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炎の魔神みぎてくん 熱帯低気圧③「やっぱり見る目有るわねこの子」

3.「やっぱり見る目有るわねこの子」

「これ?なんだよこれ…」
「ビニールシートみたいですね。ほら、工事とかに使うブルーシート」
「あ、似てるよな。色は違うけどさ」

 ポリーニが彼らに見せたのは白いビニールで出来たような折りたたまれた布だった。色さえ青ければ工事現場とかで使うブルーシートそのものである。つまりそれくらい分厚い布地で、ナイフや炎でも使わないかぎり簡単にはとても破けたりしそうにはない。そういうところもブルーシートそのままである。
 するとポリーニは自信たっぷりに言った。

「今回のテーマは『防災グッズ』よ。台風が来てるじゃない。それに役立つグッズを考えるのは、発明家の重要な任務の一つだわ」
「防災グッズ…ってなぁ」
「防災ねぇ、防災」

 コージの本音としては、ポリーニの発明が既に災害という気もするので、テーマそのものがナンセンスである。が、そんなことを口にするわけにはいかないのも当たり前である。

「防災グッズって、これが防災にどう役に立つのさ」

 腹をくくったコージはずばりと肝心の質問をする。するとポリーニは得意満々の表情になった。発明家というのは、発明品の効能を説明するときがもっとも至福の瞬間なのである。どうやら寝不足すら吹き飛んでいるのは明らかだった。

「ふふ、これ、『携帯用箱舟』なのよ」
「箱舟?箱舟ってあの大洪水の話に出てくる『箱舟』?」
「ハコブネって、食い物じゃないのか…俺さまふぐの一種だと思ってた」
「それハコフグ」

 ハコフグとハコブネはさすがに全然違う。みぎては文学とか歴史とかそういうことについては恥ずかしくなるくらい無知なのがまたばれてしまった。まあ黙殺しても良かったのだが、やはりコージは冷静に突っ込みを入れる。これも教育である。
 ポリーニは「バカは相手にしない」という表情をあらわにして説明を続けた。

「そうよっ。この携帯用箱舟は精霊力を入れるだけで膨らんで、大洪水や津波でも転覆しない船になるの。それに中にはいろいろ道具や携帯食料も入っているから、避難生活もばっちりよ。」
「…うーん、すごいといえばすごいかも」

 コージもディレルも半信半疑ながらもポリーニの説明にうならざるを得ない。発想は悪くないような気がする。防災の日も近いということもあるし、ちゃんと動作すれば結構いけるかもしれない。が…
 疑問を感じたディレルは首をかしげて言った。

「でもポリーニ、防災の日はまだ二週間も先ですよ。徹夜までしなくても…体に毒ですよ」

 するとポリーニは不吉な(コージたちにとってきわめて不吉な)笑みを浮かべてこういったのである。

「何言ってるのよ。明日よ、実験するのは!こんな素敵な台風が来るなんてチャンス、めったに無いじゃないの!」
「ええっ!マヂにやるんですか?」
「うげ~っ!本気かよ!」
「言うと思った…」

 みぎてもコージもポリーニの爆弾発言に卒倒寸前になる。ましてや心配性のディレルに至ってはあまりの衝撃に手にしていたかばんを取り落とすほどである。どうやらポリーニは今回の台風を使っての実用試験をするつもりらしい。嵐の中、箱舟を河にでも浮かべるつもりなのかもしれないが、これはあまりに危険である。
 蒼い顔をして止めようと口を開いたディレルに、ポリーニは手を振った。

「大丈夫よ。まさか河とか海とかに浮かべるってわけじゃないわ。学校のプールに浮かべるのよ。それなら安全でしょ?」
「うーん、まあそれならまだ…」
「プールって…俺さまどっちにせよ無理だって」

 コージやディレルにとっては「とりあえずまだ安全」な学校のプールだが、炎の魔神みぎてにとっては危険なことに何の変わりもない。転覆してプールになぞはまろうものなら、もう一週間くらい寝込む羽目になるのは確定である。
 ところがポリーニはちらりとみぎてを見ると、平然と言った。

「みぎてくんには全然期待してないわよ。嵐の日に炎の魔神なんてお呼びじゃないわ。だから蒼雷そうれい君にわざわざ来てもらったんだもの」
「え…俺?俺?うげげっ!」

 突然の状況変化に風の魔神は口をカクンと開けて、呆然とした。やはり…といった表情でディレルとコージはうなずくしかない。案の定蒼雷は実験台にされるため、わざわざ北の温泉町から招待されたというわけだったのである。

「蒼雷、罠にかかったな」
「だからご招待ってわけなんですね。道理で…」
「何言ってるのよ。もちろんみんなも付き合うのよ。みぎてくんは連絡係ね」
「ええっ!俺達もか!」
「ふう、やっぱりそういうと思ってましたよ…」

