な自分が
心貧しくではなく、非常にいい状態で生きている人に思えてきて
なんか元気です、わたし。
それがわたしにぴったりしてますか?ってことを
あまりにも無視しすぎてきたなって、
30代も後半になってそう思う場面はすごく多い
正解が変わる
正解は変わる
っていうことがわからないまま人生が終わらなくて本当によかった
という話
余談、人の間に挟まれなくても人間になれるよって
すごく若い時に言ってくれる人がほしかったなって思うことがよく有る
この散文を書きながらコーヒーを2杯飲んだけれど、
カフェインレスだから大丈夫、大丈夫
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