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はぐれ魔神秘湯編 ~目玉くんは見た~①

①ロスマルク先生、腰痛になる

1.「ロスマルク先生がぎっくり腰に」

「あらっ、ロスマルク先生、どうしたのよ」

 教授室で打ち合わせを終えたばかりのセルティ先生は、向かいの助教授ロスマルク先生の様子が変であることに気がついて驚いた。なにせさっきまではまったく元気そうに歩いていたのに、今は腰を抑えてじっとしているのである。どうやら呼吸をするのも辛そうである。

「い、いやその…ちと腰が…ですね…」
「やだっ先生!まさかぎっくり腰じゃないの?」

 セルティ先生は半分あきれたような声を出す。ぎっくり腰というのは別に年寄りに限ったものではないのだが、少なくとも彼女には経験がないのだろう。もともと彼女の場合人間族より寿命の長いエルフ族であるから、実際の年齢よりもずっと若々しい。いや、彼女の外見だけを見ればまだせいぜい三、四十代といってもおかしくないほどである。美女はぎっくり腰にならないというわけではないだろうが、とにかくこの若々しい外見では当然ぎっくり腰やら腰痛やらの経験がないのも無理はない。それに比べてロスマルク先生は人間族なので、歳相応の白髪まじりだったし腰痛のひとつもあっておかしくはない。特に最近は急に寒くなったので、四十肩やら五十腰やらがおきてもあたりまえである。

「ぎっくり腰じゃないと思いたいんですが…ちょっと腰が、かなり…うう」

 そういいながらもロスマルク先生は意地になったのか、ソファーの肘掛を杖にして立ち上がろうとする。が、ひどい腰痛のときにそんな無茶なことができるはずはない。すぐにしかめ面になって動けなくなる。見ているだけで笑えて…いや、痛々しくなるほどだった。これでは帰宅はおろかトイレすらままならないだろう。
 セルティ先生は慌てて教授室から首を出し、その場にいた学生をつかまえた。

「コージ君!ちょっとみぎてくん探してきてつれてきて!大至急!」

 コージと呼ばれた青年はセルティ先生の慌てぶりにちょっと驚いた顔をする。

「なにかあったんですか?先生…」
「大変なのよ!ロスマルク先生がぎっくり腰になっちゃったのよ!」
「ぎ、ぎっくり腰って言わないでくださいよ、いててて…」

 必死になって騒ぎを(または笑いものになるのを)防ごうとするロスマルク先生だったが、この情けない格好はどうにもならない。教授室をのぞいたコージは思わず吹き出してしまった。いや、実はセルティ先生も必死で笑いをこらえている。

「み、みなさんねぇ…歳をとったらみんな腰痛になるもんなんですよ…ううっ」

 力説しようとするロスマルク先生だが、腰が痛くて力も入らないようである。

「とにかくみぎてくんお願い。彼ぐらい力持ちじゃないとロスマルク先生を抱えられないわ」
「くすくすっ、とにかくあいつ呼んできますよ。でもあいつ面白がってすごく騒ぎそうなんだけど…」

 「騒ぎそう」という危険な一言でロスマルク先生は真っ赤になったが、この腰の様子では助け無しでは身動きできそうにない(救急車を呼ばれるよりはましである)。ということで恨めしそうなうめき声を背に、コージは部屋を飛びだしていったのである。

*       *       *

 十分もしないうちに教授室にはコージと、それからひときわ大柄で赤茶けた肌の筋肉質の青年が現れた。彼がご存知「みぎて」である。
 「みぎて」というのはずいぶん変わった名前に聞こえるが、当然これは本名ではない。本当の名前はフレイムベラリオスというのだが、当人がどういうわけか恥ずかしがるのである。代わりのニックネームである「みぎて大魔神『さま』」の方がよほど恥ずかしいような気がするのだが、本人の趣味の問題だからとやかく言う問題でもないのだろう。とにかく彼はコージを含めて講座のみんなから略して「みぎて」と呼ばれているのである。

 もっとも「みぎて」という部分はともかく「大魔神」という部分については、これは実際この青年にとってはふさわしい称号だった。彼は正真正銘の炎の魔神、それも大魔神級の力の持ち主なのである。見た目も立派な炎の髪と炎の翼、それに額からはあまり大きくないが角もある。これはどうみても本物の炎の魔神族であることは一目瞭然だろう。

