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炎の魔神みぎてくん グルメチャンネル①「みぎてくん、テレビに出れるわよ」

1.「みぎてくん、テレビに出れるわよ」

 大学の講座というものは、朝に学生と教職員が登校して、それから丸一日の間研究したり、論文を読んだり書いたり、授業に出かけたり、ある意味まったく不規則なサイクルで動いているものである。各人がそれぞれ授業の時間や研究の時間が違っているし、当然いろいろな雑用もある。時間を合わせる必要があるイベント(研究発表の練習会とか、論文輪読会とか)がなかったら、本当に転々ばらばらの生活となるのは自明であろう。
 そういう意味では、コージの通っているバビロン大学魔法工学部セルティ研究室は、ちょっと珍しいといえる。なにせ週に一度は教授・准教授までそろって一緒に昼ごはんを食べるという風習があるからである。全員そろって定食屋に行くこともあれば、ほかほか弁当やコンビニご飯になることもあるのだが、ともかく雑談を交わしながらの昼ごはんは習慣のようなものになってるのだから不思議である。
 もっともセルティ研究室の面々は、ちょっと変わったキャラもいないわけではないが、とにかくかなり仲がよいほうである。教授のセルティ先生や准教授のロスマルク先生は間違いなく面倒見のよいいい先生であるし、同じ講座仲間との関係も最高といってもいい。魔法工学系の大学院生といえば家にいる時間よりも講座にいる時間のほうが長いことが普通なのであるから、家族のように親しくなってしまうのもある程度当たり前なのかもしれないが、それにしても彼の講座はいい雰囲気であるということは間違いない話だろう。だから全員で仲良くお弁当、という光景がちょくちょくあるわけである。まあ今日の場合は弁当ではなく、近くの丼屋の出前である。

「コージ、出前届いたぜっ!晩飯晩飯」
「あ、今行く」

 ちょうどワープロで文章を書いていたコージのところに、野太く威勢のいい青年の声が届いた。本当に聞きなれたいつもの声…研究室仲間であり、下宿の同居人であり、そしてなにより大切なかけがえのない相棒の陽気な声だった。
 部屋の入り口には大柄の…コージから見れば頭一つ高いほどの巨体で筋肉質の青年がニコニコ笑って立っている。プロレスラーかなにかではないかというほどの勇壮な体格に、ちょっと童顔の赤茶けた色をした頭が乗っている。が、なにより珍しいのは髪の毛で、真っ赤…というより本物の炎である。額の辺りには小さな角まで生えているのが明らかに人間族ではない。いや、バビロンに住むいろいろな種族、エルフ族やドワーフ族、海に住むトリトン族などを含めても、彼のように見事な炎の髪を持った種族などそうそういるわけはない。そう、この相棒は炎の魔神族なのである。実際この青年が近くにいるだけで、強い炎の精霊力が熱気となって感じるほどである。普段は邪魔なので隠しているが、実は見事な炎の翼まで持っているのだから、ますますもって正真正銘の炎の大魔神だった。

「ほらほら、コージ、飯さめちゃうぜ。みんな待ってるし」
「わかったわかった。みぎて行くって」

 ずかずかと部屋に入ってきてコージの手を引く炎の魔神に、コージは苦笑して答えた。「みぎて」というのはこの魔神の名である。もちろん本名ではない…フレイムベラリオスという立派な名前がある。が、どういうわけかこの魔神は本名を呼ばれることを恥ずかしがるのである。コージの感覚では「みぎて大魔神『さま』」(略してみぎて)というニックネームのほうがよっぽど間抜けのような気がするのだが、本人の希望だから仕方がない。それにたしかに仰々しいフレイムベラリオスという名よりも、「みぎて」という名のほうがこの愛嬌のある魔神には似合いかもしれないと思うときもある。
 魔神の大きな手に腕をつかまれたとき、コージはすこし熱さを感じた。炎の魔神らしい強いエネルギーがコージに伝わってくるのである。ちなみにどうやら今までの経験上、この魔神の体温は感情の起伏とかなり関係があるらしい。興奮するともっと熱くなるし、落ち込むとほとんど人間並みになってしまう。
 が、さすがに今はそんな観察をしている暇はないようだった。なにせこの魔神は明らかに腹が減っているわけで、晩飯を食べたくてしかたがないだろう。あんまりもたもたしていると、そのままコージを小脇に抱えて教授室へと運んでしまいそうな様子である。というより…もうかなりそのつもりなのがよくわかる。怪力はさすがに魔神族相応で、コージくらいなら片手で抱えてしまえるのである。
 コージは魔神の太い腕につかまる前にあわてて席を立った。さすがにこの歳になって子供のように抱きかかえられてしまうのは(いくら相手が魔神だといっても)あまりに格好が悪いからである。

