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炎の魔神みぎてくん POWER LIVE ⑤「まともなセンスを期待した僕が」

5.「まともなセンスを期待した僕が」

 バビロン大学大学祭「秋霊祭」の二日目(土曜日)は、よく晴れたさわやかな日だった。もうイチョウの木は見事に黄色くなっているし、大学のメインストリートにはえているポプラも、丸い実が目立ち始めている。青い空と見事な黄葉はすばらしいコントラストである。
 大学祭は実は昨日から始まっているのだが、やはりお客の数は土日のほうがはるかに多い。金曜日は結局のところやってくるのは学内の連中だけであるし、土日になれば近所の女子大生や高校生、それから一般の人までやってくる。実は主婦のおばちゃんもかなり出没するのだが、これは併設の「大学生協祭」が狙いである(生鮮食料品とかが安くなるのである)。
 コージたちは朝早くに講座に登校して、最後の練習というか音あわせである。あんな直前に出演を決めて、とんでもない編成のバンドを組んだのだから、ここ三日間というものは講座でずっとバンド練習というとんでもない状態だった。いや、あくまでこれはポリーニの発明品(つまり学位論文)発表の一環なのであるから、教室で練習というのも一応理由はある。ということでセルティ先生やロスマルク先生も文句を言うわけにもいかない…と言うよりちょくちょく姿を見せては突っ込みを入れてくるのだから、ある意味たちが悪い。これでお隣のシュリ先生(こいつはポリーニのライバルで、これまた毎度珍発明でコージたちを困らせる)が現れようものなら最悪だが、幸い今週は学生の学位論文が終わったということで出張だった。不幸中の幸いというしかない。
 しかしともかく蒼雷のおかげで、なんとか演奏らしきものができそうになってきた。蒼雷は一通り全員の楽器演奏を聞いた上で、その夜ディレルの家に泊まりこんで、翌日までかかってデモテープをつくってきたのである。とりあえず全員で自由にこの曲を弾いて合奏する、という企画だった。元になった曲はディレルの「セイレーンの歌」なのだが(さすがの蒼雷も、ディレルの歌の凄さには驚いたのである)、それを蒼雷がアレンジすると意外なことにロックになる。面白いものである。リードギターが蒼雷とディレル(ハープは音が高いのでやはりこうなる)、ベース代わりがコージ(リュートはかなり低音が出るのである)、ドラムスの代わりにパーカッションのみぎて、キーボードがポリーニであるから、形の上では悪くない。なんでもありのオルタナティブというか、ちょっとサイケデリックな雰囲気(やはり楽器が楽器なだけに)まで香る、不思議なバンドの出来上がりである。

「なんとなくいい感じになってきましたね。ほんと、どうなるかと思いましたよ」
「蒼雷のおかげだな。たすかった。ほんと」
「どこかの大飯喰らいの魔神とは違うわよねぇ」
「ひ、ひでぇ~」
「あっはっは、全員俺に感謝するように。ロック万歳!」
「でたっ!ロック教徒の発言!」

 最終に近い曲あわせを済ませた一同はほっと一息のコーヒータイムである。コーヒーは今日はセルティ先生のスペシャルブレンドだった。土曜日だというのにわざわざ心配になって様子を見に来てくれたのである。

「これなら私も聴きに行こうかしら。今日の夕方よね」
「あ、そうです。そうだよなポリーニ…」
「そのはずよ。あ、でも最終版のプログラムもらってないわ。ちょっと実行委員会に行ってくるわね」

 ここ数日練習に必死で、ほとんど講座から出る暇が無かったのである。一応最終バージョンのプログラムを手に入れておかないと、いつごろ体育館に行けばいいのかわからない。ポリーニはコーヒーを机に置くと、軽やかに部屋を出た。
 が、それからほんの数分後のことだった。車の音がしたと思うと、なんだか外で騒がしい人の声が聞こえてきたのである。

「?あれ?なんだろ?」
「えらく騒いでるよね。ちょっと見てみますよ」

 気になったディレルは窓から外をのぞいてみる。が、すぐにあわててコージ達を手招きした。当然コージとみぎても驚いて窓のところへ駆けつける。と…
 窓から顔を出して講座棟の玄関口を見てみると、そこには真っ黒い高級スポーツカーから降りてくる、背の高いサングラスの青年が見える。そして周囲には大学祭に遊びに来たと思われる女性やらなにやらがかなり集まっているようである。騒ぎはどうやら集まった女性達の歓声のようだった。

「あれですよ!」
「えっ?どうした…あっ」
「スポーツキャスターのシンさんじゃねぇか!」
「えっ?!あっ!ほんとだ!」

 車から降りてきた格好いい青年は、どうやらスポーツキャスターで人気のシン・アル・カイトスらしい。これは驚きである。実は彼らの講座がテレビ番組に紹介されたとき(正確には魔神が学生をしている珍しい講座という紹介である)ゲストだったという縁で、コージたちとは知り合いなのである。が、もちろん番組以外でこうして講座にやってくるなど初めてのことだった。
 さすがにびっくり仰天したコージたちは、大慌てで玄関口までシンを迎えに走る…といっても当然階段に差し掛かるところでばったりである。一緒にポリーニがいるのは玄関で出会ったからだろう。

