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炎の魔神みぎてくん 熱帯低気圧①「明日の朝には暴風圏ですね」

1.「明日の朝には暴風圏ですね」

 コージたちの住むバビロン市の中央部に流れるユーグリファ河は、この地方では最大の大河である。北西のアナトリア山脈から流れるこの大河は、バビロンに到達するころにはかなりの広さと深さになり、外洋船が入港することができるほどだった。とにかく南に二十キロも下ればもう南大洋である。かといってあくまで河であるから、外洋の荒波や悪天候の影響も受けない。…つまりここバビロン市はこの地方では最高の良港なのである。
 そういうことで、ユーグリファ河のほとりにある船着場には、普段から大きな貨物船から小さな漁船まで、たくさんの船が停泊している。大型の貿易船は市の南部にある外港ウルに集まっているし、より市街地寄りの波止場には漁船や観光船、それに遠洋客船なども入港する。この波止場からメンフォロスやマグダ、さらにはもっと遠くの各国へと船と貨物、そして客が旅立つのである。

 コージは相棒と一緒に波止場を歩いていた。肉や野菜の安いスーパーマーケットから下宿に帰るには、波止場を抜けてその先にある橋を渡るのが一番の近道である。夏であるにもかかわらず鉛色の雲が立ち込めていて、今にも雨が降り出しそうな天気だった。南風が強いもので、そこらにある看板やのぼりがばさばさと音を立てている。それに何より…気持ち悪いほど蒸し暑い。着ているTシャツが汗でべたべたになってくる。

「やっぱすっげぇ蒸し蒸しするなぁ、コージ」

 傍らにいる相棒が困惑した声を出した。コージはちょっと意外そうな目をして隣を歩く大柄の青年を見た。

「みぎて、暑いの平気じゃん、炎の魔神なんだし…」
「そりゃそうだけどさぁ」

 「みぎて」と呼ばれた青年はますます困惑したような表情になった。まったくもってコージの指摘どおりだった。何せ彼は炎の魔神族なのである。着ているものこそどこでもあるようなイエローと白のタンクトップの重ね着とバギーパンツであるが、それ以外の外見ときたらこれは明らかに並みではない。まず真っ赤に燃える炎の髪と翼、見事な筋肉質の体、野性的な赤銅色の肌…額には小さいながらも石炭のように輝く角まである。これだけ見ても彼が本物の炎の精霊であることは一目瞭然だった。そう、めったにいない本物の炎の大魔神がコージの同居人で相棒なのである。
 もちろんそれはそれだけで充分驚くべき話なのだが、慣れてしまえばなんと言うことも無い。意外な話かもしれないが、コージにとってこの魔神は仲の良すぎる兄弟みたいなものである。
 しかしそれはともかく、この炎の魔神が「蒸し蒸しする」という不快表明をしたのは、やはりコージにとっても少々意外なことだった。魔神の故郷である「炎の魔界」は年中真夏…いやそれ以上の気温なのは知っていたし、当のみぎての体温だって、少なくとも今の気温よりはずっと高いはずである。それにもかかわらずこの魔神はコージとまったく同じ、さも蒸し暑いような不快な表情をしている。
 すると魔神は首を横に振った。

「うーん、俺さま湿気がダメ。なんていうのかさ、べたべたして気持ち悪い」
「あ、なるほどな…意外と敏感じゃん」
「湿気って水気だろ?俺さま得意なわけ無いじゃん。なんでこんなに今日は湿気ひどいんだよ」

 口を尖らせて抗議する魔神に、コージは納得しながらも苦笑した。たしかに魔神の炎の髪あたりからはもやもやと揺らぎのようなものが巻き起こっている。魔神の熱で水気が飛んでいるのだろう。炎の魔神にとって湿気は寒気と同様に相当不快なものに違いない。もっとも今日のような強烈に湿った南風では、炎の魔神でなくても不快極まりないのは同じである。