 コージとこの魔神「みぎて」が知り合ったのは、もう四年近く前になる。スキーに行ったコージが吹雪で遭難しかかって、そんなときに助けてくれたのがこの魔神で、それからこんどはこいつがコージの下宿に転がり込んできて、大学に通えるようにコージが世話をして…そういう顛末を話すと結構な量になるし、それに既に別のところで語られているのでここでは触れないことにする。とにかくそれ以来この魔神はコージにとっては最高の相棒で、同居人で、そしてちょっとした秘密まで共有する仲だった。あの時はまだ大学三年だったコージもいまや院生である。もう三年半…飽きるどころか毎日が新鮮な驚きと笑いの連続という気がする。

 とにかくこの魔神はコージにとっていつもまぶしいくらいに純粋で、そして格好いいとおもう。初めのころは結構いろいろなトラブル…たとえばちょっと街中では目立ちすぎる「魔神そのもののファッション」(上半身裸で、原色の前垂れつき革パンツと重そうな金属製ブーツ姿)や、あと生活習慣の違い…があったものの、あっという間に普通に生活できるようになった。一番心配だった周囲の反応(つまりご近所で『魔神がいる』ということでパニックにならないか)も、予想外に上々である。それというのもみぎては、驚くほど人に好かれやすいのである。一瞬見た目は体のでかさや魔神らしい炎の髪に驚いてしまう人もいるが、人懐っこい笑顔と人の良さであっという間に人気者になってしまう。今ではご近所でも「コージさんところの魔神さん」である。これはもはや才能というか特技としか言いようがない。
 とにかくコージは誰よりもこの魔神のことが好きだし、そしてなによりすばらしいのは、この魔神が同じようにコージのことを最高の相棒だと感じてくれていることだろう。こういうわけで、コージと魔神「みぎて」のちょっと変わった同居生活はもう四年近く続いているのである。

*       *       *

 さて…ほとんど拉致されたように教授室へと赴いたコージを出迎えたのは、意外なことに教授のセルティ先生と、ディレルの二人だけだった。机の上には六人分の丼やら何やらがラップにかかっておかれているのであるから、明らかにまだ登場していない人間がいるのである。

「あれっ?これだけ?」
「ほら、みぎてぇ…あわてることないのに」

 魔神はあまりに期待はずれな展開に、立ちくらみしているかのような情けない表情になる。せっかく急いでコージをつれてきたのに、全員がそろっていないというのはちょっとショックというのもわからないことはない。もっともそれ以前にこの魔神は三度の飯を人生最大の楽しみの一つとして考えているのかもしれないが…

「ロスマルク先生はお手洗いよ。すぐ戻るわ。」

 セルティ先生はあんまり情けないみぎての表情に、くすくす笑いながらそう答える。食事前にきちんと用を足して手をきれいに洗うというのは普通のマナーなので、文句のつけようはない。しかしこの年齢詐称系美貌の女教授にくすくす笑われると、なんだか男性陣としてはショックである。いや、この先生は美女は美女…大学ミスコンに出れるくらいの若く見える美女なのだが、実は長寿のエルフ族なのである。つまり見かけによらず結構なおばさんなので、こういうときの突っ込みは的確である。

「ちぇ~っ、おあずけ状態って俺さまつらいんだよな」
「まあちょっとは待ったほうが食事はおいしいものよ、くすくすっ」

 不満げな魔神をあっさりとなだめてしまうあたりは、さすが百戦錬磨のおばさんである。コージやみぎてなどではかなうはずもない。
 と、言ってるそばから早速ロスマルク先生が現れる。やはり手を洗ってきたのだろう、グレーのハンカチを手にしている。

