見出し画像

炎の魔神みぎてくん POWER LIVE ④「できる!ロックはハートだっ!」

4.「できる!ロックはハートだっ!」

 さて、そんなことでいきなりバンドを組んで学園祭参加ということになったコージたちは、翌日から大学の研究室に集まって緊急の練習会を開始することになった。まあ学位論文提出が終わった直後ということで、講座のほうもとりあえずは何も用事は無い。もちろん細かいことを言えばいろいろ問題があるのだが、今回はポリーニの研究発表という側面もあるので、その点は無視である。
 しかし実際に楽器をそろえてみると、これがまた頭が痛くなる話だった。ディレルが小型の竪琴、コージがリュート(しばらく使っていないうえに、押入れにしまっていたので調律が大変だった)、みぎてがゴミ箱パーカッション(といっても現時点ではただのゴミ箱)、ポリーニが現代風のキーボードという取り合わせである。竪琴とリュートはやたらに昔風の楽器だし、パーカッションは無意味にラテンの香り、キーボードは当然電子楽器である。これを組み合わせていったいどんな楽曲を演奏すればいいのか、コージやディレルでなくてもまったく想像がつかない話だった。

「うーん、普通に考えるとやっぱり『バロック』とかの中世音楽なんですけどねぇ…」
「バロックかぁ。まあそうだよなぁ…」

 ハープといいリュートといい、このたぐいの曲向けの楽譜はやはりバロックかそれ以前の時代の作品が多い。まあ流行した時代がそんな大昔なのだから当たり前である。それに音色から言ってもいまどきのロックとかそういうものを演奏する楽器ではない。実際練習曲としてディレルやコージが持ってきた楽譜も、そんな時代の作品ということだった。
 しかし問題はこういう大昔の作品にはまず「ドラム」というものは使われていないのである。というより現代風の音楽とクラシック風の楽曲の違いは、指揮者がいなくてドラムスによるビートがあるというものだろうから、みぎてのゴミ箱ドラムを使おうとすると、バロック音楽などまったくダメということになる。それになによりポリーニが面白くないようだった。

「そんな古臭いカビの生えたような曲いやよ。キーボードに似合わないじゃない」
「ええっ?キーボードなら音色、ハープシコードだろうがオルガンだろうが自由に出るじゃないですか」
「だめよだめ。受けが悪いわ。ヒット曲がいいわよ」

 よく考えてみるといまどきのキーボードは、要するにシンセサイザーなのだからクラシックな楽器の音色だって自由に出すことができる。特にバロックな鍵盤楽器であるハープシコードやオルガンなどは得意なはずなのである。が、どうも彼女はそういう古典音楽はやりたくないらしい。

「…ほんとはアニソンがいいんだろ?ポリーニの場合…」
「いいわよ。それ燃えるし」
「…」

 コージの突っ込みをあっさりとポリーニは肯定する。が、それにおいそれと同意できないのは言うまでも無い。アニメソング自体はディレルにせよコージにせよ別に嫌いではないのだが、それを古楽器+パーカッションで演奏するというのはちょっと何である。というよりまったくどんな状態になるのか想像がつかない。

「じゃ、じゃあポリーニ、なんか適当な楽譜選んでくださいよ。アニソンでいいから…」

 あきらめたようにディレルは彼女に言った。実際この手のものは演奏してみないと「聞けるものなのか」わからないからである。もし「とりあえず聞けそう」ならあきらめてアニソンにするしかない。これは彼女の「発明品発表会」なのである。

「わかったわ。今からちょっと楽器屋いって見てくる。二時間くらいで戻るから…」
「あ、じゃあ俺達も行く。みぎての楽器の問題もあるし…」

というわけで、序盤から脳がとろけそうになる問題を抱えながら(元気一杯のポリーニはコージたちから見ると最初から脳がとろけているとしか思えない)、彼らはいきなりバビロンの中心街へと出かけることにしたのである。

*     *     *

 バビロンのすごろく大通りにある有名楽器店「ミュージックサプライズ」にたどり着いた彼らだが、話はそれほど進展するわけではなかった。たしかにここ「ミュージックサプライズ」は大きい。ビル丸ごとがCDやらビデオやら、楽器売り場やら何やらが一杯という立派なものである。楽器フロアーに入ってみると、それこそ一面にキーボードやらエレキギターやらベースやらドラムセット、クラシック楽器ならバイオリンからフルート、リコーダーや木琴までずらりとそろっている。当然楽譜コーナーにもいろいろあると思っていたのだが…思ったよりも少ないのである。
 いや、正確に言うと少ないのではない。クラシックならそれなりにある。というよりやたらピアノ曲が多いのである。楽譜の過半数はピアノ用といってもいい。ピアノ曲、ブラスバンド用のスコアー、オーケストラのスコアーという順である。もちろんバンドスコアーとかもあるにはあるのだが、数はがっかりするほど少ない。ましてやアニメソングにいたっては、学校で子供に演奏するオルガン&ピアノ用のスコアーが少々ある程度で、バンド用のスコアーなどあるわけも無い。

