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愛する者達と飲み会


16時45分。
金沢の片町にあるビル1階のローソンに入る。
私とNは半笑いしながら、棚に並べられた中から最も安い238円のヘパリーゼを手に取る。

雪が残り小雨が降る。

17時にビルの6階でお店を予約している。
案の定、約束の16時45分になっても、他に誰も来ていない。
予想通りだった。


一人、一人少しずつ集まる。
人数が増えるほど、あの懐かしい「空気感」になる。


気だるそうな、少し面倒くさそうな空気感。
まるで、「無理やり掃除やらされている時」のような空気。苦手だ。
ただ、時間が経てば次第に楽しい雰囲気になることを私はよく知っている。
いつもそうだ。

だけど「集まりたくなかった」と思われているようで、
この最初の空気感に
私はいつもほんの少しだけ傷ついてしまう。


飲み会には、1人来なかった。
Rは不安定だ。自分の心と多分戦っている。
彼なりに。

「もしかしたら来ないかもな」と思っていた。
だから驚きはしなかった。会えないのは悲しいけど、
「行かない」という判断をしたなら
それは間違いであるはずがない。
ただ罪悪感で苛まれてないかだけ心配だ。

私は彼にLINEをできていない。
何か一言、伝えるべきなのかもしれないけど
何を言っても彼を傷つける気がして、
何も言えないし、言わない。



久しぶりに会うと楽しい。
お酒を飲んで近況を報告する。
最初は空気に引っ掛かりがあるが、お酒が進むと一体感が生まれる。
皆の顔を笑顔を見れて、私はとても嬉しかった。

やはりみんな気遣いに溢れている。
Rが来ないと分かった時も、特に何か空気が悪くなることはなかった。
それぞれをよく知っているからだと思う。



最初は少しぎこちない。
お互い気を使って会話を行う。皆の話し方が少し「外向け」になっているのが分かる。

2軒目になるとそれも無くなる。
皆本来の話し方になる。
お互いがお互いの中身を見つめて会話をしているのがわかる。
全体が調和して、
個々の集まりだったものが、1つの「集団」になっていく。

世間が私たちを1つの「グループ」として見なすように、私たちは1つの「何か」になる。



カラオケ、4軒目、オール

学生の頃のような単語。
4軒目のカラオケでは、眠るか歌うかの2択に別れる。

お互いの近況の話はしない。
現実の愚痴は言わない。
ただ聞こえてくる曲を聴き、
自分が何を歌うかにだけ意識が向く。

仕事の事も、家族のことも、飼っている犬のことも、彼氏のことも忘れて
ただその空間に身を委ねる。
幸せだった。


カラオケは
本当に歌いたい曲を歌える機会は少ない。
相手が友達でも会社の人でも、家族さえ
お互い気を使う場になりがちだ。

「どう見られるか」そんな気遣いばかりが生まれやすいカラオケで、
歌いたい曲を歌える「相手」は本当に限られている。


彼らといる時は、大丈夫だった。
お互い知らない曲でも何も思わない。
ただ純粋に「カラオケ」を楽しめる。
そしてその空間は、現実を忘れる異世界のようなものだ。

歌って、お酒飲んで寝て起きて歌った。


多分、ただそれだけで凄いことなんだと思う。
他人にも自分にも気を使わずにいれたのは
いつぶりだっけ、と今思う。

この大切さは、実感しづらく
ふわふわとしている。
でも多分、何年か後に、現実に戻った後に
とても貴重なものだったと気づくのだと思う。



朝6時。
まだ、外は夜のように暗い。
朝方まで飲んでいた若者が所々にたむろしている。
私もその一部である。


眠気を帯びながら、
解散を施す会話が行われる。

次いつ会えるか分からないのに、
「早く寝たいな」と少し適当な気持ちになる。


別れる。帰路に着く。
バイバイと軽い言葉で別れていく。


普段ならもっと惜しむ気持ちになるなずなのに、ずっとこの為に仕事頑張ってきたのに、
自分でも不思議なくらい、
軽い気持ちと言葉になってしまう。


大学の頃のように
またすぐに会えると錯覚したからだと思う。


次会える保証は無い。


現に既に会えなくなった奴を知っているし
そんな頻繁に会える距離、時間も無い。
各々の生活が広がっていくかなかで、
ここに戻れるかどうか多分誰も分からないはずなのに、
何故か次も会えると錯覚してしまう。

不思議なものだ。

短い時間だった。
でも満たされた。この「場所」が好きだと思った。もう、好きというのが忘れるくらいだった。
愛しているのが当たり前で、愛しているのを忘れていた。

大切なものが見えなくなるのは、
その感情が当たり前になって、日常化するからだろう。大切だと忘れるくらい自分と一体化しているのだろう。


「無くした時に気づく」
と言うやつは、それだけ自分の一部だったということだ。



タクシーの中。
運転手の優しい会話に耳を傾けながら思う。

「あーもっとちゃんと別れればよかった」と。
でも、あれはあれでいいのだ、と同時に思う。

愛していると大事だと伝えたかったけど、
きっと伝わってる気がした。


タクシーの中、
日が少し昇った薄暗い空。
道路の端に積まれた大きな雪の塊を見ながら思う。

みんな生きて欲しいと。
会えなくてもいいから、私よりも先に死なないでくれと。
ただ、生きて欲しいと。強く願った。

家の前にタクシーが止まる。

運転手の優しいおじいさんが
代金を500円値引きをしてくれた朝。

また次会える日まで、私は生きたいと思った。

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