見出し画像

炎の魔神みぎてくん 大学案内 ③「まさかわざとじゃないでしょうね!」

3.「まさかわざとじゃないでしょうね!」

 朝になればいつものようにコージたちは学校へ登校である。この作業は既にコージにとっては六年になるので、新たな感動も何もあったものではない。これはおそらく相棒のみぎても同じことなので、毎朝二人は馬鹿な話(昨夜のテレビとか、今朝のニュースとか)をしながら朝飯を食って、それから仲良く出発なのである。雨が降ろうが雪が降ろうがこれは同じである(みぎては雨の日は情けない顔をしているが)。
 もっとも今日の話題は当然昨夜の「マルス少年講座見学」に決まっている。昨夜から見て明後日…つまり明日に彼らの講座に来るというスケジュールである。ということは、部屋を掃除するのは今日しかチャンスが無い。容易に想像できることと思うが、コージたちがマルスの来場に多少抵抗したのは、「研究室がごちゃごちゃに散らかっている」という点も大きい。ディレルは「そのまま」見せるつもりだったのかもしれないが、さすがにちょっと気が引けるような気もする。

「なあコージ、やっぱり今日ちょっと掃除するか?講座」

魔神は困ったような表情になってそんなことを言う。もともと掃除が大きらいなこの単細胞だから、よほどのことである。

「うーん、そうかもなぁ。ちょっとやっつけるか?たまには…」
「だろ?どっちかといえばきれい好きっぽいじゃんか、あいつ」

 みぎての意見にはコージも大いにうなずかざるを得ない。マルスがディレルに性格が似ているならば、あんまりひどい講座部屋の有様ではショックを受けてしまう恐れはある。いや、まあ体育会系の部室などはもっと汚いのも事実なのだが、講座とはしょせん前提条件が違う。
 ということで、二人は講座につくとしかたないという顔をして、最低限度の掃除をし始めたのである。しばらくして登校してきたディレルは、二人が「悔い改めて」掃除をしている様子を見て笑う。

「日ごろのつけがきちゃいましたねぇ」
「えーっ、一応これ、ディレルのお客さんのためなんだぜ」
「あはは、まあそういわれると弱いんですけどね。僕もやらないと」

 いくらディレルの占有スペースがそれなりに整理整頓できているといっても、共用スペースのほうがむちゃくちゃでは同じである。「共用」なのだからディレルだって人数分の一の責任はあるわけで、知らん振りをするわけにはいかないのは当たり前である。まあもちろんそれ以前にこのお人よしのトリトンが大掃除に参加しないということなどありえないのだが。
 三人がどたばたと(どうしてもこのメンバーはどたばたと騒がしい)ごみを片っ端から捨てたり、書類を束ねてファイルに放り込んだり、はたまた出しっぱなしの実験器具を洗ったりしていると、騒ぎを聞きつけて隣の教授室からひょっこりとセルティ先生が顔を出した。

「あらっ、三人ともどういう風の吹き回し?珍しいわね」

 セルティ先生というのは、ここの教授でエルフ族の、それも女性である。エルフ族というものは美貌と相場が決まっているので、当然この先生も美人も美人、学内でも(年齢を無視すれば)ミスコンテストに出れるくらいの美人である。が…理系の大学教授が美人であるというだけで勤まるはずは無い。ご想像のとおり男勝りの性格で、なおかついたいけな学生をおもちゃにしておちょくるのが大好きなのである。とてもじゃないがコージやみぎてでは対抗できない。
 それにエルフ族は人間族より長命なので、この女教授も見てくれよりもずっとおばちゃんである。それであの美貌でグラマーなのだから、これはもはや詐欺というしかない。
 が、それはともかく、この明らかに「きれい好き」とは思えない三人(ディレルはそうでもないのだが)がごそごそと掃除をはじめたのを見て、先生はかなり驚いたらしい。まるで天変地異の予兆かなにかとでもいうような表情でコージたちに聞いた。