「…よく考えるとちゃんとバンドやってる人って、楽譜自分で書くんじゃないですか?」
「耳で聞いて覚えるのかもしれない…」

 コージにせよディレルにせよ、もっている楽器がクラシック(というより完全に古代の楽器)というせいで、楽譜が無い状態というのは結構ショックである。が、たしかにうわさで聞く「デモテープ」をつくってみんなに聞かせる、というパターンを考えると、きちんとした楽譜が無いのが当たり前なのかもしれない。

「…ポリーニ、どうします?」
「ちょっと黙ってて!今探しているんだから」
「…あるのかなぁ…」

 ポリーニはじろりとディレルをにらむと、鬼気迫る形相で楽譜を探す。どうも彼女はアニメソングにこだわりがあるようで、どうにかして実用に耐える楽譜を探したいらしい。
 コージは肩をすくめてディレルとみぎてに言った。

「俺達はみぎての楽器でも探すか」
「…まあそうですね。ここはポリーニに任せますか」
「俺さま楽譜どーせ読めないし、それがいいや」

 というわけで三人はポリーニを楽譜コーナーに残し、隣の楽器コーナーに向かったのである。ところが…

 これまた当然のことなのだが、目の前の楽器の山をいくら探しても、魔界のドラムなど存在するはずは無い。とりあえず管楽器や弦楽器は論外として、パーカッション系のコーナーをうろうろするが、まったくそれっぽくないのである。そもそもコージの記憶が正しいとすると、おそらく魔界のドラムは砂漠地方の「トーキングドラム」というやつに近い。つづみをやや長く大きくしたものである。が、ここにあるそれに近いパーカッションは、ラテン楽器のボンゴかコンガらしいものだった。まあボンゴがあるだけましという気がするのだが、結局かなり形も音も違う。それになにより問題は値段がとても出せる額ではない。こんなのを買おうものなら一月は二人とも飯抜きになってしまう。まあはじめから一回こっきりのイベントなので、値段を見てからレンタルするというつもりだったのだが(この店にはレンタル楽器サービスというのもあるのである)…いずれにせよこれではとても準備できそうに無い。
 みぎてもどうやら最初からあまり期待していなかったらしく、一通りコーナーを眺めて首を横に振った。

「ダメだぜコージ。やっぱゴミ箱でいい」
「…うーん」

 ゴミ箱をひっくり返して打楽器、というのはそれはそれでインパクトはあるのだが、さすがのコージもちょっと悪いかな、という気がしてしまう。コージやディレルがきちんとした楽器を使うのに、というわけである。それにカラオケボックスのような小さな部屋ならともかく、舞台の上でゴミ箱では音量の問題も大きい。反響しないので音が小さすぎるのである。そう考えるとなんとか似た楽器をレンタルするなりなんなりして準備したほうがいいのも事実だった。
 ところがみぎては問題ないというように笑って言った。

「あ、この間みたいにゴミ箱そのままじゃやらないぜ。口のところに革を張ってさ、紐で縛って使うんだ」
「え?じゃあ自作するってことですか?大丈夫なの?」
「平気平気。魔界じゃみんな作るぜ。まあ高級品はちゃんと専門の職人が作るんだけどさ、宴会とかで遊ぶときにはたいてい自作」
「そういうものなんだ…」

 どうもこうして話を聞いてみると、みぎての言う「魔界のドラム」の実情は、コージたちが宴会の場で、コップや机を箸でたたいて音頭をとるのと似たようなものなのかもしれない。いや、一応自作という準備はするというのだから、もう少し気合の入ったものだろうが、いずれにせよかなりカジュアルな楽器であるということは間違いなさそうである。

「じゃあここが終わったら、ゴミ箱と革を買いに行きますか?」
「それなら値段もOK。買える。ハンズセンターで手に入るし」
「あ、でもゴミ箱五、六個買うぜ。サイズ違いで…」
「…ディレル、イベント終わったあと二、三個引き取るように。うちにはゴミ箱を六つも置く場所が無い」
「講座のゴミ箱にしてもいいような気がしますけど」

 どうやら音階の関係で、ゴミ箱は複数個必要らしい。が、イベントが終わったあと、ゴミ箱(中身はなし)の山が残るというのもちょっと困る。なにより1Kのコージたちの家にはそんな大量のゴミ箱を設置する場所が無いのである。
 しかしとにかくこれでみぎてのパーカッションの問題もなんとか解決しそうな雰囲気になってきた。あとはポリーニの楽譜選びだけである。もちろんこれが一番の難産になるのは、誰でもすぐ予想がつく話なのだったが…

