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インドのバラナシに行った時のことを思い出しました

オンラインショップのサイト作りや広告などで昔インドで撮った写真をよく使うのですが、バラナシの写真でも使うかとパラパラ見ていたら昔の記憶がよみがえりました。

私がバラナシに出かけたのは確かインドに住み始めて1年が経ったころ。インドに住む以上聖地バラナシには一度は行かねばならぬと思いつつ、友人・同僚から色々な話を聞いていたこともあり二の足を踏んでいたのでした。

バラナシへはデリー空港から飛行機で1時間と少し。ムンバイやバンガロールやチェンナイにしょっちゅう仕事で行っていたのでそれに比べれば近場と言えます。空港も小さめですが地方都市にはよくあるサイズ。
油断していた私に災難が降りかかったのは空港から移動するタクシーでのことでした。インドでは日常茶飯事な鳴りやまないクラクションに包まれながら、渋滞を超低速で進んでいたところ突然の衝撃とともに停止するタクシー。見るとどうやら前を走る別の車両にぶつかったようです。インドに住み始めて1年ほどの間、自分が乗った車が事故るのは初めてでした。

面倒なことになった、どうするのだろう、警察に同行するようなことになったら会社にどう説明しよう・・・などとあれこれ考えを巡らせながら成り行きを見守っていると、前の車両から運転手が出てきて私が乗るタクシーの運転手に何か喚いております。当然ローカル言語なので私にはよくわかりません。対してわが運転手も負けじと何か言い返しました。時間にして15秒ほどの口論の後、ともかく問題は終結したようで、かの運転手は前の車両に戻り何事もなかったかのように走り去りました。
特に金銭の授受もなかったし、連絡先を交換している様子もなく、わが運転手に「大丈夫ですか?」と尋ねたところ「No Issue(問題ない)。ちんたら走ってるあいつが悪い」とのこと。うーん、事故が起きた時の事後処理が全然日本と違うなあと驚きつつ、でも特にけが人もなく車が傷ついただけだったらそんな感じで終わらせるのもありだよね、と感心したりもしました。

早速事故に巻き込まれ先行き不安で訪れたガンジス河沿いにて、やたらと客引きに絡まれます。デリーのインド門あたりやコンノート・プレイス、アグラなども客引きの多い場所ですが、バラナシのガートを歩いているときが最も絡まれました。「おまえは日本人だろ」「岡村隆史がガンジス川に入った場所に案内する」「長澤まさみが入った場所も俺は知ってる」そんな内容を片言ではありますが日本語で言ってくる客引きの方々。日本語が話せるインド人って非常にレアなので驚きます。日本人がよいお客様なんでしょう。しかしこれは6年ほど前のことなので、今は状況が変わっているかもしれませんが。最終的にはうちの店に来いとかガイドしてやるとか船に乗せてやるという話になるので、適当にいなしつつ歩みを止めないでいると、「お前はGood Friendじゃない」「Go back to Japan」と罵声を浴びせられる始末。

ガンジス河で洗濯している様子などは牧歌的でいいのですが・・・

行きついたガートでも早速横に初老の女性が張り付き聞いてもないのに場所の説明を始める。ただでさえガヤガヤと騒がしい場所で非常に癖のある英語なのでほぼ聞き取れないのだが、一通り見終わって去ろうとすると、ちょっと待てと引き止められます。いわく薪代を払いなさいとのこと。ガイド料金ではなく死者を弔うために薪代を払いなさいと微妙にニュアンスを変えているあたりが巧妙なところですが、後から調べたらバラナシのガートではよくある手口なのだそうで。しょうがないなと財布から100ルピーほど引き抜いて渡すと不満顔の老婆。少ないと、もっと出すべきだ、死者への敬意はないのかとお金を出したのに逆に責められるに至ってはさすがに愛想が尽き、今手持ちないのでごめんねと逃げるようにその場を立ち去ったのでした。

これらはバラナシの一面で、朝から船に乗って見る風景は格別だったとか、どこそこのお店が親切でよかったとか、良い話も聞きました。不運にも私のバラナシ経験はあまり楽しくないものでしたので、その後一度も行っていませんが、訪れるたびに表情を変えるのがインドという国ですので、きっとそのうちバラナシを再訪して良い思い出に塗り替えようと密かに目論んでいます。

翌日訪れたサールナートはのどかでよいところでした。

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