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逃れられない夏の死

怠惰な私はベッドの上で腐って死ぬ。
閉め切ったカーテンがつけっぱなしの冷房の風で微かに揺れる。陽の光さえ浴びないまま、最期の寝返りを打って私は一人で死ぬのだろう。



拝啓、あなたは生きていますか。

人が苦しまずに死ぬための毒薬をあなたは知っていますか。


それは、例えば駅のホームにある。

「間もなく、三番線に電車が到着します。黄色い線の内側までお下がりください」

東京の山手線の駅のホームからはビルが見えるらしい。「東京の電車って地上を走る地下鉄みたい」私が言ったのかあなたが言ったのかはもう忘れてしまった。新宿駅は意外と迷わなかった。真夏の、特に気温が最高潮に達していた二日間。東京の大学のオープンキャンパスへ行くために二人で新幹線のチケットを取った。あなたは迷わず窓側を私に譲ってくれた。それに気づいたのは帰りの新幹線の中だった。「A大の図書館はわりと好みだったな」これは多分私が言った。東京って意外と蝉居るんだね。知らない場所の知らない人達の日常を壊すのはわりとけっこう、怖いものだ。私はいつも、駅員さんのその言葉をスルー出来ない。いつもいつも、黄色い線の内側ってどっち側のことだろうと考える。もちろん踏み出したりはしない。東京でも同じだ。暑さに目が眩んでも、私たちは内側がどっちなのかを知っている。


また例えば、それは海にある。

自分が死ぬ夢をあなたは見たことがあるだろうか。私は何度もある。内容を覚えているものだけでも五個はある。そのどれもが、海で溺れる夢だった。

私が生まれ育った町は海辺に位置していた。おまけに祖父が海の家を営んでいたから夏休みは毎日海だった。自分が死ぬとしたら海で溺れて死ぬのだろうとなんとなく思っていた。その海は透き通ってなんかいなくて、まるで泥水のようで、生温いんだ。浮き輪をダサいと感じる時期ってなぜかあるよね。その日も、浮き輪もマリンシューズもなしに一人で海で遊んでた。たまに足の裏に割れた貝殻が突き刺さる。不透明な海に潜っては手探りで花の模様の貝殻を拾う。スカシカシパンって言うらしい。私は花の貝って呼んでた。とにかくそれを握りしめながら自己流の犬かきで深い方へと進む。そして急に足が地面につかなくなる瞬間が来る。日が当たって生温かった水は底の方になるにつれ冷たくて、その冷たさが死を思い出させてくれる。死は冷たいものなんだと思う。そして息が苦しいんだ。夢の中で溺れている自分はいつも迫り来る死を受け入れていた。両の手には花の貝が二枚ずつあって、私はいつまでもそれを手放さない。あなたはこの死を知っていましたか。


また例えば、それは学校の屋上にある。

私たちが通ってた高校は屋上が立ち入り禁止ではなく自由に出入りできた。その代わり決して飛び越えられない背の高いフェンスで囲われていた。その高さが、ここから飛び降りるなと圧をかけているようだった。

屋上からは図書室がある別館に繋がっていて、本当は三階の渡り廊下から行けるのにわざわざ六階まで上がって屋上を通って図書室へ行っていた。暑い日も寒い日も雨の日も屋上を通った。雨で上靴がびしょびしょになる感覚が私はけっこう好きだった。夏休みに、クラス演劇の練習を何度か屋上でしたっけ。下手くそな発声練習の声が風に乗ってどこかへ運ばれていく。ある日教室で自主練をしていた時に近くに雷が落ちたことがあった。下校時刻になっても雷が怖くて皆で教室で待機していたけど、私はその時屋上に出てみたくて仕方がなかったんだ。不謹慎だってあなたは怒るかもしれないけれど。何かが壊れる瞬間を見てみたかった。屋上は魅力的な場所だ。そこへ来る度に、背の高いフェンスをよじ登る想像をしてみた。木登りが得意な私と、陸上部で棒高跳びをしていたあなたなら、ここを乗り越えられたのではないだろうか。きっとそんなこと考えてるのは私だけだ。



それは例えば川にある。濁流に呑まれて死ぬ。それは例えば歩道橋にある。大型のトラックが来たタイミングで飛び降りる。それは例えば樹海にある。高層ビルにある。きっとあなたは他にも色んな場所を知っている。

