そしてまた、大切な人や好きな場所が増えてゆく
「覚えてますよ。お元気そうで良かった。」
カウンターの向こうからそう言ってくれた人は、懐かしそうに、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。
先週土曜日、鮎川の「ホエールランドおしか」で開催された牡鹿鯨まつりに合わせ、2年ぶりに訪問した時のこと。
3年前の春に北海道から宮城県に移住してきた私は、その翌年の3月11日に今の夫と入籍した。
それから数ヶ月後。
「結婚指輪、クジラにすっぺ」
そう言って夫が私を連れて行ってくれたのが、宮城県石巻市鮎川浜にある牡鹿半島の観光交流拠点施設「おしかホエールランド」内の「鯨歯工芸 千々松商店」さんだった。
「鯨歯工芸 千々松商店」さんは、鮎川の伝統工芸「鯨歯工芸品」の専門店。
鯨の歯を使った印鑑やアクセサリー、工芸品等を今も製造販売されている。一般財団法人日本鯨類研究所が運営するウェブサイト「くじらタウン」でも紹介されているお店である。
指輪を買ってから、約2年。
今回の、牡鹿鯨まつりにあわせての鮎川訪問は、あの日以来初めてのことでもあった。
2年前に訪れた時も、すでにコロナ禍に伴う様々な制限は解除されつつある時期だった。人の賑わいがずいぶん戻った印象を受けたものだった。
けれど、今回の賑わいは別格。
牡鹿鯨まつりの日ということもあって、その日のホエールタウンおしかは、臨時駐車場が設けられるほど大勢の人で賑わっていた。着いたのはお昼前だったのだが、外の飲食ブースや鯨の炭火焼きの無料配布には、長い行列が出来ていた。
「これは、(昼食にクジラを)食べて帰るのは厳しいかぁ?」
賑わいを喜びながらも、夫が苦笑しつつ言う。
「だねぇ。七福神見て千々松さんで何か買ったら、お昼は別の場所で食べる?」
と、私。
この日の最大の目的は、先日テレビでも特集された鮎川に伝わる七福神の舞いを見ること。そして、2年前に結婚指輪を買ったお店にご挨拶に行くことだった。
ついでに鮎川ならではのクジラ料理も食べられたら、と思ってはいたが、この混雑では厳しいか。
と、諦めかけた時、 飲食店に空席があるのを夫が発見。
「空いてる!座れる!」
「よし!先に昼食べちゃおう!」
どちらもビックリするくらいの美味しさと柔らかさ。
さすが、クジラの街。クジラ料理のレベルが違う。
そう、鮎川は、クジラの街。
捕鯨によって発展してきた街、というだけではない。世界的な捕鯨反対運動の高まりにより商業捕鯨が禁止されて以降は、クジラの研究拠点となり、その研究と情報発信で高く評価されてきた街である。
そして、商業捕鯨が再開された現在は、日本の食文化としてのクジラの美味しさも積極的にアピールしている。
前回2年前の訪問の際も思ったことだが、クジラ肉が苦手な人も、この街でクジラを食べると、クジラの印象が変わると思う。
新鮮なクジラ、丁寧に調理されたクジラは、美味い。
お腹いっぱいクジラを食べてから、お目当ての「鯨歯工芸 千々松商店」さんに夫婦で足を運んだ。
店内には、何人ものお客さん。
賑わいが嬉しい。
入り口横のショーケースに目を向けると、鯨歯の工芸品だけでなく、地元の鹿皮を使った印伝の小銭入れも並んでいた。
見るからに手触りが良さそうな品。紋様も、素敵なものばかり。
しかも、ちょっとあり得ない安さ。
「そちらも、他のお店だと何千円もするんですけど、うちの店長は商売っ気が無くて」
印伝にはあり得ないレベルのあまりの安さにガラスケースの前で固まっている私に、そう優しく声をかけてくれた笑顔の女性。
それは、2年前のあの日、私と夫にクジラ歯の指輪を出してくれた店員さんだった。
「僕達、2年くらい前に、ここで結婚指輪買ったんです。」
夫が、そう言いながら左手を差し出す。私も一緒に。
女性の表情が明るくなった。
「覚えてますよ。お元気そうで良かった。」
そう言ってくれた女性の表情が本当に嬉しそう。
その笑顔に、胸がいっぱいになる。
と同時に、女性の隣にいた店長らしき年配の男性も笑顔に。
この人が、作ってくれたんだ。
そう思うと、ありがとうでは言い尽くせない感謝の気持ちが込み上げてくる。
「あの時は、ありがとうございました。」
そう言って改めて頭を下げる夫に、こちらこそ、またお会いできて良かったと、何度も何度も。
今回は、夫婦でお揃いの小銭入れと、鮎川の工場で作られたと言う鯨の大和煮の缶詰を購入。
帰り際の取り止めのない世間話は、身の上話とまではゆかぬものの、震災後のあれこれと今の暮らしのことなど。
遠い親戚が増えたような温かな心持ちで、再訪を約束し、お店を後にした。
時刻は、ちょうど牡鹿鯨まつりの午後のステージの時間になっていた。
念願の、七福神を見られて大満足。
「(七福神の)写真を待ち受けにすると、御利益あるそうですよ」
この日の司会は鮎川が生んだ宮城のスーパースター・本間ちゃん。
その言葉に、ステージ前は一気に人だかり。
楽しかった。
その後、くじらメンチカツとくじらバーガーも堪能。さらにクジラがデザインされたTシャツと義母へのお土産に美味しい菓子などあれこれ購入し、石巻への帰路に着いた。
足を運ぶ。
直に触れる。
その土地でしか味わえないものを味わう。
そんな日々を重ねてゆけるのは、幸せなことだ。
そしてまた、大切な人や好きな場所が増えてゆく。
大切な人や思い入れのある場所が増えるほど、失いたくないという思いも強くなる。災害や辛い出来事があれば、他人事ではなく自分ごととして心を痛めることになる。
でも、それでいい。
いや、それがいい。
ひとつ、またひとつと、好きな場所や大切に思うものを増やしながら暮らしてゆこう。
そんな日々を重ねてゆけるよう、自分の仕事にしっかり取り組もう。
さぁ、また来週から頑張ろう。
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