 極悪非道なポリーニが、使える手段を使わないわけは無い。たとえ雨に弱かろうが腹が減っていようが、みぎて一人を実験から免除するなどありえない話なのである。

*       *       *

 渦中の人蒼雷は、ことの深刻さが既に充分判っているようで、危機感丸出しでコージやディレルに必死になって対策を聞き出そうする。

「で、あの変な箱舟って結局…危なくないのか?」
「ポリーニの発明は、まあ比較的命がけになることは少ないほう。あきらめろ」
「げっ!少ないほうって…じゃあお前等命がけになったことあるって意味かよっ!」
「ある。キッパリ」

 コージはいつもの思わせぶりな表現で蒼雷の不安をあおる。ちょっと大げさくらいのほうが事故がおきなくていいという考えである。実際のところポリーニの珍発明は、たいていの場合失敗しても笑い事で済むことが多い。コージとみぎてはもっとひどい発明家の相手をしたこともある(例のお隣のシュリ助手である)ので、それに比べればたいしたことないような気もする。もっとも一度二度は火災になりかけたり怪我をしかかったことはあるので用心するにしくはない。
 しかし当のポリーニはコージの評価が大いに不満らしい。

「何言ってるのよ。あたしの発明はいつも安全第一じゃないの。あの変態助手と一緒にしないで」
「…でも前、唐辛子入りトレーナーで火事がおきかけたじゃん」
「あ、あと俺さまボーリング場でぐるぐる回転させられた。フックボール手袋壊れて…」
「…」

 たたけば埃は出るものである。真実の前にはさしものポリーニも反論の言葉が出ず、代わりに真っ赤な顔になって怒りをあらわにした。これを見てしまうと、渦中のはずの蒼雷だが、お約束どおりあわててポリーニの肩を持つはめになる。

「おまえらずいぶんひどいな~、発明女かわいそうじゃんか」
「…うーん」
「蒼雷大明神といってもまだまだ甘いな、ふ」

 コージもみぎても蒼雷の温情発言には苦笑を隠せない。第一これくらいのことでへこたれたり諦めるポリーニではない。今まで散々失敗を繰り広げても、まったく懲りる様子がない彼女のタフさは、誰よりも犠牲者であるコージたちが知っているのである。
 が、この温情発言(墓穴発言ともいう)に彼女の表情は一気に笑みに変わる。そのあまりの急変ぶりにさしもの蒼雷も自分の失敗を悟った。コージの生暖かい視線と、ポリーニの恐ろしいほどの笑みに風の鬼神はわずかに頬を引きつらせる。
 どうやら実際に不安を感じていないのは、事態をまったく把握していない(と思われる)ヴィスチャだけのようだった。このちび鬼神はいたずら心満開で蒼雷の袖を引っ張って陳情を始めた。

「アニキ~っ、なにびびってんだよ!じゃあオイラが代わりにやってもいい?」
「だめだめだめっ!お前はまだそんなの無理っ!」
「えーっ、面白そうなのに~。乗り物なんだろ?」
「ダメですよヴィスチャくん、危ないですよ。まだ全然完成品じゃないし」
「…っていうかやっぱり危ないってことじゃん!ヴィスチャは絶対ダメっ!」

 蒼雷とディレルは口をそろえて猛反対するが、このがきんちょは諦める様子は全く無い。今度は目標を変えてポリーニ本人に嘆願する。

「ねえきれいなおねえちゃん、いいじゃんかぁ」
「だめよ。もっと大きくなって筋肉にならないとあたしの対象外」
「ちょっとまて、そこの発明女…」

 さらりとまたしても爆弾発言をするポリーニだが、今回はそこに深く突っ込んでいる場合ではない。大人の魔神であるみぎてや蒼雷ですら危ない(かもしれない)こんな実験に、子供の魔神を巻き込むわけにはいかないのは当たり前である。理由はともあれポリーニの「だめよ」という一言についてはコージたちも賛成だった。あくまで「理由は別にして」の話だが…
 すこぶる残念そうな表情のヴィスチャなど目もくれず、ポリーニは手早く全員にA4一枚のコピー用紙を配る。どうやら早速明日の実験の段取りを記したレジュメのようである。

「詳細はそこに書いて有るんだけど。ともかく実験は明日の明け方四時に始めるわ。」
「えっ?朝四時?マヂかよ!」
「台風来るのは明日の午前中ですよ」
「何言ってるのよ。台風の上陸は朝九時ごろだけど、天気予報って誤差が有るでしょ?たまには早起きしなさいよ」
「…っていうかポリーニ、今夜も学校に泊まる気だろ」
「あたしは準備が有るから当然よ。みんなは朝三時集合でいいわよ」

