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リボンで溢れたゴミ箱

 部屋を掃除した。
 新しい暮らし、新しい趣味、新しい交友関係、これからのことに胸を弾ませて、物を整理していく。
 押し入れの奥や引き出しの中にいつかの自分がしまった大事な思い出の残骸を見つける。かつては価値があったもの、それらを奇妙な気持ちで眺めながら、ゴミ箱に捨てていく。
 誰かにプレゼントされたときの物だろう、赤いリボン。青いリボンに黄色いリボン。思い出のゴミ箱は実に色鮮やかだった。こんなにも鮮やかな色彩を放つ癖に、僕の記憶には何一つ残ってやしない。しょーもない。
 いつかは全部忘れられてしまう。僕が生きていたことは忘れられちゃうんだ。偉人になって銅像にならないと人生に意味はないのかもしれない。
 つらつらと人生の意味を考えながら部屋の整理を終えた僕は、リボンで溢れたゴミ箱から思い出をビニール袋に移して、外に捨てに行くことにした。
 鉄のドアを開けて一歩踏み出す。途端に溢れる喧噪。大都会のど真ん中、新宿の大通りに面したアパート。眼下に広がるは人々に思い出を与える街。
 錆びた鉄の階段を下り、人ごみに紛れ、この街を行く。僕に忘れられたかわいそうなリボンたちをガードレールや交通標識に結び付けてゆく。
 思い出を量産する街に放たれた原色のリボンが、風を受けてたなびいた。
 いつか僕は忘れられるだろう。けれども、このリボンたちは新たな思い出としてよみがえるのだ。そのことに少し満足した。

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