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うそめがねチビ文庫

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筆者の創作noteです。ほとんどショートショートです。
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シューターの憂鬱〜マッスル☆みんち編

 この小説は、冒頭800文字の面白さを競う比類なきコンテスト《逆噴射小説大賞2018》の応募作です。 「おい!大丈夫なのかオマエ」ごりっ、とパンクファッションの女の頭に銃口を押し付けるが「……」ピュピュン、ボカンボカン!女は意に介さずシューティングゲーム《マッスル☆みんち》に興じている。手元にはメモ帳があり「218,750」の文字。意味不明だ。「クソッ…オマエで最後なんだぞ」足元には死体。頭部が吹っ飛んでいる。 そのゲームセンターにいる客はおれたちと“ヤツら”だけ。銃口

コーヒー助平

 この小説は、冒頭800文字の面白さを競う比類なきコンテスト《逆噴射小説大賞2020》の応募作です。  日本のプアオーバーというコーヒーの淹れ方に憧れた。彼の国のマイスターは言った。 「珈琲豆と話をするんだ。いい豆もわるい豆もあるが話してみたら仲良くなれるもんだ」  場違いを承知で僕は大学のダンスパーティに来ていた。カウンターの中で下を向いて黙々とコーヒーを淹れてる。 「ねえ」  なのでマギーに呼ばれてもすぐ気づかなかった。 「エッセルは踊らないの?」  顔を上げてどきり

心臓は赤く灯る

 この小説は、冒頭800文字の面白さを競う比類なきコンテスト《逆噴射小説大賞2019》の応募作です。  観測史上最大と目されていた大雨が、結果的には穏やかな小雨に終わったその日の夜半、満月の夜。赤提灯が誘う扉の奥は喧噪に包まれていた。  隣と話すのも苦労するほどなのに、むしろそれが心地良い。  人の数だけあるタフな日々を、冷えたビールで流し込み、壁中に貼られた赤札から選んだ酒肴に箸を伸ばせば、積んだ功徳の報いとばかりに皆一様の幸福へ昇る。 「生きてて良かったああああ!」  

ぼくとパンと人間たち〜『聖・麺包エクスキャリバー』

 これはひとりの人間と、その人生のターニングポイントに産まれたパンを取材した、いわばひとりと一個の魂の記録である。  赤、黄色、だいだい。  私を包むあまりにも鮮やかな極彩色は、それらの色のはじめのルーツじゃないかと思えるほどの眩しさだ。  私が今いるのは田名部山。  暖かい土地柄のため、もう初冬だというのに、あたりは近くの木々から枝葉の隙間にのぞく遠く山々の稜線まで、一面美しい紅葉が広がっている。微風が葉を優しくゆらし、近くにある小川のせせらぎが耳に心地良い。  空気が

春のデビルキラーズ通勤快速

 通勤電車。いつもの車両いつものドアの前。いつも向かいに立ってる人がいる。ストライプのシャツにセルフレームの眼鏡。とてもきれいな女の人。文庫本を読んでる。どこかの書店のブックカバー。たまに目が合う。何読んでるんですか? と問いかけたいが、とっかかりが無く言葉をのむ。でもおれは今日は声をかけようと思っていた。 《ゲェ~ッヘヘッヘ、いい女じゃねぇーか、襲っちま――》  窓から車内に潜り込んだ下級妖魔だ。痩せた小鬼にコウモリの羽。下卑た表情。おれの横を通り彼女に向かったので、  ご

悪虐非道の姫

「かつて魔族と人間が同じ街に共存する時代があったのよ」女戦士ヨシミは人工パーツに置換された下顎に触れる。「悪い冗談みたいだった」 「……」 向き合うイオタ——魔族に呪殺された勇者のクローン体——は固唾を呑んだ。 女戦士ヨシミが当時住んでいた団地の道路で、裸の若い女が四つん這いになり臀部を鞭打たれていた。 鞭を振るのは魔界の女王イグナール。ヨシミのお隣さんだ。 「良い子ね!あと50発耐えれば奴隷に戻してあげるわ」 そしてまた一打。 「イグナールさん、やめたげて!死んでしまう

珈琲人ダブルドラゴン〜おせっかい旅情編〜

「畜生。変わんねぇな」 どこまでも優しい珈琲だった。一口で虜にする強く華やかな一杯ではなく、路傍の名もない花めいて。 旅のドリップ屋(珈琲を淹れる者)をしながら訪れた海辺の町に喫茶テルミヌスはあった。 店主、夏日星ルリとは旧知の仲だが、俺のことを覚えていなかった。 「ルリは、ノラ猫のようにふらりとやってきたのさ。記憶を失ったままね」 バーで隣に座る女が言う。テルミヌスの管理人、マギーだ。 「原因は?」俺は地サイダーを片手に問う。 「断片的にわかるのは」マギーはスコッチを口

【短編小説】喫茶ダブルドラゴン 第2話

 からからん—— 「開いてるぅ?」  ドアベルを鳴らして入って来たのは派手なハイヒールの女だった。ロング丈のダウンジャケットから覗く素脚のラインが印象的だった。 「今日はもう終いだ。“CLOSED”の文字が見えなかったのかよ」  喫茶店のマスター、竜田隆一はぶっきらぼうに言う。 「あー、寒かった……」女はカウンター席に腰かけてテーブルに突っ伏した。「ううぅー」泥酔している。 「おいこら……ちっ、しゃーねーな」  舌打ちしながら、ストーブの電源を入れなおして女の近くに置い

【短編小説】スマホ機種変更して新しいスマホケース欲しいなーと思ってるときに書いた小説

“スマホにはケースを。”  グ・ラマス市のスローガンである。  生活に欠かせないスマホにはケースを装着して落下などの強い衝撃に対する安全性を高めよう、という意味もあるが、これは、もはや身体の一部であるスマホを用いた一種の慣用句である。 「えっ、そうなん?」  パンクバンドTを着こなす女――アレギレは、わら巻の水戸納豆型のケースを装着したスマホから顔をあげた。 「おれも昨日しってさ」ケースを装着していない白いスマホを片手に、ジェスターが言う。リーゼントがクールな青年

【短編小説】ホワイトアウト・セッション

 その小さなホルモン屋は、白い煙が充満していてもうホルモン屋なんだか何なんだかわからなくなっていた。  何人かが同時にホルモンを焼くとすぐにこうなる。  風呂に入っても丸1日は身体から匂いが消えない。 「でもうまいんすよね、ここのホルモン。ねっ、津軽ちゃん」 「津軽ちゃんなら、外で電話してるぜ」 「あっ、加地さんいたんですか」 「いや、途中参加。ってか、キミ誰? 水戸くんだっけ?」 「水戸は来てないです。俺、草間です」 「草間かあ。久しぶりだな。元気そうだな、煙で見えないけ

【短編小説】喫茶ダブルドラゴン 第1話

 からからん  とドアベルが鳴り、暑気を帯びた夏の空気と一緒に入ってきたのは虎之介だった。虎之助は近所の小学校に通う4年生だ。皆からはトラと呼ばれている。タイガーと呼ぶものもいる。トラは、彼にはやや高すぎるカウンター席の椅子に飛び乗るように座ると開口一番、 「おっちゃん、いつもの!」  乱暴な注文を受けた男は、やれやれ、といった風情でゴブレットにかち割り氷をいっぱいに詰め、そこにマンゴージュースを注いだ。 「毎度毎度……こりゃタイガーのためのメニューじゃあないんだぜ?」