嗅覚の力
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。
身体の感覚が豊かな様子を、五感に溢れる、とか、注意力を最大限に発揮する時、五感を研ぎ澄ます、なんて表現しますよね。
この中で、嗅覚だけが持つ、特徴があります。
それは、他の感覚で得られた情報は、計算、論理、理性を司る大脳新皮質に届くのに対し、嗅覚は、すでに、「嗅脳」という脳の一部で、大脳辺縁系という、いわゆる「古い脳」に、まず最初に、ダイレクトに届けられます。
例えば、匂いを嗅いだ時。
鼻腔の奥にある、匂いを嗅ぎとる嗅上皮と呼ばれる皮膚の真上に、嗅球と呼ばれる、嗅上皮に付着した匂いの情報をキャッチする器官があります。それを嗅索と呼ばれる、いわゆるケーブルの役目をする器官が、大脳辺縁系に運びます。この、嗅球ー嗅索のラインが「嗅脳」で、言葉を変えれば、鼻腔の奥から、脳は始まっている、とも言えます。
匂いの情報が届くと、大脳辺縁系の中で、まず扁桃体が、この情報を判定します。この、届いた匂いは、安全か、危険か。あるいは、好きか、嫌いか。これは一番最初に起こる反応で、直感的、情動的なもので、理性で止める、とか、この時点で言語化することはできません。
ここで得られた情報がすぐ下の視床下部や海馬に届くと、自律神経やホルモン(内分泌系)、表情、姿勢、筋・内臓反応などの身体反応を引き起こします。扁桃体のすぐ隣にある海馬は、この匂いの情報を大脳新皮質に送ります。ここで初めて、(これはオレンジの香りだ。)などと、匂いが表現・言語化されます。(この過程についても面白い考察があるので、別の機会に書きます。)
注目していただきたいのは、匂い情報が扁桃体で「判定」される時。
いきなりですが、古代にワープしてみましょうか・・・
あなたは原始人。周囲に危険物もなく、安心して広い草原の中を歩いていたら、美味しそうな、綺麗な色の実が落ちていました。そして、あなたは、お腹がとても空いてることに気づきます。
その時、まず、あなたがすることは、何でしょう?
そう、おそらく、その実を拾い、匂いを嗅ぐのではないでしょうか?
この「嗅ぐ」行為によって、この綺麗な色の実が腐っていないか、毒ではないか、食べても大丈夫そうか、判断するのではないでしょうか。
情報の伝達手段も未発達の古代、この「嗅ぐ」行為は生死に直結するものでした。
これが、オレンジのように、甘く美味しそうな匂いだったら、私たちはその香りを嗅ぐことで、安心したり、リラックスしたり、リフレッシュしたり、(そして食べたり)できます。もし逆に悪臭だったら、たちまち心身は警戒感、緊張感でこわばり、逃走反応が出るでしょう。
つまり、嗅覚は、ただの「匂い嗅ぎ取り器官」ではなく、「嗅ぐ」という行為自体、緊張・逃走・闘争反応や、安心感・幸福感を呼び起こす、あるいは、安全か危険かを判断する、ものすごく重要な感覚であるのです。
今は、歩いていても、突然、猛獣に襲われるリスクはほぼあり得ない時代ですから、嗅覚は軽視されがちですが、実は、うまく利用すれば、私たちの心身の健康向上・脳活性・幸福感・気分転換に大きく貢献してくれるものなのです。
アロマテラピーは、自然界の生き物である植物が、風やミツバチの受粉などで運ばれ、落ちた場所で、移動ができないまま生きていかねばならない状況下で、懸命に生き延びるために繰り出したたくさんの作用のうち、「精油」となる香り成分を抽出し、「嗅ぐ」ことによって、心身を整えることに利用します。
植物は、害虫を寄せ付けないよう、ピリッと辛かったり、ミツバチを誘うよう、甘く優しかったり、湿気の多いところで腐らずに生き延びるために、抗菌作用を根っこに行き渡らせたり、乾燥しがちなところでも乾かずに生きるために身の周りに殻を張ったり、保湿したり、生き延びるために様々な作用を身につけます。その特徴が、精油の「香り」に現れます。
また、植物の細胞と人間の細胞は、とてもよく似ています。
なので、植物が生き延びるために身につけた作用が、人間にも応用できるのが、アロマテラピーであったり、フラワーレメディやハーブ療法などの植物療法であるわけです。
長く冗長な記事になってしまいましたが、アロマテラピー始め、植物療法は、女性に人気の「趣味」というカテゴリーにはおさまらない、とても奥深い働きと特徴とポテンシャルがあることを、少しでもご理解いただけたら、嬉しいです。
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