「おお、ちょっと待たせたかな?すまんすまん」
「あっ!来た来た!さめちまうぜっ!」

 飯が一歩近づいたということで、魔神は思わず歓声を上げて初老の学者を迎える。見かけは絶対セルティ先生よりも年寄りなのだが、ロスマルク先生は普通の人間族なので実は彼女よりも若い(というよりセルティ先生が単なる年齢詐欺なのである)。この温厚そうなおじいさん(といってはまだ失礼なのだろうが)が、昔は一応高校球児だったとはとても信じられないのであるが…
 ともかく一同は楕円形のテーブルの周りに座って、早速出前の晩飯を並べ始めた。今日の出前は中華料理である。天津飯、チャーシューメンとキムチ入りラーメン、レバニラ炒め定食、鶏の甘酢あんかけ定食、八宝菜定食、牛肉とピーマンの細切り炒め定食…ずらりと並ぶとなかなか壮観である。『満漢全席』というと大げさだが、ちょっとした宴会といった雰囲気がある。

「あれっ?ご飯が一個あまるよ」

 届いた出前料理をテーブルに手早く並べていたディレルは首をかしげてそういった。見ると確かにそうである。ご飯つきの定食は四つなのにご飯は五つある。まさか天津飯にご飯がついてくるわけもない。ありえるのはラーメンのほうだろうが…

「あ、それ俺さま。ライス追加」
「やっぱりね」

 あっけらかんと答えるみぎてに一同は納得したように(しかし笑いながら)うなずいた。なにせこの魔神は体格相応によく食べる。決して食が細いというわけではないコージの軽く二、三倍は食べるのだからあきれるばかりである。実際今日の場合もレバニラ炒め定食とラーメン、そして追加のライス一つはみぎての分である。

「毎度思うけど、みぎてくんそれだけよくおなかに入りますよねぇ…」

 ずらりと並んだお皿を見て、ディレルはあきれ返ったように言う。この金髪の青年についてはレギュラー出演なので既にご存知の方も多いだろう。同じ講座の友人でコージやみぎてにとっては(お互いを除いて)一番の親友でもある。やさしげな顔で、多少色白だがなかなか体格もよい。海洋種族のトリトン族なので、当たり前だが水泳は大得意(逆に陸上競技はぜんぜんだめなのだが)、そして講座では一番の優等生でもある。と、ここまではいいところ尽くめなのだが…
 こいつの場合、最大のいいところであり悪いところは、「人が良すぎる」という点なのである。なにしろあまりにいいやつ過ぎて毎度毎度幹事やら会計やら、面倒なことばかりを押し付けられてしまうという不幸な性格をしているのである。コージから見ても決して格好悪くない彼が、今ひとつもてない原因があるとすれば、やはりこのどうしようもない人のよさに起因しているとしか思えない。
 さて、あきれながらもディレルは手早く全員にお味噌汁を配る。店屋物であるから、当然全員分をまとめて魔法瓶に入って届けられているわけで、誰かがそれを小分けしないといけないのである。(ちなみにラーメンにもついてくるのがちょっと変であるが、店のサービスであるから文句は言わない。)こういうときに自然と「担当」になってしまうところを見ても、このトリトン族の青年の「星のめぐり合わせ」がわかろうものである。もっともこの程度のことでは、本人がまったく不満を感じていないというところが重症なのだろうが…

「それにしてもポリーニ遅いですねぇ」

 人数分の味噌汁を前にして、ディレルは困ったように言った。さっきからみぎてが「冷める冷める」と連呼しているが、一番冷めやすいのはなによりも味噌汁なのである。体積が小さいのだからこれは当たり前である。
 実は(定食の数を数えてみればわかることだが)講座のメンバーはあと一人いる。ポリーニ・ファレンス…バビロン大学魔法工学部では珍しい女性の学生である。(どうも魔法工学とかそういう理系の学問は、女性に人気がないのはどこでも同じようである。)まあ理系少女といえば、あまりおしゃれじゃないとか、メガネをかけているとか、何かのマニアであるとか、世の中にはそういうステレオタイプ的な想像図が存在するのだが、困ったことに彼女はそれにずばりと当てはまる。典型的な三つ編メガネっ娘でおしゃれっ気がほとんど無し(まったくではないことは時々わかる)、さらには確かに…マニアなのである。