「シンさん!驚きましたよ!」
「よぉっ!大学祭来てくれたんだ!」
「やあ、みぎてくん、コージ君、ひさしぶり!」

 サングラスを取ったシンさんは、相変わらずのスポーツ好青年という感じのすばらしい笑みを浮かべる。同じ男として悔しくなるくらいの男ぶりである。さすがは芸能人というしかない。思わず惚れ惚れと見とれてしまいそうになる…が、こんなところで立ち話というのもあまりに危険である。というのも、シンの後ろに五mくらい離れて、突然の芸能人登場に興味津々のギャラリーがうじゃっといるので危険極まりない。

「まあとにかく講座に行きましょうよ。そうだ、蒼雷君も今日は来てるんですよ」
「えっ?蒼雷君?」
「あはは、俺さまの友達の風の魔神。紹介するぜ」

 実はシンはみぎてと同じ、人間界では数少ない魔神族なのである。そういう縁もあってみぎて達はシンとちょくちょく連絡を取り合う仲だった。当然同じ魔神族の蒼雷に会えば最高に違いない。というより段々コージたちの周りには魔神が集まってくるような気がするのだが、これもみぎてと同居しているせいだろう。
 というわけで、突然のお客様にコージたちは一気に興奮の度合いを深めたのである。これも学園祭の楽しいマジックというべきだろう。

*     *     *

「でもどうして今日は?仕事忙しいんじゃないですか?」

 講座で二杯目のコーヒー(当然またセルティ先生のスペシャルである)を飲みながら、コージたちは興奮気味にシンに質問した。もちろん部屋には楽器がいろいろある状態なのだが、とりあえずいすだけは出して応接体制である。

「いや、仕事仕事。ゲストで呼ばれているんだよ。『アマチュアバンドバトル』の」
「えっ!あ、そうか、ゲストがいるんだ」
「げげっ、俺さま緊張する!蒼雷、大丈夫か?」
「いけるいける!芸能人に会うのは初めてじゃないし。村祭りだと演歌歌手来るからな」
「…演歌歌手…たしかに来るなぁ」

 村祭りとかそういう場合には、よく最近ヒット曲が出ていない演歌歌手などがゲストで呼ばれたりするものなのである。そういう意味ではたしかに芸能人と会ったことがある回数は蒼雷のほうが多いことになる。が、こういう人気キャスターとはちょっと違うような気もしないことも無い。

「そういえばあの車、あれは外車ですか?」
「あ、あれすごいよな。スポーツカー」
「あ、あれ?実は中古なんだよ。新車で買えるほどはギャラもらってないんだよねぇ」

 ブラックパンサーBSZとかいうイックスのスポーツカーである。いくら中古といってもコージたちから見ればとんでもない高級車なのだが、さすがに芸能人となると買えるものらしい。同じ魔神でも居候のみぎてや単なる氏神の蒼雷とは収入がぜんぜん違う。やはり魔神でも顔は大事なのである。

「ところで、この様子だともしかしてみぎてくんたちも出るの?『アマチュアバンドバトル』」
「あ、そうなんですよ。院生なのに…」
「ポリーニがまた恒例の発明品を発表したいみたいで…シンさん気をつけてくださいね」
「気をつけてって何よ!いつも安全じゃないの!」
「…またやるんだ。すごいね…」

 「発明品」という言葉を耳にした瞬間、シンもさすがにちょっと顔が引きつる。実は最初にコージたちと会ったとき(地元紹介のグルメ番組である)、ポリーニの発明品が予想外の効果を生んで、ロケを危うくむちゃくちゃにしそうになったのである。一応大人のたしなみとして「すごいね」という無難な表現を使ってはいるものの、目は明らかに「マジですか?」と言っている。もちろんコージやみぎてもまったく同じ思いである。
 シンはポケットから印刷物を取り出して、チェックを始める。どうやらこれが今回のスケジュール…つまりプログラム表らしい。一般の人に配布されるプログラムと違って、ゲストはスタッフ用の詳しいものである。

「えっと、どれかな?バンド名」
「あ、そうだ。ポリーニ、なんてバンド名で申し込んだんだよ。まさかいつもの『ラブラブなんとか』とかそんなんじゃないだろうな?」

 よく考えると結成より前にポリーニが申し込みを済ませてしまっているので、なんと言う名前で登録されているのかコージたちは知らないわけである。今までの経験上、ポリーニはこういうとき絶対に「ラブラブ」とか「スイート」とか、無意味に乙女チックな単語をちりばめた名称をつけることが多い。本人が極悪な分だけ名前だけかわいらしいわけである…が、今回は「ロック」なので、そんなとんでもない名前ではちょっと困る。
 ところがポリーニはまさかというように首を横に振って否定した。

