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#01 乃木坂 トキメキを取り戻す 《国立新美術館》

スマホのアラームの音がなる。

 いつもの週末なら、時間が許す限り寝るのが至福の幸せであるが、今日は平日と同じ時間に目を覚ました。

 六月の新緑の季節。カーテンの隙間からの日差しが爽やかだ。

 お気に入りのイッセイミヤケのワンピースに身を包む。

この服を着ると、何故か自分に自信が持てる一着なのだ。

今日行く美術館の空間を想像しながら、その空間とアートと自分がコラボレーションできるような一着を選ぶ。

図書館だったら毎日でも普段着のままで気軽に行けるが、私にとっての美術館はちょっとだけ敷居が高い空間だ。

入場料を払って、多少の身構えがないと入れない。

「教養を身につける場所」
「自分を高めてもらう場所」
「感受性を高める場所」


人が美術館に行く理由は、それぞれではあるが、そこには何らか受容意識が介在する。

礼央との待ち合わせは、十三時だけど…
その前に…

千代田線の乃木坂駅。

少し歩けば人が多く行き交う煌びやかで華やかな六本木。
しかし、六本木から一本小道をに入ると街の雰囲気は一変する。
車の交通量は多いがどこか落ち着いた雰囲気が漂う。そこが乃木坂だ。

「あった。あった。あそこだ! 
WEST AOYAMA GARDEN

昭和の時代には、クラシックのレコードミュージックが店内に流れる中、コーヒーを飲ませる「文化人」の集う場所としても知られていた老舗だ。

 今回のお目当は、こんがりとした焼き色に滑らかな表面が美しい芸術作品のようなトラディショナルなホットケーキと決まっている。

「ご注文はお決まりでしょうか。」

店内の雰囲気と同じ上品な店員さんがテーブルに来てくれた。

コーヒー付きのホットケーキをオーダー。

ホットケーキができるまで、レトロな老舗喫茶店の静かにゆっくり流れる時間を楽しむ。

本でも広げて文化人を気取りたくなるような雰囲気。
手持ち無沙汰な手はついスマートフォンをいじってしまう。

「お待たせいたしました。ホットケーキでございます。」

店員さんが焼きたてのホットケーキを運んできた。
今流行りのパンケーキという言葉よりホットケーキという言葉の方がしっくりくる。
丸みのあるホットケーキの上でジワジワと溶けるバターとその上にかけるメープルシロップが絡まり、シンプルなフォルムが美しい。

 フォトジェニックなホットケーキを被写体に写真を撮る。

すぐにSNSに投稿。

#着飾って美味しい美術館巡り

投稿が終わると、スマートフォンをナイフとフォークに持ち替えて早速実食。
口に入れると、ホットケーキの香りが口を経由して鼻にぬけていく。


久しぶりの美術館の前にゆったりとした贅沢な時間を過ごした。
甘いホットケーキの後に飲んだコーヒーの味が気持ちの切り替えのスイッチとなり、これから行く美術館への気持ちを盛り上げる。

待ち合わせ場所で礼央を待つ。
遠くに礼央の姿をとらえ互いに手を振りあった。

「わー。久しぶり~。美咲の結婚式ぶりだから、、、やだ。三年も経ってるよ。」

日頃SNSで生活を覗き見をしているせいか久々感はないものの、実際に会うのは三年ぶりだ。

「なんか、すごいオシャレしてるね。このあと合コンでもあるの?」

礼央は、冷やかすように頭からつま先を見て、私のファッションチェックを始める。

相手の持ち物、身につけている物、メイク、体型を瞬時に確認して、さりげなく相手の懐事情や生活をうかがう。
これが、女という生き物の無意識の習性なのだ。

「これコレクションブランドのワンピースでしょ。さすが、都会で働く稼いでる女は違うね。」

こういう時は、過剰に反応しすぎても良くないし、肯定も否定も不正解。
皮肉たっぷりの言葉にあたかも気がついていないフリをしながらさらりとかわすのが正解だ。

こんな皮肉な女同士のじゃれあいも学生時代に戻ったようで懐かしさを感じる。

今日の美術館は、乃木坂にある新国立美術館。

新国立美術館は、日本で五館目の国立美術館であり、コレクションを持たない美術館だ。
そのため、新国立美術館の英語表記は「The National Art Center, Tokyo」として「ミュージアム」ではなく「アートセンター」として称されている。

「森の中の美術館」というコンセプトの通り、都会にある美術館でありながら周りの木々に調和するような四季を感じられる波打った滑らかなガラスの建築が特徴だ。
このガラスから差し込む外の自然光が館内の無機質なコンクリートを柔らかく包み込む。

波打ったガラスの外壁は、どこかイッセイミヤケのワンピースのプリーツのようにも見える。

「わぁ~。心うるおったぁ。」


思わず心の声が言葉となって溢れてしまった。

「久しぶりの美術館だったけど、やっぱりいいね。心がデトックスされたような感じ。」
二人で美術館の出口から外へ出た。

「お腹すいたね。ご飯でも食べに行こうか。行きたいお店があるんだよね。」

私は、礼央を導き事前に調べておいたお店に向かう。

「豚組 しゃぶ庵」

美術鑑賞の後は、レトロモダンな空間で日本全国から集めたこだわりの銘柄豚で女子会。
豚肉を極めたお店は、豚肉好きにはたまらないお店だ。

「乾杯。」

綺麗に並べられた薄切り豚肉とたっぷりの野菜が運ばれてきた。
豚肉をさっとお湯にくぐらせて、肉で野菜を巻いてつけダレにつけて口に運ぶ。

豚肉の甘さが口いっぱいに広がり、脳みそから幸せホルモンが一気に放出されるのが分かる。

「待ってました~。メンチカツ」

このお店に来たら、絶対に食べなければならないのが『メンチカツ』。

外側サクッと噛むと肉汁溢れるジューシーなメンチカツ。

美味しいグルメと共に話に花が咲く。

礼央は、大学を卒業後に大手メガバンクの一般職に就職した。

「今もよく美術館に行ってるの?」

「好きだからたまに行くよ。学生時代に行っていたほどの頻度ではないけどね。学生時代は、みんなでよく美術館行ったよね。美術館の後は決まって宴会だったね。あの頃は楽しかったよね。」