「っ言ってもどうしようもないじゃん。台風のせいだって。文句は台風に言うこと」
「んなの無理だって」

 コージも口を尖らせて魔神に言い返す。どうしようもないことはわかっているのだが、やっぱり文句を言いたくなるものなのである。まあこれはいつもの軽口というか、じゃれあいのようなものだった。が、実際この湿気は文句を言いたくなるレベルである。いくら台風だからといって、こんな不快な湿気を運んでくるのは勘弁してほしいものである。もちろん残念ながら相手は天気なのであるから文句の言いようはない。
 実際台風が近いということもあって、港にはびっくりするほどたくさんの船が係留されていた。普段なら沖に出ているはずの漁船や貿易船が避難してきているのである。普通なら停泊していないような、岸壁からかなり離れたところまでびっしりと係留しているのであるから、あたかも船のラッシュアワーといった趣である。見ているうちにさらに下流から何隻もの漁船がやってくる。たしかに嵐が近いのである。
 コージだけでなく魔神もこの異様な光景にびっくりしているらしい。ずらずらと並んでいる無数の船に目を丸くしている。もともとかわいらしい丸っこい目がもっとまん丸になっているのだから、思わず笑いたくなるほどである。実際くすっと笑みを浮かべてしまったのであるが…魔神は心外らしくまた口を尖らせた。さすがに同居人だけのことはあって、コージが何を考えて笑ったのかくらいはすぐわかるのである。

*       *       *

 さっきも述べたが、炎の魔神みぎてとコージの同居生活は、早くもかれこれ三年になる。もちろんコージは普通の魔法使いの卵、バビロン大学の大学院生であるから、こういう本物の魔神、それも大魔神級の巨大精霊を呼び出す力などあろうはずは無い。つまりこの魔神はコージにとって同盟精霊でもしもべでもなく、本当に同居人なのである。コージの家に転がり込んできた居候というのが真相だった。結局すったもんだの末、二人は学生兼実験助手という形でいっしょに大学へかようことになったという話は、別のところで既に語られているのでここでは繰り返すことはしない。ともかく二人はそれからずっと仲のいいコンビというわけである。
 魔神との同居といっても、コージにとって(周囲の予想とは違って)これは別に特別な話ではない。もちろん多少は生活習慣の違いやなにやらで騒ぎになることもあるのだが、むしろそういう騒ぎはコージにとってもとても刺激的である。「炎の魔神は海水浴が出来ない」とか、「アイスクリームは痛くて食べられない」とか、ある意味当然で、しかし予想外の珍事が起きるのだから、楽しくないはずは無い。それになによりこの魔神はちょっと見こそ大柄で恐そうだが、すこぶる素朴で陽気、さらにはとことんお人よしである。
 そういうこともあってみぎては、いつの間にやら不思議なくらい人間生活になじんでいる。今では「コージさんのところの陽気な魔神さん」ということで、近所や学校でも見ているコージの方がくやしくなるくらい人気者なのである。まあもちろん…誰よりも一番コージ自身がこの魔神のことを好きになってしまっているのだが。

 さて、港を通り抜けた二人はユーグリファ河にかかる大きな橋、セントール大橋を歩いた。いつもなら自転車やら散歩をする人やらで結構混んでいるこの橋なのだが、今日は天気も悪いし、何より風が強い。車ならともかく自転車などでは橋の上で風にあおられて転倒必死である。歩いていても時々強烈な突風が二人の髪をぐしゃぐしゃにする。

「コージ、本当に台風近いんだな。大丈夫かな?」
「ん?うーん、明日が本番だって天気予報じゃ言ってたけど、もう結構近いみたいだな」

 昼過ぎのラジオでは、台風はまだバビロンの南の海上にあって、実際にやってくるのは早くて明日ということらしかった。しかしさえぎるものの無い河の上ではかなりの風速である。橋の上から南の空を見ると、たしかに黒い雲が垂れ込めている。いつ雨が降り出すか判ったものではない。もちろん二人はかさをちゃんと持ってきているので、いざ降り出したとしてもなんとかなる。(水が苦手なみぎてなどは、雨にぬれるとひりひりするらしく、こういう天気の時は携帯用雨合羽までこっそり装備しているのである。)が、二人の心配事は実はちょっと違っていた。

