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炎の魔神みぎてくん草野球②

2.「はじめからそれが狙いだったんですね、コージ…」

 というわけで、結局コージたちはバビロン大学講座対抗草野球大会『学長杯』に参加することになってしまったのである。話がきまったということで、セルティ先生はすぐに申し込みをしてしまうし(そもそも思いついたのがぎりぎりなのである)、ポリーニのほうはポリーニで野球のユニフォームの型紙探しを始めている。こうなってしまうとそう簡単に(特に男性陣の意見では絶対に)止まらないのが、この講座の特徴である。

 というわけで仕方なく男性陣は、早速第一回練習会を開催することにした。まあ練習会といっても単に夕方とかにキャッチボールをするだけのことである。が、一度もボールを触ったことが無いみぎてがいる。下手をするとフライやゴロすら捕れないことにもなりかねない。いや、この魔神はスポーツ万能を豪語している(実際たしかに力持ちで格闘技などは得意なのだが)のだから、さっさとボールに慣れて主砲として活躍してもらわなければならないのである。

「あれっ、こまりましたね。グローブが無いですよ、みぎてくん用の」
「うわっ!またこのパターンかよ」

 研究室倉庫に転がっている埃まみれのグローブや金属バットなどを引っ張り出しながら、ディレルはコージに困ったように言った。想像がつくだろうが、みぎては体も大きい分だけ手も大きい。並の人のグローブでは小さすぎることになる。もちろんプロ用とかそういうグレードになると、いろいろサイズもあるのだろうが、こんな講座の倉庫に転がっている古いグローブにそんな都合よく「特大」サイズがあるわけもない。
 唯一見つかったでかいサイズといえば、どういうわけかキャッチャーミットである。

「このキャッチャーミットで今日はごまかすしかないですね。これはかなりでっかいですよ」
「あ、なんとか入るぜ、きつきつだけどさ」
「…こんなの使ってた人いるんだなぁ」

 考えてみれば研究室には毎年三、四人は新しい人がやってくるのだし、それに種族だってさまざまである。コージのような人間族が多いのだが、ディレルみたいなトリトン族や妖精族、ドワーフ族、そして大柄の鬼族系などもいないわけではない(そういってもみぎてのような魔神族は前代未聞だが)。おそらくそういう大柄の種族の学生が残していったのであろう。
 とにかく…とりあえず今日のところは寄せ集めの道具で練習するしかない。コージたちはダンボール箱に道具を詰めて校庭へと向かった。が、その道々ディレルは困ったように言う。

「しかしコージ、問題はメンバー集めですよ。九人集めるのは大変ですよ」
「そうだなぁ。助っ人呼ぶしかない」
「助っ人ねぇ…どうしましょうか」

 数えてみれば判ることだが、野球をするための九人という最低人数を確保するためには、何人かよそから助っ人を呼んでくるしかない。現時点ではメンバーといえばコージ、みぎて、ディレル、ポリーニ、セルティ先生、ロスマルク先生という六人だった。あと最低三人は必要なのである。それに今回の話はセルティ先生の突発思いつきということもあって、試合の日まで時間も少ない。たった一週間しかないのである。
 コージだって実はその問題をさっきから考えている。セルティ先生は「講座連合軍」で良いといったが、そんな都合よく組んでくれる相手がいるだろうか…とても疑問である。何より、ポリーニの奇妙な発明品を着るはめになるのだから、それなりの覚悟がいる。そんな都合の良い相手を探すことが出来るかどうかは、かなり疑問だった。
 しかしまずコージにとって一番重要な問題は、目の前の魔神にキャッチボールを教えることなのである。たった一週間で最低限度のプレーを仕込むことができるのだろうか?キャッチボールと守備練習はグラウンドでやるとして、打撃練習はバッティングセンターでも行くしかないかもしれない…難問は山積みである。
 太平楽な魔神は、コージやディレルが頭を抱えていることなどまったく想像もつかないらしく、校舎の入り口のところで手を振って彼らを呼んでいる。

「おーい、早くやろうぜっ!暗くなっちまうぜ」
「ふう、わかったわかった」
「みぎてくん嬉しそうですねぇ。まあこれなら期待できるんじゃないですか?」
「だといいがなぁ…」

 判ると思うがこの魔神はスポーツがとても好きなのである。未経験のスポーツということでずいぶん楽しみにしているのは間違いない。うれしそうなみぎての顔を見ているのはコージにとってもとても気持ち良いことなのだが、あとの問題を考えるとやはり不安だらけになってしまうのは仕方がないことなのだろう。
 コージは苦笑しながらも、魔神に呼ばれるままに校庭のほうへと階段を駆け下りていった。

