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炎の魔神みぎてくんボウリング②

2.「うそっ!手袋が暴走したわ!」

 そういうわけでコージ達四人はバビロン市一番の繁華街である「すごろく大通」に繰り出したわけだった。「すごろく大通」というのはずいぶん変わった名前である。立ち並ぶ商店がまるですごろくのマス目のようで、街行く人がついつい店に止まってしまうということで名づけられたのだろう。たしかに右も左もいろんな面白い店ばかりで、ウィンドショッピングだけでも飽きない。
 ボウリング場「ゴールデンボウル」はこのすごろく大通りの一角のちょっと大きなビルだった。屋上に巨大なボウリングのピンがあるのだからすぐ判る。ボウリング場は二階と三階で、一階はゲームセンター、それから四階にはカラオケボックスまであるという典型的なアミューズメントセンターである。コージやディレルは昔何度か来たことがある。が、たしかにみぎてと同居をはじめてからは一度も来ていなかった。

「でも言われてみればどうして今までこのメンバーでボウリングしなかったんでしょうね。手軽なレジャーなのに」
「だって毎日みぎての引き起こす騒ぎで、それどころじゃなかっただけじゃん」
「えーっ、俺さまそこまで騒ぎ起こしたかぁ?うーん」

 みぎては不満そうに口を尖らせて抗議する。いや、実際は「毎日騒ぎで大変だった」のではなく、「日常が楽しすぎて忘れてた」だけの話である。することがいろいろあるとボウリングどころではない。今日のようにまったくの「サボり」などめったにあることではないからである。

 さて、四人はエスカレーターを上ってボウリング場のフロントにやってきた。まだ午前中と言うことで待ち時間はほとんど無い。ボウリングといえば大体レーンが空くまで三十分待ちとか、しかたがないので併設のゲームセンターで時間をつぶすとかということが普通なのだから、今回は非常にラッキーである。いや、考えてみれば平日の午前中にボウリング場に乗りこむと言うことなどめったにするものではない。
 さて、申し込みを済ませて貸し靴コーナーに言った四人は、早速自分の足にあった靴を探し始める。棚には子供用から大人用までさまざまな靴がずらりとサイズ別に並んでいる。コージは目の前にあった靴を適当に手に取ると、何の気無しにはき始めた…が、ふと向こうを見るとみぎてが困った顔をして棚の靴を見ている。

「みぎて、どうしたんだ?」

 靴をはいたコージはみぎてに声をかけた。するとこの魔神はかなり不満そうな顔をしてコージに言った。

「コージ、俺さまがはける靴が無い」
「えっ?マジ?」
「どうしたんです?みぎてくん…サイズ?」

 驚いたコージとディレルはふとみぎての足を見た。…たしかにでかい。いや、でかすぎる。普段はそんなに気にしてはいなかったのだが、この魔神はコージよりも身体も筋肉たくましいし背も頭一つ高い。当然の事ながら足のサイズもでかいのである。ディレルは恐る恐るみぎてに聞いてみた。

「みぎてくん、靴のサイズっていくつ?」
「三十三」
「さんじゅう…さんセンチかよ」

 棚の端から端まで見ても、ここに置かれている靴は最大二十九センチまでである。みぎてのようなビッグサイズは無い。かといって四センチも小さい靴となると、いくらがんばってもはけるわけは無い。

「ちょっと店員さんに聞いてみましょうよ。みぎてくんぐらいの大柄の人だってボウリングするはずですから」
「そうだよな、ボウリング場にはいろんな種族が遊びにくるはずだし…」

 いきなり「前途多難」という予感でいっぱいになったコージだったが、とりあえずフロントに行くしかなかった。靴ですらこれであるから、もしかしてボウリングの玉だって危ないかもしれない…そしてその予感は見事的中してしまったのはお約束通りだった。

「指きついぜ、これ…」
「特別サイズ穴でこれですか~、どうしようもないですねぇ」
「つーかみぎて、おまえ指でかいって。」

 一番重い十六ポンドの玉でもこの魔神にとっては厳しいようだった。やはり指が入らないのである。靴のほうは特別サイズがフロントに保管してあったので無事解決したのだが、玉のほうはもっと深刻な状態だった。どうやらみぎての手はコージ達の手に比べても(背丈の分を考慮しても)さらに太くて大きいらしい。実はこの玉もフロントの店員さんが出してくれた特別サイズなのである。獣人族で時々みぎて以上に大きな人がやってきたときに貸し出す玉なのだが、それでぎりぎりなのである。あまりのことにフロントの店員が驚き飽きれるほどだった。

「みぎてくん、拳法やってるせいかもしれませんね。指が変形して太くなってるんですよ」
「えーっ、そうなのか?困ったなぁ…」
「いっそマイボール作っちゃいなさいよ」
「ポリーニぃ、うちの貧困状況知ってて言うかぁ?みぎて、その玉であきらめろ」
「うーん、しかたねぇや」

