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言葉の背景にある感情に寄り添うこと

初めて自転車に乗れるようになった時、テストで赤点を取った時、友達ができた時、友達と喧嘩をした時…
様々な出来事が起きた時、感情は動きます。
その時に、素直に「嬉しい」「悔しい」「楽しい」「悲しい」と言葉にすることは簡単なようで難しいことです。
特にマイナスに思われる感情は言葉にすることが苦手な人が多く、物や人に八つ当たりをしたり、表に出すことを悪いことだと思って抑え込んでしまうことが多いのです。
中には、自分の中にある感情がどのようなものか、わからないという人もいます。
 
感情を理解し、適切な表出ができるようになることは、不安の軽減や困りごとの解決、人間関係が良好になるなど、たくさんのメリットがありますが、障害の有無にかかわらず、感情を自覚して、正しく伝えるというのは簡単なことではありません。
 
お互いに日本語を話して、言葉でのコミュニケーションがとれていると、
お互いに伝えたいことがしっかり伝わっていると思いがちです。
相手の話している内容を文章として理解できるからといって、その人の考えや、本当に感じていること、してほしいことを理解できているとは限りません。
今回は、「表面にでてくる言葉」ではなく、その背景にある感情、「気持ち」に寄り添うということについて、考えていきましょう。


表に出てくる「言葉」や「状態」と本当の感情は違うことがある


企業で働くAさんは頻繁に「もう限界です」「仕事を辞めたいです」と上司に訴えてきます。
理由を聞いても同僚や職場への不満が出てくるだけなので、我儘をいっているようにしか見えません。
上司が「もう少し頑張りましょう。」と言っても、その場では「わかりました」というものの、1週間もたたずにまた同じ訴えをしてきます。
 
「もう限界です」「辞めたいです」という言葉だけに注目して、励ましや社会の常識について話をするだけでは、本人の気持ちに寄り添うことにはなりません。

その背景にある「本当の気持ち・伝えたいこと」はなんだろう?という視点で考えてみましょう。

本人の気持ちに寄り添うとは、どのような対応になるのでしょうか。
上司から相談を受けた就労支援員のBさんは、
辞めたいと思うくらい、大変な状態なのですね。何か、お手伝いできることはありそうですか?」
と、Bさんを労い、気持ちに寄り添おうとしました。
すると、Aさんから
「実は、次から次へと仕事をさせられて、休む時間もとれなくて疲れてしまいます。」
という新たな事実と、困っているという話題が出てきました。

Bさんは、Aさんの
「辞めたい」という表現に振り回されず、その背景にある本来の
・「大変なのをわかってほしい」という気持ち
・労ったり、褒めてほしいといった気持ち
に寄り添いました。
 
BさんがAさんの寂しさや孤独感に寄り添ったことで、
Aさんは「新たな事実」「実は困っていること」を話すことができました。
これによって、「辞めるか、辞めないか」という話よりも、現実的な対話、対応ができるようになり、誤解は少しづつ減っていきました。

もし、Aさんが気持ちをそのまま表現することができていたら、もう少し早く問題が解決したかもしれません。

つい口癖で行ってしまう「もう無理」という言葉の背景には、様々な気持ちや実際に起きた出来事がありました。
表面的な、言葉のキャッチボールだけで終わらせるのではなく、
「気持ち」「事実」「表現の仕方は適切なのか」といった視点から判断し、関わっていくことも大切です。
感情を適切に表現することのメリットや、方法を伝えることも支援員の役割です。


不満や批判を言っているけれど、本当は「ただ不安で困っていて、助けて欲しかっただけ」


Cさんは、相談に来るたびに「駅員の態度が悪い!」「支援者のくせに、私の事を全然理解していない」といった訴えをします。周囲の人は、Cさんへの関わりに悩み、距離を取り、Cさんの訴えは日に日にエスカレートしていきます。

このような事例でよくあるのは、実は「困っていた」「助けてもらえなくて不安だった」「悲しかった」「対応されなくて傷ついていた」ということです。

Cさんは、慣れない駅での乗り換えに戸惑っていました。
駅員に出口を聞くと、口頭で説明をしてくれましたが、
聞き取れず、覚えることもできません。
慣れない環境で不安なうえに、説明も分からず、どんどんと不安は募ります。
Cさんは話の途中で「もういいです」と言ってその場を立ち去りました。