*     *     *

「そうそう、その調子」
「へへっ、どうだっ!ほらっ!」

 実際のところ、魔神の運動神経はやはりコージの予想をはるかに上回っていた。前にスキーを教えた時も、あっという間にボーゲンを覚えてすべりまくっていたことを考えると、これくらいのことは予想すべきだったかもしれない。ともかく体格に見合って肩のほうはたいしたものである。本気で投げればグラウンドの端から端まで届くんじゃないだろうかという感じなので、外野手としては最適だろう。もっとも予想通りコントロールのほうはめちゃめちゃである。ピッチャーや内野手はとてもじゃないが難しい。
 守備のほうは、これはグローブが悪い(キャッチャーミットである)ので、割り引いて考えないといけないが、多少練習すればそれなりには出来るようになるようである。みぎては目は悪いというわけではないし、喧嘩が大の得意だということもあるので、動体視力は立派なものである。おそらくバッティングもほとんど心配要らないだろう。あとはルールさえ教えればなんとかなる…と、コージは少し胸をなでおろした。

「何とかなりそう。ほっとした」
「だから俺さまスポーツ得意だって言っただろ?なんでもやれば出来るぜっ」
「その安請け合いが一番不安なんだけどさ。まあでもこれならいいか」
「コントロールはちょっとまだですけどねぇ」
「ボールが小さすぎるんだぜ。俺さまには…」
「大食いの分だけでかいからな、みぎては」

 どうやらみぎての大きな手には、軟式のボールはかなり小さいと感じるらしかった。卓球のタマを投げるようなものなのかもしれない。まあしかしこの辺は練習でなんとかなる。なんといっても即席チームなのである。

 さて、しばらく彼らがキャッチボールや守備練習をやっていると、校舎からロスマルク先生が出てきた。いつものズボンとカッターシャツといういでたちではない。古ぼけてはいるがスポーツ用のトレーニングウェアー姿である。どうやら練習に参加するつもりらしい。

「あ、ロスマルク先生」
「どうじゃね、みぎてくんの調子は?」
「うーん、まあ予想外にいけそう。外野なら」
「そうかそうか、うむうむ」

 そういいながら先生は手にしている、これまたえらく使い込んだグローブをつける。いつもはぱっとしない初老のおっさんなのだが、手付きなどを見ているとやはり経験者という雰囲気がある。早速キャッチボールしようとする先生に、ディレルはあわてて言った。

「先生、ウォーミングアップしたほうがいいですよ。またぎっくり腰出たら大変ですって」

 実はロスマルク先生は腰痛もちで、何度かぎっくり腰で大騒ぎをしたことがあるのである。そのたびごとにみぎてが得意の腰痛治療をするはめになる。(この魔神は魔界の拳法をやっているということもあって、この手のことは得意なのである。)ロスマルク先生も危ないと思ったのか、あわててラジオ体操を始める。
 しかし実際にボールを握ると、たしかにロスマルク先生はうまいものである。昔取った杵柄という言葉ではないが、やはりコントロールがいい。コージも経験者ではあるが、中学と高校の違いは大きいようである。

「やっぱりすごいですねぇ。コントロールばっちりですよ」
「ほっほっほ、まだまだ若いもんには負けんですよ」

 相手をしていたディレルが感心したように声を上げる。今回、ディレルがキャッチャーをやることだけは既に確定である。トリトン族の彼はとにかく足が遅いので(水泳は大得意なのだが)、あまり走らなくていいキャッチャーをやるしかないのである。

「しかしこれじゃあロスマルク先生がピッチャーやるしかないような気がしてきたんですけど…」
「ええっ!それはちょっと…」

 コージはさすがに困惑する。実際のところ、たしかにロスマルク先生が一番うまいのは間違いない。が、さすがに寄る年波にはかなわず、球速は遅いしスタミナも明らかに無い。いくら草野球だからといって、一応五回はやらなければならないのだから、いくらなんても六十近いおじいさんにピッチャーを任せるというのは酷な話のような気がする。そしてなにより危険なのは…ぎっくり腰である。
 ところがロスマルク先生はそんなことなど気にもしていないようである。

「うむ、確かにわしが先発を勤めるしかなさそうじゃな。ファーボールばかりでは野球にならんし」
「うーん、でも大丈夫ですか…」
「大丈夫じゃよ。わしが三回無失点で抑えれば、あと二回はコージ君でよかろう。先に点を入れていれば、少々ファーボールで失点しても…」