蒼雷そうれいのやつ、ちゃんとバビロンまでこれるのかな?よりによって台風の日に当たるなんて最悪だよな」
「うーん、風の魔神だから台風の方がいいとかあるんじゃないの?」
「あ、ありえる。だったらすげぇはた迷惑」
「あはは」

 蒼雷(そうれい)というのは、コージやみぎての友人で、これまた風の魔神族である。北の温泉町に小さな神社を構えている、とりあえずは立派な(?)氏神さまだった。前にコージたちが温泉旅行に行った時に知り合ったのである。こういう変な友人が出来るというのも、魔神と同居している特権である。

 実はその蒼雷が、今日の夕方コージたちの家に、遊びに来るということになっているのである。普通だったら夜のバビロンに繰り出して酒盛りをしたり、明日の休日は市内の観光案内をしたりするのがあたりまえだろう。事実最初に連絡を受けたときには、二人はどこへ遊びに行こうかとちょっとは考えていたのである。ところが…この悪天候だった。
 夕方に蒼雷がコージたちと合流したとしても、そのころになれば雨も降ってくるだろう…となると、せいぜい今夜晩御飯を一緒に食べるのが関の山である。下手をすると夜中には大雨になるかもしれない。これではあまりに悲惨である。
 もっとも蒼雷が遊びに来るという連絡は、つい三日前に入ったばかりだった。当然天気予報でも「台風が来るかもしれない」ということくらいは判る話だろう。コージでなくても「風の魔神だから台風がいい」とうがった見方をしたくなるのもわからないことは無い。が、もちろんコージだってそんなことは本気で考えてはいない。そこまで計画的なことをあの風の魔神が考えるとは、とてもじゃないが思えなかったからである。(なにせ蒼雷はみぎてに匹敵して、考え無しの単細胞だったからである。唯一の違いといえば、蒼雷の方はちゃんと「祭神」という定職についているということだろう。)

 とはいえ現実にここまで天気が悪くなってくると、今夜一体どうするかという問題を本格的に考えなければならなくなってくる。コージはうめくように言った。

「でも本当に降り出したらちょっと考えないとな。ずぶぬれになって外出っていうのも最悪だし…」
「それ、俺さまもう泣きそうになるぜ。勘弁してくれよ…」

 さしもの炎の大魔神も横殴りの雨は我慢できないらしい。見るからに情けない表情になっている。もっともコージだってずぶぬれになるのは真っ平ごめんである。

「あはは、ともかくディレルたちと合流してから相談するか。あいつならなにか名案あるだろうな。万年幹事だし…」
「あ、あいつだけが頼りだよな!でもこれでトリトン族の海中レストランとか言い出したら、俺さま、もう家で留守番する」
「あはははは」

 考えただけで悲鳴を上げそうな炎の魔神に、コージは今度は隠さずに笑ってしまったのは当然だろう。

*       *       *

 コージとみぎての二人は、強風の中を苦労しながら待ち合わせ場所へと急いだ。といっても両手にはさっきスーパーで買ったばかりの豚肉やら野菜やらが入ったままである。いったん下宿に戻って荷物をおきたいのはやまやまだったが、時間に遅れるのはさすがに顰蹙である。
 二人がたどり着いたのは、木造のかなり大きな家の前である。真ん中に玄関があり、赤茶色と濃紺ののれんがかかっている。家の裏にはあからさまに目立つ大きな煙突まである。見ての通り、銭湯「潮の湯」である。当然ながら左ののれんには「女湯」、右には「男湯」と書かれているわけである。
 二人は何の躊躇も無く、右側ののれんをくぐる。