 なぜこんな魔神がここバビロン大学にうろうろしているのかというのかというと、実は講座の教授が偉大な魔道士で…というわけではない。もちろん魔道士の学校であるバビロン大学だから、教授陣は当然みんなそれなりに強力な魔法使いなのであるが、それでも彼のような本物の魔神を日常的に連れまわすことはまず無理である(第一呼びだすだけで結構大変だし、たいていの場合あまり魔神は人間界に長居したがらない。彼ら魔神も魔神なりの生活があるのである)。
 ところが彼の場合はちょっと事情が違う。実に意外なことなのだが彼はこの大学の学生兼アルバイトなのである。彼の強力な魔神の力(精霊力というやつであるが)でさまざまな魔法実験の手伝いをして、代わりにいくらかのバイト代と、それからさまざまな授業を聴講できるということになっているのである。もちろん魔神が人間界で暮らして、さらに大学に通うということはそれなりに騒ぎになりそうなものだったが(実際最初は多少の物議はかもしたが)、今ではすっかりこのバビロン大一番の名物学生としてみんなの人気者になっていた。
 それというのも実は、このみぎてという魔神は外見こそ大柄で(それなりに)魔神らしかったが、性格はこれ以上ないくらい気がよくて人なつっこかったし、それにとことん陽気だった。もちろん不慣れな人間界の生活でちょくちょく失敗もあるのだがそんなことはご愛嬌である。既にバビロン大学だけでなく近所の人にも「コージさんところの魔神さん」ということで親しまれているのだから、彼の性格のよさがわかることだろう。

 さっきから登場しているコージとこの魔神「みぎて」は相棒で、同居人で、そして同じ講座で学ぶ学生という間柄だった。こんな風に書くと、さぞやコージは特別な…たとえば勇者の子孫だとか、伝説の魔道士の甥だとかそんなことを想像することだろうが、彼は彼で普通の…漆黒の短い髪の毛と細い目がちょっとエキゾチックだが、ごくありふれた魔法使いの卵、バビロン大の大学院生なのである。もし彼が普通の学生と違うところがあるとすれば、それは彼がひょんなことからみぎてと名乗る魔神と知り合って、彼の下宿に転がりこんできた魔神の頼みに応じてこの大学に通えるように世話をして、そして今や同居人みぎてとのにぎやかで一風変わった暮らしを楽しんでいることだった。
 実際コージにとってみぎてはとても楽しい家族で、そして何より大切な相棒だった。いっしょに暮らしてゆくに連れ、どんどんこの魔神の純粋さややさしさに惹かれてゆく自分がよくわかる。いや、彼だけではない…担当教授であるセルティ先生や助教授ロスマルク先生、そして同じ講座の学友たちもこの魔神のことをかけがえのないとても素敵な仲間と思っているに違いないのである。

*       *       *

 さて、コージに連れられて教授室に駆け込んだみぎては、ロスマルク先生の情けない姿を見て一瞬唖然としたあと、大方の予想どおり腹を抱えて笑い始めた。

「ぎゃはははははっ!せんせ、せんせ!急にひねったんだろ!」
「こ、こらぁっ!みぎてくん…うっ」

 怒ろうにもこの悲惨な状況ではとても声を荒げることなどできない。情けなくも弱弱しい声を出すのがやっとである。こんな様子を見ればみぎてでなくても笑い出してしまうだろう。セルティ先生もなんとか笑いをこらえながらみぎてに言った。

「み、みぎてくん~、くすくす、笑ってないでちょっとロスマルク先生をソファーベッドまで運んであげて、くすくす」
「セルティ先生まで笑うとは…ううっ、我ながら情けない」
「わははははっ、おうっ、わかったぜ。任せとけっ」

 みぎてはずかずかとロスマルク先生のそばに近寄ると、すばやくしゃがみこむ。

「おらっ、せんせ。一瞬痛いかもしれねぇけど勘弁な」
「えっ?そんなっ…ぎゃあっ!」

 ロスマルク先生が抵抗する間もあらばこそ、みぎてはさっさと先生を両手で抱えて立ち上がった。が、一瞬姿勢が変わるときにどうしても激痛が走る。先生は思わずまた情けなく叫び声をあげた。みぎては困ったように苦笑しながらこの老先生に言った。

「大丈夫だって。向こうで俺さまのちょっとした特技見せるからさ。」
「ううっ…と、特技ってあのですね、力技とか見せてもらってもしょうがないんですが…」
「みぎてくんの特技ってなんだかあたしもちょっと不安なんだけど…りんごジュースを素手で作るとかいうのは無しよ」
「十分ありえる、こいつの場合」

 みんな他人の痛みだから勝手なものである。いや、腰痛のロスマルク先生すらこの調子であるからしかたがない。これで本当に単なる力技…りんごの代わりに梨でも素手でつぶして生ぬるいジュースを作るという曲芸を披露されたりしたら最低である。

 さて、魔神はロスマルク先生を軽々と抱えて隣の研究室へと運んでいった。そこには仮眠用のソファーベッドがおかれている。徹夜で実験やら論文を書くとき用のものなのである。彼はそのまま先生の体をそっとベッドに横向けに寝かせた。あおむけではないところがみそである。

