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2000年生まれのララバイ

初めて君に会ったのは今から21年も前の冬。
手術中の赤いランプが消えて暫くすると、数人の研修医と看護師に伴われて君は出て来た。


小さな子供用のストレッチャーはガラスケースで覆われていて、君の顔までははっきり見えなかった。でも小さな声で「フォギャー」って聞こえた。


「はじめまして」と言う君の挨拶だったんだよね。
しっかり届きましたよ。


NICUへと続くエレベータへ君は乗り込んで行った。
あっという間の時間。それが君との初めての出会いだ。       


「男の子ですよ。1,098gで無事に生まれましたが、まだ安心できませんね。これからNICU(新生児集中治療室)で処置しますので、面会は暫く出来ません。面会出来る様になりましたら連絡しますので、暫く病室でお待ちください。それと、奥様はまだ麻酔から覚めていませんので、もう少し手術室で管理します」


担当医はそう告げると再び手術室へと消えて行った。
妻は緊急帝王切開手術で息子を出産したのです。


病室へ戻ると、既に母と義理の母が待っていた。
「今回は大丈夫だから、心配しなくも良いよ」
母たちの励ましで、胸のずっと奥に押し込めていた過去の不安と葛藤が、少しだけ楽になって行くのを感じました。


どのくらい時間が経ったのだろうか、妻が看護師さんと共に病室へ戻っきた。まだ麻酔から完全に覚めておらず意識は朦朧としていた。


そして僕を見つけると妻はこう言った。
「今回は無事に産めた?」
「うん。大丈夫だよ、よく頑張ったね」
朦朧としているだろう意識の中で、妻の目からは止め処なく涙が溢れていた。僕も妻の顔が涙で滲んでよく見えなかった。


「よくやったな、ありがとう、そしてごめんな、代わってやれなくて」


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「ねぇ、どうしてこのお地蔵さんにもお参りするの?」
「ここにはね、コウちゃんのお兄さん達が眠っているの」
「へぇ、僕のお兄ちゃんたち」
「そうよ、だからしっかりお参りしてね」
「うん」


妻が息子に諭していた。
息子のコウも家族みんなでのお参りは実に楽しそう。


お盆とお彼岸にはお寺の納骨堂にお参りに行っている。       
コウが産まれる2年前、僕たちは双子を死産という形で亡くしていた。産まれる予定日の2ヶ月くらい前の出来事。
重度の妊娠中毒症だった妻、仕事の多忙さを理由にその深刻さを全く理解してあげることが出来なかったのです。


その瞬間は突然訪れた。
子癇(しかん)痙攣だ。救急車で搬送される妻。
心停止した妻と未だお腹の中にいる双児の命に対して、今すぐ優先順位をつけなければならない。勿論、迷わず妻の命を選択した。
その代わりに、2人の心臓の音が消えてしまった。


まるで船が深い闇の海原へと出港してしまうように、モニターに映し出される心臓の波形は徐々に小さくなり、やがて一本の線になってしまった。


「コウは生まれた時とってもちっちゃかったんだぞ、このお茶碗くらいの大きさだったかな。足なんてパパの小指くらいの太さだったんだ」
「へーっ、そーなの、オレこんなにちっちゃかったんだね」


コウはケタケタ笑いながら不思議そうな笑みを浮かべて拝んでいた。小さな紅葉くらいの手をパチンと合わせて、目を瞑って拝んでいる。


「何を拝んだの?」
「お兄ちゃんたちが天国で元気で暮らせるようにってお願いした」
「誰に?」
「お地蔵さんにだよ、ここにいるじゃん、
お地蔵さんはお兄ちゃんたちに子守唄を歌ってくれるかなぁ」
妻と目が合い吹き出して笑ってしまった。        


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息子は超低出生体重児、1,098gで生まれたものの、翌日には980gまで減っていた。NICUにいた彼には、いつも緑色の光が当たっていて、小さな身体には何本も管が刺さっていた。ギリギリの処置でどうにか生きているって感じ。


初めてのスキンシップは5分ほど。
妻と一緒に体験したカンガルーケアと言う療法。
生まれて間もないコウを実際に胸で抱かせてもらう。        
裸の皮膚と皮膚を接触させることでスキンシップを図るものです。       


僕たち3人の絆はこの時から強まったのだろう。
親から子供への愛情と、子供から受けた命の重さ。
妻も僕も人目を憚らず涙を流しまくった。
何故か、周りにいた医師も看護師さんも泣いていた。        
僕たちの長い苦しみを皆んな知っていたからだろう。


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コウは今年で21歳になった。大学4年生だ。
今日も朝から友達と何処かへ出かけている。平日は大学の実験室とアルバイト。休みの日は友人とドライブなのか。もう親には付き合ってくれない。


でも、帰ってくるときは必ず何かを買ってくる。
遠くまで遊びに出かけた時は毎回必ず何かを買ってくるのです。
でも、いつも個数が多いのです。


「もーっ、またこんなに買ってきて」と妻が苦言を放つと、
「あぁ、テキトーに買って来てんだよ」と息子が言い返す。


でも、僕らは知っているのです。
遺影のない仏壇に余分な品物がそっと備えてある。
子供の頃からずっと変わらない。
3人でお地蔵さんに手を合わせたあの時から。


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最後まで読み進めて頂きありがとうございました。
素敵な秋を満喫しましょう。🍁


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