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大量の特許を読むコツ(侵害予防調査)

【きっかけ】

この記事は何ヶ月も前に何かに突き動かされて書きかけたのですが、私自身、専門家ではなく自己流なので、だんだん恥ずかしくなってきて、下書きのまま放置していました。

そうしていたら、専門家の方の同じような記事を見つけ、共感する部分も多い一方で少しやり方が違う点もあり、正解は1つではないので、何かの参考になればと、勇気を持って公開してみることにしました。先にリンク先の記事を読んで、その補足に読んでいただければと思います。

なお、リンク先の記事は米国特許公報を読む話が中心ですが、私の話は日本の公報を読む場合を想定しています。


【要約】

特許侵害の予防が重要な人は結構多いと思います。漏れのない調査を行おうとして特許を大量に抽出してきたのはいいものの、どうやって読むの?と頭を抱えている人も多いのでは?

まずは5000件を怖がらずにスクリーニングできるようになれば、大抵の場合は大丈夫です。それだけのチカラがあれば仮にこれが10000件になっても何とかこなせますし、30000件になったら3人で分担してもいいですね。


1.侵害予防調査の恐怖と安心感

特許調査は、その種類によって、進め方もゴールも違います。

出願前調査や無効資料調査では、最低1件。多くても数件の類似特許が見つかればOKです。本当は100件の類似特許が存在しているとしても、全部を特定する必要はないので、宝探しのように、当たりの見つかりそうなところを掘り進めるのが効率的です。

一方、侵害予防調査では、漏れがあっては困ります。極端な話、100件の類似特許があったとして、99件を見つけて対策を講じたとしても、残り1件のために事業がストップしたり、多額の損害賠償を迫られるかもしれないからです。ですからこちらは広い校庭を草取りする様に、舐めるように進めていきます。途中でやめることも許されません。その恐怖が、始める前から気持ちを折って来ます。

ただ侵害予防調査はゴールが見えているので、コツコツやれば確実に終わります。要は、あるかないか分からない無効資料の調査は埋蔵金を見つけるような楽しさがある一方でエンドレスな不安感があるのに対し、広さが分かっている校庭の草取りを終えるのは、校庭がどれほど広くても計画的に進めて、予定した期限までに確実に終えられるという安心感があるのです。


2.侵害予防調査の着地点

侵害予防調査をする上で、まず必要なのは漏れのない母集団を作成することです。これにも得意不得意、上手下手がありますが、ここでは割愛します。

母集団作成の巧さ、技術分野、実施技術の幅などによって、母集団の件数は変わりますが、どんなに大きな母集団であっても、最終的に対応を迫られる特許の数は無制限に膨らむものではありません。なぜなら、対応すべき特許の数が多すぎると、時間的にも労力的にもコスト的にも、事業を実施するメリットがなくなるからです。あまりにも多くの問題になりそうな特許が見つかりそうならば、さっさと事業を諦めるべきなのです。

特許出願の件数で常に世界の上位に君臨しているある大手企業の戦略として聞いた話です。まず20件の特許網を構築しろ。20件の特許網があれば、大抵の企業は手を出すのを躊躇うということです。言い換えれば、1つの事業を行う上で真剣に対応できる特許の数は、リソースや資金に余裕のある大企業でさえ通常数十件だと言うことです。母集団が1000件だろうが、10000件だろうが、着地点は数十件だと思っていいのです。

つまり5000件のスクリーニングをすると言う作業は、4900件以上のゴミを除く作業なのです。校庭の草取りというよりは、荒地の開墾に近いですね。


3.荒地の開墾は一工程では終わらない

上記のように5000件の母集団をスクリーニングして、侵害の可能性がある特許を見つける作業は、荒地の開墾に近いのです。

校庭の草取りならば広さに関わらず、やることは1つです。端から丁寧に草を取っていけば良い。ところが荒地を草一つ生えていない校庭に変えるのは、それだと効率が悪いです。草刈機を使おうにも、大きな石や木の根があったり、草刈機では上手く刈れないほど大きな草があったりもするでしょう。それに地面を平らにする必要もあるかもしれません。

同じように5000件のスクリーニングをするときも、一気に終えようと考えるのはやめましょう。1件ずつ確実に判断しようとすると、時には詳しく読まないと判断できないものもあります。30分かけても結論が出ない場合もあります。1件に30分もかけたら、5000件終えるには1年くらいかかってしまいます。そう想像すれば誰だって憂鬱になるでしょう。

無効資料調査が「宝の発見」であるのに対して、侵害予防調査は「ゴミの除去」です。ゴミを捨てる時に、1つずつ丁寧に見ていては終わりません。まずは一目で要らないものをどんどん捨てるのが大切です。大きなゴミを捨てるとだいぶ件数が減るので、少し落ち着きます。次にちょっと考えれば要らないものを捨てます。また件数が減ります。次にもう少し考えてゴミを判断します。3回目になると、数が減る上に、大概のものは見覚えも出てくるので、判断もしやすくなります。


4.目安は3日で5000件

私の場合、まず検索結果を商用DBからcsv形式でダウンロードします。ダウンロード項目は出願日と公報番号と出願人と発明の名称と請求項。公報へのリンクも付けておきます。公報リンクの貼り方は色々ありますが、その説明は割愛します。
第一優先出願人、第二優先発明の名称、第三優先出願日でソートします。こうすることで似た公報が近くに並ぶ可能性が高くなり、スクリーニングの速度が上がるからです。

