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炎の魔神みぎてくん 大学案内 ⑥「ま、少しはあたっているところも」

6.「ま、少しはあたっているところも」

「…コージ、占いマシンって何するんだよ?」
「そりゃ占いだろ?でもなぁ…」
「なんだかいつに無く非実用的な発想って気がしますねぇ…」

 みぎてもコージも、そしてディレルすら今回のポリーニの発明品には困惑の色を隠せなかった。ともかくしょぼい…なんというか、実用品としても全然役に立たなさそうだし、斬新さという点でも物足りない。第一これだと、ゲーセンにあるゲームマシンと同じようなものである。発明品というからには、なにか別の売りがあるのだろうが、ぱっと見たところはまったくそれらしいものが見当たらない。
 が、さすがにセルティ先生は、この段階ではコージたちのように酷評はしていないようだった。冷静な瞳でポリーニの珍発明品をじっと見ているようすは、なにか「おや?」という点を見つけたに違いない。
 意外に思ったのか、みぎては先生にこっそりと聞いてみる。

「せんせ、これやっぱりすげぇのか?」
「…ちょっとすごいかもしれないわ、みぎてくん…」

 セルティ先生の一言で、今まで「なんだ」というようにがっかりしていたコージたちも、驚いて改めて「カラオケマシンもどき」を見直す。が、やはりたしかにカラオケマシンもどき…下半分には大きなスピーカーがあって、上半分はショッキングピンクの箱、そして最上部に操作卓である。箱の中がどうなっているのかは当然よくわからないが、部分的にアクリル製の透明な場所があるので、どうやら中になにか板のようなものが入っているのがわかる。

「ふっふっふ、じゃあはじめます。とりあえず占いだから、だれか誕生日と血液型教えてね。じゃあコージから…」
「あ、うん、まあいいか」

 満悦の笑みを浮かべて実験開始を宣言するポリーニに、コージはしかたがないというように席を立つ。まあいつもの「着用系発明品」と違って、今回は服を脱いだりする必要はないので安心ではある。

「えっと、ここのキーボードで入力すればいいのか?」
「そうよ。簡単でしょ?」
「…まあそうだけど…」

 クラーケン座で、OA型…とかいう簡単なデータの入力である。まあどこにでもあるような占いであるから、別に抵抗感は無いのだが…やっぱりちょっと不安である。とはいえさっさと入力しないと何を言われるかわからないので、ぽちぽちと手早くボタンを押す。

「いいぜ」
「じゃあ、スタートボタン」
「ぽち…」

 ボタンを押すのに「ぽち」とか言ってしまうところは、コージもコミック世代である。と、またこれもお約束でスピーカーからどうしようもない音声が流れ始める。どこかで聞いたことのあるような、宇宙空間っぽい効果音である。同時に無意味にキーボードがぴかぴかと点滅を始める。ここまでは至極それっぽい。
 が、効果音の間にどうも妙な音が混ざっている。バラバラバラバラ…という感じの、紙をめくるような音である。

「えっ?何この変な音…紙をめくってるような音だけど」
「あれっ?やっぱり聞こえる?もうちょっと効果音のボリューム大きくしないとだめかしら…」
「あ、まあいいわよ今は」

 しばらくの間効果音と、それから変な音が続いて…それから次第に音楽は小さくなる。どうやらいよいよ結果の発表らしい。

「どきどき…」
「みぎて、なぜおまえがどきどきするんだよ」
「だってなんだか怪しい予感するじゃんか。あの効果音が…」

 自分の占いでもないくせに、どうもみぎてはなんだかどきどき…というよりそわそわしているようである。まああの変に神秘的な効果音といい、怪しいランプの点滅といい、はじめからそういう雰囲気を盛り上げるようになっているのである。そういう点では今回の発明品はよくできている。
 と…そのときだった。

『クラーケン座のあなたは、今月は運気上昇中。家族や親戚から経済的な援助がもらえるかも。人付き合いは口先より行動…』
「…うわっ…」
「もろに占い雑誌そのまんまですねぇ…」