「誰か来るの?あ、彼女でしょ、コージ君の?」
「えっ、コージそんな話ぜんぜん聞かねぇよ」
「あははは…」

 コージはあまりに素直なみぎての返答に乾いた笑いをするしかない。ちょっと妖しい言い方だが、今のコージには「みぎて一人で十分」というのが本音である(まあそのあたりはご想像にお任せする)。が、さすがにそれをそのまま言ってしまうと何なので、ここは笑ってごまかすことにする。もちろん単細胞の魔神にはそんなコージの複雑な計算がわかるはずも無いから安心である。ただしセルティ先生のほうはどうだかわからないが(微妙な笑顔がなんだか不吉ではある)…

「先生聞いてないっすか?明日、ディレルの甥っ子さんが来るって…」
「あ、それね。一応ディレル君に聞いたわ。たしかにねぇ…どんな子なの?」
「うーんと、ディレルに似てるぜ」
「…ディレル君に?あら…」

 セルティ先生は研究室を見回しながら困惑の表情を浮かべる。女性が教授職の講座だからといって、部屋が整理整頓されているとか、ちりひとつないとか、そういうことは妄想に過ぎないのだが、だからといって現状は決してほめられる状況ではない。さらに「ディレルに似ている」というみぎての一言は結構きつい。既にお解りのとおり、あのトリトン族の風呂屋の息子は、結構几帳面なというかまじめな性格である。この混沌とした研究室の中で、ディレルの机だけはそれなりに整理整頓されているということを見ても明らかだろう。つまり…
 ディレルに似てまじめで整理好きな(ここは勝手な推定)少年が見学にくるとなると、彼女の品性が疑われてしまうかもしれない…

「…ちょっとまずいわね」
「だろ?せんせもそう思うだろ?」
「あ、みぎて…」

 目が燃えてきたセルティ先生の様子に、コージは危険を悟った。このタイプの人物にありがちなのだが、一度やると決めたら徹底的にやりはじめるのである。コージの「とりあえずあらだけは隠そう」(またの名をいい加減)計画が根本的に揺らぎかねない。最初にも述べたが、彼らはあくまで「最低限度の掃除」のつもりだったのである。が…もはやこうなってしまうと手遅れなのは言うまでも無い。

「決めたわ。片付けるわよ、今日は徹底的に」
「やっぱり…」
「健全な青少年にあんまりひどい部屋を見せるわけには行かないでしょ?さ、はじめるわよ。ゴミ袋持ってきて。」
「…みぎてぇ…」
「…ちょっと俺さま失言したかも…」

 さすがの単細胞魔神も、事態の急変の原因が自分の失言にあるということくらいは重々承知していたようだった。結局その日は丸一日実験も何もしないで大掃除に明け暮れる日となってしまったのは当然の結末だろう。

*       *       *

 もうすっかり日が沈むころになって、ようやく研究室は「まあなんとか見れる」程度にまで整理がついた。といってもごみごみしたものは片っ端から倉庫に放り込み、机の上のものをとりあえずなくしただけのことである。もちろん他の部屋は(教授室だけは別だが)ごちゃごちゃのままなのは言うまでも無い。
 が、それでもなんとかお客を迎えることだけはできそうな状態になった。というよりこれ以上は研究室を引っ越さない限りどうしようもない。もともと手狭すぎるのである。

「もうこれで腹をくくるしかないわね。この人数じゃどうしようもないわ」

 セルティ先生はあきらめたように首を振り、ディレルの入れたコーヒーをすする。秋も終わりのこの時期になると、さすがに冷たいジュースより熱いインスタントコーヒーである。
 実は今日の大掃除は、研究室の主要メンバー全員参加というわけではない。准教授のロスマルク先生は海外出張中だし、昨夜も話題になったポリーニは今日の午後と明日一日、研修会に出かけている。まあロスマルク先生はともかく、ポリーニが大掃除参加となると、それはそれですごい騒ぎ(また変な掃除道具やらの試作品を持ち込んで、みぎてたちを実験台にするとか)になるので、いないほうがよいといえばよいのだが…しかし戦力2/3ではやはりきついわけである。