「ううっ、しかしちょっと…あ、でもこの方が楽です」
「だろ?あおむけになると、かえって腰に力がかかって痛いって言うからさ」

 みぎてはちょっと得意げに言った。意外なことだがどうやらこの魔神にとって腰痛患者は初めてではないらしい。コージはちょっと驚いて聞いてみた。

「みぎて、もしかして腰痛になったことあるんじゃない?」
「わはは、まさか俺さまはねえよ。体の出来が違わぁ」
「それにしちゃ妙に詳しいじゃん。」

 みぎてはげらげら笑いながら否定する。まあたしかに炎の魔神がぎっくり腰で立てないという図はいくらなんでも想像ができない。とはいえ魔神と実際にいっしょに生活しているコージは、意外と彼ら魔神族も人間と同じように痛いだの痒いだの、腹が減った(これはしょっちゅうだが)だのがあることを見てきている。ひょっとすると腰痛のひとつもあるのかもしれない。もっとも見るからに健康優良児のみぎての場合はそれでもちょっと考えにくいのだが。

 さて、みぎてはロスマルク先生を寝かしたあと、おもむろに背中の炎の翼を手で引っ張った。するとプチリという軽い音とともに、手の中に一本きれいな羽根のようなものが現れる。炎の翼から引き抜いた羽根なのだから実体などないはずなのだが、見たところ明らかに真っ赤な鳥の羽根のように見える。

「えっ?みぎて、それどうするんだ?」
「見てなって。ちょっとサービス」

 にこにこ笑ってみぎてはロスマルク先生の背中の服をめくると、指でそっと痛むところを探しはじめた。つぼを探すマッサージ師そのものの手つきである。こうなるとコージもセルティ先生も驚きつつ魔神の様子を見つめているしかない。

「うっ、その辺…そこそこ」
「ここかっ?やっぱりひねってるな。じゃ、一本打つか」

 つぼらしきものを見つけたみぎては、なんとすばやく手にしていた羽根をそこへと突き刺したのである。

「ひいいっ!」
「うわっ!みぎてっ!」

 驚いてコージたちはみぎてを止めようとしたがもう遅かった。羽根は背中の筋のところにふかぶかと刺さったと思うと、そのままパッと光をあげて燃えはじめる。激痛が腰から一瞬爆発したらしく、ロスマルク先生は悲鳴をあげた…が、羽根が燃え尽きると同時にきょとんとした顔になった。

「おっ、おおっ!痛みが引いた…」
「えっ!先生…マジですか?」
「ちょっとロスマルク先生!本当?うそみたい!」

 コージもセルティ先生もびっくりである。いや、一番びっくりしているのは当のロスマルク先生に違いない。目を白黒させながらも、最初は恐る恐る…そしてすぐに元気に(ゆっくりとだが)ベッドから身を起こしたのである。

「いや、まさかこんなによくなるとは…みぎてくん、こりゃ参った!」
「へへへっ、特別サービスだぜっ。内緒なっ」
「みぎてが針とかできるとは思わなかった…」
「んなもん当然だぜコージ。俺さま拳法やってるんだから、つぼの一つや二つ知っててあたりまえだろ?」

 言われてみればそうである。「魔神流(?)」拳法を毎日一生懸命やっているみぎてがつぼ治療とか脱臼の手当てとかができないわけはない。もちろん接骨医の資格があるわけではないので、あんまり本格的な治療をするというわけにはいかないのだろうが、応急処置くらいならば完璧であってもあたりまえのことだろう。
 あまりに劇的でインチキくさいほどの効果に驚きあきれるコージとセルティ先生に対して、ロスマルク先生はもううれしいやらなにやら、ベッドから立ち上がるとみぎてに賛辞の嵐である。

「いやこりゃすばらしい!これでみぎてくん店が開けるよ!驚いた!」
「わはははっ、そんなに喜んでもらえると俺さまうれしいや」
「ロスマルク先生、あんまりみぎておだてまくると調子に乗っちゃうけど…」
「いや何を言うのかねコージ君!あの腰痛の痛みは当の本人にしかわからんのだよ!感謝感激雨あられというか、もうなんというか…」

 うれしさのあまりぺこぺこお礼をするロスマルク先生だったが、あまりにお辞儀をしすぎてせっかく引いた腰痛がまた少しだけ出てきたらしい。やはりまだ無理は禁物なのである。

「あっ…またちょっと」
「せんせ、まだあまり無理すんなって。応急処置なんだから…」

 三人はロスマルク先生をまたそっとベッドに座らせる。やっぱりもう少しよくなるまでは時間がかかるかもしれない。少なくともコルセットなり温湿布なりでじっくり治療しなければ完全には直らないだろう。いや、むしろ温泉とかそういうところに行くほうがいいかもしれない。そう…こういう時には昔から温泉治療が一番と相場が決まっている。

 そんなロスマルク先生の様子を見て、セルティ先生は意を決したように言ったのだった。

「ちょっと思いついたんだけど。今度の三連休、みんなで近場の温泉っていうのはどうかしら?ロスマルク先生の腰の治療をかねて…」
「ええっ?おんせん?なんだかすごく年寄りくさいんですけど…」
「あ、俺さま行きたい!温泉結構好き!」
「腰痛が治るなら温泉だろうが何だろうがいいですな。そうしましょう」