 あきらかに年寄りの冷や水だと思うのだが、ここまで豪語されると(三回無失点というのが、もうなんだか無理な設定)もはや止める気も無くなる。というよりそもそも九人集めることが至難の業なのだから、じいさんにピッチャーだろうがどこだろうがやってもらうしかない。
 半ば困惑と諦めが入り混じったようなコージの表情をみて、そっとディレルが言った。

「コージも僕の普段の苦労が少しはわかったんじゃないですか?」
「…よっく判った。ディレル尊敬する…」

 コージは苦笑しながらディレルにうなずくしかなかった。

 そうこうしているうちにいつの間にやら夕暮れになって、残念ながら「初練習」はおしまいになってしまう。まあはじめたのがそもそも五時を回ってから(ロスマルク先生などは一応大学には仕事にきているのであって、五時過ぎになるまでは遊ぶわけには行かない)であるから、そんなにたっぷり時間があったわけではない。それにロスマルク先生などはもういい歳なのだから、あんまり長時間練習すると(夏の盛りなので)倒れてしまうかもしれない。
 というわけで、彼らは汗を拭き拭き研究室に戻ってきた。がんがんに冷えたクーラーがとても気持ちよい(炎の魔神はのぞく)。
 彼らが帰ってくるのを待ちかねたように、ポリーニが隣の彼女の部屋から現れた。ユニフォームの型紙を作っていたのだろう。

「どう?調子は?みぎてくんいけそう?」
「まあね。こいつスポーツバカだから、それなりにいけるよ。外野手なら」
「へへっ、結構筋いいだろ?」
「まあね~。コントロールがあればもっといいんですけどね。まあボールに慣れてないんですよ」

 コージもディレルも苦笑しながらもうなずいた。まあ草野球ならば楽しむ程度にはいけるのは間違いない。といってもメンバーがそろえばの話だが…
 ポリーニは安心したように笑う。せっかく彼女がユニフォームを作るというのに(それがどんなものかという点については多少問題があるのだが)、チームがあんまり情けないと悲しい。まあさっきも少し話が出たが、しょせん寄せ集めの即席チームなので成績のほうは期待できないのだが、三回コールド負けではユニフォームを見せびらかす暇すらなくなってしまう。
 が、そのまま彼女は恒例の危険行動に入った。セクハラ姐さん発動である。

「じゃあみんな脱いでね。今からサイズ測るから」
「えっ?また測るのか?俺さまこの間も測ったぜ」
「何言ってるのよ。どうせみんな運動不足とかで太ったりしてるでしょ?最新のサイズでつくるのがあたしの流儀よ」
「だから何故脱ぐ…」
「服なんて着てサイズ測ったらめちゃくちゃになっちゃうにきまってるじゃない」
「…わしもかね…」
「あ、先生はいいわよ。背広のサイズに合わせるわ。そんなにサイズ変わらないでしょ?」
「…目的が露骨ですね」

 実は彼女の発明品(なぜか被服関係が多い)の実験につきあわされているせいで、既にみぎてはもちろんのこと、コージやディレルまで過去なんどかスリーサイズは測定している。が、彼女は古いデータでは納得できないらしい。実は内々で知れ渡っていることなのだが、ポリーニのもう一つの欠点は「筋肉萌え」なことなのである。つまり目当てはみぎてを脱がすことであることなのは間違いない。コージやディレルは完全におまけである。いわんやロスマルク先生にいたっては、彼女の守備範囲外ということで免除ということなのだから、目的は完全にセクハラである。いや、しかしこれもユニフォームをただで作ってくれるのだから文句は言えまい。

*     *     *

 さて、サイズ測定を済ませて、それから服を着替えてようやく彼らは休憩タイムとなった。といっても本当は「野球練習」そのものが休憩なのであるから、いわば休憩の延長である。ディレルは冷蔵庫から冷やしておいた麦茶と、それからアイスキャンディーを持ってくる。こういうときは麦茶がとてもおいしいものである。
 しかしディレルは、コップに入れた麦茶がいっぺんにぬるくなってしまうような頭の痛い話題を振ってきた。メンバー問題である。

「でもコージ、ほんとに問題なんですけどメンバー?あと一週間で三人集めないといけないんですよ」
「それなんだよな…当てとか、みんな無いか?」

 コージは困ったような視線をその場にいる全員に向ける。実のところコージにはそんな当てがあるわけもない。それにもともとこの企画に積極的なのはポリーニやロスマルク先生なのである。責任を取って面子を探してもらわないと困る…という視線である。
 しかしその点はポリーニとて状況が違うわけではないようである。