迷いながらも乗り換えをすることができましたが、Cさんにとっては「不安で困っている時に、助けてもらえなかった」「困っている人に丁寧に接しない駅員は悪い」という体験になってしまったのです。

 このことを支援者に伝えようとしても表現の仕方が分からず、分ってもらえないことでさらに「憤り」や「怒り」が追加され、
最初は相談をしたかった、共感してもらいたかっただけなのに、「批判」として相手にぶつけてしまう…
このような負のループに入ってしまう人は決して珍しくありません。

 表面のやり取りだけでCさんを見てしまうと、批判ばかりしていつも怒っている人、という認識になってしまいます。
一度負のループに入ってしまうと、周囲から避けられて余計に傷ついてしまうことが多く、さらに素直に気持ちを表現する方法を知らないので、周囲との溝は深まってしまうのです。

このような時、感情に目を向けて事実を整理すれば、本当の希望や、困りごとが見えてきます。
共に解決策を考える中で、「表現の仕方を変えることで、分ってもらえた」という成功体験を積むことができると、
同じような場面でも、批判や怒りではなく素直な気持ちや、困り事を伝えられるようになります。

 荒波にもまれるような感覚になるかもしれませんが、
その中で本人の気持ちを想像し、確認し、
知ろうとする姿勢が寄り添いであり、本人との信頼関係に繫がります。


寄り添いすぎも注意


感情に寄り添うことの大切さ、メリットについてお話ししましたが、すべてを肯定すればよい、ということではありません。

 施設に通っているDさんは、「悩んでいてつらいから、話を聞いてほしいんです」と頻繁に職員のEさんを呼び止めます。
話を一通り聞いてもらうと、「安心しました」と言って笑顔で帰るのですが、翌日にも同じようなことを繰り返します。

Dさんは気持ちを話せていますし、Eさんもそれに寄り添っているのですが、Eさんを呼び止める回数がどんどん増え、1日のうちに5人の職員に同じ相談をすることもありました。
一体なにがおきているのでしょうか。

 Dさんが「つらい」というのは事実でした。
しかしそれだけではなく、「自分に声をかけてもらえなくて寂しい」という気持ちもありました。
「つらい」という気持ちに寄り添おうと何度も話を聞くうちに、Dさんは「つらいと相談すれば周りは自分のことを気遣ってくれて寂しくなくなる」と考えるようになっていたのです。

Dさんには、つらいという気持ちだけではなく、「寂しい」という気持ちもありました。
「寂しいからつらい」という状態だったのです。

「つらい」という言葉を聞いて、
すぐに対応することだけが寄り添いではありません。
・何故つらいのか
・寂しいからつらいのであれば、「なぜ寂しいと思うのか」
ということに気を配り、何かできることがないか一緒に考えるということが、寄り添うということです。

 Eさんは、寄り添っているつもりで、いつのまにか表面上の言葉に振り回されていたのかもしれませんね。

・気持ちを表現するのが苦手でため込んでしまう人
・気持ちの表現がうまくできず、相手に悪い印象を持たれてしまう人
・気持ちを言葉にすることはできるけれど、本当の困りごとを伝えるのが苦手な人
…様々な人がいます。

気持ちに寄り添う時、目の前の人がどのタイプなのか、立ち止まって考えてみましょう。


まとめ


表面に出ている「言葉」の背景には様々な感情があります。

周囲の人や支援者は、
・全肯定するのではなく、本人の辛さや悲しさ、悔しさや怒りなどに寄り添う言葉かけをする。
・本人が置かれている環境や状況を客観的に理解する。
・本人がどのような感情なのかを推測し、本人に確認あるいは伝えていく。
・感情にあった表現の仕方を伝えていく。

といったことができるとよいでしょう。

また、日頃自分自身が発している言葉の背景にも様々な感情があります。
そのことを理解して、表現方法を変えたり、感情を大切にするという習慣をつけていけると良いでしょう。

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