 コージ一人が困惑の表情を浮かべていたが、残りの三人の意見はあっという間に一致である。まあ今回の場合ロスマルク先生の腰痛という非常に深刻な問題が絡んでいるのだからやむをえないかもしれない。

 こう言うわけでセルティ教授の講座は臨時の講座旅行「近場の温泉ツアー」を決行することになってしまったのだった。もちろんこのツアーが毎度恒例の「予想外の展開」になってしまうのは…この時点では誰も予想していなかったのは言うまでもない。

2.「祭神…てんのそうらいめい?」

 近場の温泉宿といっても、コージたちの住んでいるバビロンの町から行くとなると最低一泊旅行になる。温泉というものはそもそも火山のそばにあるものなのだが、あいにくバビロン周辺には火山がないのである。空路で南の海にあるザイオス島に行くというのも手なのだが、真夏の海水浴シーズンならともかくこの季節になるとちょっとつまらない。せっかくだから遅めの紅葉か早い雪景色くらいは見たいものである。

「う~ん、ここなんかどうです?温泉宿が十二件あって、温泉手形でどこでも入れるって」
「あ、そこいいな。せっかく行くんだからいろいろ入れるって俺さまうれしい」
「高い…却下」

 講座では研究もほったらかしで、コージとみぎて、そしてディレルの三人は旅行代理店からもらってきたパンフレットとにらめっ子である。ディレルというのは、これもそろそろレギュラー出演なのでご存知だと思うが、コージやみぎての同級生である。海洋種族のトリトン族で(当然泳ぎはずば抜けてうまい)きれいな金髪の穏やかな青年である。ただ唯一最大の欠点はどうしようもなくお人よしで押しが弱いため万年幹事をやらされてしまうという損な性格であることだった。当然恒例のパターンで今回もセルティ先生から幹事を仰せつかってしまったのである。まあ今回は正式な講座旅行ではなく、休日を利用した気楽な個人旅行なので責任はそれほど重大ではないのだが、それでも幹事は幹事である。それにこの講座の旅行はどうしたことか毎度とんでもない騒ぎになると相場が決まっているため、幹事のディレルにとってはいつも頭が痛い問題なのである。

 さて、いざパンフレットを集めてみると、温泉旅行というのはスキーツアーなどにくらべてどうしても多少値段が高い。幸い季節としては旅行シーズンではないため、夏休みや正月に比べるとかなり安いのだが、その分宿そのものが高級になってしまう。「冬の蟹食べ放題」とか「二名様につきマグロのかぶと焼き一つサービス」とか、とにかくどうしても豪華な夕食と素敵な設備になってしまうのだ。つまりその分宿泊料金が高いのである。

「いくらロスマルク先生が結構出してくれるって言っても高いところは無理。うちは大食らいの魔神が住んでいるから貧乏なんだ」
「ううっ、コージすぐそう言う~」
「わはは、まあみぎてくんは人三倍くらいは食べますからねぇ…」

 腕を組んで厳しく宣言するコージにみぎては情けない顔になる。たしかにコージとみぎての二人暮らしというのは決して財政的には楽ではない。とにかくこの魔神といえば体相応にたくさん食べるし、服や消耗品も当然二人分必要になる。いくら多少は大学からバイト代(みぎての強大な精霊力は大学中からひっぱりだこである)が出るといっても、贅沢ができる会計事情ではないのである。
 しかし幸いなことに今回の旅行は、先日の腰痛騒ぎで、みぎての「よく効く針治療」に感動したロスマルク先生が、お礼ということでかなり援助してくれるということになった。というかロスマルク先生はみぎて抜きで旅行にゆくのは(万一旅行先でまた腰痛が再発したらと考えると)不安なのである。たしかに先日のあの悲惨な状態を見れば、ロスマルク先生ならずとも遠出が不安になるのはあたりまえであろう。

 とにかくそういうことで、今回は予算的にはいつものような貧乏旅行にする必要はないのだが…もちろん「豪華絢爛ショータイム&コンパニオンつき」や「自宅まで送迎バスでお出迎えの宿」などは端からまったく無理である。
 何枚ものパンフレットを吟味して最後にディレルが指差したのは、あまり大きくない観光会社のツアーだった。「晩秋の秘湯・地獄谷温泉二泊三日」というものである。値段も格安で申し分ない。

「地獄谷温泉?なんだかすっげぇ名前の温泉だなぁ」
「みぎての実家だったりして。魔界にありそうな名前じゃん」
「んなことねぇって~、コージ俺さまの実家行ったことあるだろ?」

 たしかに名前だけ聞けばずいぶんすごそうである。おそらく湯煙がすごくて地獄の釜のように見えるとか、いたるところに硫黄が析出していて見事な奇観であるとか、そういう温泉なのだろう。もっともみぎてに連れられて本物の炎の魔界に行ったことがあるコージであるから、これが本当に地獄ツアーであってもなんて言うこともないような気がしてしまう。
 異論がなさそうな二人の様子を見て、ディレルはパンフレットに赤ペンで丸印をつけた。

