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3年目の新庄ファイターズの躍動を見ながら、これからのイーグルスの快進撃を想像する

 「それ、ファイターズですか?」
 ある日の夕方。私が作業服の上に羽織ったウィンドブレーカーにプリントされたロゴマークを見て、野球好きの同僚が言った。
 日中は暑さを感じるほどの好天だったが、海に近い現場は日暮れが近づくにつれ冷たい風が吹き始めていた。
 「そうなんですよ、もう何年も前のなんですけど」
 「すげぇ、オフィシャルって書いてある!」
 仕事の車にいつも置いてある黒いウィンドブレーカーは、私が北海道にいた頃に会員になっていた北海道日本ハムファイターズのオフィシャルファンクラブの更新特典で贈られてきたものだった。もう15年以上前だったろうか。
 「今年、ファイターズ強いっすね」
 「いやぁ、イーグルスさんも、まだまだこれからですよ」
 謙遜しながら言うものの、嬉しさは隠せない。
 新庄剛志監督就任後、若手中心のチームに生まれ変わった北海道日本ハムファイターズ。昨シーズンまで2年連続最下位だったものの、若い選手達が実力をつけ躍動するようになった今シーズンは快進撃が続き、5月の時点で福岡ソフトバンクホークスに次ぐ2位につけている。
 「うちは今年は無理でしょうねぇ」
 笑顔で、けれど少し寂しそうに同僚が言う。
 ここは仙台。同僚の言う「うち」とはもちろん、東北楽天ゴールデンイーグルスのことである。
 「ファイターズみたいに、若いの出てこねぇもんなぁ」
 んだんだ、と、同じ現場で働く人達も笑いながら会話に入ってくる。
 「いや、でも石原くん活躍するようになったじゃないですか」
 「おっ!アベさん見てくれてるねぇ~!」
 プロ8年目、今シーズンから正捕手争いに加わるようになった楽天ゴールデンイーグルスの石原彪選手は25歳。今シーズンは開幕直後の4月2日にプロ入り初本塁打を放ち、その後も活躍が続いていた。私がイーグルスファンの夫とともに楽天モバイルパーク宮城での試合を見に行った日も、打撃とリードの両面で大活躍だった。
 「開幕投手だって早川だったし」
 イーグルスの開幕投手をつとめた早川隆久投手もまだ20代である。
 「んだんだ。あれ勝たしてやりたかったなぁ。誰も打たねえんだもな可哀想に。」
 「次の日に太田打ってましたよ!マスターも!」
 太田光選手もまだ20代。そして昨シーズン中日ドラゴンズから移籍してきた「マスター」こと阿部寿樹選手は岩手県一関市出身である。
 「なんだべ、アベさん良く知ってんなぁ!ファイターズでなくてこっちのファンになってんでねぇの?」
 皆が笑う。
 「まー、な。最初の年に比べたら、うちもいいチームになったもな。」
 同僚が、しみじみと言う。同じ言葉を、うちの夫もいつも言っているのを思い出す。
 東北楽天ゴールデンイーグルスは球団創設の2005年シーズン、38勝97敗1分・勝率.281という成績で最下位だった。
 「そうですよ!今江監督になったばっかりだし、まだまだこれからですよ。うちだって新庄さんになって3年目の今年でやっと今の状態ですから」
 「んだなぁ、3年かぁ」