「あんまり心当たりないのよねぇ、あたしも。みぎてくんはいないの?魔神友達とか…」
「んな魔神族が俺さま以外にうじゃうじゃ居ねぇよ、人間界に。魔界にならいるけど、人間界に『野球しに来い』ってのはちょっとなぁ…」
「いいじゃないのよ、観光ついでとか言ったら」
「簡単に言うけどさぁ、使う魔力バカになんねぇぜ。飛行機で行くなら金かかるしさ」

 ポリーニは今ひとつ理解していないようだったが、コージにはなんとなく意味がわかる。どうやら魔界からの旅というのは、魔神にとっても「海外旅行」並みのものらしいのである。自力で(精霊界間の移動呪文などで)行くには並大抵の魔力では無理(自転車で外国まで行くようなものらしい)だし、飛行機のような移動手段を使うとそれなりの金がかかるのである。たかだか野球程度で来いと言えるようなものでは無い。それに魔神にとって人間界で過ごすというのは、言葉一つ、風習一つをとっても慣れるまでが大変だろう。この人懐っこいみぎてですら一苦労だったのであるから、普通の魔神では論外である。

「そうですねぇ、それにみぎてくん言ってたけど、魔界じゃ野球は流行ってないんですよね。だったらルールも知らないんじゃないですか?」
「それじゃ意味無いわね…つまんないわ」
「つまんないって、何がさ?」
「細かいことこだわらないのっ!」

 どうやらポリーニの野望は、「魔神だったらひょっとすると、みぎてと同じように『筋肉』かもしれない」という、よこしまなものだったようである。が、とにかくこれで魔神仲間の助っ人を頼むという計画は没だった。またもや振り出し状態である。

 ところがその時だった。妙に上ずったような間の抜けた声が研究室に響き渡ったのである。

「お困りの御様子ですね、凡人の皆さん!」
「凡人って…シュリだ」
「あ、出たなっ!変態発明家!」

 一同が声のほうに振り向くと、そこにはぼさぼさ髪の、頬のこけた色白のやさ男が立っていた。お隣の講座の助手先生、シュリ・ヤーセンである。とっさにみぎてもコージも身構えて、警戒態勢をとった。無意識の防衛本能というやつである。理由は御存知の通り、こいつも珍発明品を数々作り出しては、コージやみぎてを悩ませる変人だったからである。その厄介さはポリーニと互角、二人は明らかにライバルといっても良い。一応「助手先生」であるにもかかわらず、コージたちが呼び捨てにしているのは、今まで散々(実験の失敗で)ひどい目に遭っているからである。

「失敬な、変態発明家は無いでしょう?偉大なこの天才に向かって」
「天才っていうより天災のような…」

 ディレルの陰口にもシュリは平然としたものである。どうやら今日はいつもよりも精神的に余裕があるようだった。彼らがちょっと苦境にあるということを見抜かれているに違いない。そんな余裕の表情がライバルのポリーニにとってはますますカリカリさせる元となる。

「発明品で足りないメンバーを補充してくれるっていうのなら、あたしもかぶとを脱ぐわよ。」
「それちょっと反則のような気もするんですけど…」

 野球ロボットを作るなら、それはそれで立派な発明ではある。が、メカで野球をするのがありなら、もう何でもありである。ドーピングとあまり変わらない話になってしまう。
 さすがのシュリも頭をかいて手を振る。

「いや~、さすがにそれはやりませんよ。ルール上まずいらしいですから」
「…まずくなかったら作ったってことなんだ」
「当然です」

 あっさりと答えられては、コージもディレルも苦笑いするしかない。わけのわからないロボットがずらずら並んで野球をする光景を思い浮かべるだけで、既にマンガの世界である。
 が、代わりにシュリは変なものを取り出した。ばねのようなものがいくつも並列に連なっている。それに幅広のベルトのようなものまでついていた。ぱっと見たところ筋トレにつかうエキスパンダーみたいである。
 シュリはやや上ずった声で発表した。どういうわけかどこからかファンファーレの音まで聞こえる。おそらくどこかに音声再生装置あたりでも隠し持っているのだろう。

「ご覧ください!これが今回の発明品、『メジャーリーグ養成ギブス』です!」
「また変なもんを作りましたねぇ…」
「っていうか、もうかなり発想貧困…」

絵 武器鍛冶帽子

 コージとディレルは思わずあまりの情けなさに、苦笑いを通り越して力が抜けてしまった。これでは大昔の野球スポ根マンガのぱくりそのものである。要するにエキスパンダーを体に装着して、四六時中筋肉トレーニングを行うという、ありがちな発想である。発明品の水準ではない。
 ところがポリーニは真顔で首をかしげて言った。