「じゃあここ業者に聞いてみますよ。ところで…」
「なんだ?ディレル」
氷沙ヒサちゃんに声かけません?氷沙ちゃんの住んでるホワイトバレー・スキー場から近いみたいですから。」

 氷沙ちゃんというのはみぎて達の友人で、これまた本物の雪の精霊族、つまり雪女である。ちょくちょく手紙をやり取りしたり、スキーシーズンになると遊びに行ったりする間柄なのである。

「氷沙ちゃん、温泉みたいなところ好きかなぁ。なんだか溶けちゃいそうで不安が…」
「それ言うとみぎてくんだって危ないはずなんですけどねぇ…温泉といっても水に入るわけなんですから」
「冷たい水じゃないから俺さまは平気だぜ。っていうか俺さま温泉大好き!」

 たしかに雪の精霊が温泉に入ったら、熱で溶けてしまいそうな気もする。しかしそれを言いだすと、炎の魔神族のみぎてはなぜお風呂に入って平気なのかという謎が出てくる。前に海水浴に行ったときは、みぎては水泳となるとまったく出来なかったが宿の温泉は楽しそうに入っていたのである。いや、普段の生活でもこの炎の魔神は(熱い風呂が好きだが)毎日気持ちよさそうにお風呂に入るのだから不思議なものである。

「意外と好きかもしれませんよ。っていうか氷沙ちゃんみたいな和風美人が温泉宿でっていうの、すごく似合うかななんて…」
「ディレル…いけない想像してないか?」
「あ、俺さまにもわかった!わははは~、ディレルなぁ」
「えっ?い、いや、そんなことないですよ!浴衣がいいなーって、ね!」

 コージとみぎての突っ込みにあわてて否定するディレルだが、これはどうやら湯舟につかっている氷沙のうなじなどという、温泉宿のパンフレットのような色っぽい光景を想像していることは明らかである。二人にげらげら笑われたディレルはパンフレットをつかみ、ツアーの予約をするということで(赤面しながら)部屋を飛び出していったのである。

*       *       *

 ということで、あっという間に温泉旅行の当日がやってきた。まあもともと企画自体が突発だったので、いつもの旅行に比べて準備期間はずっと短い。平日はいろいろいそがしいので、気がつけば当日というありさまである。とはいいながらもみんな着替えや貴重品の他に、ちゃんとバスの中で食べるお菓子やらビールやらを準備してきている。特に「万年幹事」がすっかり板についてしまったディレルなどは、段ボール箱に全員分のドリンクやら救急薬やらを詰め込んでの登場だった。

「ディレル、毎度大変だなぁ…」
「まあいつものことなんで、いいかげん慣れましたよ。あ、みぎてくん箱持ってくれます?」
「いいぜっ、ほいっ」

 ドリンクは重い。とにかくビールやら焼酎やら(みぎてはビールがだめである)水ばかりなのだから軽いはずはない。魔神族のみぎてだからこそ片手で持てるが、コージやディレルでは両手で何とか持てるほどの重さである。それにお菓子やおつまみまでたっぷりである。

「あれっ、これなんだ?お土産みたいだけどさ」
「氷沙ちゃんへのお土産ですよ。手ぶらってわけには行かないでしょ?あ、こっちは和菓子ですよ。今回女性陣が多いですから、ちょっとおいしい和菓子準備しないと…ロスマルク先生も渋好みですし」
「わ、和菓子かよぉ…」
「みぎて、これ絶対ディレルが好きなんだって。良く覚えとけよ」
「おう、間違いねぇな」

 今回の参加者は結局教員二名と学生四人、つまりセルティ先生、ロスマルク先生、万年幹事ディレル、コージとみぎて(+ご存知ペットの「目玉」)、そして例のこれまたセルティ講座の名物学生、「発明女」ボリーニ・ファレンスである。

「えーっ、なんでおまえがいるんだよ!温泉なんて馬鹿にしてたじゃん」
「うっさいわねコージ、新しい発明のためのアイデアを練るためには、あたしだって休養が必要なのよ!」

 驚くコージにポリーニは猛然とやり返す。実はコージとボリーニは幼なじみなもので、お互い遠慮がまったくない。というか互いに子供のころの格好悪い話や失敗談を知り尽くしているのだから遠慮のしようがないのである。だからこんなセリフもいつものことである。
 実際、ボリーニの性格はマニアックな上に飾り気も素っ気もない。大きなまんまるのめがねに服装といえば普段は洗いざらしの白衣の下にTシャツやらジーンズやら、とにかく廉価な量販店で買ってきたような服だし、化粧をしている姿などついぞ(コージやみぎては)お目にかかったことはない。
 まあしかし、彼女のお洒落っ気なしはコージやみぎてにとって困る話ではない。いや、あれさえなければ彼女はコージ達にとって一番仲の良い友人の一人と言ってもいい。そう…「発明」さえなければである。
 ポリーニの研究テーマは新規魔法技術製品の開発…つまり発明である。そしてこの発明品が、毎度毎度コージたちを困らせる最大の難問だった。

