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「朝日が昇る直前」を見るための散歩。


朝4:00。
普段なら絶対に寝ている時間。
アラームが鳴る。

眠気を擦りながら、家を出る準備をする。



朝4時45分。
玄関を開ける。
案の定、寒すぎる外の空気に少しイラつきながら集合場所へ向かう。

年が開けて3日目の朝、
人の姿が全くない。トラックばかりが私の横を過ぎ去っていく。
夜のように暗い町並みだが、独特の雰囲気が朝だと言うことを私に主張している。


スマホを見ると、彼からのLINEが来ていた。
このタイミングにLINEが来るということは、
まあ、そうだろう。
寝坊したらしい。

怒りはなく、ただなんか面白いなと思った。


ビルの前が集合場所だった。
意味のわからないオブジェが堂々としていた。
大きくて丸いものが、一刀両断されているオブジェ。

待っている間、暇だったので
そのオブジェに挟まれみたり、腰掛けてみながら彼を待った。


朝5時20分。

彼は遅れて来た。
いつも通り寒そうにしながら、私に謝ってきた。
特に怒ってはいなかったけど、私は冗談混じりで怒ったようなフリをした。

「散歩しながら朝日を見に行く」
歩き出すとその目的を少し実感することができた。



駅に着く。
海から近い駅。初めて来た駅。

ホームを降りると、冷たい風が全身に直撃する。
私たちは手を繋ぎながら、寒い寒いと呟きながら歩き出した。


浜までの道。
特に何も無い道路。
年末年始どのように過ごしたかを伝え合う。
寒い中、手を繋ぎながら、歩く。


彼といる時。不思議な気分になる。
私じゃないような、私のような
落ち着くような、落ち着かないような
現実のような、現実じゃなのような

彼を見ているような、自分を見ているような

そんな不思議な感情になる。
液体石鹸を使う時、自然に少しだけ泡立つ。
そんなつもりないのに、泡が生まれる。
なんかその感じに少し似ている。


空が少し明るい。
灰色と水色とオレンジの空。

浜近くの道路。朝を感じる。



朝6時50分。
海に着いた。
朝日が既に昇ってしまったのではないかと、じわじわと思いながら駆け足になる。

人が見えた。
サーフィンをする人、大きなカメラを持ってる人、犬を連れた人、寒そうな人
その場の全員が一点を見つめていた。


皆の視線の先に目を向ける。
今にも登りそうな朝日があった、間に合った。



朝日が昇るまで、ただ美しい海を眺めていた。
色んなことを思い出した。

深夜に友達と行った真っ暗の海。
家族と訪れた波が荒い日本海。
元彼といった浜が綺麗な朝の海。
旅行のついでに寄った車が走れる千里浜。
あの日多くの人をもっていった海。

色んなことを思い出した。

夜に海へドライブばかり行きたがる友達。
暗い海を見の前に怖いと思った感情。
平らな浜で友達と全力で走った夏。
飛び降りたら死ぬのだろうかと何度も考えた川。


まだ、朝日は昇っていない。


何もない空。
水色とオレンジと黄色と赤で造られた空。
豆粒みたいな鳥だけが浮かんでいた。

何も無い海。
黒と紺色と白とオレンジで造られた海。
サーファーの影だけが浮かんでいた。


全てが照らされていた。
空も海も人も山も鳥も空気も彼も
全部太陽に照らされて
反射して、澄んで、綺麗だった。



朝6時59分

朝日が昇る瞬間。
少しずつ日が見えてる。想像していたよりもずっと早いスピードで、
オレンジの丸が面積を増やしていく。


気づいた時には、しれっと丸全体が姿を表して
ただただ強い光を放っていた。


朝日は、
朝日が綺麗なわけでは無いんだろう。
照らされるもの達が綺麗なんだと思った。

普段、目につかないモノ、意識しないモノ、
どうでもよかったモノ、
それら全て綺麗なって、美しく照らされる。
意識が向いて、心が向く。
そして自分も照らされているから心が満たされる。


それを裏付けるように、
朝日が登ると、すぐ人が居なくなっていく。
「登ったー、わー綺麗ー、よし帰るかぁ」よ
そんな感じだ。


「朝日が昇る直前」
その時が、最も美しく、ワクワクし、満たされ、浄化される。
皆、真に望んでいるのは「朝日が昇る前」に起きていることである。


昇り終えた太陽を見つめて、
私達も「昇ったし、そろそろ行こうか」と足が動く。

日が昇り視界がより明るくなった海。
雪の上を歩くように、もたもたと砂浜の上を歩いていく。


昇った太陽を横目に見ながら、
彼の手の温度に触れながら私は思う。

この記憶もいずれ過去になるのかと。
きっとこの記憶は薄れて、溶けて、脳に仕舞われていく。
いつか別の海を見た時、
この景色と寒さを思い出す。
その時、誰と一緒にいるだろうか
彼だろうか一人だろうか、

過去になっていくこの瞬間を、私はどう受け取ればいいのか。

海の美しさも空の美しさも、
彼の笑う顔もこの空間も、
どうせ思い出せない過去になると思ってしまう。
一瞬冷静になり、全部素敵に思えなくなる自分に少しがっかりする。
いつからこうなってしまったのだろう。 
大人とはこいういものなのだろうか。  


ただ、でも、
今この美しい瞬間に彼が隣にいることが、
不思議で嬉しくて愛しくて忘れたくなくて。

もし過去になってもいいから、別にいいから、
ただ愛しいとそれだけ思う。
それだけでいいのだと思う。


私達は海沿いを歩いく。
散歩する犬やランニングの人とすれ違う。

詳しい目的地は決まっていないまま、
どこにあるかも分からないカフェに向かって歩き始める。


私は今日この日を多分忘れる。
脳の中に溶けていく気がする。思い出せなくなる気がする。

だから、この瞬間が続いて欲しい
ずっとずっと続いてほしいと、そんな叶わないことを小さく小さく思った。

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