「またポリーニ、変な発明に熱中してるんじゃないの?」
「ありえるわねぇ…」

 ぼそりと危険な想像を口にしたコージに、セルティ先生は笑う。「変な発明」というのはポリーニ最大の趣味…いやライフワークである。「結婚式場専用自動おめしかえ装置」とか「絶対フックボールになるボーリング手袋」とか、最近では「ちゃんと雑誌をめくって占いページを検索してくれる占い装置」など、役に立つのか立たないのかよくわからないような発明品を次々と作り出すのである。いや、それだけならいいのだが、その珍発明品を持ってきてはわざわざコージ達、特にみぎてを捕まえては実験台にするのである。彼らにとっては災難…まさしく恐怖のマッドサイエンティストとしかいいようがない。

「ちょっと俺さま呼びに行ってくる…コージも頼むぜ」
「あ、わかったみぎて」

 さすがにみぎては我慢できなくなったらしい。いくらポリーニの実験室に行くと、実験に巻き込まれる危険があるといっても、夕ご飯を目の前にしてのお預け状態には耐えられるものではない。ちなみにコージはみぎてがとんでもない実験に巻き込まれる恐れがあるので付き添いである。天下の炎の大魔神が不安に思うほどポリーニは危険なのである。

「コージ、僕も行こうか?」
「あ、大丈夫だと思う…多分」

 「単にご飯の時間だと呼びに行く」とは思えない、まるで深夜に墓場へパトロールに行くようなディレルとコージの会話である。それが自然に出てしまうのが現実をよく物語っているわけである。
 ということで、みぎてとコージはあわただしく、しかしちょっと不安そうな表情を浮かべながら教授室を出て行った。後に残ったディレルとセルティ先生、ロスマルク先生は顔を見合わせて不吉な予感を共有していたのであるが…

 ほとんどすぐに壁の向こう側から、魔神の野太い仰天した声とコージの驚愕の声が響いてきたのは予想されていた結末だろう。

*       *       *

「なによっ!男の子でしょ?二人とも!あれくらいのことで悲鳴上げて!」
「『男の子』って…うーん」

 ポリーニは鶏の甘酢あんかけを食べながら、コージとみぎてをこっぴどくこき下ろす。「男の子」といわれると、もう二人とも「子」が当てはまる歳ではない。コージは二十三歳だし、みぎてにいたってはもっとずっと年上である。(百二十歳程度らしいのだが、あまり本人にも正確なところはわからないらしい。魔神の年齢は人間ほど重要ではないようである。)が、それはともかくせっかくポリーニを呼びに行って、「悲鳴を上げた」からといって文句を言われても困る。
 なにせ二人が部屋に入ると、照明もつけていない室内にふわふわといくつもの人魂のようなものが浮いて、その中でポリーニが満面の笑みを浮かべて変な箱を持って立っていたからである。人魂の数だって半端ではない。いくら墓地でもせいぜい五個か十個程度なのに、彼らが見たのはざっと数えても二、三十…さほど広くない研究室を埋め尽くすような数だったからである。

「さすがに俺さまびっくりしたぜ。鬼火は魔界でもよく見るんだけどさ、あの数は普通じゃねぇもん」
「その割にはすごい声出してたじゃないのよ、魔神のくせに」
「うーん…」

 「魔神のくせに」といわれるとみぎても一言もない。実際のところこの魔神は決して臆病ではない。むしろ勇猛果敢、怖いもの知らずに近いかもしれない。それに考えてみれば精霊族の仲間である魔神だから、人魂がいくつうようよしていようがパンチひとつで吹き飛ばしてしまえるのも事実なのである。
 が、その前にあれだけの人魂が出てくるとなれば、なにかとんでもない事故がおきたのではないかと驚くのも無理はない。そう考えると二人の悲鳴を臆病のなせるわざというのはちょっとひどい話でもある。

「でもさ、『人工鬼火発生装置』なんて何の役に立つんだよ…」
「ムードあふれる照明に決まってるじゃないの!色も変えられるのよ」
「…どんなムードだ…」
「どう考えてもロマンチックじゃないような気はしますねぇ…省エネにはなりそうですけど」

