スタートアップの継業と成長。想いをつなぐクラフトスイーツで世界を目指す「2代目CEO」の役割とは?
「日本の酪農にまつわる問題を解決する」を出発点に、2018年に創業したHiOLI(ヒオリ)。
バターの製造過程で生まれる脱脂粉乳を取り入れたスイーツ作りを軸に、「HiO ICE CREAM」「Butters」「山ノチーズ」などクラフトスイーツ事業を展開。美味しさを最優先に、小ロットずつの生産にこだわって着々と全国に実店舗を増やし、2023年には台湾ポップアップツアーという形で初の海外進出も果たした。
そして2024年7月、HiOLIは創業以来となる2つの重要な転機を迎えた。
ひとつは、オイシックス・ラ・大地グループへの参画だ。シリーズCラウンドで総額8億円の資金調達を実施し、スイングバイIPO(スタートアップ企業が大企業の支援を受けて成長を加速させ、上場を実現する事業戦略)を目指す。
もうひとつは、経営体制の刷新だ。創業者である西尾修平さんからバトンを受け取った平岡晃さんが、新たな代表取締役社長として就任した。
SIIFの連載「インパクトエコノミーの扉」第10回では、スタートアップの「継業(事業継承)」というステージを通じて、持続可能な企業のあり方を模索するHiOLI新代表の平岡晃さんに話を聞いた。
スイングバイIPOという事業戦略を選択した背景、そして創業者とはまったく異なる「2代目CEO」に求められる役割とは?
酪農の課題解決を。カギは「脱脂粉乳」
自由が丘駅から徒歩5分、喧騒から離れたガラス張りの「HiO ICE CREAM」工房では、パティシエのスタッフが手作業でアイスクリームを製造している。
HiOLIを創業した初代CEO・西尾修平さんが目指したのは、「つくり手の顔が見えるものづくり」。酪農家、農家、生産工場など地方のさまざまなパートナー企業と協力しながら、共同創業者である玉井賀子さんとともに、地方創生につながるものづくりに取り組んできた。
起業の動機は、日本の酪農が抱える課題の解決。着目したのは「脱脂粉乳」だった。
「酪農家がバターを製造する過程で、バターの倍以上の脱脂粉乳が生まれてしまいます。脱脂粉乳は産業廃棄物に指定されているため、処分にはお金がかかるし煩雑な手続きも必要です。その過剰在庫が酪農家の大きな負担になっている。それならば、脱脂粉乳を原材料として使わせていただき、商品開発をすることで新たな収益と価値を酪農業界にもたらせるのでは、という西尾の思いから生まれたのがHiOLIでした」
国内のバター需要は高まり続けているが、バターを作るほど脱脂粉乳の処分コストも増えるため、思うように作れない…。こうした悪循環を解決する一助として、脱脂粉乳を原材料としたHiOLIのアイスクリームと焼き菓子が誕生した。
とにかく味で勝負する
脱脂粉乳のアップサイクルを通じて、酪農業界の構造をサステナブルに変えていきたい。
熱い思いを持ちつつも、他方で、リクルート、ミクシィ(現:MIXI)、BAKEなど複数社で投資・M&A、事業戦略の立案・推進などに従事してきた創業者の西尾さんは、余ってしまっているものに新たな付加価値をもたせる「アップサイクル」という理念だけでは事業が成り立たないことも熟知していた。
「『サステナブルだから美味しくなくてもいい』わけがない。まずは味で勝負する。その点を西尾は一番大切にしていました。だからこそ、商品開発の上では大量生産・大量消費ではなく、おいしさと風味にこだわった丁寧な製法を重視しています。パティシエたちも、毎月フレーバーを提案してくれて、試行錯誤しながら味にこだわり抜いています」
味とともに徹底的にこだわるのは、酪農家や原材料の農家の「顔が見える」構造づくりだ。
「自分たちが経済活動をする上で、誰かが損をしたり置いてけぼりになったりしてしまうことは絶対に避けたい、という思いが西尾にも僕にもあります。アイスクリーム屋が儲けるために酪農家や農家が割を食っていいはずがありません。関係者の皆にうまく還元できる仕組みづくりが必ず実現できるはず。そのチャレンジの真っ最中です」
スイングバイIPOを検討するまで
チャレンジの形が見え始めてきた矢先の2024年6月、HiOLIはスタートアップ企業として大きな転機を迎える。既存株主であったオイシックス・ラ・大地グループへの参画と、CEO交替による経営体制の刷新だ。
HiOLI新旧CEOは、実は株式会社ミクシィで上司と部下という関係だった。
大学院で会計を専門的に学んだ平岡さんは、日立製作所、BCホールディングスでIPO事業やM&Aを担当した後、20代後半でミクシィに入社。そのときの面接官がのちにHiOLIを創業する西尾さんだった。
