尺度と活力
なにか両手からこぼれているような感覚に陥る。
尺度が全く違う。
私が人を評価する基準
世の中が人を評価する基準
私にとってのやりたいこと
誰かにとってのやりたいこと
突き動かされるもの
大切にしているの
尊敬しているもの
私は私なりの大切にしているものがあるのに、私の気持ちはただそこにあるだけで、まるで何もしてないかのように感じてしまう。
何か得るにも何かするにも力が必要で、
私にはもうその活力は失われつつある。
「なりたいもの」
「好きなこと」
「目標」
そんなキラキラとしたその活力は、私はもうなにも意味のないものとして捕らえてしまう。何もならないと思ってしまう。
何ができて何が劣っているか
世の中そんな尺度ばかりで図られていることを実感する。
過去に縛られ、囚われ、最近元気になってきた私と、何も無い世の中の人のスタート位置が全く異なることを実感させられる。
私はそんな活力を持っているかで測られることを嫌い、自分はそんなにもう元気じゃないのだと実感する。
目標や目的はもうない。
私はもう何もできない。
何かに向き合うことはもう疲れた。
もう疲れるのは痛いほど味わった。
だから私をその物差しで測らないでほしい。
私はもうそっち側の人にはなれない。
私は彼のようにはなれない。
それが悲しい。
でも、もういい。それでいい。
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