 もちろんコージだってみぎてだって、現代の高度な魔法文明は、過去の無数の技術者たちの知恵と努力の賜物、発明品だということくらいわかっている。魔法機関のおかげでバスや飛行機があるのだし、電話だってテレビだって発明家の努力の結晶である。そういう意味では、そんな発明家を志すポリーニは立派だというのは間違いない。
 が、コージやみぎてにとって、ポリーニの研究が災厄と化しているのは、その実験に巻き込まれるからである。はっきり言うと、試作品の実験に駆り出されるからなのだ。まあ幸いポリーニの実験は火を吹いたり爆発することはまずない(お隣の講座のシュリのやばい発明品よりははるかに安全である)が、ファッションセンスの方は明らかにコスプレなので辛い。いや、確実に赤っ恥まっしぐらである。無駄にフリルがついた耐熱服とか、何故かサクランボ柄の防毒マスクのようなものが、コージたちを追いかけてくるのだ。
 かと言って理系の学部たるバビロン大学魔法工学部で、数少ない女子のお願いを断るのは不可能である。社会(ただしバビロン大)のマナーとして、そんなことが許されるはずはない。特に弱いのがみぎてで、「天下の魔神がびびらないてよ!」なんて言われてしまうと、この魔神はもう全面降伏するしかない。まあもっともコージの見るところ、みぎての場合は相手がポリーニじゃなくても、とにかく女子に弱いのは間違いないような気もするが…
 ともかくコージ達にとってポリーニの発明品は人間界の恐怖と同義語と言ってもいいのである。

 そういうわけで、「恐怖の発明女」ポリーニの意外な参加に、コージは大いに驚いたものの、賑やかなのは悪いことではない。とにかく彼女の参加で今回のツアーは総勢六人、あと現地で氷沙が加わっての七名だからなかなかの人数である。しかしこれだけ突発の旅行をちゃんと手配した上にいろいろな準備までしてくるというところが、ディレルがいかに幹事慣れしてしまったかという見事な証拠だろう。万一ディレルが幹事をやめればはたしてこの講座の旅行は成り立つのか、大いに疑問である。

「でもまさかこの目玉を連れてくるとは思わなかったわよ、コージくん」
「だってやっぱり放っておいたらかわいそうだろ?ペットホテル高いしさ」

 みぎての肩にちょこんと乗っている大きな一つ目の蛸を見て、セルティ先生は首をかしげながらコージに言った。謎の怪生物「メルディスの目玉」である。暗黒精霊の一種なのだが、ひょんなことからコージ達になついてペットの座におさまってしまったのである。どうみても触手のある目玉としかいいようがないので、ペットとしては明らかにゲテモノなのだが、慣れれば結構かわいい。ちょくちょくコージ達が講座に連れてくるので、セルティ先生も良くしってはいるのだが…問題はこういう温泉旅行となると、連れてきてもよいのかどうかはちょっと疑問である。

「目玉くんなんて温泉なんて入れるのかしら」
「こいつ家ではお風呂大好きだぜ。背中も流すのうまいしさ」
「みぎてくん、そういう問題じゃないんですけどね…」

 ペットといっしょに温泉に入るとなると、いくらなんでも他のお客さんが怒るに決まっている。いくら背中を流すのがうまいとか言ってもそういう問題ではない。
 しかしとにかくこういう具合で、一行はわいわいがやがやとバスに乗り込み、楽しい(?)温泉旅行へと出発したのである。

*       *       *

 バスの中でも一行は非常に騒がしい。たかだか(この時点では)六人なので、他のお客といっしょのバスなのだが、それで遠慮をするようなおとなしい一行ではない。実は他の客はといえば、老夫婦でなければおばさん軍団とかOLグループだったのである。

「まあ大きな赤鬼さんだねぇ、みかん食べる?」
「赤鬼って…赤鬼って俺さま?あ、みかん食う食う、もくもぐ」
「キャーッ、この目玉かわいいっ!」
「えっ?ボリーニさんって化粧品も自分で作ってるの?すっごーい!」
「あら化粧水なら簡単よ!教えてあげるわ!」
「えっ!ボリーニ化粧してるの?信じられないぞ」
「あたりまえじゃないの!有害な魔法化学物質から女性のデリケートなお肌を守るためには絶対必要なのよ!」

 気がつけば一同は他のお客といっしょになって騒いでいるのである。バスのあちこちでいろんな話題が花開く。おばさん軍団はみぎてやコージにお嫁さんを紹介しようかと言いだすし(みぎてのことを良くいる鬼族…赤鬼さんだと思っているらしい)、ボリーニやセルティ先生はOLと化粧品の話やグルメの話で盛りあがっている。前のほうのロスマルク先生のところではビールを片手におじさんたちが集まってカメラの話題やら孫の話題やら、まあ良くぞこれだけ雑多な集団が雑多な話題を繰り広げると思うほどである。