 流れてきたお姉さん声の解説文に、思わずコージもディレルものけぞってしまう。これはよくある「誕生日占い雑誌」の解説文そのままである。もちろんコージやディレルはこういう雑誌を講読しているわけではないが、それでも他の雑誌の占いコーナーくらいは見たことがある。ともかくあまりにありがちが解説文である。
 ところが、あきれ返る二人に対して、意外なことにセルティ先生は驚きの表情を見せた。

「それひょっとして中に本物の雑誌を入れてるんじゃないの?それだったらすごいわ!」
「え…ええっ?」

 予想外の先生の一言に、コージもディレルも驚いてポリーニの顔を注視した…にんまりと微笑む彼女の顔は、明らかに先生の指摘が正しいことをあらわしている。

「まさか、印刷物からそのまま検索ができるってことですか?」
「そうみたいよ。さっきのぱらぱらって音、雑誌をめくる音だわ」
「ええっ!それすごい…」

 今しがたまでのあきれた表情はどこへやら、コージもディレルも今度はびっくり仰天である。占い雑誌というべたな試作例はともかく、印刷製本された文書から必要な語句を自動検索するというのは、これは大変な技術といわざるを得ない。いってしまえばこのまま巨大化するだけで、図書館の文献検索ができてしまうということである。

「まだいろいろ問題点はあるけどね。ね、ね、すごいでしょ?」
「うはぁ…」

 箱の上段を開けて中の雑誌を見せるポリーニは、満身で笑みを浮かべている。たしかに中には「私の運勢占い」やら「月刊キューティーバニー」やら、もう頭が痛くなるくらいの少女雑誌が十数冊も詰め込まれている。これをあんな短時間ですべてめくって、必要な文章を見つけ出すというのだから、実はすごい発明なのである。まあしかし選ぶ雑誌がこれであるという点に関しては…かなり問題があるといわざるを得ないのだが。

「じゃあ今度は僕がやってみますよ」
「俄然みんな興味が出てきたのね。現金ねぇ…」

 苦笑するセルティ先生だが、まあこれはしかたがない。ディレルの星座はつばさ座である。

『つばさ座のあなたは、今月はちょっとトラブルに巻き込まれそう。体調が悪いときは無理せずに…』
「ちゃんと検索できてますねぇ。すごいなぁ」
「そう?そう?やっぱりね、あたし天才だと思ったのよ」
「占いマシンってところがちょっと何だけどなぁ…」
「そんなこと言うからコージ、乙女心がわからないって言われるのよ!」

 「乙女」が素足で逃げ出しそうなポリーニの剣幕だが、しかしいつもに比べるとかなり機嫌がよい。やはり実験成功がうれしいのだろう。ネタはともかく発明そのものはかぶとを脱ぐしかないので、コージもそれ以上突っ込まない。

「ね、甥っ子さんもやってごらんなさいよ。せっかくのデモなんだし」
「あ、いいですか…じゃあ僕も…」

 ちょっとびくびくしながらも、マルスは席を立ってカラオケマシンのほうへと近づく。まあ散々ディレルやコージたちに「ポリーニの発明品は危ない」と聞かされていたのだから、びくびくしても当然だろう。が、まあ今回はそういう危険はなさそうなので、ディレルもコージもとめる必要は無い。

「えっと、とうだい座で、OC型です…」
「じゃあ、ここ、そうそう、押してね。はいOK」

 占いマシンの前で恐る恐るボタンを操作するマルスの後姿は、やはりまだまだかわいい少年らしさが残っている。日ごろ巨体の魔神やら熟女の教授やら、そういうのばっかりを見慣れているコージにはすこしばかり新鮮である。が…
 そのとき突然コージは不吉な予感に襲われたのである。なにかまた…予定外の騒ぎが起きそうな、そんな予感が戦慄となってコージの背筋を駆け抜けたのだった。

