見出し画像

「一季」ⅲ.梅雨に溺れる

 そのような事実、事象、事態、事件、事故、事案は「ない」とぜひとも言ってほしい。確固たる証拠という頑丈な岩の上に成立する「無」の存在がなければ、疑念と不安を抱く。人、いや心の悪いところであり心を保有する人らしいところだ。 

 猛省、内省、回顧を繰り返すのに、改善、改良、改革、改心、改新はない。錯綜と混沌とが入り乱れるこの中にいるのは悲しく哀しい。いかにして自己へ疑念と不安を植え付け卑(いや)しく育てられてしまったか。いま、視覚した映像と聴覚した言葉が過去の記憶に追従されていく恐怖。――からは逃げ隠れをすることは不可能だし、不可避的、不可逆的、一過性、一回性であろ。逃げ隠れできないこの記憶は大海のようだ。溺れ、苦しみ、悲哀に満ちた――。また視覚した。また追従してきた。懸念は加速的に拡大し、愁事、憂事を生み出す。さらには、恐怖、憂患、心労、悲嘆、危疑となる。だからこそ逃げたい。考えないための薬が、いやある種、空疎な麻薬が、私は欲しい。

 可能性はあくまで可能性であり、根拠なき推定、推量、推察、推考であり、いかなる確証を生産しない。疑念と不安をなくすための確証を求めるあまり、可能性に――することで、疑念と不安を増加、増量させ、精神を蝕んでいく。欲せれば欲すほど苦しみ、朽ちていく。

 人間の精神と肉体を物理的に下落させる何とも言えない寓意的な梅雨が到来し通過する。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?