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ひとり親けんこう白書を通して描く未来

執筆者:佐藤絵理

このたびは、このプロジェクトを応援していただき、本当に感謝しております。2021年度トヨタ財団研究助成プログラムに採択された「地域を超えたピアサポートが実現するひとり親支援プログラムの開発~「主体性」の回復から「新しい連帯」が実現する過程の検証」という研究の研究代表者を務める私から、本研究を始めた背景と、本研究を通して実現したいことをここに書かせていただきます。

研究を始めるきっかけとなった嬉しい出来事と悲しい出来事

昨年、Mother's Dayキャンペーン2021のプロジェクトマネージャーを務め、様々な機会において、私は沢山のシングルマザーと出会いました。昨年のキャンペーンの報告書はこちらです。Mother’sDayキャンペーン2021レポート

困難な状況を抱えながらも、セルフケア講座や様々なプログラムを経て自分らしさを取り戻したメンバーの内から放たれる輝きと、凛としたその姿はとてもかっこよく、メンバーの一員として誇らしく思いました。

こうして、人が力を取り戻していくプロセスには希望があり、これを再現することができれば、何らかの事情で力を失った人が、再び力を取り戻して、自分らしく生きていける、その助けになるのではないか?との仮説を持って、このプロセスを検証したいと思いました。

一方で、志なかばでプロジェクトを去る人を見送らなければならないこともありました。チャレンジ精神を持ってキャンペーンのスタッフに応募したものの、DV被害による後遺症や、元配偶者からの嫌がらせ、過労による心身の不調、周囲からの心無い言葉や、相談機関で悩みを打ち明けかえって傷ついた経験など、さまざまな生きづらさが重なって、講座への参加やキャンペーンスタッフの活動を途中で断念せざるを得ないメンバーがいました。

その苦しみもがく姿を、私は目の前で見てきました。

そんなシスターたちの声も、しっかり拾っていきたい。声にならない声にも耳を傾け、みんなの想いを聞きたいと思いました。目の前に、これだけ苦しんでいる人がいるならば、日本中に、このように苦しんでいる人はまだまだたくさんいるのではないだろうか?

キャンペーン終了後に研究・調査チームを立ち上げ、私たちの行っている活動の意味をもう一度問い直しました。そして2021年度トヨタ財団研究助成に応募しました。

公募のテーマは「つながりがデザインする未来の社会システム」ーニューノーマル時代に再考する社会課題と新しい連帯に向けてー。

この公募を見て、「つながり」「新しい連帯」とは、まさに私たちがこのプロジェクトで体現していることではないか、とピンときました。私たちの取り組みを精査し、その効果を検証することは「つながりがデザインする未来の社会システム」の一つのベストプラクティスとして、大きな貢献になるのではないか。

狭き門と言われるトヨタ財団の研究助成ですが、勇気を出して応募したところ、なんと採択されました。

研究結果を市民へ還す

当初の計画では、私たちはシングルマザーの心身のセルフケア講座および、シングルマザー同士のピアサポートについて学術的に効果を検証することを考えていました。しかし、それだけで本当に私たちが伝えたいシングルマザーの課題とその解決方法について社会に伝えることができるのだろうか、それで社会を少しでも変えることができるのだろうか?という疑問もでてきました。

研究メンバーと日々熟慮を重ね、どうすれば社会的なインパクトを生み出すことができるのかを検討しました。そして私たちは、結果を学術的な発表にとどめるのではなく、「この結果を市民へ還すところまでやろう」ということを決断しました。

市民である私たちが社会課題について再考するとき、課題は忙しい日々の中に埋没してしまいがちです。政治家や専門家の発表がマスメディアを通して多くの市民に認識されることもあるのですが、その伝統的な手法に捉われすぎてしまうと課題の把握から解決策の検討について市民が共に考えるという姿勢が生まれにくく、シチズンシップが醸成されにくいのではないかという問題意識を持っていました。