「それで筋トレするっていうわけじゃなさそうね。それだったら全然発明じゃないもの」
「えっ?」

 たしかにいつも冴えた(というよりイっている)発明を繰り広げるシュリにしては、今回のこれはあまりにもしょぼい。もしシュリの才能が枯渇したというのでなければ、ひょっとするとこれは「見かけどおりの機能ではない」装置なのかもしれない。
 するとシュリはにやりと笑みを浮かべてうなずく。

「やはりポリーニ、あなただけは多少見る目があるようですね。その通りです。この装置の筋トレ機構はおまけですよ」
「おまけ?」
「おまけねぇ…」

 シュリはギブスのばねの部分を指差して、得意満々に語り始める。こういうところはポリーニもまったく同じなので、発明家共通の性質に違いない。

「このばねは、着用者に『正しいフォーム』を教えて、ボールのコントロールを良くするという機能があるのです。力みすぎるとその部分が伸びて、力に応じた警告を発しますから、自然と着用者は正しい姿勢を覚えるという仕組みです」
「…警告ってどんな?痛いとかだとちょっとまずいじゃん」
「ではためしに。みぎてくんつけてみてください」
「また俺さまっ!?」

 一瞬蒼い(というより黒に近いのだが)顔になる魔神だったが、シュリの異様な自信満々の笑みに気おされてしまう。あわてて助けを請うようにみぎてはコージの顔を見た。が、どうしたわけかコージは魔神にうなずくのである。どうやらこの場はシュリの実験に付き合ったほうが得…そういう計算らしい。心配そうにディレルまでコージにささやいた。

「コージ、いいんですか?また煙吹いたりするかもしれませんよ」
「しっ!ここはみぎてにがんばってもらわないとダメ。」
「あ…判りましたよ。ちょっとかわいそうな気もするんですけどね…」

 みぎては奇妙なバンドを腕に巻き、ばねの中に手を入れた。シュリが手早くバンドを固定する。そして肩のところにある小さなスイッチを入れた。

「みぎてくん、じゃあ試しにボールを投げてみてください」
「あ、いいぜ」

 みぎてはボールを手に取ると、廊下の壁に向かってゆっくりと投げてみる。と…

『肩をもっと閉じてください…肩をもっと閉じてください…』

 奇妙な人工音声がやかましいくらいにしゃべる。どうやらこれが「正しいフォームチェック機能」らしい。

「…意外とまともじゃん…」

 コージはがっかりしたような声を出す。どうやら恒例の「失敗」を期待していたというのは明らかである。みぎてはちょっと不満そうに抗議した。

「ええっ、コージぃ~、ひでぇなぁ。まともじゃなかったら俺さま…いてっ!」
「みぎてくん?」

 抗議をしようと手を伸ばした瞬間、どうやらばねが魔神の肉を挟んだのである。これは痛い。あわてて別のポーズをとろうとするが、これまたばねの別の部分が肉を挟むのである。どうやら特定の「野球のスローイング」以外のポーズはまったく設計に入っていないらしい。これではすぐ肉を挟む動作をするのは当たり前である。

「ちょ、ちょっとこれ痛てぇよ」
「ちょっとシュリ、用途限定しすぎじゃないのよ、これ!」
「ありゃりゃ、こりゃいけませんねぇ。はいはい」

 ポリーニとシュリは大慌てでみぎてから「養成ギブス」をはずしにかかる…が、なかなかこれが外れないのである。ちょうどあちこちをつねられるようなもので、大人だろうが我慢できるものではない。命には別状ないが、もう拷問の世界である。コージやディレルはかわいそうやらおかしいやらで、ゲラゲラ笑う。笑いながらもコージはきっちりとシュリに言った。

「この失敗は高くつく。明日から練習に来るように」
「うぐっ…仕方がないですねぇ」

 自分の発明品失敗で引き起こしたトラブルである。こうなると観念するしかない…シュリは諦めて降参する。するとディレルは苦笑してコージに言った。

「はじめからそれが狙いだったんですね、コージ…」
「ひでぇっ、俺さまおとり?」
「我慢しろ。選手が足りない」

 こうしてみぎての貴重な犠牲で、やっと一人目のメンバーが見つかったというわけだった。後二人探すためにどんな珍事が必要なのかと考えるだけで、思わずコージは疲れてしまうのだが…
 やはりいつもこんな騒ぎをうまく裁いてゆく「万年幹事」ディレルはえらいのである。この講座がディレル抜きでは回っていかないという噂は、どうやら本当かもしれないな…と、彼が思ったのは当然だろう。

(③につづく)

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