「面接官としての西尾さんはだいぶ怖かったですね(笑)。『そんな尖った質問してくるんだ?』というのが初対面の印象でした。ただ、その後に同じチームで働くようになってからは、メンバー一人ひとりをきちんと見て、時間を割いてくれる人だとわかりました。事業戦略から組織をどうチームアップしていくかという視点まで、僕のキャリアの基礎は西尾さんに作られましたと言っていいと思います」
互いにミクシィを離れた後も、「悩みを聞いてもらう」かたちでの定期的な交流は続いていた。西尾さんからHiOLIにジョインしないかとの打診があったのは2023年。未上場だった株式会社カラダノートを取締役CFOとして、グロース市場へ上場させるという難局を乗り越え、「次のキャリアは地方創生を」と考えていた平岡さんに、西尾さんが直接声をかけた。
「当初は故郷の広島に帰って地方創生に携わるつもりだったのですが、西尾に『地方に行かなくても地方創生はできるよ。一緒にやってみないか』と言われてハッとしたんですね。広島産のレモンを使って商品をつくる、バターを使ったお菓子で酪農家に還元する、そういう間接的な地方創生の形も確かにある。それならばHiOLIで僕が貢献できることもあるはずだ、と思えました」
2023年12月の入社後、平岡さんは主にサプライチェーン領域、コーポレート領域、地方創生領域を担当。資金調達のために動いていく中で、早い段階からスイングバイIPOの手段も視野に入れていた。
スイングバイIPOというのは、スタートアップ企業が大企業の支援を受けることで成長を加速させ、上場を実現するという事業戦略のこと。大企業の所有する資本や知見を“てこの力”として利用する。
「ものづくりには絶対にお金が必要です。でも、資金の心配をしながら事業を伸ばしていくことは非常に困難でもある。昔からずっとそう考えていたのですが、KDDIさんの力を借りてソラコムさんがスイングバイIPOしたニュースを知って、そういう手段もあるんだと気付いたのがきっかけのひとつです。HiOLIがいったん別の企業の傘下に入って事業にコミットしたら、一体どんな世界観ができるんだろうという興味もありました」
HiOLIとして実現したいビジョンはすでにある。それを前倒しするためにはどうすればいい?
そこから信頼できるパートナー企業を絞り込んでいく中で、最終的に「ここ以外はありえない」と社内で合意に至ったのがオイシックスだった。
「最も重視したのは、我々のビジョンの実現に共感してもらえるか、そこに制約が生じないか、です。食の領域の課題解決に向けて成長を目指すオイシックスとであれば、互いの良いところを伸ばしながら、HiOLIが目指す世界観、酪農の課題解決を実現できる予感がありました」
「オイシックス自体、高島宏平社長が2000年に設立した企業ですから、スタートアップへの理解度も高いことも大きかったように思います」
CEO=指揮者? 時代に合わせてタクトを振る
前後して2024年2月、不調が続いていた西尾さんが、全身の筋力が徐々に低下していく指定難病のひとつである『重症筋無力症』と診断される。オイシックスとの交渉が続く中で、西尾さんは代表取締役会長に就任し、平岡さんが2代目CEOとして事業のバトンを引き継ぐことになった。
「HiOLIに入社した時点で自分がCEOになるとはまったく想定していなかった」と平岡さんは語るが、西尾さんは「次の成長ステージはIPO経験を持つ経営者にマネジメントを託すつもりだったので、病気のことがなくても平岡さんにお願いしていた」とnoteで語っている。
「創業者とCEOの関係は、オーケストラに置き換えるとわかりやすいと僕は思っています。自分の思いを音符にのせたシューベルトやモーツァルトなどの作曲家は、ビジョンを掲げて会社という箱をつくった創業者に近い。対してCEOは、創業者の思いを引き継ぎ、時代に沿うようにアレンジする指揮者のような役割ではないでしょうか」
情熱を受け継ぎ、ブランドをより磨いていく。そのために2代目のCEOとして自分は何ができるのか。平岡さんはすでに長い時間軸で考えている。
「自分がこれまで培ってきたスキルセットを活かしてアライアンスを結びながら、目標とするビジョンに最短で近づくようにレバレッジをかけていく。HiOLIが掲げているビジョンは、僕が生きている間に完全に実現することは難しいかもしれません。けれども、ビジョン実現という長い旅路の中で、次の経営者にきちんとバトンを渡せるように進む方向を見誤らずに舵を切っていきたい。その責任は非常に重いものですし、 何が正解かは時間が経たないとわかりませんが、まずは今の自分が信じることをやっていくしかありません」
「レバレッジをかける」というのは簡単だが…?
