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【ショートショート#1】『イルミネーション』

 模試の帰り道、あの子が駅前のイルミネーションを見て肩を落としていた。彼女とはエアロスミスの話をするぐらい、否、エアロスミスの話しかできないとりとめのない関係である。気まずいわけでは無いが、この状況には二の足を踏んでしまう。いつも通っている道だというのに。

 そもそもイルミネーションというものが苦手だ。きれいなのは分かるが、なぜあんなに群がるのかは意味がわからない。聞くところによると、女性は染色体の関係で細く色を見分けられる。だから、女性の方がイルミネーションがきれいに見えるらしい。世の男性陣はイルミネーション自体に興味があるのではなく、彼女と肩を並べることに意味を見出しているのだ。なるほど、きっとそうだ。

 こんな詭弁を塗り重ねておきながら、結局話しかけることにした。小さく前後した足取りが細かなボックスステップの様になった頃、ようやく一歩を踏み出した。

 どうやら彼女は受験にかなり悩んでいるようだった。Born To Be Wildをかけながら自転車でどこか遠いとこまで行きたくなる時があるようだ。僕には理解できない。


 そして実のところ、帰るタイミングを失っていたそうだ。今年も残り少なくなった模試の手応えが悪くて何となく立ち止まってイルミネーションを見ていたらしい。帰ろうとしたところ、駅前のカラオケから流れるヒットチャートが胸に刺さってずっと足踏みしていたらしい。これもまた理解できない。そもそも、僕よりも遥かに賢い彼女の悩みを理解できるかなんて、僕の国語力云々の問題ではなかった。だとしても、帰り際に彼女の表情が和らいでいたのがイルミネーションではなく、少しでも僕が貢献できていたならこんなに嬉しいことはないと思った。


 あれから前よりずっと話すようになった。彼女について、ほんのイチブしか知らないことを実感した。僕の頭でB’zの「イチブトゼンブ」が流れていた頃、彼女は自分のことをたくさん話してくれた。エアロスミス以外にも今どきのバンドも聞いていること。ライブに行くくらい熱狂的に好きなアーティストがいること。そして、思ったよりも理解できないところが多いということ。

 年の瀬も近づき、塾に館詰になることも増えた。彼女はヒットチャートの歌詞に胸を打たれるぐらい真面目な人だけど、僕は二の足を踏んでいたらボックスステップを踏みそうになる人間だ。思うようには成績は伸びなかった。足踏みするのは人と話しかけるときだけで十分である。

 結果から言うと、僕は第一志望には落ちてしまった。いまだに英文を見ても知らない単語でいっぱいだし、logを微分したら何になるのかもよく分からない。でも、一つだけわかったことがあった。イルミネーションを一緒に見に来ている男は、イルミネーションだけを楽しみに来ていないことだ。
 彼女の方はというと、ちゃっかりと受かってちゃんと大学まで受験番号の掲示を見に行っていた。ちゃっかりというか抜かりがあったのは僕の方で着実に受かったのだと思う。

 これからも続く長い人生、どこで踏み外すかは分からない。でも、あの日ボックスステップを踏み損ねたおかげで、今、僕の隣で、あの子の笑顔を花火が照らしている。


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