「ちょっと~、ディレルくん、ビールがもうないわ!」
「えっ、ええっ!一ケースもう飲んじゃったんですか?あっ、他のグループの人にも分けちゃったんだ…」
「あー、みんなでいただいてます~」

 なんと哀れなことに幹事のディレルは、途中のドライブインでバスを止めてもらってバスガイドさんといっしょに追加のビールやお酒を買ってこなければならないという羽目に陥ってしまった。人数分はたっぷり用意したのだが、調子に乗ったセルティ先生やボリーニが他のツアー客にまで飲ませてしまったのである。これではいくらなんでも足りるはずはない。

「なぜ僕がよそのツアーの人のお酒まで買ってこなきゃならなくなっちゃうんでしょう…」
「こんな大変なツアーは私も初めてです…いつもこの調子なんですか?お客さんのところって…」
「いつもじゃないけど…いつもかも」

 バスガイドさんはディレルに同情してなぐさめる。いろいろなツアーを見知っているガイドさんにしても、いきなりここまで盛りあがるツアーというのは初めてなのであろう。というかこの時点でこの状況では、あとが想像するだけで恐ろしい。
 そうこうしているうちにバスは山道に入る。左右は切り立った山である。晩秋ということで山の上のほうはもうほとんど冬模様、道の際の木々だけが赤や黄色に紅葉している。向こうのほうでは温泉の湯煙のような白い湯気があがっているのがわかる…が、わいわい騒いでいる一同だから途中の道や景色などまるで見ていない。
 そういうことであっという間に彼らは目的地「秘湯・地獄谷温泉」についてしまったのである。

*       *       *

 地獄谷温泉郷は、温泉街としてみるとそれほど大きいほうではないようだった。通りの左右に昔風の温泉旅館や定番のみやげ物屋が並んでいるのだが、ものの十分もあるけばおしまいである。せいぜい二、三十件といったところだろう。ただ、通りの側溝やら岩肌のここかしこから白い湯煙が吹き出している。

「うわっ、卵のくさったやつのにおいだ。すっげーな」
「硫化水素のにおいね。温泉に来たって感じがするわねぇ」
「なんとなくこのにおいだけで腰痛に効きそうな気がしてきますな」
「においだけでいいなら実験室でいつだって作れるじゃないのよ、ロスマルク先生」

 一同は通りを歩きながら馬鹿話に興じている。腰痛治療という重要な目的があるロスマルク先生は既にやる気満々、すぐにでも旅館の温泉に飛び込みたいという表情だった。放っておくとずっとお風呂に入りたいといいそうな雰囲気である。

「先生、あんまり風呂に長く入ると湯あたりしちゃうから、気をつけないと…」
「おお、それは気をつける。うむ」

 心配になったディレルに(こういうところまで気をまわしてしまうところがディレルの人の良いところなのだが)そういうわれて、やっとロスマルク先生は多少落ち着いたようだった。今回の温泉治療に期待をかけるのは判るのだが、湯あたりでダウンされるとそれはそれで(特に幹事ディレルにとっては)大変困る。
 通りを歩いている観光客はといえば、やはりさっきのバスの中と同じで老夫婦・おばちゃん・休暇のOLという三本柱である。どう考えても学生が温泉旅行を好むとは思いがたいし、ましてやここ地獄谷温泉は渋いを通り越してひなびすぎている。まあこれが本当の湯治場だったらこんなものでは済まないのだろうが…比較が悪すぎる気もする。
 しかしそれでも、いやそれだからこそ一行はものめずらしさで右や左のお土産屋やら昔風の建物やらをのぞきこんでは騒ぎまくるわけである。特に歩く騒動を地で行っているみぎては大変である。いや、みぎての場合は興味が食い物に極端に寄っている気もする。

「なあなあコージ、あれうまそうだよな。温泉まんじゅうって書いてあるぜ」
「バスの中であんだけお菓子食べてたじゃん…」
「だって食ったことねぇもの珍しいじゃねぇか。えっ、『おやき』ってなんだ?うーん、中に漬物がはいってるってさ。どんな味なんだろ…」
「はいはい、帰りにお土産で買えって。氷沙ちゃんが待ってるんだから、今は我慢するの」

 こんな調子である。たしかにコージの言う通り、ここで合流する氷沙をあまり長く待たすわけにはいかない。さっさと待ち合わせの「地獄谷神社」に行かなければならない。そういうことで一同は(コージとディレルにせかされて)、温泉街から少し外れたところにある神社へと向かったのである。

 彼らが神社の通りに入ると、すぐ視界に一人の和服の少女が飛び込んできた。鳥居の前で立っているのである。間違いなく氷沙だった。

「おうっ!氷沙ちゃん!待ったか?」
「あっ!みぎてさま、コージさま!」

 みぎて達が手を振ると氷沙はうれしそうに微笑んでこっちへ歩いてきた。相変わらずのかわいらしい和服姿である。銀糸のような美しくも長い髪が日にきらめいているのが印象的だった。