「よぉっ、ディレル」
「あ、早かったね。もうすぐ終わるからお風呂でも入っててよ」
「ある意味商売熱心じゃん」
「あはは。一応家族に悪いし」

 番台にはちょうど耳が隠れるくらいの金髪を持った青年が座っていた。瞳はきれいなエメラルドグリーンで、穏やかな笑顔の好青年である。彼がコージとみぎての親友、トリトン族のディレルだった。既にレギュラー出演であるから、改めて説明をすることもないと思うが、とにかく彼は同じ研究室の同輩であり、面白いことにこの「銭湯潮の湯」の息子なのである。見るからにおとなしくて草食系にも見えるこの青年が、どうして平気で風呂屋の番台などが勤まるのか、コージは不思議な気もするのだが…実際やってみると意外とつまらないものなのかもしれない。
 ともかく二人は(はめられたようなものだが)ディレルに入浴料をはらって、早速お風呂に入ることにした。当然ながら荷物は番台に預けての話である。とにかくこの蒸し暑さでは、お風呂に入ることについては何ら異存は無い。いくらなんでも汗だく状態でお客を迎えるのは気が引けるというわけである。ちなみに御存知の方も多いと思うが、みぎては(炎の魔神であるにもかかわらず)お風呂は大好きである。海水浴やプールはまったくダメなのだが、熱いお風呂となると大喜びである。(この辺は未だにコージにとっても謎である。)

絵 武器鍛冶帽子

 さて、二人が風呂から上がってコーヒー牛乳を飲んでいると、ディレルが仕事を切り上げて姿を現した。

「お待たせ。ごめんね」
「んな謝ることねぇよ。俺さま達が早く来ちまったんだし、風呂入りたかったし」
「ほんとディレル、気にしてたらきりが無いって」

 みぎてはさっぱりしたという顔でニコニコ笑ってそう言った。コージもまったく同感である。約束の時刻にはあと五分もある。ちょっと早くついてさっぱりしたかったというのが本音なのに、謝られては背中が痒い気になる。
 実際、ディレルはそんなに格好悪くないし、海洋種族らしく水泳などは大の得意という長所まであるのに、彼女ができないというのは、このどうしようもない押しの弱い性格のせいだろう(と、コージは思う)。隣の相棒みぎてのように「押し一辺倒」というのも問題だが、ディレルほどおっとりしすぎているというのも何である。
 さらにディレルの場合、こういう人の良さと押しの弱さがわざわいして、いつもめんどくさい幹事やらそういう仕事を押し付けられることが多い。典型的「万年幹事長」である。コージたちにしてもいつも悪いとは思っているのだが、ついつい甘えてしまう。まあもっともディレル自身、人の世話をすることが結構好きらしく、すっかり幹事や世話役が板についてしまっている。

 さて、というわけで三人は潮の湯の入り口を出た。外はさっきと比較しても、ますます風が強くなっている。幸いまだ雨にはなっていないのだが、時間の問題である。蒼雷が到着するころには確実に降りだすだろう。

「とりあえず荷物を下宿において、それから蒼雷を迎えに行こうぜ」
「だな。こんな蒸し暑いと早く冷蔵庫に入れないと肉が傷む」
「下宿人らしい発言ですねぇ、コージ」

 一応風呂屋では冷蔵庫(といっても売り物の牛乳やらを冷やすやつだが)で保管していたので、まだ腐っているということは無いはずだが、それでも早く下宿に戻るに越したことは無い。それに雨になったらかさや雨合羽を持ってゆかないと悲惨である。早足で出発しようとした二人にディレルはあわてて言った。

「あ、コージのところ、予備のかさあります?蒼雷君の分」
「あ…無いかも。まずいな」
「気がついてよかった。じゃあ僕が二本持ってゆきますよ」

 早速ディレルは世話役の本能を発揮である。コージは思わず笑って隣のみぎての顔を見あげた。その表情を見れば、やはりどうやらこの魔神もまったく同じ感想を持っていることがわかる。つまり…
 こういう細かいところに気がついてしまうところが、このトリトンが苦労してしまう全ての原因なのである。

*       *       *

 三人は薄暗くなった道を高速バスターミナルへと急いだ。つまり待ち合わせ場所である。蒼雷がどういう交通手段でくるのかは聞いていないのだが、ともかく判りやすい待ち合わせ場所ということで、そうなったのである。本当はバビロン空港も考えたのだが、ちょっと街のはずれにあるので後々都合が悪い。特に大雨など降ろうものなら、帰るのに一苦労になってしまう。