「ですねぇ…まあ明日はさらっとこの部屋を見せて、あと学校のいろんなところ案内してって感じでいいんじゃないですか?」
「だな、生協とかクラブハウスとかも行った方がいいだろうし…」
「あ、俺さまも一緒に行くぜ。意外と行った事無いところ多いんだよな。他の学部なんて全然だし…」

 大学というところは意外と広い…というか、ここバビロン大学は立派な「総合大学」なので、学部も魔法工学、魔法理学から医学、農学、薬学、文学、経済学とえらい数になる。みぎてでなくても立ち寄ったことの無い学部があるのはおかしくない。通り一遍の案内でも立派なピクニックになるほど広いのである。
 ところがセルティ先生はちょっと首をかしげる。

「まあ学内案内はいいんだけれど、講座で何やってるかとか説明はどうするの?」
「ええっ?うーん…」
「講座紹介ですか…うちの講座だけなら簡単ですけど、他の講座までとなると難しいですよねぇ」
「それもそうかしらねぇ…よその部屋も部屋のひどさは似たようなものだし」

 せっかくの大学見学に講座の紹介をするというのは悪いアイデアではない。が、よその講座までとなるとさすがに無理である。もちろん簡単な説明くらいならできないわけではないのだが、実際によその部屋を見たいとか言い出したら厄介である。確実に大掃除が必要な状況であることは同じだからである。それに…

「それに先生、発明品発表会になりかねないんじゃ…」
「…それがあったわねぇ…」

 コージの指摘にセルティ先生も(顔を引きつらせて)うなずかざるを得ない。ここの講座のポリーニもそうだが、お隣の講座のシュリ講師も負けず劣らずの凶悪な発明マニアであることはご存知のとおりである。講座めぐりなどしようものなら、えらいことになるのは容易に想像がつく。いや、実は他の講座だって妙な発明品こそ出てこないが、代わりにいろんな研究がぞろぞろ並んでいるのだし、そういう意味では実は似たり寄ったりである。やはり講座の紹介は軽く触れる程度がよさそうな気もしてくる。
 が、そんな話題をしているところに、タイミング悪くうわさの相手が現れる。そう、「自認発明女王」ポリーニである。

絵 武器鍛冶帽子

「ちょっと、発明発表会って何?」
「えっ!ポリーニ!」

 どかどかと足音も派手に入ってきたポリーニは、開口一番そんなことを口走った。当然今のコージの言葉を廊下で聞いていたに違いない。「発明」というキーワードには異常に反応が早い彼女である。

「あら、早かったわね。部屋きれいになったでしょ?」

 セルティ先生は苦笑してそう答える。一応指導教官である先生だから、ポリーニの扱いは慣れている。というか同じ女性同士ということもあって、コージやみぎてよりは彼女に同情的なのである。とはいえ「発明発表会」という質問に対してはまったく回答になっていないのは同じである。当然ポリーニは納得できないという表情になるが、さすがに面と向かって先生に文句をいうわけにもいかない。その分フラストレーションがたまってますますすごい顔になる。
 後が怖いと思ったのか、ディレルはあわててとりなすように状況説明をする。

「発表会とかそういうもんじゃないですよ。単に僕の甥が明日講座見学に来るんですよ」
「甥って…じゃあディレル、もうオジサンなの?やだぁ~、傑作じゃん!」
「ええっ、ひどい言い方だなぁ~」

 げらげらと笑うポリーニにディレルは困り顔である…が、実はこれは全員がひそかに思っていたことだから仕方がない。年の離れた兄弟姉妹がいると、どこかで起きるちょっと悲しい秘密である。