*       *       *

 占いマシンが軽やかな神秘的音楽を奏でている間、コージは緊張しながらマルスの様子を注視していた。ひょっとするとまたいたずらものの精霊が出現して、わけのわからないことをしでかすかもしれないからである。そこら辺にあるガラス器具をひっくり返したり、バナナの皮をばら撒いたりするかもしれない。まあ今まで見ている限りでは、原則としてギャグで住む範囲の騒ぎしかおきてはいないのだが、かぼちゃに襲われたコージとしてはついつい警戒をしてしまうわけである。
 あんまりコージが緊張して周囲を見張っているもので、みぎてはちょっと意外に思って彼をつつく。

「どしたんだよコージ?」
「いや、いたずら警戒中」
「あ、そっか。俺さま忘れてた」

 どうやらこの魔神は、マルスの周りの精霊のいたずらよりも、いつ自分の身に降りかかるかわからないポリーニのとんでもない発明品のほうを警戒していたのである。至極もっともな話なのでそれはしかたがない…が、そうなると余計にコージが気をつけないといけないわけである。もっとも今のところ部屋に異変が起きたり、見慣れない精霊がうろうろしている様子は無い。
 音楽は次第にフェードアウトしてゆき、いよいよ占いの結果が出るときがやってきた。決してマルスの大学入試結果発表というわけではないのに、無意味にどきどきしてしまうのは雰囲気のせいである。

『とうだい座のあなたは…ブチ』

 音声がスピーカーから流れ始めたとたんである。突然まるで電源が落ちたかのような音がして、占い装置は停止してしまう。どうやらショートか何かが起きたのかもしれない。

「えっ、ショートぉ?」
「まあまだ試作品だからなぁ…」
「ちぇ、俺さまも興味あったのに~」
「みぎてくんがポリーニの発明品に興味持つなんて珍しいですねぇ」

 突然の停止にがっかりしたようすのポリーニやみぎて(実はみぎてはまだ占ってもらっていない)に対して、コージは内心ほっとしている状態である。実はこの故障が精霊のいたずらかもしれないが、この程度ならまあ仕方がない。地味でかわいいものである。ということで緊張を解いて苦笑を浮かべたコージだったが…

「久しぶりの出演で、お子様たちが相手っていうのもどうかと思うけど、まあしかたがないのよね…」
「えっ?」
「マルス?」

 突然こちらを向いて、マルスはそんな言葉を口走ったのである。明らかに…おばさん言葉、それもかなりセレブでいやな感じのおばさんの言葉だった。声こそはまだ半分少年らしい男の声なのだが…それすら次第に変わってゆくような気がする。

「ちょっとこれ、どういうこと?」
「先生これ…まさか二重人格とか?」

 ポリーニもコージも突然のマルスの豹変に仰天である。小説や漫画でしか見たことの無い、それこそ「月夜の変身」を髣髴とさせるような急変ぶりだった。
 セルティ先生はじっとマルスの様子を見つめいていた。どうやら何がおきているのか大体わかっているらしい。

「みぎてくん、どう?」
「憑依だぜ憑依。たまに見たことある。すげぇ金持ちそうなおばさんの霊がいるぜ」
「おばさんの霊?」

 コージたちもあわててまともな『霊視』の呪文を使う。魔道士の卵であるコージたちだから、普段から精霊を知覚することはできるのだが、こういう事態になるときちんと霊視の呪文をつかわないと対処できない。
 呪文が発効すると、確かにマルスに重なるように、プラチナブロンドの中年女性の姿が見える。たしかにみぎての言うとおり、かなり金持ちそうな風貌である。耳にはダイヤモンド(と思われる)の豪華なイヤリングが目立ってぶら下がっているし、エステのほうもがんばっているのだろう、この年齢の女性にしてはスタイルもよさそうである。髪型は髪型で、これはどうやって維持するのかわからないのだが、見事なふわふわのパーマで、まるでおひさまかライオンのたてがみのような感じである。SF映画に出てきそうな髪型といってもいい。そしてととめになるのだが、とにかく化粧が派手…濃いというか派手なのである。霊体だからにおいなどしないはずだが、なんだか香水のような香りまで漂ってくる気がする。

「うわっ!」
「だろ?すげぇや。芸能人かな」
「あ、僕知ってますよこの人…たしかメガ夫人じゃ?占い師の…」
「ワイドショーでよく出ていた人じゃないの!二、三年前にたしかフグの食べすぎで…」
「お黙りっ!」