*     *     *

「こまりましたねぇ。結局スコア見つからないんじゃ、どうしたらいいのかなぁ」

 講座に戻った四人は、頭を抱えていきなりお茶タイムである。もちろん楽器屋さんからは手ぶら、途中で立ち寄ったハンズセンターで大小のゴミ箱(すべて金属製の、ちょうど傘立てに使うようなやつである)と、カバーするための革を手に入れただけである。とりあえずみぎてのパーカッションはこれでなんとかなる(と本人が言っている)のだが、曲のほうは相変わらず決まらない。これではまったく練習どころではない。

「誰か楽譜を起こせる友達とかいないの?知り合いとか…」
「そんなのとっさに見つからないって。それにすぐできるようなものじゃないだろ?」
「そうだよねぇ…カラオケみたいに適当にコードを引いてるだけってわけにはいかないでしょうし」

 一番アニソンに熱心だったポリーニは、コージたちのふがいなさにぶりぶり怒るが、人脈不足は彼女だって同じである。まあしかし考えてみれば、院生で学園祭に出演するとかいうのはどこを探しても彼らだけなのだから、同年代でつてを探そうとしても不可能なのは自明である。
 ところがそんな感じで頭を抱えていたコージたちのところに、いきなり予想外の来客が現れた。蒼雷である。

「おうっ!ポリーニいるか?」
「あっ、蒼雷くん!」
「来てくれたのね!やっぱり頼りになるっ!」

 蒼雷というのは、もうそこそこ何度も出演しているのでご存知の方も多いだろうが、みぎてやコージたちの魔神友達である。居候暮らしのみぎてと違って、普段は温泉町で氏神をやっているという、非常にまともな魔神なのである…が、性格のほうはみぎてといい勝負の単純単細胞なので、いろんな意味でみぎてやコージの仲のいいライバルと言っていい。みぎてとは対照的な長い(背中か腰くらいまで伸びている)ブルーの髪と、アーモンド形の目が印象的な風の魔神族だった。もっともいつものとおり服装のほうは、魔神らしい超エスニック…見えそうできわどい羽衣なのが、街中を歩くには大幅に問題なのだが、今日はそれ以外に背中には黒い袋を背負っている。ぱっと見たところは風神の風袋という感じにも見える。

「突然どうしたんですか?連絡してくれれば迎えに行ったのに」
「いらないいらない。一度くればこんなところ覚えるって」

 驚くディレルやコージに蒼雷は笑って答える。まあ個人宅に行くのではなく、バビロン大学というメジャーな建物へ行くのだから、わざわざ迎えなどいらないというのは当然かもしれない。ともかく突然の珍客にコージたちは大慌てである。楽器がぞろぞろ(一部ブリキのゴミ箱だが)並んでいるこの状況では、蒼雷にお茶を出すスペースも無い。
 ところが蒼雷はぐるりと彼らの楽器を見回すと、妙なことを言った。

「これでバンド組むのかよ!聞いてた話とちょっと違うけど、大丈夫か?」
「えっ?」
「蒼雷、もしかして?」

 ますます驚くコージとディレルの目の前で、蒼雷は背中に背負った黒い袋を下ろす。よくよく見るとどうもそれは風袋などではない。明らかにビニールレザー製の楽器ケースだった。そして袋のチャックを開けると、中から驚いたことにエレキギターが出てきたのである。

「えええっ!」
「蒼雷、エレキ弾けるのか!」
「俺さまかなりショック…」

 三人はあまりに予想外の展開に、またまた仰天である。どう見ても(ファッションセンス的に)西洋音楽など無縁という感じのこの雷神が、まさかロックギターなどを持っているということなど、いくらコージだって想像できなかったからである。まあたしかに髪型などはちょっとなんとかすればあっという間にロックシンガーが務まりそうな感じではあるが、目の前の羽衣とか、妙な鬼瓦風ひざ当てとかを見ている限りはとてもじゃないがそんなイメージはわかない。
 ところが蒼雷は心外そうに言ってくる。

「何言ってんだよ。俺は根っからのヘビメタファンだぜ。毎年村祭りじゃ青年団の連中とコンサートやるし」
「…青年団とコンサートって…ロックの?」
「当たり前。公民館で。『地獄谷温泉振興会バンド』」」
「…ロックバンドとは思えない名前だな。絶対民謡系…」

 自慢げに真っ青なエレキギターを見せびらかす蒼雷に、コージもディレルも笑いをこらえるのに必死である。ギターには確かに「奉納:地獄谷温泉振興会有志」とかちゃんと書いてあるので、たしかに温泉街では蒼雷のギターは有名なのかもしれない。が、やはりなんだか民謡バンドっぽい気がしてしまうのはバンド名が悪いのだろう。公民館でリサイタルというところがさらに悪い。