そんな特別な場所に行かなくても、死は家の中にもある。ロープで首を吊ると死ぬらしい、薬を大量に飲むと死ぬらしい。オーバードーズって言葉は、確かあなたから教わった。あなたの腕の内側にある沢山の傷を初めて見せてもらった時に上手く声をかけられなかったことを今でも後悔している。あとは、ご飯を一週間食べなかったら死ぬらしい。これはまあ、それなりに苦しそうだ。

そこかしこに毒薬はある。夢の中で、想像の中で、私はその毒薬を飲んで何度も死んだ。目を覚ます度に私は生きていた。あなたが見る私はいつも生きていた。あなたが私の衝動を鎮める薬だった。

死というジャンルについて書かれた教科書があったらあなたは買いますか。きっとその教科書も毒薬なんだ。その教科書は保健の教科書と大した違いはないのだろう。毒薬は別に悪いものでもない。

押したら死ぬボタンを渡されて、あなたはこの先何十年とそのボタンを押さずに生活できますか。馬鹿馬鹿しいと言ってその辺に捨てるか上手に解体しますか。渡された瞬間に迷いなく押しますか。きっとあなたは、興味本位で押しそうな私を見兼ねて、私の分のボタンも管理したいとか言うんでしょう。

いつかの夏に行った地域のイベントで、あなたと一緒に絵付けした風鈴を今年ついに失くしてしまった。毎年決まった場所に仕舞わない私の悪い癖だ。家のどこかにはあるのだろうけど探す気力さえ起きないね。私は今、けっこう怠惰なんだ。驚くだろうけど、朝ご飯はインゼリーと野菜生活ばかりだし、夜も最近はほとんど素麺だ。そろそろアレンジが尽きてきた。熱も出てないくせに冷えピタなんか貼って、朝方に寝て夕方に起きる生活を送ってる。カーテンはずっと閉めっぱなしだし、私の部屋じゃ風鈴があっても似合わないね。ほとんどベッドにいるものだから、ニュースで災害級の暑さって言われてもあまりピンと来ないよ。意外と活動的だった頃の方が死が近くにあったって知った。あなたはどうですか。今何をしてるんだろう。死は私から遠ざかってあなたの方に襲いかかってはいないだろうか。

けどたまに思い出すんだ。死という概念がふとした瞬間に姿を見せたりする。海の夢を見て、金縛りにあった時なんかに。そういえば金縛りの仕組みについてもあなたから教わったような気がするけど忘れちゃったな。調べるのも面倒だし、もう一度あなたの言葉で分かりやすく教えてよ。あとは、そうだな。セブンイレブンで買ったシュークリームを食べ忘れて、賞味期限がとっくに切れていたことに気付いた時なんかに。

ネットフリックスで映画を観ながら寝落ちして、言い訳のように寝返りを打って、今日が何日で何曜日なのかも知らないで、私が死を忘れた頃に、そして死が私を思い出した頃に、呆気なく終わるんだろう。怠惰なくせに、この怠惰な生活が続くとは思えないし、以前のような自分に戻れるとも思えない。このまま終わる気がするんだ。このまま腐敗して死ぬ気がするんだ。死因はどうしようか。あなたが決めてくれたっていい。そのボタンをあなたが押してくれるなら、それなりに幸せなのかもしれない。


ああでも、本当に怠惰な人間って生きるらしい。死ぬことすら面倒くさいからね。まあ、別に私は死にたいわけではないんだよ。ただすぐそばにある即効性の毒薬に興味があるってだけなんだ。毒薬があった場所をちょっと思い出してみただけなんだ。この文章を読んで、あなたはそれらにうっかり手を伸ばしたりはしないだろうか。それだけが不安です。あとは今日の夏の暑さにやられて茹で蛸になったりしないでね。そうだ、スカシカシパンに似たやつでタコノマクラっていうのもあるらしい。私が拾っていたのがどっちなのかは分からないけど、もう少し涼しくなった頃にあなたと一緒に確かめに行くってのもいいかもしれない。




あなたは今、生きていますか。生きていると分かったら、ちょっとは安心して寝返りが打てる。


 
敬具


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