 どうやら「占いマシン」というアイテムが故障したせいであまった魔力が流出したのと、マルスの類まれな憑依体質との相互作用で、亡くなった高名な占い師のおばさんの霊が出てきてしまったのである。機械が煙を吹いたりするのと本質的には同様である。が、いずれにせよこれは「ちょっとしたいたずら」どころの騒ぎではない。予定外の大騒動に限りなく近いといってもいい。
 なにせ出てきた相手はただの自縛霊とかそういうのではない。メガ夫人といえば、テレビでも毒舌で鳴らしたえげつないタレントだったからである。たちまちのうちにコージやディレルが青ざめるほどの辛らつなせりふがぽんぽんと飛び出した。

「こんなちゃちな占い装置で喜んでいるなんて、なんて嘆かわしいんでしょ。第一子供向け雑誌を読んでいる年頃じゃないでしょ、あなた」
「…」

 あきれたようにポリーニを指差すメガ夫人(外見はマルスのままなのだが)に、彼女はさすがに真っ赤になる…が、さしもの彼女も反論の言葉が出てこない。たしかにこういう少女雑誌を読むには、彼女は多少年齢が高いというのは事実なのである。

「多分わかっていると思うけどね、あなた、もう少し周囲を知るというか、お友達の心理がわかる女性にならないとだめ。大人になりなさい大人に」
「そこまで言わなくても…ちょっと言いすぎじゃありませんか?」

 あんまりにも強烈な毒舌を振りまくメガ夫人の霊に、さすがにディレルはあわててとりなし始める…が、そんなことで止まるおばさんではない。今度はとりなしたはずのディレルに銃口が向けられる。

「そこの坊や、あなた、本当にいい人を演じているけれど、疲れない?馬鹿にされているって事もそろそろ気がつかないと」
「えっ…」
「社会人としての素養っていうのは、相手を飲み込むだけの強さも含まれているのよ。いつまでもその調子じゃ落伍者になるのが落ち。その年だとまだわからないでしょうけれどね…」
「…」

 彼女の強烈な占い(これが占いなのか、という問題はともかく)はどんどん続く。周囲で見ているコージたちは呆然としているしかない。とにかく口で勝とうとしても相手はその道のプロである…そう簡単に勝てるはずは無い。

「みぎて、どうする?このままじゃまずいんじゃないか?」
「おう、マルス本人が持たないと思うぜ。つまみ出すか?」
「無理やりつまみ出して大丈夫かしら…」
「セルティ先生だったかしら?まあ結婚を考えているのかもしれないけれど、それだけが女の人生の幸せじゃないのよ。」
「…」

 毒舌占いが続く間に、みぎてとコージ、そしてセルティ先生はさすがに不安を感じ始めていた。占いそのものの辛らつさはともかく(一面の真実はあるので仕方がない)、霊媒としての正式な訓練をきちんと受けているわけでもないマルスが、こういう死霊を長時間憑依させているのは危険だからである。とはいえみぎてが(一応魔神なので)強制的に死霊をつまみ出すというのも、ちゃんと隙を見計らわないと危険である。つまり…相手はマルスを人質に取っている状態だからである。

「ここはともかく、言いたいこと言わせて隙を狙おう。みぎて、頼むぞ」
「おう、まかせとけっ」
「そこの太りすぎの魔神ちゃん、あなたもいい加減ぷー太郎暮らししていて済む年じゃないってことはわかっているでしょう?実家の親のことを…」
「うぐぐぐっ!」
「我慢しろ、みぎてっ!」

 瞬間湯沸かし器を地でいっている(本当にその気になればお湯が沸く)みぎてだから、悪口三昧のメガ夫人に思わずパンチを出しそうになっているのがわかる。が、ここで魔神のパンチなど飛び出そうものなら、かわいそうにマルスは血だらけになってしまうのは間違いない。これはひたすら忍の一字である。
 最後に残っているのはコージである。コージは腹をくくって毒舌を拝聴する覚悟はできていたのだが、一方でなんとかこのメガ夫人を追い出す隙がないものかと一生懸命気配を探っていた。実はこういう口先系相手というものは、逆に先制攻撃を食らうと意外ともろいものなのである。昔からポリーニの口攻撃と激闘しているコージだからなんとなくわかる対策である。
 コージは夫人がしゃべりすぎて息が続かなくなったところで、とっさに逆襲に入った。

