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心臓は赤く灯る

 この小説は、冒頭800文字の面白さを競う比類なきコンテスト《逆噴射小説大賞2019》の応募作です。

 観測史上最大と目されていた大雨が、結果的には穏やかな小雨に終わったその日の夜半、満月の夜。赤提灯が誘う扉の奥は喧噪に包まれていた。
 隣と話すのも苦労するほどなのに、むしろそれが心地良い。
 人の数だけあるタフな日々を、冷えたビールで流し込み、壁中に貼られた赤札から選んだ酒肴に箸を伸ばせば、積んだ功徳の報いとばかりに皆一様の幸福へ昇る。
「生きてて良かったああああ!」
 連れがひとくちでジョッキ半分を空ける。
「ばあちゃん、完全に心折れてたもんね」
 ぼくがそう呼ぶのは、アンティークゴールドのピアスが似合う二十代半ば程の女性。
「だって訊いてたのと全然ちがったんだもぉぉぉん!」
 彼女は〈厄龍〉殺し一族の初代であり実際には千二百年前の人間だった。
 語るべきことは多いが、今は全ての長い闘いが終わった後。疲弊しきった魂を浄化せし酒宴に水を差す権利は誰にもない。
「だって昨日の〈水龍〉はやばかったって! 同じ日本なのに千二百年前となんであんな変わるの!? だいたいさぁ――」 
「おまたせっしたァー! 鰤のカマ焼きでぇす!」
 ――と、注文の品が来た。
「わっ、おいしそー」
 不平を忘れて歓声を上げる彼女が、すかさず箸を伸ばすと、薄く焦げ目のついた皮がパリッと割れて、湯気と共に、ふかふかの白身が顔を出す。
「おおおお、エロい!」
 照明にきらめく湯気まといし白身をパクリといって、
「……」
 スッと目を閉じた。
 突然カウンターに突っ伏し、数秒して顔をあげて、ちらっとこっちを見て、コクリと頷いた。
「なんか言いなよ」
 彼女は無言でビールをぐびり。
「ファッキンパーフェクツ……」
 由緒ある一族の初代様だ。この気の抜けようはどうかと思う。だが、彼女の成した偉業を思えば赦される。ぼくはあの闘いを思い出し、視線を上げる。
 視線の先には「名物!一本アナゴ天ぷら」。
「……すみませーん!」
 ぼくは店員さんを呼んだ。

〈続く〉

#逆噴射小説大賞2019  #逆噴射プラクティス

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