「蒼雷のやつ、まさか飛行機じゃないだろうな」
「無理ですよ。飛行機だったら欠航になっちゃうし、それに蒼雷君の町から飛行機だと、かえって遠回りになっちゃいますよ」

 蒼雷の住んでいる温泉町から飛行機で、というのは不可能ではないのだが、かなり運賃も高いし、意外と時間もかかる。となるとやはり高速バスでやってくると考えるのが普通である。実際コージたちが向こうに遊びに行くときもかならず高速バスである。
 しかしコージはちょっと考えてから指摘した。

「でもさ、蒼雷ってたしか風の魔神だろ?自力で飛べるんじゃ…」

 言われてディレルは首をかしげる。

「…うーん、長距離はどうなんでしょうねぇ。二時間も飛んだら大変じゃないですか?」
「そうかなぁ、鳥はちゃんと飛んでるし…みぎて、どうなんだ?」
「…俺さまも飛べることは飛べるけど、長距離となるとなぁ…」

 みぎては「ちょっと痛いところを突かれた」とでもいうように苦笑いした。実はこの魔神には本来立派な炎の翼がある。といっても髪の毛と同じように本物の炎ではなく、みぎての強力な精霊力が形になって見えているのであるが、とにかくそのおかげでそれなりに飛行することはできるのである。もちろん街中ではあまりに目立つので、引っ込めていることが多いのだが…
 しかし(コージも良く知っているのだが)、やはり炎の魔神の飛行能力というのは、これはもう「申し訳程度」というか、「無いよりまし」程度でしかない。スピードのほうも自転車か、もうちょっと速い程度であるし、なんだかふわふわゆらゆらと危なっかしいことこの上ない。それに比べると風の魔神の蒼雷はもう少しきちんと飛行できるようなので、バビロンまで飛んでくるというのも考えられないことではないだろう。まあひょっとするとみぎての場合は(良く食うせいで)最近太り気味なので、体が重くなっているのかもしれないが…

 そうこうしているうちに、彼らは待ち合わせ場所のバスターミナルに到着した。やはり予想通り小雨が降り始めている。コージとディレルはかさを、みぎては透明ビニールの携帯用雨合羽を取り出して、ぬれないように装備していた。ただ、それでもちょっと雨水が魔神の髪に当たるので、しゅうしゅうと白い湯気を上げている。それは考えてみればかなり間抜けな光景なのだが、最近はもうこの程度ではコージはもちろん、ディレルだって驚いたり騒いだりしない。道を歩く通行人すら最近はあまり驚かなくなってしまったので、やはりみぎてはすっかりバビロンの街に受け入れられているのだろう。

「結構風も強いな。ほんとに大丈夫かな」
「ここら辺で待ち合わせなんですよね。蒼雷君、僕達をすぐ見つけてくれればいいんですけど。こんな風雨の中で立ちんぼはあまりうれしくないですよ」
「そりゃ大丈夫じゃないの?こっちも向こうもこれ以上無いくらい目立つんだから」

 いくらいろんな種族がうじゃうじゃ混住しているバビロンといっても、みぎてくらい目立つやつも少なければ、蒼雷くらい個性的なやつも少ないだろう。それに二人とも正真正銘の魔神なので、目をつぶっていてもその強力な精霊力が感じられる。つまり近くにいれば、たとえ人ごみの中でもそれだけで判るはず…である。
 そういうわけで三人はまったく心配せずに、風雨を避けてバスターミナルの待合所に逃げ込んだ。バビロンから各地へ向かう高速バス路線の中央待合所であるから、意外と大きい。ガラス張りの建物の中に、乗車券発売口やベンチだけでなく、自動販売機や弁当屋、売店、喫茶店、土産物屋まである。ちゃんと冷房もかかっているので、この蒸し暑い日には非常に都合がいい。

「ふう、生き返るな」
「ですねぇ。みぎてくんすらほっとした顔してますよ」
「あ、やっぱり判るかよ。雨がたまんねぇからさ」

 三人は自動販売機でジュースを買うと、ベンチに座って蒼雷を待つことにした。約束の時間から言うと、そろそろ登場してもおかしくは無い。もっともコージたちの知っている限り、蒼雷はみぎてに匹敵していい加減な性格なので、時間厳守ということはちょっと期待できないかもしれない。それにこの天気ではバスそのもが遅れてもおかしくは無い。
 待合室のテレビでは、ちょうどタイムリーに天気予報特番を放送している。久々に直撃コースの台風である。特番になるのは当然だろう。