「ま、まあともかくそれで大掃除したんですよ。ポリーニは明日も研修ですよねぇ」
「知らなかったわ。残念!せっかく発明品を見せるチャンスなのに…」
「あははは…」
「あははじゃないわよ!まさかわざとじゃないでしょうね!」
「そんなことするわけないじゃないですか。やだなぁ…」

 こうなると力なく笑うしかないディレルである。当然彼女の直感が的中している…つまり「ポリーニの発明品大会にならないように、日程を明日に延期した」などということは、口が避けても言うわけにはいかないのは当然だろう。もちろん責任者のディレルだけでなく、コージやみぎても沈黙を守っている。特にみぎての場合はもともと隠し事が非常に苦手なので、どこからか持ってきたおせんべいを口にほおばって「隠し事をしている」ということが悟られないように必死である。
 ポリーニは不審そうに(特にぼろが出やすいみぎての顔を中心に)彼らを観察していたが、時間の無駄と思ったらしい。もちろんそのままであきらめたわけではない。彼女が発明品発表の機会を見過ごすわけは無いのである。

「こうなったら明日はタクシーで帰ってくるわ。五時には戻れるから待っててね」
「…えっ?」
「なにもそこまで…」

 コージもディレルもびっくり仰天である。せっかく今回は「ポリーニの発表会を封じよう」という目的で、わざわざ見学会を明日に延期したのだから、タクシーまで使って戻ってくるなどということは完全に計算外なのである。が、それを面と向かって言うわけには行かないのは当然なので…この段階でコージたちのひそかな計画はもろくも崩壊することになってしまった。要するにポリーニの「執念」を完全に甘く見ていたということだろう。
 しかしポリーニは男性陣の蒼白な表情などなんら気にせず、さらに恐ろしいことをさらりといった。

「えっとね、今回はみぎてくん、実験助手よろしく」
「バリッ…ま、また俺さま?!」
「『今回は』じゃなくて『今回も』だな」

 魔神は迫りくる危機に顔色を変える。もともと赤茶けた顔なのだが、それでもわかるくらい赤黒くなるところが面白い。口にほおばったおせんべいがぼろぼろと床に落ちるのに気がつかないほどのうろたえぶりなので、傍で見ているほうが笑えてしまうほどである。が、当人はそれどころではない。先にも述べたとおり、ポリーニの発明品(ほとんどの場合衣服である)は、たいていわけのわからない機能がついていて、思いっきり派手で、さらに困ったことに失敗作の確率が高いとくれば、おびえないほうがどうかしている。

「ポリーニ、でもお客さんの前で失敗したらまずくないか?」

 あまりにうろたえる魔神の様子に、さすがに哀れに思ったコージはとりなしを始める…が、そんなことであきらめる彼女ではない。というよりコージの言葉などまったく聴いていないのが恐ろしい。

「ふっふっふ、準備は万端よ。見てらっしゃい」
「ふっふっふって…」
「えっ…一度試しておいたほうが…」

 満身で笑みを浮かべる彼女に、みぎては顔を引きつらせて凍りつく。こうなってしまうと誰も彼女を止められないのは既に何度も体験済みである。せめて本番の明日の前に一度予行演習をして、赤っ恥確率を下げるしかない。
 しかしポリーニはあっさりディレルの助言を却下してしまう。

「ふふふ、それは明日のお・た・の・し・み」
「…」
「…おたのしみ…なのか?」

 観客の前で驚かせるのが発明家の楽しみであるというのは、古今東西まったく同じだろう。しかしいくら女性だといってもいつもひどい目にあっているみぎてにとっては、ポリーニのにんまりとした微笑は、まさしく悪魔の微笑である。魔神は助けを求めるかのように左右を見たのだが…
 コージとディレルの視線は明らかに「あきらめろ。これ以上騒ぎになるよりましだ」と言っていたのである。

(④へつづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?