「ところで…もしかして蒼雷くん、ポリーニに呼ばれてきたの?」
「ああ。学園祭でなんかやるんだろ?女の子に頼まれちゃあ仕方ないからな」
「……デートのついでか」

 どうやらポリーニははじめから(この企画が持ち上がる前から)蒼雷を呼んで学園祭を楽しむつもりだったらしい。実は最近二人は結構急接近しているというのは、コージたちの間では共通見解である。というより結局のところ、ポリーニの強引としか言いようが無い押しに、蒼雷が完全に負けているだけという気もしないでもないのだが…ともかくデートのついでに応援に来てくれたというのである。
 しかし蒼雷の自信満々な返事には、三人ともますます複雑な表情になるしかない。まあ毎年コンサートをやるというほどなのだから、蒼雷のギターは下手ではないのだろうが、今回のメンバーを見ると強烈に不安がよぎる。ハープとリュートと、パーカッションとエレキギターとキーボード…『民族系とロックの融合』といえば格好は良いが、明らかにむちゃくちゃ、寄せ集めもいいところである。一応みぎてのパーカッションが一番両対応という気がするのだが、どっちにせよやばい予感がしなほうがおかしい。というよりますます曲目選びが絶望的になってくる気がする。
 案の定蒼雷は気軽に、一番(この瞬間は)聞いてほしくない質問をした。

「で、なにやるんだ。急いで覚えなきゃいけないし」
「…」

 どうしようという顔でコージもディレルも下を向く。ポリーニにいたっては今まで浮かべていた笑みをそのまま凍りつかせて、まるで百貨店のマネキンのように身動きしなくなる。そのまま三十秒が経過して、ようやくディレルがしぶしぶ事情を告白するはめになった。

「…あんまり急すぎて、まだ決まってないんですよ」
「うげぇ。まじかよ!」
「昨日の夜急に決まったばかり。楽器集めてみたらこれだし…」
「あたしはアニソンがいいと思うんだけど、楽譜みつからないのよ」

 ここまで来てしまうと、もはや隠し事などしている場合ではない。というか、「突然昨夜結成が決まった」から「まだ曲目が決まっていない」まで一連の流れは一切うそはついていない(当然蒼雷も昨夜宴会の後に電話連絡をもらったのだろう)。あとはこれだけの戦力で、なにかいい演題を見つけるしかない。そんなに難しくなくて、こんなとんでもない取り合わせで演奏できる曲目、である。コンサートとして盛り上がるとか格好がいいとか、そういう問題は二の次なのは致し方ない。
 怒涛のごとく問題点が噴出する(といっても曲が決まらないだけなのだが)状況に、蒼雷は悲鳴を上げて裁断を下した。

「あーっ!わかったわかった!お前ら素人なんだから、俺が決める、俺が!ロックに決定!」
「ええっ?ハープでロックですか?できるのかなぁ」
「できる!ロックはハートだっ!スピリットなんだっ!だからリュートだろうがハープだろうができるに決まってる!事実和太鼓や三味線でもやってる!」
「…うわっ、こてこてのロック信者の弁…」
「でも俺様それがいい。賛成。ロックなら盛り上がるしさ」
「みぎてくんも?うーん、まあそうかなぁ」

絵 竜門寺ユカラ

 『ロックは世界』主義の蒼雷の宣言に、コージとディレルは顔を見合わせて困惑する…が、たしかにこうなってしまうと、蒼雷の宣言は悪い話では無い。なによりこのままでは迷うばかりでまったくまとまりそうにないのは明らかだった。バンド素人のコージたちより、一応(温泉バンドといっても)経験豊富な蒼雷に一任したほうがはるかにいいものになる可能性が高いのである。みぎては直感的にそれを悟って、いの一番に賛意を表明したに違いない。というより他にバシッと決まる案が無いのだから反対のしようが無いのだが。
 反対意見が出ない様子を見て、蒼雷はちょっとえらそうに胸を張ると、早速準備を始めた。オーディションである。

「じゃあお前ら、早速何でもいいから弾ける曲ここで弾いてみろって。俺も始めて見る楽器もあるし、音色がわからないからさ。まず『金髪』から」
「『金髪』って相変わらずですねぇ。はいはい」

 『金髪』というのはディレルのことである。蒼雷は最初に会ったときからディレルのことをこう呼ぶのである。無論仲が悪いとかそういうわけではない(というよりかなり相性はいいほうである)ので、ニックネームのようなものである。
 ディレルはいつもの蒼雷節に苦笑しながら、例の亀の甲羅ハープを手に取ると、カラオケボックスで好評(?)だった例の「セイレーンの歌」を歌い始めたのだった。

(⑤へつづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?