資金調達やパートナーとのアライアンスで「レバレッジ」をかけて成長スピードを加速させるーー
創業者の西尾さんが平岡さんを見込んだのは、まさしくこの「レバレッジをかける技量」のように思える。だが、現実問題として、これほど“言うは易く行うは難し”なこともない。
なぜ平岡さんは「レバレッジをかけられる人」たり得ているのか?
そう本人に尋ねると、「うーん………」と少し考えたのちに「4人きょうだいの3番目だからでしょうか?」という意外な答えが返ってきた。
「きょうだいが4人もいると、もはやそこが小さな社会なんですよ。上には力では絶対に敵わない存在が、下には甘え上手な末っ子がいる。そういう関係性の中で自分はどう立ち振る舞うのか、話を聞いてもらうのかを、幼い頃から無意識のうちに考えながら動いていた。それが原体験としてあるのかもしれませんね」
ここでHiOLI取締役 アライアンス本部長の石井瞬さんが、「本人からは言いづらいと思うので」と前置きをしながら、次のように補足してくれた。
「平岡は、圧倒的に人付き合いが上手いんですよね。人脈の広さは役員の中でもずば抜けています。本人も『基本的に嫌いな人がいない、誰とでも仲良くなれる』と公言している通りの性格ですし、実際、日本を代表する大企業からスタートアップまで、さまざまな組織で人間関係を構築し、各社のリソースを取り込みながら次に活かしてきた経歴の持ち主です。そうしたパーソナリティが、組織のレバレッジに貢献している側面もあるように感じています」
もちろんスタートアップのIPOや、M&Aのあとの統合プロセス(PMI)を主導するなど、ベンチャービジネスにおける数々の難局を打開してきた手腕と経験値に評価のある平岡さんだが、その裏側に、「きょうだい構成」という思わぬファクターがあったとは……。
日本発、世界に通用するブランドへ
HiOLIはいま、上場を見据えた加速段階にある。ここからの目標は「日本発クラフトスイーツブランド」として世界に通用するブランドへの成長だ。
2023年秋には、台湾で焼き菓子の「Butters」のポップアップ出店ツアーを実施。日本の約2倍近くの販売価格設定だったが、半年で約6000万円の売上という成果を出し、手応えを得た。
世界を見据えるのは、インパクトを加速させ、消費者が「選べる世界」をつくっていくためだ。
「今なら『高級アイスといえば?』と聞かれたら、ほとんどの人がハーゲンダッツを思い浮かべると思います。でも僕はその状況にすごく違和感があるんです。圧倒的ナンバーワン以外にもいろんなアイスの種類があっていいし、選べるほうがいいですよね。多様化していく世の中にそういった価値提供をしていきたい、という気持ちが強くあります。そのために、国内はもちろん日本発クラフトスイーツブランドとして世界に通用するブランドに成長していきたいと思っています」
今後は台湾、香港を含めた中国周辺エリア、東南アジア地域を射程に入れ、商品開発や販路拡大を行っていく。
オイシックスとの資本業務提携を締結した直後には、一般社団法人インパクトスタートアップ協会にも正会員として加入した。
「本当の意味でグローバルメーカーを目指し、より多くの投資家を呼び入れようとするのならば、数値による定量的な評価だけではなく、人的支援も含めた定性的な幅広い評価への取り組みは必須であるはず。インパクトスタートアップのコミュニティの一員として、持続可能な成長と社会問題の解決の両立を目指していきます」
組織の成長ステージが変われば、求められる人材も変わる。
創業者の情熱を引き継いだ2代目CEOがここからどのように“レバレッジ”をかけ、事業を加速させていくのか。HiOLIの長い挑戦は今日も続いている。
SIIFの編集後記 (インパクト・カタリスト 古市奏文)
〜「HiOLI」が開く、インパクトエコノミーの扉とは?〜
今回はHiOLIの事例を参考に、本文中でも触れた「スイングバイIPO」について、インパクト企業ならではの観点から考えてみたいと思います。
文中での説明の通り、スイングバイIPOは「スタートアップ企業が大企業の支援を受けることで成長を加速させ、上場を実現すること」を意味します。歴史の浅い新しい言葉で、今年3月に上場を果たした株式会社ソラコムが、2017年にKDDIに買収されながらも大企業にM&Aされて得たアセットを活かすことで成長し続けて、最終的に東証グロース市場へ上場したことからこのような言葉が使われるようになったとのことです。(スイングバイとは宇宙の専門用語で、探査機が大きな惑星の重力を利用して加速する様子を意味するとのこと)(注1)
それでは、インパクト企業にとってこのスイングバイIPOはどのようなメリットが有るのでしょうか?