 まさかボウリング初体験でいきなりマイボールを作ってもらうというのは無茶である。いくら一番安い玉で作っても学生には高い。これはもう多少窮屈でもこの玉で投げてもらうしかないようである。
 ということで大騒ぎの末、ようやく彼らはボウリングをはじめることになったのである。

*       *       *

「それが今回の発明品ってわけか…」
「予想通りですねぇ…これ僕たちもつけなきゃだめってことですよね」
「当然じゃないの。タダ券よ、タダ券!」

 レーンに入った一同は、早速ポリーニの怪しい発明品の披露を受けることになる。毎度毎度このパターンなのだが、これはもう腐れ縁としかいいようがない。まあ幸いポリーニの発明は火を吹いたり爆発したり、そういう傍迷惑で危険なものはまずありえないので、それでもシャレで済むからいいのである。
 とにかく彼女が取りだしたのは何のことは無い…ごく普通の手袋だった。指先だけは剥き出しの、良くあるタイプの黒っぽい革の手袋である。プロボウラーがつかっている、あれにそっくりだった。

「普通の手袋じゃん。これ…」
「なんだかこんなの着けるとちょっと気恥ずかしいですよね。うまくないと…」

 コージもディレルもあまりに変哲も無い普通の手袋が登場したもので、いささかがっかりしたような顔になった。しかしポリーニはこの反応には不満である。

「あたしが普通の手袋を持ってくるわけ無いじゃない!当然これ、最新発明品よ!」
「これが?ふーん…」
「いいこと?ちょっと見てて」

 ポリーニはそういうとすばやく手袋をつけてレーンに向かった。そしてピンク色の(女性用の九ポンド玉である)を手にすると、さっとピンに向かって投げた。と…

 当然のことなのだが玉はレーンの上をするすると滑って…それからあれよあれよと言う間にどんどん左に曲がってゆく。まっすぐ、しかし軽く投げたとしか見えないにもかかわらず、信じられないほどすごいフックがかかっているのである。そしてボールはピンに激突する前にほとんど四十五度の入射角で溝に跳びこんでしまったのである。どうやらこの手袋は投げたボールに強力なフックを与える魔力があるらしい。
 コージとディレルは半ば驚き、半ば呆れたようにその光景を見つめていた。ましてやボウリング初体験のみぎてにいたっては、何が起きているのか判ろうはずも無い。そして彼女が得意満々で戻ってくると、コージは思わず首をかしげてつぶやいた。

「…これって役に立つんかい…」
「もちろんよ!フックボールこそハイスコアーへの近道よ!今のはゆっくり投げたからフックが効き過ぎちゃったんだけど、まともに投げれば最強よ!」
「っていうか、これってもしうまく行っても、ある意味反則のような気もするんですけど…」

 ディレルはコージにだけ聞こえるように言った。コージも本音は賛成だったが、陶酔しているポリーニにそれを指摘する勇気はとても無い。
 というわけで、この変則ボウリング大会はいよいよ始まったわけだった。何も知らないみぎてと、自己の発明品に酔いしれているポリーニはともかく、コージとディレルはとんでもないスコアーしか出せないことを覚悟したのは言うまでも無い。

*       *       *

「やっぱりダメじゃん、この手袋~」
「おかしいわねぇ…フック量の制御がうまく行ってないわ」
「ボウリングって難しいんだな。隣のレーンの人プロなのか?」
「違いますって。今日のボウリングが変則なんですよ…」

 ゲームが始まってすぐに手袋の調子が最悪であることは明らかになった。なにせフックがかかりすぎるのである。女性のポリーニが投げようが、コージやディレルが投げようが、そして力持ちのみぎてが投げようが、途中でものの見事に強力なフックが発生し溝に突っ込んでしまうのである。さっきから四人のスコアーはほとんどGと0の連続である。これではゲームにならない。ボウリング初体験のみぎてはボール穴が小さいというハンディーまで背負ってであるから、もうなにがなんだか訳が判らない状態である。これはかわいそうとしかいいようが無い。
 焦ったポリーニは全員の手袋を回収して、手首の部分に付いている小さなねじをまわして調整を繰り返す。が、いっこうに状態はよくならない。コージは呆れたようにポリーニに言った。

「もう今日のところはこいつのテストはやめようぜ。すぐには治んないだろ?」
「ダメよ。タダ券なんだからせめて一ゲームは実験よ!」
「まあそうですねぇ。今更普通のゲームに戻しても意味無いし。このゲームだけは実験するってことで行くしかないですよ」

 何度目かの調整と試投を繰り返すうちに、いつしかゲームは終盤戦となった。いよいよ第十フレームである。といっても四人のスコアーは前代未門のひどい数字である。これでは後ろ向けに投げたほうがましなスコアーになるとしか思えないほどだった。ポリーニはこれが最後と言うことで半分やけになって調整ねじを思い切りぐるぐるまわし、そしてあきらめたように三人に手渡した。