礼央の言葉に、一気に昔の思い出が頭に蘇る。

「そうだね。レオナルド・ダヴィンチの名画『受胎告知』が日本にきた時は、盛り上がったよね。あの時さ、受胎告知ポーズはやったよね。あの頃撮った写真は、だいたい受胎告知ポーズで撮ってる。」

「かなり奇妙なポーズだよね。完全に内輪でしか流行ってなかった。」

 受胎告知ポーズとは、聖母マリアにイエスが宿ったことを、大天使ガブリエルが告げる場面をレオナルド・ダヴィンチが描いた「受胎告知」のシーンのポージングである。

二人一組にになって、向き合い一人が大天使ガブリエルのように片手を聖母マリアに掲げ、もう一人が聖母マリアのように片手を挙げて自らの運命を受け入れるポーズをする。

マニアックすぎてマスでは流行らないポーズではあるが、分かる人には理解できると内輪で楽しんでいた。

礼央は、続けて語った。

「学生時代の習慣が抜けなくて、街中で美術館の広告チラシやポスターを見かけると、行かなくてはという使命感が沸いてくるの。
日常生活の中に美術館の広告っていたるところに潜んでいるんだよね。通勤途中の電車の中、会社の会食で行ったレストランや休日に行く図書館とかさ。
この前行った美術展は、会社の新人歓迎会で行ったビストロレストランのトイレの中で見たポスターがきっかけだったよ。」

 礼央の表情は、いきいきと輝いていて直視するのが辛くなってしまうほど眩しかった。

「私は、会社で働くようになってからすごく忙しくて、美術館に行く時間なんてなかったな。業務をこなすので精一杯で心の余裕なんてなかったな。」

自分への言い訳かのように私は言った。
そしてさらに言い訳を続ける。

「今は人事部で働いていて、採用時期になると沢山の学生に対面するんだけど、その度に思うんだ。大学時代に学んだことを活かして仕事をする人って一握りの恵まれた人だなって。多くの人が妥協しながら働いている。でも、そんなこと学生には言えないから心の中にしまっておくんだけど。」

美味しいご飯が台無しになってしまうネガティブな発言に後悔をした瞬間に礼央が言った。

「その気持ち分かるよ。私もそんなことを考えたことあるよ。本当は、私も学生時代に学んだことをいかして美術関連の仕事に就きたかったもん。でも、今って好きという感情にピュアに向き合い、ひたすら没頭すれば、それが仕事になったりするような時代だし。何かを好きっていう気持ちが実は一番価値があることなんだよ。時代は変わったよね。何かを好きという気持ちを押し殺すのはもったいないよ。仕事しながらでも、その気持ちを爆発させることができるよ。だからね、私は働きながらも何かを好きっていう気持ちを我慢しないって決めたの。そしたら、何か人生が楽しくなった。SNSに好きなことを発信していたら、こうして昔の仲間と美術館に行けたし。好きなことは好きって言っていいんだよ。」

礼央の言葉に、ハッとさせられた。

「なるほどね。私達が子供の頃には想像ができなかった価値観の変化が起きているよね。最近は、子供の頃に刷り込まれた常識が変わってることが多々あるから戸惑うことがあるよ。私たちはその価値観の変化の端境期に生きてるよね。前は、好きなことは遊びで、辛いことが勉強という概念だったけど。今までは辛いこと、苦しいこと、楽しくないことをできることが評価の対象になると信じて生きてきたようなところがあるかもしれないね。」

礼央は、メンチカツを口にほうばりながら言った。

「昔は良かったという人もいるけど、私は今が一番いいって思える。好きなことをして食べていける時代で、好きなことを好きって大声で言っている人が輝ける時代だから。」

礼央の言葉に刺激を受けて気持ちが前向きになり、さっきまで食べていたメンチカツの味がさらに美味しく感じた。
気持ちがポジティブになると味覚にも影響を及ぼし旨味が脳を刺激するから不思議だ。

ポジティブな話は、お酒のスピードも加速する。

「今日は、礼央に会えてよかったな。なんか沢山刺激をもらえた。これからも自分の人生を楽しもっと。」

昔の仲間との再会で、自分の中に封印されていた気持ちが解き放たれた日となった。

NEXT⇩


✴︎本日の美術館✴︎
新国立美術館
https://www.nact.jp
✴︎本日のファッションワンポイント✴︎
イッセイミヤケの「プリーツ・プリーズ」のワンピース。
https://www.isseymiyake.com/ja/
✴︎本日のグルメ✴︎
ウエスト 青山ガーデン WEST AOYAMA GARDENhttps://www.ginza-west.co.jp/shopinfo/shop_aoyama.html
豚組 しゃぶ庵http://butagumi.com/shabuan/