シングルマザーの課題についても「誰か解決してください」という他力本願ではなく、自分たちの手で未来を変えていくことができるのだという希望を持って挑戦したい。そして、こうした取り組みが、市民による、市民のための、課題解決の手法の事例となり、こうした希望ある取り組みを未来にもっと生み出すきっかけとなるのではないかと考えています。

社会へのインパクトを生みだす研究を目指して

研究結果を市民へ還すという決断はしたものの、トヨタ財団から研究助成として助成いただいているからには学術的な成果をメインとすべきなのではないかという不安が常にありました。

そんな時トヨタ財団研究助成の選考委員長である中西先生のあるコメントを目にしました。
2021年度研究助成プログラム助成対象者オンライン座談会

「選考の際に、科研費*にはぴったりでも実践性がないものについては、あまり評価していません。(中略)学術的研究でなくても、社会にいい意味でのインパクトがある研究は積極的に評価して、助成しようと思っています。」

2021年度研究助成プログラム助成対象者オンライン座談会より

注釈 *科研費=文部科学省・独立行政法人日本学術振興会が交付する科学研究費助成事業、日本ではもっとも権威ある研究費助成事業のひとつ

中西先生のこのメッセージを見つけたとき、背中を押してもらっているように思い、心が震えました。「私たちの研究には実践性がある」と、自信を持って取り組む覚悟ができ、これまでの不安が消えました。

シングルマザーの抱える課題を精度高く調べ、その解決法を提案する『ひとり親けんこう白書』という小冊子の形にして世に出すことにしました。小冊子の製作費は、研究助成の予算には計上されていなかったため、その資金をクラウドファンディングという手法を用いて市民から募ることにしました。

当事者でなくても、ともに考え、行動したい

クラウドファンディングを用いることにしたのは、シングルマザーの人もそうでない人も誰もが参加できるということに意味があると思ったからです。

子どもを授かれば男女ともにひとり親になる可能性があり、誰もがこの世に生を受ければひとり親家庭の子どもになる可能性があります。

だからこそ、多くの市民にこのプロジェクトを通して、ひとり親に関する課題を社会全体の課題として知ってもらい、その解決法についてみんなで考えるきっかけとしてほしいと思いました。

そして、その先にシングルマザーが抱えている課題が当事者だけの課題ではなく、社会全体の課題となること、そして、多様な家族のかたち、多様な生き方が尊重される未来を願っています。

シングルマザーの多様性を発信

多くの人にシングルマザーの抱える課題を知ってもらう側面の一方、多様なシングルマザーの姿を発信できるということもクラウドファンディングの魅力だと思っています。

クラウドファンディングを開始し、スタッフとして参加したシングルマザーのメンバーからは以下のような声が寄せられています。

「今回のクラウドファンディングを経験して思ったことは、応援者の方と繋がりを強く感じられること、それから、どのメッセージもあたたかく元気をもらえることに魅力を感じました。わたしのエッセイを発表したことが契機となってつながりの輪が拡がっていくというか、孤立から救われる感覚もありました。」

Mother's Dayキャンペーン2022スタッフの言葉

過去のつらい経験から、人や社会を信頼することを諦めてしまっているひとり親はたくさんいます。クラウドファンディングを通して、思いのほか身近に応援してくれる人がいることに気づけたり、会ったことはないけれどこうして応援してくれている人がこんなにもたくさんいることを知れたり、新たに社会への信頼を編み直すことができるということは、当初の予想を超えた成果でした。

本プログラムには多くのシングルマザーが参加しています。そしてクラウドファンディングが終了したあとも、白書の制作過程に今後も多くのシングルマザーが関わってくれる予定です。

その後も白書で提案する解決策をもとに、市民のみなさんとディスカッションする場を設け、それを実行するための人材育成にも取り組んでいきます。

今回のクラウドファンディングを応援してくださっている全ての方から託していただいている未来への想いをしっかりと受け取って、プロジェクトを進めていきたいと思います。これからもどうぞよろしくお願いいたします。


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