 あきれるコージにディレルもくすくす笑いながら同意する。どう考えても鬼火が室内照明では、ホラーの雰囲気こそするもののアットホームな雰囲気にはなりそうにない。ドラキュラの館みたいなものである。ましてや「ピンクや緑の鬼火」などがふわふわしていては何がなんだかわからないような気がする。
 が、セルティ先生は興味深そうに(チャーシューメンをすすりながら)うなずく。

「でも天然の鬼火はエネルギー変換効率がいいのよ。ホタル以上の効率を誇るから、うまくいけば大発明だわ」
「あ、そうらしいですよね。室内照明に使うにはちょっと暗いですけど…」
「そこを数でカバーするのよ。着想は完璧よ!」

 先生にほめられてますますポリーニは鼻を高くする。たしかに省エネ時代にふさわしい研究であることはコージにもよくわかる。が、部屋一面の鬼火の群れに仰天させられた二人にとっては災難としか言いようがない。
 コージはこれ以上つっこみを入れても、とてもポリーニを言い負かすことはできないと観念して、肩をすくめて隣の魔神を見た。どうやらみぎても(レバニラ炒めに専念しているところを見る限り)同感であるのは間違いなさそうだった。

 さて、食前の一騒動もとりあえず収まりがつき、一同は雑談しながら定食を平らげていった。もっともやはりみぎてが心配したとおり、いささか(特に味噌汁が)冷めてしまったのは事実だったが、空腹の彼らにはさほどの問題もなさそうだった。
 テーブルの横にはテレビが置いてあって、いつものように適当な番組が流れている。昼飯、晩飯のときはかならずスイッチが入れられて、その日のニュースやら歌番組を見る風習なのである。日ごろ講座にこもりきりの彼らにとっては、貴重な情報源だった。特にコージなどは新聞を取っていないので(貧乏学生にとっては新聞代は馬鹿にならない)、これがないと本当に世間の情勢に疎くなってしまうわけである。
 とはいえ、今日はいささか(ポリーニの珍発明のせいで)夕飯が遅くなってしまったので、残念ながら夕方のニュースはもう終わっていた。今放送しているのは「世界あの街おいしい旅」とかいう、よくあるグルメ旅行&クイズ番組である。最近のグルメブームのせいで、これまた結構人気のある番組だった。芸能人が世界中の高級ホテルから街角の屋台まで出向いて、うまいものを食ったり変なものを食ったり、はたまたエステやスパを体験したりするという、うらやましいような大変なような番組なのである。
 特に爆笑してしまうのは、「とんでもない地元料理を食う」というコーナーで、「食用巨大ミジンコのから揚げ」とか「砂ヒルの姿焼き」とか、なんだかよくわからない料理を食べるはめになるのである。芸能人やアナウンサーが困った顔をして食べる様子が爆笑もので、これだけでもバラエティー番組としてやっていけるんじゃないかと思うほどである。
 もともと食べ物にはとても関心があるみぎては、こういう番組はかなり好きらしい。さっきから(二杯目のご飯を食べながら)熱心に画面を見ている。

「あ、あれ結構うまいぜ、巨大ミジンコのから揚げ。ぱりぱりしてていける」
「あらみぎてくん食べたことあるの?どこで?」
「あ、おう。俺さまバクファ行ったことあるんだ。もう結構前だけどさ」
「へぇ~っ、いろいろ経験してるんですねぇ、みぎてくんって」

 驚くセルティ先生やディレルに、ちょっと魔神は得意げにうなずく。いや、さすがに百二十年も(これでも魔神族では若いらしいのだが)魔神稼業をやっていると、人間では想像もつかないようないろいろな体験をしているもののようだった。同居しているコージも時々驚くような話が無造作に出てくることがある。といっても大概はこういう妙な体験ネタばかりだが、自慢の種としては十分である。もっとも番組の半分を占める高級グルメのほうはほとんど未体験であるところは、やはりこの魔神らしい。

「みぎての場合、屋台とかそういうのにはやたら強いよな。高級ホテルとかはぜんぜんだけど…」
「そりゃ高いしさ、それに俺さまどうせ似合わねぇって」
「それはいえてますね。前にみんなで温泉宿行ったときもなんだか落ち着かなかったし」
「えーっ、人のこといえるかよ、みんなそうだったじゃん」