「温泉地に似合いすぎてるわ、氷沙ちゃん。広告に出れるわよ」
「そんな、恥ずかしいですわ。」

 ちゃかすセルティ先生に氷沙はちょっと頬を赤らめて笑う。しかし実際セルティ先生だけでなくコージ達も、彼女があんまり温泉街に似合っているので目を丸くしているのである。というかこの温泉街は実は氷沙のために作ったセットではないかと思うほどだった。

 さてやっとメンバーが全員そろったところで、お約束だが神社の鳥居の前で彼らは記念写真を撮影して(当然並び方でもめるのもお約束である)、それからちょっとその「地獄谷神社」とやらにお参りすることにした。一応パンフレットに載っている神社であるから観光名所なのである。もっともパンフレットではずいぶん立派そうな写真が載っているのだが、実際にはかなり小さなお社という感じの神社だった。鳥居もずいぶん古い木のものである。もともと朱塗りだったのだろうが、今はすっかりはげて木が剥き出しになっている。もっともこの町のように湯煙だらけの硫黄だらけでは、石ででも作らない限りすぐ何でもぼろぼろになってしまいそうな気もする。

「ずいぶん古い神社なのかな?ここ…」
「うーん、どうだろ。でも結界は生きてるぜ、コージ。俺さまけっこう圧力感じるし。」
「ってことはみぎて、おまえ今、結界を堂々踏み破ってるんかい」

 みぎては魔神族であるから、こういう神社仏閣側から見ると「邪神」…とまでは言わないが、少なくとも異教の神霊である。結界が作動するのも無理はない。しかしそんなことなどまったくおかまいなく堂々鳥居をくぐって中に突入なのであるから、実はかなり乱暴な話なのである。

「んなこと言っても別に殴りこみに来たわけじゃねぇんだし、地元の精霊に挨拶くらいしとくのが礼儀だろ?」
「うーん、なんだかやくざの挨拶みたいな発言じゃん…」

 あきれるコージだが、いまさらどうにもなるものでもない。とにかくこちら側には敵意もなにもないし、お賽銭の少しも献上する気はあるのだから文句を言われるすじあいはないと腹をくくるしかない話である。

 神社の境内には中央に小さな本殿、手前に手を清めるための水盤、そして左側には神社の来歴を記した木製の看板がおかれている。参道の左右には小さなのぼりがずらりと並んでいるが、これだけが真新しい。おそらくお祭りか何かのときに新たに奉納されたものなのだろう。

「えーっと、地獄谷神社、祭神…てんのそうらいめい?」
「みぎて、無知丸だしだから音読しない」

 来歴の看板をそのまま音読したみぎてにコージは苦笑しながら突っ込んだ。「天乃蒼雷命」という字であるが、これは古語である。そのまま読んでは大恥さらしになってしまう。天照大神(あまてらすおおみかみ)や日本武尊(やまとたけるのみこと)を「てんてるだいじん」「にっぽんぶそん」と読むようなものである。

「『あまのそうらいのみこと』かしら?雷神みたいね。」
「それっぽいですねぇ…しかしなんだか後ろの話は昔話風ですね」

 来歴には祭神名だけでなく、当然神社の伝説などもかかれている。セルティ先生がみぎての代わりに音読し始める。面白いことにその内容は昔話というか童話風だった。かいつまんで書くとこんな話である。
 「昔、山道を歩いていたきこりのおじいさんが、道端で倒れている青鬼を見つけた。どうも空腹で天から落ちてきたらしい。哀れに思ったおじいさんは、山でさっき見つけたばかりの大きな桃を青鬼に食べさせた。人心地ついた青鬼はお礼におじいさんのために長寿に良く効く泉の場所を教えた。その泉こそがここ地獄谷温泉である。それ以来青鬼のことを地獄谷温泉の神社に祭るようになった」

「なんだか結構どじな神様みたいだな、空腹で落ちてくるっていうのが。まるでみぎてみたいだ」
「ひでぇなぁ、俺さまだったら桃一つじゃ足りぇねぜ」
「それかなり意味間違えてますよ、みぎてくん。でもなるほど供え物、桃の缶詰ばっかりですね」
「くすくすっ、でもなんだかすごく親しみやすい神様ですわ」

 一通り説明文を読み終えての感想はこれである。いやもうみんな勝手なもので、ドジだなんだとめちゃくちゃな言い草だった。神社の境内でこれであるから、当の神様が聞いたら怒ってしまいそうな気がする。

 ところがそのときだった。突然彼らの後ろで古びた木の扉が開くような音がしたのである。そして同時に、それこそかんかんに怒ったような怒鳴り声が彼らの耳に飛び込んできたのである。

「いいかげんにしろっ!さっきから黙って聞いていればめちゃくちゃなことばかりいいやがって!」

 一同はびっくり仰天して声のほうを振り向いた。奇妙なことにさっきは開いていなかったはずの神社の本殿のよろい戸が、今は内側から開かれている。そしてその中に変な服を着た青い髪の青年が、それこそ怒髪天を衝くという表情で彼らのことをにらみつけていたのである。

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