「孤独のグルメ」の谷口ジローの漫画を フランス語圏のスイス人演出家が演出上演 日本の演劇人を育てるプロジェクト 新進演劇人育成公演俳優部門『遥かな町へ』
『遥かな町へ』は谷口ジローの漫画原作をスイス人演出家、ドリアン・ロセルが脚色演出した舞台作品を日本人俳優の手でいわば逆輸入の形で上演した舞台作品だ。谷口ジローは日本では人気ドラマ「孤独のグルメ」*1の原作者として知られる程度だが、その作風がフランス版の漫画であるバンドシネの作家の影響を色濃く受けているせいか、フランス語圏での人気が非常に高い。
なかでも2010年に『遙かな町へ』を原作として舞台をリヨン近郊に設定したフランス映画 "Quartier Lointain" が制作・公開。日本でもDVDソフトが販売されている*2。
話としては主人公が過去にタイムスリップするという物語なのだが、面白いのはこの物語では主人公である現代の中原博史がそのまま過去に行くというのではなく、今の記憶を持ったままで中学時代の身体に転生することだ。演劇的な仕掛けとしては現代と過去の博史を演じる2人の俳優がおり、この2人が入れ替わりながら意識が転生した過去の博史を演じる。
そして妻と子供たちを現在(この世界からすると未来)においてきた博史は最初は元の世界に戻れないかともがくのだが、次第にこの過去の世界で生き直してみようと思うようになり、昔は臆病で声もかけられなかった憧れのクラスメートと付き合ってデートするようになったり、失われた青春を謳歌するようになる。地方都市(鳥取県倉吉)を舞台として、日本版ではその方言も使われていることもあってか、このあたりの空気感には大林亘彦の尾道三部作を思わせるところもある*3。
物語上のもうひとつの焦点は意識が転生したのが、主人公の父親が謎の失踪を遂げた日の少し前ということで、これには何か意味があるのではないかと考えた主人公は次第にこの失踪の原因をつきとめ、それを何とか阻止できないかと考え始める。実はこの辺りから、主人公の意識が過去に転生したことで過去にあったことと異なる行動を主人公が取り出すことで過去の自分の行動が未来に影響を及ぼしタイムパラドックスが起こってくるのではないかとの疑問が起こってくる。この部分を作者である谷口ジローがどのように綱渡りして回避するのかというのが「遙かな町へ」のもう一つの見どころだ。一度、よくある夢落ちかと思わせたうえでそれをひっくりかえしてみせた手腕にはなかなかのものを感じたのである。
幕を使って空間を区切り、漫画の枠線を感じさせるような場面を挟み込んだドリアン・ロセルの演出も秀逸であった。
*1:
作者:久住 昌之
扶桑社
*2:
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