秋鮭の白子煮と留萌の思い出
もう20年近く前の話で恐縮なのだが。
ある年の秋。北海道の留萌市でのライブの後、ライブを主催してくれた地元の方々が、打ち上げの場を設けてくれた。
場所は、ライブ会場からもほど近い飲み屋街の小さなカラオケスナック。
ママさんとスタッフ1名の女性2人で営まれているそこは、カウンターとテーブルが2つのこじんまりとした店だった。
「普段はお料理とか出さないお店なんだけど、今日はママさんに許可を貰って宅配ピザ取ってあるから。遠慮しないでたくさん食べてね!」
主催のYさんの言葉どおり、お店に入るとカウンターには大きなピザが何枚も並んでいた。出演者とスタッフ、その友人の計15名ほどで乾杯の後は、皆でカウンターのピザを取り分ける。
「なんかシェーキーズみたいで懐かしいね!」
「ちょっと!年がバレるって!今の若い子シェーキーズなんて知らないでしょ!シノブさんシェーキーズって分かる?」
「学生時代バリバリ通ってました!」
「うっそぉ?!シノブさん年いくつ??」
その場にいたのは、私を含め皆、30代以上。
還暦を迎えたばかりの方もいたので、平均年齢は40代後半から50代くらいだったように思う。
皆、シェーキーズのピザバイキングに憧れた世代。すでにチーズたっぷりのピザを何十枚も食べられるようなお年頃ではなくとも、ピザを見ればついテンションが上がる世代である。宴会はにぎやかに盛り上がった。
ピザが皆の胃袋におさまり、カウンターに並んでいた空き箱もきれいに片づけられて、店内の空気がのんびりとしてきた頃。
カウンター席で語らいながら飲んでいた私達に、ママさんが
「何か、ツマミになるもんでも出そうか?」
と、遠慮がちに言った。
「欲しいです!」
Yさんが即答すると、ママさんは、カウンターの向こうの冷蔵庫から、15センチほどの長方形のタッパを取り出してきた。
「今の若い人、こんなの食べるかい?」
そう言いながらママさんがタッパから小皿に盛り付けて出してくれたのは、その時が旬の、秋鮭の白子の煮付だった。
「大好き!」
「わー、久しぶり!うちのお母さんが昔よく作ってくれたやつ!」
「やばい!これ出されたら日本酒飲まなきゃならんべや!」
鮭の白子にテンションが上がる中高年達。
実は、その時までの私は、白子が好物では無かった。
基本的に好き嫌いは無かったけれど、子供の頃から秋鮭の季節に楽しみだったのはイクラの醤油漬け。母が大きな鮭を捌いていた翌朝、冷蔵庫に入っているのが白子だと「なぁんだぁ。イクラじゃなかったのかぁ。」と幾分テンションが下がっていた。
今思えば、超ド贅沢なガキである。
しかし、この時いただいて食べた白子の煮物が美味かった。
その時の周囲のテンションの高さに影響されたところはあるかもしれないが、それにしても美味かった。
臭みは全くなかった。トロリとした部分は残さずしっかりと火が通された白子は、ふわふわの柔らかな食感。味付けは、薄めの醤油味に生姜たっぷり。
子供の頃には魅力を感じなかった白子が自分の中で好きな食べ物のひとつに加わったのは、留萌のスナックの夜からだった。
それ以来、毎年秋になると、鮭の白子を自分で煮るようになった。
昨夜、仕事帰りに立ち寄った仙台杜の市場で、北海道産の秋鮭の白子を見つけた。
しかも、イクラは一腹1,000円超だったが、白子は数匹分入って1パック380円という破格値。魚も人間も男はつらいよ。美味しく食べてあげるからねと購入して帰宅。
まずは、やかんにお湯を沸かす。その間に白子をザルに入れて、水道水で丁寧に水洗いする。湯が沸いたらザルの上から白子が千切れないよう熱湯を優しく注いで湯通し。白子に少し火が通って固まったら包丁でひと口大に切り、刻んだ生姜とともに鍋に入れ、水と多めの料理酒を入れて火にかける。味付けは、醤油とみりんをほぼ同量。野菜の煮物よりも控えめな味付けにして、アクをすくいながら弱めの中火でじっくりと煮込めば出来上がり。
あの時の留萌の楽しい夜を思い出しながら、この時期にしか味わえない美味しさを久しぶりに堪能した。
昨夜の晩酌
・キャベツの塩昆布和え
・石巻産のホヤ刺
・北海道産の秋鮭の白子煮
・登米産のレッドオニオンの甘酢漬
・宮城県産のノドグロの塩焼き
昨夜は閉店間際だったおかげで高級魚のノドグロにも値引きシールが貼られていたので購入。塩焼きにしたところ、こちらも驚くほどの美味しさだった。
地元の海の幸を美味しくいただけるのは幸せである。
特売の海の幸と野菜ばかりだけれど、昨夜も宮城と北海道の美味いもの尽くしの幸せ晩酌となった。
以下は、余談ではあるが
留萌でのあの夜、ママさんから「今の若い人」と呼ばれた中高年達は、私以外はほぼ全員、地元民だった。
皆、互いの年齢を知っていた。年齢というか、学年。
もちろん、ママさんも皆の年を知っていた筈である。
ふと、思う。
あの時のママさん、おいくつだったのだろうか。
いつかまた留萌を訪れた際には、ママさんにお礼に行きたいと思う。
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