 そう、3年目。
 過去2年間積み重ねてきた日々があったから、今のファイターズがある。



 2021年は、ファイターズファンにとって辛いシーズンだった。
 前シーズンから続く雰囲気の悪さを引きずったまま、開幕当初から最下位を独走。夏には中田翔選手による後輩選手への暴力事件が明るみとなり、無期限出場停止処分。しかしその直後にセリーグの読売ジャイアンツに無償トレードされることが発表された上、移籍早々に1軍試合出場。無期限だったはずの処分は有耶無耶になった。
 チームはシーズン最終戦で最下位を脱し5位となったものの、オフシーズンには主力選手3名をノンテンダーという聞きなれない方式により自由契約とすることが突如発表され、選手会を巻き込んでの騒動に。
 2012年シーズンから監督を務めていた栗山英樹氏はリーグ優勝2回(2012年、2016年)、日本シリーズ優勝1回(2016年)という輝かしい成績を残してはいたが、長期政権の悪癖か、最後の3年間はスタメン起用を見ても特定の選手ばかり重用しているのではと疑問に感じることも多かった。もちろん、選手起用の本当のところなどファンの立場でわかるはずもない。監督ばかりを責めるのは理不尽だとも思う。けれど、彼が監督として最後の年にファイターズに残したものは、「不動の4番」と自身が持ち上げ続けていた選手の暴力事件に伴う混乱と、3シーズン連続Bクラスという成績だったのは事実だ。
 シーズン中も、シーズン終了後も、スポーツニュースの全国版でファイターズが話題になるのは残念なニュースばかりだった。


 そんな時、新監督の名が発表された。
 いや、正確には本人がTwitter(現X)で発表した。


 新庄剛志。


 ファイターズが北海道日本ハムファイターズとなってから初めての日本一を達成した2006年のあの日、チームの中心にいた選手。
 野球に興味が無かった多くの人達をも巻き込んで、北海道中をワクワクさせてくれたその人が、監督就任を告げるツイートをしていた。アカウントのヘッダー写真が当時まだ建設中だった北広島市の新球場(現在のエスコンフィールドHOKKAIDO)になっていることが、そのツイートが本当であることを物語っていた。
 鳥肌が立った。
 嬉しくて泣きそうになった。いや、実際に泣いていたかもしれない。
 そうだよ、ファイターズには、あなたがいた。
 もちろん驚いた。けれどその驚きは意外だったからではなく、よくぞこの状況で引き受けてくれたとの思いからだった。
 おかえりなさいの嬉しさよりも、この大変な状況のファイターズの「監督」という役目を引き受けてくれたことに対するありがとうの気持ちで、私は胸がいっぱいになっていた。




 監督ではなくBIG BOSS。優勝なんか目指しません。
 そんな新庄監督の発言を批判する評論家もいたようだが、私には期待と楽しみしか無かったし、自分の周囲のファイターズファンも同様だった。
 そもそも、前シーズンまでのファイターズの試合を熱心に見ていたファンほど、その年のファイターズに優勝を目指せる戦力は残念ながら無いのだと分かっていた筈である。それはもう、悲しいほどに。

 守備はボロボロ。
 打てない。
 守れない。

 主力選手を暴力事件とノンテンダーでの移籍で放出したファイターズ。新戦力となる若手選手の可能性は無限大でも、その時点での実力が一軍レベルだったかといえば答えは否。前年の東京オリンピックでも活躍した若きエース・伊藤大海投手が6人いれば話は別だが、残念ながら大海は1人。数名の投手陣の頑張りと数名のベテラン野手の攻撃力だけで勝てるほど、パリーグは、いやプロ野球は甘くない。

 けれど、チームは変わっていった。開幕前のキャンプから、明らかに。

 パフォーマンスが話題になりがちな新庄氏だが、それだけでは無いことをファンは知っていた。現役時代から努力の人。練習の人。そして、気配りの人。協調性抜群で、ファンや裏方さんを大切にする人。
 そんな人が監督になり次々と具体的な指導を始めた上に、それに伴って報道陣も激増したのだから、選手達が変わらないはずがない。

