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「SIIFIC ウェルネスファンド」投資第二号案件「オルソリバース」。AI を活用したシステム図でインパクトKPI を導き出す

SIIFICとSIIFが共同運営するSIIFICウェルネスファンドは、投資第二号案件としてオルソリバース株式会社が実施する第三者割当増資を引き受けました。同社は2011年6月に設立された医療機器スタートアップで、主力商品に綿形状人工骨「レボシス」があります。
 
今回の資金調達でオルソリバースは「骨の形成を促す薬の開発」に取り組みます。ともすると地味に見られかねないプロジェクトですが、SIIFICによるインパクト・デューデリジェンス(以下、インパクトDD)を通して、その大きな意義が浮かび上がってきました。今回のインパクトDDでは、第一号案件の経験も踏まえ、AIを活用した新たな試みにチャレンジしています。
 
SIIF常務理事工藤七子
SIIFIC共同代表 梅田和宏さん 三浦麗理さん


「システム図を見て泣いた」末期がんの看取り経験者から反響

工藤 第一号案件のジェイファーマは、末期がんの患者さんにも使える、QOL(生活の質)維持に役立つ治療薬を開発しています。このときのインパクトDDについてブログで紹介したところ、思わぬ反響があったそうですね。
 
梅田 投資家でも企業家でもなく、ご両親をがんで亡くした方がわざわざコメントをくださったんです。「ブログに掲載されていたシステム図を見て、泣いてしまいました」と。

<ジェイファーマのインパクトDDで作成したシステム図「がん治療の課題とは何か」>

梅田 このシステム図の左下にある「感情のない医療」のループ、これはまさに、その方が実際に経験したことだったそうです。「医師は患者ではなくパソコン画面ばかり見て、ガイドライン[1]通りの、心が感じられない治療に強い憤りを覚えました」とおっしゃっていました。このシステム図には「最後まで希望を見せる事ができる医療」を目指すと書いています。そのことに深く共感して涙が出た、と。

私はかれこれ20年ぐらい医療系のベンチャーキャピタル投資を手掛けてきましたが、エンドユーザーである患者さんやそのご家族からフィードバックをいただいたのは初めてです。私たちとしても精魂込めてつくりあげたシステム図ですから、それが当事者の共感を得たことが本当に嬉しくて、こちらも思わず涙してしまいました。

[1] 診療ガイドライン:エビデンスなどに基づいて、最良と考えられる検査や治療法などを定時する文書。 

工藤 投資の目的はエンドユーザーに届くことにあるわけですが、実際にエンドユーザーから反響をいただけるなんて、本当に珍しいことですよね。
 
梅田 システム図を書いたことによって、この薬の特長、この企業の特長が明らかになったと思います。その1つが、短期のインパクトKPIに置いた「医師の満足度率」です。これまで薬がなかった末期がんの患者さんに、副作用の少ない薬を処方できることは、医師にとってもやりがいや満足感につながるからです。
 
工藤 がん治療の課題をシステムとして捉えることで、患者だけでなく医療者にも目を向けることができたわけですね。
 
三浦 この案件を通じて、事業KPIとインパクトKPIの違いが明確になりました。ここでは、薬が承認されたあと「何人に投与されたか」が事業KPIです。一方、インパクトKPIは「医師の満足度率」と「対象患者の余暇の充実率」等で、明らかに事業KPIとは質が異なり、なおかつ事業KPIとトレードオンの関係になります。これこそがインパクト投資だと確信できました。

骨形成分野に社会課題解決への道筋を発見

工藤 第二号案件のオルソリバースはどんな会社ですか?
 
梅田 整形外科分野の企業で、人工骨を開発・製造・販売しています。今、取り組もうとしているのは骨の形成を促進するタンパク質(Bone Morphogenetic Protein:BMP)を含む薬剤の開発で、アメリカなどではすでに実用化されています。

オルソリバースの綿形状のハンドリング性の良い人工骨「レボシス」

工藤 どちらかというと地味な分野だとおっしゃっていました。
 
梅田 再生医療やAIといった最先端技術に比べれば注目を集めにくい分野で、当初はどう取り扱うか悩みました。いろいろデータを探す中で、着目したのが介護の問題です。
 
高齢者が寝たきりになる原因は、1位が認知症、2位が脳血管疾患で、3位が骨折・転倒なんです。高齢者が骨折すると治癒に時間がかかり、その間に活動量が減ると認知・身体機能が衰え、やがて要介護に至る。高齢化が加速する日本において、骨折は中心的な社会課題として捉えられると考えました。

出典:厚生労働省 2022(令和4)年国民生活基礎調査の概況

BMPを使えば、骨の形成が早くなります。それだけでなく、BMPがあれば、骨形成促進のため、自分の身体の他の部位から骨を採ってこなくてもよくなる。治療によるリスクやダメージを抑えられます。リハビリを早く開始できるので、寝たきりにならずに済む可能性が高まります。
 
三浦 これはまさに、ファンドの原点であるSIIFのビジョンペーパーで示した「ヘルスケア課題構造マップ-高齢者」に合致するものです。このマップをシステム図に組み込んで、バージョンアップしていきました。