1行チェック結果を書く行を作ります。チェック結果を書くと言っても関係あるかもしれないものにチェックの意味で1文字(「1」とか)書くだけです。たくさん書くと時間の無駄なので。

1回目の査読は発明の名称とせいぜい請求項の最初の方しか読みません。かける時間は最大20秒と決めます。それで判断できない場合は残します。請求項に「下記の図」とか書かれていて、テキストから判断できないものは迷わず全部残します。最大20秒と言っても、殆どが数秒以内に片付くので、1時間に500件くらいは片付きます。
つまり5000件のスクリーニング(1回目)は1日から1日半あれば終わります。

1回目を終えて何件残るかは分かりませんが、経験上は1000〜2000件になります。すぐに残ったものから2回目のスクリーニングに入ります。今度は1回目よりも時間をかけます。最大1分くらいかけても大丈夫です。1分あれば1回目には判断しきれなかった請求項も理解できる可能性が上がります。ただし絶対に早合点してはいけません。迷ったら残します。判断の難しい書き方は、得てして複数の公報で使われているもので、何度も読んでいるうちに分かってきたりもしますし、一回意味が分かれば、その「シリーズ」は一気に片付きます。

2回目のスクリーニングは1日もあれば終わると思います。そして3回目のスクリーニング。この段階で300件以下のイメージです。ここで初めて、必要ならば明細書も読みます。初めて公報リンクが生きてきます。私は最初に全部準備してから始めたいので、最初から全件にリンクを貼りますが、3次スクリーニングに進んだもののみにリンクを貼っても良いと思います。

ここからはしっかり請求項を理解していくしかないのですが、迷ったら他の人とも相談します。数人で相談してもすぐには分からないものはやっぱり残しますが、ここで危なそうだから残すものと、意味不明だから残すものの区別をします。前者を「1」、後者を「2」とか。

ここで意味不明と判断したものは、後で専門家の意見なども参考に時間をかけて判断しますが、所謂「スクリーニング」と言う作業はここまでで終わります。母集団が5000件なら、だいたい3日を目処にしています。そうすると1週間(5日間)で簡単なレポートが完成します。
このくらいの期間ならば、他の仕事を放ったらかして特許ばかり読んでいても、上司もギリギリ目をつぶってくれるのでは?

ちなみに母集団が1000件程度なら、初めてスクリーニングを経験する人でも1日(8時間)で3次(最終)スクリーニングまで終わります。間違いだけは犯すなときつく伝えてからスタートするので、判断不能はあっても、判断ミスはほぼありません。
これは色々な人にお願いして、何度もやっているので、割と間違いないかと思っています。


5.その他のコツ

特許を読む以外の仕事もあるでしょう。特許ばかり読んでいたら飽きてしまうから、別の仕事と併行して進めた方が良いと思う方もいるでしょう。
結論から言えば、特許を読む日はそれだけに集中した方がいいです。他の仕事と併行して進めようとすると当然長い期間かかってしまいますし、気持ちを維持するのが難しくなります。だんだん後回しにする様になって、夏休み最終日の宿題状態になります。
一方で、朝から晩まで他の仕事はしないと決めてしまうと、嫌でもそれと向き合わざるをえません。作業に慣れてきますし、前に一度見た特許を次に見ても覚えています。集中力も増します。所謂「ゾーンに入る」と言うやつでしょうか。

どんなに気合いが入っていても、2時間に15分の間隔で確実に休憩しましょう。昼休みもきっちり休みます。休憩時間はスマホも含めて極力画面を見ないようにします。孤独な作業になるので、雑談などがいい気分転換になります。
残業もせず、仕事を終えても極力目を使わず、さっさと寝て明日に備えます。

1次スクリーニングや2次スクリーニングで最初の100件くらい読んだところで、思ったように件数が減らない場合は、一度立ち止まって原因を探ってもいいかもしれません。理由はさまざま考えられますが、割とよくあるのは判断基準が曖昧であるケースです。

1次スクリーニングは、比較的簡単なので、判断基準を明確化できるならば特許に慣れていない人に任せてしまうと、その人の教育にもなりますし、貴重な特許を読むのに慣れている人の時間を削減できます。

スクリーニングを、全ての案件を完璧に判断するまで終わらないと思うと難しくなります。
校庭の草取りをしていても、人力ではどうにもならないような根の深い草をその都度完璧に片付けようとするとクタクタになるでしょう。
もっと良くないのは、困った挙句に、根っこを抜かないで、上の草だけ千切って終わりにするようないい加減な作業になることです。特許スクリーニングで言えば、自信がないのに無理やり判断して捨てたりするとか。
スクリーニングは、「自分で確実に判断できる範囲で」大量の邪魔なものを除くのが目的と割り切って、分からないものは最後まで残しましょう。5000件の中から100件、「分からないもの」が残ったとしても、スクリーニングとしては、そう言う「分からないもの」を特定したと言うところで終わりと考えましょう。
専門家の判断や実験が必要な場合もあったりして、何ヶ月もかかることもありますが、それはスクリーニングとは別の作業として、慎重に判断していきます。

なお今回は基本通り文章で判断する方法を書きましたが、機械系の特許などでは、図を見た方が早いケースもあります。



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