 口を尖らせて反論する魔神に、一同は大笑いである。まあ実際のところ先生方はともかく、こんな貧乏学生たちが高級ホテルや温泉旅館に泊まるというのはどうにも似合わないのは間違いない。金があって暇もある有閑マダムや定年過ぎの夫婦か、それとも休暇のOLが行くべきところなのである。

「でもどうなんでしょうねぇ、僕もグルメ番組はよく見るほうなんですけど、なんだかラーメンとか居酒屋めぐりのほうが好きなんですよ。身近じゃないですか」
「あ、それはあるよな。屋台とかのほうが身近。いろいろお国柄も出るしさ」
「うーん、普通なかなか外国の屋台とかは行けないですって」

 値段のほうは庶民的かもしれないが、遠い国の屋台となるとそれだけで普通はいけるものではないのだが…まあしかしそれ以外の点ではディレルとみぎての意見は一致しているわけである。まあ貧乏学生のコージやみぎてほどではないが、お風呂屋の息子であるディレルだってあんまり高級ホテルなどなじみが無いのは同じことなのだろう。ある意味コージやみぎてよりも本物の下町の子なのである。
 もっとも全員がその意見に賛同しているわけではないようだった。女性陣であるポリーニとセルティ先生である。

「何言ってるのよ~、ラーメン屋さんだったらしょっちゅう行ってるじゃないのあんたたち。やっぱり日ごろめったに行けない高級ホテルをのぞいてみたいっていうのが乙女心ってものだわ」
「うーん…そういうものなんですか?」
「そうねぇ、わたしもちょっとエステには興味あるわね。足裏マッサージとか気持ちよさそうじゃない」
「ね、先生もそう思うでしょ?だからあんたたちもてないんじゃないの?」

 乙女心がはだしで逃げ出しそうなポリーニの毒舌だが、こういう場合の男性陣の反論は無意味である。ちょうど美人のタレントがアロマテラピーエステを体験しているシーンでポリーニのこのせりふでは、女性不信を呼び起こす要素は十分だが…当人達は気にしてもいないようである。
 というわけで、彼らはいつものようにわいわいと騒ぎながら、見事に定食を平らげた。タイミングを見計らったようにディレルはどこからかお菓子や紅茶を持ってくる。要するにこの番組の最後までは見ないとつまらないという、至極もっともな理由でそのまま団欒タイムなのである。

「でもさ、こんなグルメ番組だったら俺さまテレビ出てみたいや」
「ええっ?みぎてくんタレント?どうかなぁ…」
「みぎてタレントやるには太りすぎだって。最近の俳優とかみんな細いじゃん」

 みんなは大笑いである。もちろんみぎて自身だって本気でタレントになりたいとか、そういうことを考えているわけではない。単純に「グルメ番組の料理を食ってみたい」というのが優先なのである。まあコージの考えるに、この魔神は度胸はあるし声も悪くない。魔界の拳法なんかをやっているのでアクションもできるだろうし、それになにより人並みはずれて目立つ風貌(真っ赤な炎の髪とか)なのでタレント性は十分あるとはいえる。が、今の流行の俳優や歌手がみんなスレンダーだということを考えると…どう考えても漫才師がいい線である。

「でも結構ああいうグルメ番組に出てる人、太ってる人が多いわよ。みぎてくんも似合うわね」
「そうじゃな、食べ物のコマーシャルなんぞは、太目の俳優のほうがおいしそうに見えるからの」

 セルティ先生やロスマルク先生は笑ってみぎてを応援する。二人の想像図にあるのは、俳優がキャンプ場かなにかでカレーを作って、それをおいしそうにばくばく食べるというコマーシャルに違いない。たしかに俳優をこの魔神に差し替えてもまったく違和感がない…というよりもっと売れるかもしれないという気もする。
 しかし二人の意見は「みぎては太っている」という点に関してはコージたちと同じなので、結局のところあまり応援になっていないのは間違いない。

「でもみぎてくん、結構ああいうグルメ番組大変だと思いますよ。苦手な食べ物とかだったらどうします?」
「…え?ディレル、俺さま好き嫌い少ないぜ?」
「…でっかいパフェとかシャーベット。冷たいドリンク類…」
「…それだめコージ。絶対食えねぇ…」