ChatGPTによるWebスクレイピングと共起分析を活用

工藤 第一号案件の経験を踏まえて、システム図の作成方法も工夫していましたよね。
 
梅田 第一号案件のシステム図を書いているとき、図に置くキーワード、私たちは「変数」と呼びますが、その変数の洗い出し方が偏ってはいないかと疑問に感じたんです。変数を拾うためにいろんな人にインタビューしているとはいえ、インタビューの相手を選ぶのも、インタビューするのも私たちです。そこにはどうしてもバイアスがあるのではないか。
 
バイアスを避けて変数を拾う方法として考えたのが、Webスクレイピング(Webからデータを抽出・収集すること)です。AIやプログラミングのエンジニアから「ChatGPT4を使えば、ウェブスクレイピングができるらしい」と教えてもらい、相談しながら最適なプロンプトを編み出しました。そこで発見した見逃していた変数が「痛み」です。
 
医師に尋ねると「痛みは薬でコントロール可能だから課題ではない」と言われるんですよ。でも、患者本人はやはり痛いし、痛くて眠れないし、眠れないと衰弱していく。その変数を、ChatGPT4が見付けてくれました。
 
工藤 変数の抽出以外にも、バイアスが気になる点があったと仰っていました。
 
梅田 変数を、システム図のどこに配置するのか、という点です。自分の頭で考えている限り、どうしても自分がやりやすいように並べてしまいがちです。変数の座標を客観的に計算する方法はないか、いろんな数学や物理の専門家に相談しました。そこで「共起分析が使えるんじゃないか」というアドバイスをいただいたんです。
 
共起分析とは「ある単語とある単語はペアで使われることが多い」という分析です。ペアで使われる単語は近しいはずだから、システム図でも近くに並べるべきだと考えました。
 
例えば、私たちがファンドのTheory of Change(ToC;変化の仮説)において、レバレッジ・ポイントとしている「ウェルネス・リテラシー」と「ソーシャル・キャピタル」。これに基づいて投資テーマを選定し、案件をソーシングしているので、システム図に必然的に登場する変数です。
 
共起分析するまでは、この2つをシステム図の両端に置いていました。2つのレバレッジ・ポイントから課題にアプローチするイメージで、書きやすかったからです。しかし、共起分析によって、この2つの変数は極めて近しいことが判明した。そのため、システム図を大きく書き換えることになりました。

<共起分析前>

<共起分析後>

梅田 システム図がここまでできた段階で、オルソリバースの経営陣と面談しました。システム図を示しながら「私たちが調査・分析した結果、御社の製品は高齢者の骨折治療を改善し、寝たきりになるのを防ぐことで、介護問題の解決に寄与すると考えられます」とお伝えしたんです。そうしたら、経営陣の目の色が変わった。すごく生き生きと、自らの製品の使命を語り始めてくださったんです。そこから出てきた新たなキーワードが「社会的な痛み」でした。
 
工藤 どういう意味なんでしょう?
 
梅田 高齢者が要介護になれば、周囲に介護離職やヤングケアラーといった課題を引き起こします。それをオルソリバースの経営者は「社会的痛み」と名付けたんですね。「この研究開発によって、身体的痛みだけでなく、社会的痛みからも解放する、それがわれわれの目標だ」と。この理念を書き込んで、システム図を完成させました。

システム図と向き合うことで、経営者の理念や使命が見えてくる

工藤 次の案件に向けて、改善点や抱負はありますか?
 
梅田 二号案件では本当に何のバイアスも入らないようにWeb全体からスクレイピングしたんですが、ある程度バイアスをかけたほうがいい可能性もあります。次の案件では、インタビュー、背景情報、事業内容など関連する全テキストをChatGPTに入力し、これをデータベースとして学習させたらどうなるか、試してみるつもりです。
 
三浦 一号案件も二号案件も、インパクトKPIのヒントは投資先の経営者の「表情」にありました。「医師の満足度」や「社会的痛み」というキーワードを発見した瞬間、彼らの表情が明らかに変わったんです。それまでの、経営者・職業人としての顔から、一人の人間としての素顔に変わったように見えました。そして、ご自身の生き甲斐や使命感を楽しそうに語り始めたんです。次の案件でも、ヒントはきっとそこにあるんだろうと思います。
 
工藤 それは面白いですね。客観に徹し、バイアスを排除するためにAIまで駆使してつくったシステム図が、結果として感情を刺激して、ビジョンやアイデアを引き出す。これはどういうことなんでしょう。
 
三浦 システム図は「課題」ではなく「現状」を描こうとするものなので、価値判断をいったん脇に置いて、素直な気持ちで向き合うことができるんじゃないでしょうか。
 
工藤 今後、ファンドのToCとはうまく合致していけそうですか?
 
梅田 どの案件のシステム図にも「ウェルネス・リテラシー」と「ソーシャル・キャピタル」が出てくると申し上げましたが、これからさらに案件を重ねていくうちに、ポートフォリオの全容が分かってくるだろうと考えています。
 
三浦 私たちはToCのスーパーゴールに「ウェルネス・エクイティーの実現」を掲げています。ただ「ウェルネス・エクイティー」という言葉は伝わりにくいので、最近は日本語で「誰もがよりよく生きられる社会」と言い換えています。この「誰もが」という言葉のおかげで、一号案件では患者だけでなく医師が、二号案件では高齢者だけでなく家族や介護者が視野に入り、インパクトKPIを導き出せたと思います。
 
梅田 インパクトKPIは、それぞれの製品や企業の特長を表しています。そう考えれば、インパクトKPIは必ず事業KPIと相関しますし、事業KPIを補完するはずだと考えています。

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