1つには、「早期のEXITの実現」です。通常大きな社会課題解決やインパクトを追求する事業であるほど、収益化やIPOまでには時間がかかるわけですが、資金を提供するVCなどもそこを懸念とすることから出資を躊躇しがちです。一方で今回のHiOLIのように、事業が本格的な成長フェイズに至る段階で事業会社によるM&Aが実現されると、VC側にはそのタイミングで株を売却するチャンスが生まれます。このことにより早期にリターンの回収が実現できる可能性が高まり、インパクトファンドのリターン設計との目線が合いやすくなるでしょう。
これはつまり、「社会課題解決やインパクト実現のために中長期的な事業作りが求められるインパクト企業にとって、その成長を支える資本の建設的な接続点になりうる」ということです。昨今のインパクト投資業界では、事業やファンド運用期間の長期化への追求が論点になることが増えつつあると感じますが、スイングバイIPOはその具体的な解決策となりうる可能性があります(注2)
もう1つは、「早期のIMM(インパクト測定・マネジメント)の実現」です。つまり、インパクト企業の本願である「そもそものインパクトの可視化や追求の加速」につながるという点もあるのではないかと考えています。
我々の出資先を含め、普段接しているインパクト企業を見ていて感じることですが、企業がいかに早くインパクトの測定やマネジメントに取り組むかは、事業の成長やインパクトの実現に対して大きな影響を持っているといえます。
ただ、いかに短期間でスケールアップをすることができるかが常に問われるスタートアップにおいて、その成長期に拡大へのドライブをかけながらもインパクト測定やマネジメントにコストやエネルギーを割くことは懸念とされることも多々あります。
今回のHiOLIが、オイシックスとの資本業務提携を締結後、インパクトスタートアップ協会に加盟し、IMMを本格的に実践しようとし始めたように、M&Aによりスタートアップに安定的な経営基盤や支援が整うようになると、インパクトの可視化が進むことが想定されます。
通常、スイングバイIPOを実現させようとした際の買収元というのは、上場企業、またはそれに準ずる大企業等であることが想定されるわけですが(注3)、一方でそれらの企業は機関投資家からのESG圧力を受けている企業でもあります。当然、その目線の先である買収先企業へもインパクトの追求という視点は、今後少なからず入ってくるでしょう。
ここに至ってはまさに買収元のESG圧力が良い形でのスイングバイとしてインパクトにおいても機能するわけです。
(注1)HiOLI自体はスイングバイIPOを目指しはするものの、まだ達成はしておりません。またスタートアップのEXITは市況やその時々の選択肢などの影響を大きく受けるものでもあります。
(注2)ソーシャル・エックス代表取締役の伊藤大貴さんの文章を参考にさせていただきました。
(注3)スイングバイIPOという目標設定が、買収後も「上場を目指す」ということに理解が得られ、それを支援できる余裕資本があって初めて実現できるタイプのコミュニケーションのため。
◆連載「インパクトエコノミーの扉」はこちらから。
【取材・執筆:阿部花恵/企画・編集:南麻理江(湯気)/デザイン:赤井田紗希】
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