 コージに痛いところを突かれて、魔神は悶絶した。たしかにグルメ番組ではいくら口に合わないとかいっても、いやでもうまそうに食べなければならないのである。この魔神の場合、たいていのものは平気な顔をして食べるのだが、氷系だけは(味の問題ではなく食べて痛いので)だめである。万一「地元の人だけが知る極上喫茶店」とか、「パフェが有名な店」とかに行く羽目になったら涙ものである。いや実際、みぎてがこの街に来たばかりのころだが、何も知らずに二人で喫茶店に入ってアイスクリームで口をやけどしたこともある。
 あまりに情けない魔神の顔に、一同は再び大爆笑につつまれる。こういう爆笑を生んでしまうところは、やはり漫才師としての素質はあるのかもしれない。

*       *       *

 ところがそのときだった。突然セルティ先生の机の上にある電話が、けたたましい音を立てたのである。先生はあわてて手にしたカップを置き、電話を取った。

絵 武器鍛冶帽子

「はい、セルティ研究室です。え?はい、まわして」
「…なんだろう?」

 どうやら外線らしい。交換手が何を言ったのかはわからないが、先生はすこし怪訝な表情をしている。どうもよくある仕事の(つまり研究関係の)話ではないようだった。

「はい、はい、わたくしです。はい…あら、はい…」
「なんだか先生、緊張してるんじゃないですか?」
「緊張というより驚いているって感じだな。」
「なあに、また学会とかの話じゃろう。座長をやってほしいとかじゃよ」

 ディレルもコージも先生の表情を興味深げに見ながら紅茶をすすっている。まあよほどのことでもないがきり、こういう外線電話はコージたち学生にはあまり直接関係のない話であることが多い。ロスマルク先生になると少々は巻き込まれる可能性が出てくるので、そうも言っていられないはずなのだが…

「ええ、わかりました。では明後日お待ちしてますわ。はい…ではよろしく」
「また学会か何かですな?セルティ先生…」

 セルティ先生が受話器を置くと、ロスマルク先生を皮切りに静かに(一応迷惑にならないように)していた一同はいっせいにまたしゃべり始めようとする。もちろん話題は電話の内容である。まあプライベートな話なのかもしれないが、それでも興味がないほうがおかしい。というより携帯電話ではなく大学に直接かかってきたのだからプライベートな話ではない可能性が高い。
 ところがセルティ先生はちょっと困ったような、しかし微妙に興奮したような表情を浮かべて「全員に向かって」言ったのである。

「違うのよそれが。ちょっとみんな聞いて」
「みんな?僕達も関係ある話なんですか?」
「俺さままで?俺さま学会の手伝いとか、力仕事だけだぜ」

 コージやディレル、ポリーニのように正規の院生というならともかく、みぎては正しくは聴講生兼アルバイト(実験助手)である。学会に出るとかそういうことはありえない。(この魔神はたぐいまれな魔力を使って魔法実験の協力をするという契約で、この大学の聴講生をやっているのである。)
 しかし先生は首を大きく(大げさなくらいに大きく)振って、一同に言った。

「今度テレビの取材がくるっていう話なのよ。うちの講座に」
「テレビの取材?また突然…」
「取材って…どういう内容なんですか?」

 ドキュメンタリー番組でよくある「大学の先生にコメントを求める」取材というのならば、まあこの大学でも時々ある話である。が、いずれにせよ全員が巻き込まれるほど大げさな話ではない。せいぜい部屋を片付けるとか、その日はちょっといい服を着るとか程度だろう。ところが今日のセルティ先生の、微妙に興奮した表情はどうも違うようである。
 と、突然先生はくすくす笑い始めた。あまりに唐突な笑い方だったので、思わずコージは先生が興奮のあまりおかしくなったのではないかと心配になるほどだった。が…次に彼女の口から飛び出した一言は、今度はコージが頭を抱えたておかしくなりたくなるような、あまりにも予想外の内容だったのである。

「よかったわねみぎてくん、テレビに出れるわよ」
「…え」
「ええっ!みぎてが?」
「えっ?えっ?俺さま?なんで俺さま?」

 コージやディレルだけではない。さっきまで「テレビに出てみたい」とかなんとか言っていた当の魔神が誰よりも驚愕の表情のまま凍りついていた。そう、テレビ局の取材の目的は他でもない、このバビロン大学史上最大の名物学生、炎の魔神みぎてだったのである。

(②へつづく)


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