「仮申し込みの時は『ラブラブ☆ポリーニバンド』にしていたんだけど、蒼雷くんが嫌がったから変えたわ。かわいいと思うんだけど曲と合わないし」
「…やっぱり…」
「少なくともロック向けじゃないですよね」

 さすがに蒼雷編曲のあのロックに「ラブラブ」ではちょっとまずいというのは彼女も同意したらしい。が、それではなんとつけたのか、とても興味深い。ヘビメタ狂いの蒼雷ならば、「ワイルド~」とか「ブラッディー~」などのそれらしい単語を選んでいそうな気がする。が、ちょっとそこまで派手な名前は気恥ずかしい気もする。
 ところがその時シンがプログラムを見ながらつぶやいた。

「…『地獄谷温泉振興会バンド』?…もしかして、これ?」
「あ、それ。やっぱりちょっと広告しないとな」
「…蒼雷…あほ。」
「…まともなセンスを期待した僕が馬鹿でした…」

 お約束通りかもしれないが、蒼雷はやはりちゃっかりと自分の温泉町の広告をバンド名にしていたのである。

絵 武器鍛冶帽子

*     *     *

 さて、こんな馬鹿な話をしているうちに時間はあっという間に過ぎて、そろそろ『アマチュアバンドバトル』会場である体育館が開場になる時刻となった。シンはゲストということで、そろそろ会場に行かなければならない。コージたちは出演する1時間前に行けばいいのだが、どうも落ち着かない。

「どうする?俺さまちょっと見てみたい。面白そうじゃねぇか」
「そうだなぁ…蒼雷は?」
「うーん、まあ暇だし。屋台の焼き鳥でも食いながら行こうかなぁ」

 別に他人の演奏を聞いたからといって、自分の演奏がうまくなるわけでもないのだが、なんとなく気になるものなのである。それに出演まではあと4時間近くあるのでかなり暇である。
 コージたちがごそごそと楽器をケースに収めて会場へ向かう準備を始めると、待ちきれないようにポリーニは彼らに言った。

「あたしちょっと先にいってるわ。場所取りしないと席がなくなっちゃうかもしれないし…」
「あ、じゃあお願い。キーボードは俺たちで運んどくから」
「おねがいねっ!」

 心なしか急いで彼女は部屋を飛び出した。まあ彼女の言うとおり、あんまりのんびりしていてはよい観客席がなくなってしまう…かもしれない。もっとも人気バンドの公演というわけではないのだから、観客席が大入り満員立ち見続出、ということになる可能性は少ないような気がするのだが…
 と、ポリーニのキーボードをケースに収めながら、みぎてはどうも腑に落ちないような顔をして何度も首をかしげている。

「みぎて?なんか気がついたんだろ?」
「あ、コージも思った?ポリーニにしちゃへんだよな」
「みぎてくん?なんかあったんですか?」

 あんまりいぶかしそうな魔神の様子にディレルはちょっと不思議そうな顔をする。が、次のみぎての言葉は、ディレルも納得してしまう説得力にあふれていた。

「あいつの発明品、まだ出てこないって変。」
「…たしかに変だ…」
「そういえば彼女、発明品のために出るって言ってたのに…」

 そもそも今回彼女が、院生にもかかわらず学園祭に参加するという暴挙に出た理由は、「発明品の発表」のためなのである。それにもかかわらず、この時点になるまでコージたちに肝心の発明品を見せていないというのは、明らかにおかしすぎる。
 それに彼女の発明品イベントには、およそ7割程度の確率で衣装がついてくる。無意味に派手な舞台衣装やら、ぴちぴち戦隊ものヒーロータイツやら、明らかにコスプレとしか言いようが無い服装がセットということが多い。ところが今日に限っては、これまた何も出てくる様子が無い。もっとも別に彼女の変なコスプレ衣装が出てこなくても、既に十分蒼雷のきわどい羽衣ファッションだけで同じような気もするのだが、いずれにせよみぎての懸念はコージも納得できるものだった。

「もしかして彼女、もう会場で発明品仕込んでるのかもしれませんよ」
「あ、それだ。だから先に行くっていったんだ」

 ディレルの予想はかなりコージも納得できるものである。ひょっとするとはじめから実行委員会の連中には話がついていて、コージたちが出演する代わりに発明品を設置させろとかいうことになっているのかもしれない。というか、たしか出演バンドが足りないとか最初に言っていたような気もする。もちろん実行委員会のほうの目当てはポリーニの発明品ではなく、ここにいる二人の魔神である。魔神がメインのバンドが出演するというのは、それだけで盛り上がるからである。

「すげぇ罠っぽいんだけど、俺さまの気のせい?」
「…それ気のせいじゃないって。事実」
「とりあえずとんでもない発明品じゃないことを祈るしかないですねぇ…」

 どんな妙な発明品が会場に潜んでいるのかまったくわからないというのは、みぎての言うとおり罠、地雷、ブービートラップ同然である。あまりの不吉な予想に、コージたちは荷物を抱えると、始める前から妙に疲れたような顔で体育館へと向かうことになったのは言うまでも無い。

(⑥へつづく)

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