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建設的なことに使える時間を確保する戦い(20240226改)

 昨日は確定申告の手続きを終えました。個人事業主ではないため、医療費控除と寄付金控除だけなのですが、医療費控除も昔は請求書を保管して、エクセルデータに1件1件入力していたところ、
数年前から10月分ぐらいまでのデータは健康保険組合から家族全員分の通知が来るようになっており、入力の手間が軽減、昨年はマイナ連携で全員の医療費を確認できるようになっていました。

 今年は、僕を家族の代理人にすることで、全員の医療費をマイナ連携で入力せずにデータを取り込むことが可能になり、ふるさと納税を個別入力するだけで手続きが完了しました。
 ふるさと納税もサイト連携をすることでデータを取り込んでくれるようですが、こちらは複数のサイトに分かれて寄附を行っており、今ぐらいの寄付先であれば、自分で手入力したほうが早そうな感じです。

 さて、今日は人生において、自分のために使える建設的な時間の確保について、考えてみたいと思います。
 一日は24時間あり、それは誰にも平等ですが、総収入と可処分所得との関係と同じで、相応な時間が天引きされます。

 まずは睡眠。人により必要な睡眠時間は異なりますが、最低3、4時間、多くの人は6時間といったところでしょうか。そこから、食事とか入浴、身だしなみを整える、といった健康と社会生活の維持に必要な時間も天引きします。そうすると、8時間ぐらいは天引きされるため、可処分時間は16時間になります。

 この16時間も当然自由に使えるわけではなく、フルタイムで勤務していれば8時間は義務的に使わざるを得ませんし、家事専業でも食事の準備、掃除洗濯買い物、子育てに、差し引かれていきます。

★この辺は、仕事と家事育児の両立の方が時間が足らないと思われがちなところ、ちょっと言い表すのが難しいですが、そもそも両立していること自体が大変な難事であり、何らかのサポートを受けているか、どちらかをある程度削ることで成り立っているため、専業であっても、時間は同じように差し引かれることになります。
 どちらも削らずに両立できる人は、スーパーマンの類であり、それを前提に社会を設計すると、多くの人が成り立たなくなり、絵に描いた餅ばかりになってしまいます。

 残された自由な可処分時間も、仕事をやっている人は、仕事が長引けばそこも圧縮され、通勤時間が長くて何となくスマホいじって終わってしまうと、ほとんど自由な時間はないことになります。加えて、親の介護や世話、子どもの勉強をみる、医者へ行く、近所や親戚付き合い、習い事、地域活動への参加といったところも入ってきます。

 少し話が逸れましたが、残された自由な時間も、自分の欲のために使ってしまうと、あっという間に費消してしまいます。意外と時間があるときほど、この欲のために時間をいたずらに消費してしまうものです。

 よほどの強い意志がない限り、実は自分で何かをやろうと計画し、取り組まなくても、時間はそれなりに使えてしまうし、普通の社会人としての務めを果たしているうちに、一週間、一カ月、一年が過ぎてしまいます。

 実際、元旦の地震や翌日の航空機事故に衝撃を受けてからはや、2ヵ月近くになろうとしており、来週にはカレンダーもかわってしまいます。

 こうした中、自分の時間を確保するためには、シフト可能な時間の天引きは、多少無理してでも前倒しをして、そのうえで建設的なことにまず取り組むことを優先し、残りを欲のために使う、行動原理をわが身に躾けることが大事なように思います。

 例えば、時間の天引きでいえば、仕事の予定が読めないときとかは、週末にプライベートな天引きの時間をとりあえず確保せざるを得ないですが、何となくこの時間はオフィスに張り付いていなくても大丈夫だなと判断したら、そこでスポット的に抜け出し、前倒しで用事を済ませて天引きをしてしまい、その分、週末の時間を空けるようにしています。
 この前倒しの思いがないと、仕事というのは「一応、今はいた方がいいかも」という方に判断が傾きがちです。

 このへんは、決まった時間に座っていることで役目を果たしている、という働き方をしている人は、難しいわけで、一日フルタイムで働かなくても、組織に求められるアウトプットはしっかり出しており、時間の使い方は文句を言わせないというところに立つことが大事ですね。
 休みがちで成果も出していないと、使えない戦力とみなされ、それ相応の扱いを受けることになります。

 仕事している間の時間って、組織に属している場合や、自営業の場合も多くは、他者との関係に時間の過ごし方の濃淡を左右されることが多く、特に会社や役所にいると、会議とか打ち合わせ、何らかの意思決定のステップは、上司や取引先の都合により時間が左右され、一日過ごしてみると、この時間とこの時間は、結構暇だったなということはよくあります。
 このへんの、密度は薄いんだけど、待ちも含めて、やることがゼロではないんだよねというところ時間を、いかり切り出して自分の時間の天引きに使えるかで、年間の積み重ねではだいぶ変わてきます。

 結局、有休なんかも、福利厚生部門に言われたとおり、まとまって取得をとか、少なくとも一日、半日はしっかり取らなければと考えてしまうと、組織の内外から常に求められている人間で、しかもマネジメントの上位にいるほど、それが絵空事に終わることが多いように思います。
 
 たとえば年間で20日有休が与えられ、だいたいは何年かすると繰り越して40日といった上限になり、買取制度のない限り、40日に20日が積みあがっても、上積み分はそのまま捨てることになります。
 ですので、僕は今年度からは、まずは繰越できずに全部こぼれていた積み上がり分の20日を消化するため、コマ切れでも時間の天引きの前倒しに使うようにしました。
これで残り20日にして、積み上がり分の20日をこぼさず取り込むことが可能になります。有休は積み上がり分はこぼれて当然、という発想を捨て、欲に使う時間は後回しにして、残り少ない人生の時間を、建設的なことに多く充てていきたいと思います。

 
 

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