 間髪を入れないポリーニの答えに、一同は絶句するしかない。完成した発明品の実験準備のために徹夜を決め込むことなど、彼女にとっては至極当然のことなのだろう。その証がそこここに転がっているドリンク剤の空き瓶というわけである。
 ところがその時だった。なにか言おうとしたらしいディレルの表情が、まるで彫刻のようにこわばった。開きはじめた口がそのまま固着してしまったような状態である。異変に気がついたコージは思わずディレルの肩を支えた。見るからに失神してしまいそうである。

「おい、ディレル!大丈夫か?」
「やだっ?貧血?」

 驚きあわてるコージたちだったが、ディレルは真っ青な顔をしているだけで返事が無い。代わりに恐る恐る向こうの…ポリーニの後ろにあるテーブルを指差した。そこには例の新作「携帯用箱舟」があるだけである。が…

「あっ!コージ!」
「膨らんでる!」

 コージもみぎても悲鳴にも似た絶叫を上げた。さっきまで完全に「工事用のブルーシートそのもの」という状態だった箱舟は、どういうわけか風船のように膨らみ始めていた。既に大きな机くらいの大きさである上に、さらにますます巨大化しているのである。机の上にあったメモやら工具は風船と化した箱舟に押しのけられ、ぼろぼろと床へ落ちはじめる。

「なぜっ?!精霊力吹き込まないと膨らまないはずよっ!」
「また故障!?」
「『また』ってなによ『また』って!」

絵 武器鍛冶帽子

 激怒の方向が間違っているのだが、ともかくポリーニは(爆弾発言をした)みぎてをにらみつけながらあわてて膨らむ蒼い風船を止めようと格闘を始める。本当に故障なら(エネルギー源はわからないが)大急ぎで修理しないと明日の実験が中止になってしまう。(もちろんコージたちにはその方が都合はいいのだが。)
 しかしその時蒼雷が怒った声を上げた。

「こらっ!ヴィスチャ!」
「えっ?」

 蒼雷は風の魔神らしく、目にも留まらぬ速さでジャンプすると、軽々と箱舟を(ほとんど牛馬くらいの大きさになっている)飛び越して部屋の向こう側に着地した。そしてすぐに何かを捕らえると空中へ再び舞い上がる。と、うそのように風船はしょぼしょぼとしぼみ始めた。どうやら間違いなくあれがこの暴走の原因だったようである。
 そして…蒼雷の腕の中には、ついさっきまでここにいたはずのヴィスチャが捕まっていた。盛大に抗議の声を上げているところを見ると、やはりこのちび魔神のいたずらに間違いない。

「ちぇ~っ、面白いところだったのに~!」
「またこいついたずらしやがって!」
「…いつの間に…」

 じたばたするちび魔神だが、筋骨逞しい蒼雷がしっかりと捕まえているので逃げることは出来ないようである。というか、ちょっとかわいそうになるくらい強い力で握っているのが傍から見てもわかる。前にこの風の魔神に襟首をつかまれてひどい目に遭ったことのあるディレルは、さすがに心配になったらしい。

「ちょっと蒼雷君、そんなに強くつかんだらかわいそうじゃない?」

 ところが蒼雷はとんでもないというように首を横に強く振った。

「だめだめっ!こいつホントにすばしっこいから、気を抜いたらすぐ逃げちまうんだって…あっ!」
「逃げたっ!」

 蒼雷がほんの少しディレルに気をとられたせいで、わずかに力が緩んだのだろう。たちまちのうちにちび魔神は蒼雷の腕をすり抜けて、とんぼ返りしてポリーニの後ろに隠れてしまう。本当につむじ風のようなすばやさである。そして絶妙のタイミングで彼女に決めの一言をささやいた。

「おね~ちゃんの発明品、すごくいいよ!大成功じゃない?へへへっ」
「そうでしょ?やっぱり見る目有るわねこの子」

 さっきまで血相を変えていたポリーニだが、ジゴロのごときヴィスチャの一言でいっぺんに機嫌が直ってしまう。現金なものである。たしかに(蒼雷たちにとっては非常に不幸なことだが)この発明品はどうやら正常に機能するらしいということが、はからずもヴィスチャのいたずらで証明されてしまったのである。さらに望外の褒め言葉までささやかれれば、気分の良くならないわけなど無い。
 彼女はけらけらと(危険すぎる)笑い声を上げて、もはや完全に同志と化したちび魔神と一緒に箱舟ブルーシートの最終チェックをはじめた。もはや明日の実験…いや大騒動の挙行は避けられないというのは間違いなさそうである。この発明品だけで充分やばいのに、こんなたちの悪いガキまで一緒では無事で済むとはとても思えない。
 さっきから完全に傍観者と化していたみぎてとコージは、半ば絶望したように顔を見合わせてため息をついた。

「みぎて…明日はほんとにやばいな」
「俺さま熱が出そうだ。明日風邪引いちゃダメか?」
「炎の魔神が風邪引いた、は無理だろ、無理」

 諦めたように首を横に振るコージに、みぎては本当に風邪を引いて熱が出たかのように頭を抱えたのは当然だろう。

(④につづく)


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