「やっぱりうまく行かないわ。制御機構の設計がおかしいのかしら」
「ま、しかたないですよ。発明って失敗がつきものでしょ?次回完成させればいいじゃないですか」
「そうだぜ、落ち込むこと無いって」

 ちょっと哀れに思ったのだろうか、ディレルやみぎてはポリーニに慰めの言葉をかけた。が、ポリーニのことを良く知っているコージはそんなにやさしくは無い。彼女がこれしきのことで落ち込むことなどありえないことは判りきっているのである。

「ってことはまたこの変則ボウリング大会するんかい」
「当然じゃない!完成するまではやるわよ!」
「やっぱり…」

 ということで、いよいよ最後の一投となった。みぎてがあの重たい十六ポンド玉を持ってレーンに立つ。その時…

 誰も気が付かなかったのだが、コロリという音とともにみぎての手袋からねじが抜け落ちたのである。あまりポリーニが調整を繰り返したもので、調整ねじが壊れてしまったのである。そんなことに気が付くはずも無く、みぎては最後と言うことでしっかりとボールを握りしめ、まっすぐピンに向かって思いっきり投球に入った。
 ところが…どう言うわけかボールはみぎての手を離れなかったのである。投げたつもりのボールが手に吸いついたままなので、さしもの魔神もバランスを崩してそのままレーンの上につんのめって転ぶ。ご存知の通りレーンの上は良くすべるようにオイルが塗ってあるものだから魔神はボールに引っ張られるようにそのままピンのほうへとつるつると滑って…それからなんと二、三メートル進んだところで今度はくるくると反時計回りにスピンをはじめたのである。故障した手袋がみぎての身体までフック回転をかけてしまったのである。

絵 武器鍛冶帽子

「わっ!みぎてっ!」
「うそっ!手袋が暴走したわ!」
「うわぁ!止めてくれぇっ!コージっ!」

 コージもポリーニも突然のことに仰天した。ぐるぐるスピンを続けるみぎては手から離れないボールが邪魔で、さらにレーンのオイルでぬるぬるになっているせいでふんばることもできない。三人は大慌てでレーンの間を走ってみぎてのところに駆けつけた。コージが回転するみぎての身体をとっさに抱きつくように抑え込んで、ようやくこのトラブルはおさまったのである。

*       *       *

「あ~、まじにひどい目にあったぜ。まあでも俺さま面白かったぜ!指穴ちっさくて困ったけどさ」
「ごめんなさいね、みぎてくん。今回は久しぶりの大失敗よ」

 ボウリング場を後にした四人は喫茶店で反省会である。あのあと実は平然と二ゲーム目をやったのだが(別にレーンに傷を付けたとかそういうわけではないので、店員には「すべるから気をつけてください」と言われただけである)、さすがにあの「強力フック手袋」はもう使わなかった。とはいえ「みぎて大回転」の原因が壊れた手袋であることは明らかなので、今日のコーヒー代はポリーニ持ちである。

「みぎてくん、一ゲーム目はあれ、断じてボウリングじゃありませんからね。二ゲーム目が本来のボウリングの姿です」
「判ってるってディレル、さすがに俺さまも最初は結構びっくりしたけどさ。」

 まじまじと言うみぎてにディレルは思わず苦笑した。さすがにこの炎の魔神にとんでもない体験ばかりをさせると、人間界について大いなる誤解をしてしまいそうでちょっと不安でもある。まあどうしても近くにいる人間の影響で、ある程度偏りがでることだけは避けようが無いのだが…

 ディレルはくすくす笑いながら、今度はコージに言った。

「やっぱりマージャンがよかったんじゃないですか?というか今度はかならずやりますよ。いいですよね、コージ」
「うっ!えっ、あ、はいはい、判ってるって…」

 コージは思わず飲みかけのコーヒーでむせそうになる。どうにもディレルは今朝のことを忘れてくれそうに無い。というか…コージを見るディレルの目は何か笑っているような気がする。
 恐る恐るディレルのほうを見たコージに、彼は言った。

「コージ、下手な言い逃れはしないほうがいいですよ。ま、約束守る気ならはやいことみぎてくんにちゃんとマージャンを教えてあげてくださいね。まったく二人で夜ふかしして何してたんだか…」
「ちぇ、判ったって。おまえにゃかなわないなぁ…」

 やっぱりこのトリトンの友達の目はごまかせないらしい…ディレルにびしりといわれたコージは観念して頭を掻きながらうなずくしかなかった。

(おわり)

追記
 後日、コージ達にボウリングに再チャレンジする日がやってくるのである。もちろんもっととんでもない騒ぎに巻き込まれるのは当然であるが…この時点では誰もそんな恐ろしいことは予知していなかったのは言うまでもない。

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