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【短編小説】喫茶ダブルドラゴン 第2話

 からからん——

「開いてるぅ?」
 ドアベルを鳴らして入って来たのは派手なハイヒールの女だった。ロング丈のダウンジャケットから覗く素脚のラインが印象的だった。
「今日はもう終いだ。“CLOSED”の文字が見えなかったのかよ」
 喫茶店のマスター、竜田隆一はぶっきらぼうに言う。
「あー、寒かった……」女はカウンター席に腰かけてテーブルに突っ伏した。「ううぅー」泥酔している。
「おいこら……ちっ、しゃーねーな」
 舌打ちしながら、ストーブの電源を入れなおして女の近くに置いてやる。
「なんか頼めよ」
 テーブルに突っ伏した女の後頭部に言う。
「うぅ……愛してるっていったじゃない……」
 女がうめく。
「あン? アイス珈琲? 真冬だってのに酔狂だな。いいね、きらいじゃないぜ」
 隆一の声が弾む。

 ——ががががりがががみしみしがぎぎがが——

 アイス用の深煎り珈琲豆を電動ミルで砕く。量はホットの一杯分より多め。
 沸かしなおした熱湯で、ペーパードリップする。
 グラスに氷をぎっしり詰めて、熱々の珈琲をゆっくり注ぐ。氷が溶けないうちに素早くマドラーでかき混ぜ急冷すると、ホット珈琲のように芳しい香りのフレッシュなアイス珈琲が出来上がる。
「はいよ! アイスいっちょうっ!」
 とんっ、とテーブルに置くと女が顔をあげた。
「なにこれ、この寒いのにアイス?」
「おーよ。寒いのにアイスだ。粋だねえ」
「はぁ? ああ、アタマ痛い……まあ気付けにはいいか……」
 ストローからひとくち。
「あ……おいし」
 隆一がにやにやする。
「それに香りも……」
「目が覚めたかい?」
「……」
 女はため息を漏らす。
「愛してるって言ったのよ……」
「わけありかい? 生憎ウチにゃあ酒はねーが、俺で良かったら聞くよ。わけありの客は大歓迎だ」
「……」女はしばし迷ってから、「あのね」と語り始めた。
 なんでもデート中にケンカしたらしい。付き合って2年になる男が、最近「好きだ」とか「愛してる」とか言ってくれないのだそうだ。それで女は自分が愛されてないんじゃないかと思って男に詰め寄ったら、男が「そんなことにこだわるお前は好きじゃない」と言ったらしい。
「ふーん」
 隆一は、抜けそうで抜けないヒゲを抜くことに熱中していた。
「聞いてるの?」
「聞いてるぜ。要は不安なんだろ? 相手のハートがもうホットじゃねーんじゃねえかって」
「そうじゃないけど……いえ、不安なのかもね。なんで男って大事なことを言葉にしないんだろう」
「さあな。だがよ、そのアイス珈琲はどうよ?」
「え?」
「冷たいからって香りまで冷えちまってるか? 味はどうよ?」
「ん?」
「ま、そういうこと」
「どういうこと?」
「アイス珈琲は冷たくなんかねえってこと」
「……もういい」
 それきり黙った女は、ちびちびとアイス珈琲を飲んでは「はあ」とか「ふう」とか言っている。
「景気わりぃなあちくしょう。あのな、教えといてやる」
「なによ」
「言葉がないから愛されてねえだぁ? おめーが男の愛を見のがしてるだけなんじゃねえのかい。声に出して言ってくれねーと不安になるときもあンだろうがよ、言葉だけが本質じゃねえぜ」
「お説教なんて——」
「聞けよ。あのな、愛ってのはよ、愛ってのは、そっと、肩にかかる雨なんじゃねえのか?」
「……なにそれ」
 言いながら、しかし女は隆一の言葉が少しだけ気に入ったようだった。
「肩にかかる雨か……」つぶやく。
「ダチの受け売りだけどよ」
「詩人だね、その人」
「ナオタロウってんだ」
 隆一はCDラックから一枚のアルバムを取りだした。
 ジャケットに森山直太郎と書いてある。
「何? 知り合いなの?」
「ああ、ダチさ。ナオタロウが歌を歌った。俺はCDを買ってそれを聴いた。んで感動した。だからダチさ!」
「……それだけ?」
「それが全てさ! 心が響き合っているのさ!」
 誇らしげな隆一。
「……」
 女はまた黙ってしまった。 
そして——
「なんか、疲れちゃった……」
 眠たげにゆるく瞬きする。
「おいおい寝るなよ、俺が帰れねえじゃねえか。ったくよぉ、寝るならソファで寝ろよ」
 嘆息して隆一は女に肩を貸す。女をソファ席に横たえる。
「……うーん」
 女はそのまま眠ってしまった。

 からからん——

 ドアベルを鳴らして男が入ってきた。
「もう終いだ!“CLOSED”の文字が——」
「朱美!」
男がソファで眠る女に言う。
「アンタ、この人の彼氏かい?」
「そうだけど……スミマセン、ご迷惑を……朱美! 帰るぞ」
 女の肩をゆする。
「……たぶん朝まで起きねーよ。気合いたっぷりの俺のアイス珈琲飲んだのに寝ちまったんだ」
 隆一はあくびをする。
「俺も寝るぜ。朝になったら起こしてくんな」
 言って、隆一は店の奥から持ってきた寝袋に入って床の上で横になってしまう。
 男はしばらく立ちつくしてから、ソファで熟睡する女の傍らに座った。
 男は眠る女の手をそっと握った。
「おい」
 床に転がる寝袋が告げる。
「そいつが起きたらよ、おめーが今手ぇ握って思ってること、言葉にして言ってやんなよ」
 男は女の寝顔を見つめながら、うなずいた。

   おわり


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