『…は、ザイオス島の南東一八〇キロの海上にあって、北北西の方角に…』

 テレビの画面に映る予報円を見て、ディレルは困惑を隠さない。

「本当に明日の朝には暴風圏ですね。大型だしかなり強いみたいですよ…」
「あの扇形が予報なんだろ?うーん、ほんとだな」
「これじゃ蒼雷くん何しに来るのか判らないですよ。困ったなぁ…」

 ザイオス島の港で、雨合羽を着て中継をするアナウンサーの姿などは、仕事とはいえもうかわいそうなほどである。これは本当に激しい風雨なのである。マイクから「ばさばさ」という風の音までが聞こえてくる。明日の朝にはこの大嵐がバビロンの街に上陸するかもしれないというのだから、本当に観光どころではない。
 が、コージは時計を見て首をかしげた。

「そろそろ来ててもいいころだと思うんだけどさ。みぎて、検知できないか?」

 すると魔神はちょっと首をかしげて答えた。どうやら気になる「精霊力」は感じるらしい。

「うーん、それらしいのあるんだけどさ、でも蒼雷じゃないと思う。だって一人じゃないみたいだし。」
「一人じゃない?」
「でも強い精霊力なんだろ?めずらしいな」

 コージとディレルはみぎてが指をさす方向を見た。ちょうどガラス張りの大きな窓があって、そこから外が見える。といっても天気が悪いし、湿気と冷房で曇ってしまってあんまりはっきりと姿は見えない。なんだか白っぽい大きなものと、それから人影が一つ…いや二つである。どうやら一人は結構背が高くて筋肉質な感じがする。もう一人はかなり小柄で、まるで子供くらいの大きさである。
 ディレルは手にしたジュースを急いで飲み干すと、コージたちをベンチに残したまま、その三人組の姿を確認するために回転扉へと向かった。コージもみぎてもさすがに少し気になったのか、一応席を立つ。と…
 回転扉から外に出たディレルは、案の定びっくりした顔をして彼らを呼びに戻ってきたのである。

「コージ、みぎてくんっ!蒼雷くんですよやっぱり!」
「ええっ!」
「団体が?」

 大慌てで待合所を飛び出したコージだったが、彼の目に飛び込んできたものは、明らかに彼の予想を超えていた。そこにはたしかにディレルの言うとおり、青く長い髪をした青年魔神と、それからどうやら兄弟かなにからしい子供の魔神が立っていた。青年のほうは間違いない…蒼雷である。連れがいるとは予想していなかったコージだが、まあこれはしかたがないことである。が…
 何よりコージが驚いたのは、蒼雷の立っている場所の後ろの駐車スペースに、大きな、変なものがあったからである。自家用車(これも精霊力で動くのだが)や飛行用じゅうたんのたぐいではない。巨大な…真っ白の鳥だった。首が長く、そして頭からはとさかのような羽が、すっと背中のほうに向かって生えている。ちょうどサイズをのぞけば白鷺そのものだった。いや、はっきり言って「巨大な白鷺」そのものなのである。こいつが三人目の魔神級精霊力の元だったに違いない。
 あまりのことに立ちすくむコージたちを、白鷺はじろりとにらみつける。そしてあたかも蒼雷は白鷺のコメントを代弁するように言ったのだった。

「おまえらなぁ、ちゃんと外も見ろよ。こっちは乗り物連れてきてるから中に入れないんだって」
「…この鳥…乗り物なんだ。ナンバープレート首から提げてるよ…」
「『自家用』ってステッカー、ちゃんと貼ってあるし…」

 たしかに白鷺は首から白いナンバープレートをロープでネックレスのようにぶら下げている上に、翼の付け根のところには小さな「自家用」と書かれた運輸局のステッカーらしきものまでつけている。鳥といってもこれだけのサイズとなると、運輸局に届出とか税金を払わないといけないのかもしれない…
 コージもディレルも、そしてみぎてすら、この奇妙な取り合わせに目を白黒させながら、交互に鳥と、それから風の魔神を見比べているしかなったのである。

(②につづく)

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