 ぽっちゃり可愛いキャラから引き締まったプロ野球選手の顔つきに変わった清宮幸太郎選手を筆頭に、それまで全国ニュースで名前が取り上げられることの無かった多くの若手選手達が元気いっぱいにそれぞれの力を監督にアピールしようと躍動し始めた。
 何故ファームで活躍しても1軍に上がってこないのかと言われ続けていた万波中正選手が、打率が4割を超えても1軍のスタメンに定着させてもらえなかった松本剛選手が、そして注目されるたび怪我で2軍落ちするという悪循環が続いていた野村佑希選手が、それぞれ新庄BIG BOSSのもとで生き生きと活躍する様子がスポーツニュースに流れ始めた。
 こんな選手がいたのかというネット上の声が嬉しかった。そうだよ。いたんだよ。もっと騒いでよ。
 勝つたびに、まるで優勝したかのようにはしゃく選手達の姿がまぶしかった。

 それでも、勝てない試合の方が多かった。

 2022年シーズン、最下位。
 2023年シーズン、最下位。

 大敗もあれば、惜しい敗戦もあった。記録的な大連敗も。
 けれど、勝てないことを悔しいと思う気持ちが、選手達の表情に現れていた。勝てなくて悔しくて泣く選手達を、何度も見た。
 ある時は、先発投手の勝ち星を消してしまって、試合後のベンチでタオルに顔をうずめる選手の姿があった。その肩をポンポンと叩いて慰めているのは、先発のその投手だった。
 泣くなんてプロじゃない、高校野球みたいだと揶揄するのは簡単だ。
 でも、本気で頑張って、本気で泣いたり笑ったりする姿を見ていると、がんばれ、がんばれと心の底から応援している自分がいた。
 感情をさらけ出してがむしゃらにプレイする選手達は、最高に魅力的でカッコ良かった。
 何より、悔し涙を流した選手達は、次の試合ではもっと強く、たくましくなっていた。

 絶対、もっと強くなる。
 絶対、どんどん強くなる。

 いつしか私は、応援するというよりも選手達と一緒に戦うような気持ちで野球を見ていた。
 それはとても楽しくて、幸せなことだった。
 私、野球が好きなんだ。
 ファイターズが好きなんだ。
 忘れかけていたそんな気持ちを思い出させてくれたのは、勝てなくても勝てなくてもあきらめずに戦い続ける姿を見せてくれた、この2年間のファイターズの選手達だった。



 東北楽天ゴールデンイーグルスは、2023年シーズン終了後に安樂智大選手によるチーム内でのパワーハラスメント行為が表面化し、同選手を自由契約としていた。

 不祥事の翌年。
 大型補強無し。
 そんな中での、現役時代に人気選手だった監督の就任。

 今シーズンのイーグルスの置かれた状況は、新庄監督が就任した時のファイターズによく似ている。


 だからと言って、ファイターズも新監督の下で生まれ変われたんだからイーグルスもきっと大丈夫だよ、なんて、今の時点で軽々しくは言えない。
 それぞれの球団にはそれぞれの事情があり、状況がある。まして、まだシーズン序盤。今は2位につけているファイターズだって、これから順位がどうなるか分からない。

 でも、

 今江監督の目指す「家族のようなチーム」になった時、きっとイーグルスは強くなる。そんな気がする。
 だって、東北のファンは今もずっと、家族のようにイーグルスを応援しているのだから。

 「また1年で監督変わったら可哀想だがら、応援しないとな。」
 仕事に戻りながら、誰からともなく、そんな声が聞こえる。
 東北楽天ゴールデンイーグルスで初代監督を務めた田尾安志氏は、1シーズン限りで監督を退任していた。
 「あん時も、なんも田尾さんが悪い訳で無かったのになぁ」
 「あンの年はしゃあねぇべなぁ?あれ誰がやっても無理だったべ」
 20年経った今も、申し訳無さそうに言う。
 やっぱり、イーグルスは家族みたいな存在なんだ。そう思う。


 きっと、立ち直るよ、イーグルス。
 東北中の家族が応援してるんだから。


 ファイターズを応援し続けながらもイーグルスもまた自分の中で家族のような存在になりつつあることを実感した、ある日の出来事だった。



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