「…メガ夫人、でもどうしてフグの食べすぎなんかで?僕たちファンだったのに…」
「えっ?」
「あなたほど高名な占い師がテレビからいなくなってとてもさびしいですよ。週刊誌ではプロデューサーと喧嘩してやけ食いしたとか、いろいろ書いてあったんですよ。実際はどうだったんですか?」
「…」

 メガ夫人(の霊)は、「プロデューサー」という言葉を聴いた瞬間、明らかに動揺した。死者を鞭打つというのもさすがに気が引けるのだが、このまま置いておけばマルスの命にかかわることになる。少々強引だがしかたがない。当然狙いを感づいたセルティ先生やディレルも、早速逆襲を開始する。

「そうそう、私も読んだわ『週刊バビロン真相』。プロデューサーの愛人が絡んでいたとかいろいろ書いてあったわね」
「あ、ワイドショーでも相当話に出てましたね。僕も覚えてますよ」
「…ううう…おのれぇ、あのクズ男が…」

 幽霊といっても、強い精神的ショックを受けると動揺するのは同じである。もちろん霊とかそういうものは、そういうショックで霊力がアップする(特に怨霊とかは)ことも多いのだが、少々アップしたところでみぎての巨大精霊力に比べればたいしたものではない。この隙を見計らって霊体をつまみ出してしまえば万事解決である。

(みぎて、頼む!)
(よしきたっ!)

 動揺のあまり、突然わなわなと激しく震えたメガ夫人…マルスに、みぎては忍び寄って霊体をつかもうとした。しかし…

「キーッ!くやしいっ!こいつを殺してあたくしも死ぬっ!!」

 錯乱したメガ夫人の霊は、よりによってマルスと心中しようと言い出したのである。いや、これは断じて心中ではない。メガ夫人はすでに死んでいるのだし、高校生のマルスはメガ夫人なんて全然知らないタレントなのだから、これは単なるとばっちり殺人である。
 が、恐ろしいことにメガ夫人の霊は姿を表して、マルスの首を絞めようとしたのである。首にメガ夫人の指先が触れると、マルスは息ができないらしく、ジタバタともがく。

「やべえっ!コージっ!」
「しまった!」

 コージもみぎても真っ青になる。こうなってしまうといくらなんでも手も足も出ない。いかに強大な精霊力を誇るみぎてでも人質を前にしてはどうしようもない。
 ところがその時だった。

 ポーン…

 なんだか時報のような音がして、黒いものが飛び出してきた。ちょうど卵くらいの大きさで棒がついている。そしてそいつはなんと驚いたことに、メガ夫人の霊に体当りしたのである。

「なにこれっ!なにざんしょ?!」

 突然のことにメガ夫人は驚き慌てる。が、彼女が事態を把握する前に次の攻撃が襲ってきた。今度はガタガタと音をたてながらビーカーが飛んでくる。

「コージっ!こいつらっ!」
「マルスになついてるチビ精霊たちだ!」

 ふと気がつくと、マルスの周りにはたくさんの小さな精霊たちが姿を見せていた。音符の精霊、チョコレートの小人、ビーカーやトング、ピペットの精霊…一匹一匹はみんな小さい。死霊のメガ夫人と比べると本当に小さな精霊たちだった。しかしそんな小さな精霊たちは、仲良しのマルスが危機だということで、危険も顧みず姿を見せ、精霊戦闘を仕掛けたのだ。

「まあっ!邪魔ザンスっ!そこをおどきっ!」

 メガ夫人の死霊はまとわりつき、体当りしてくるチビ精霊たちを追い払おうとする。しかし怯む様子もなくチビ精霊たちは次々と死霊に飛びかかってゆく。

「みぎてっ!いまだっ!」
「おうっ!」

 チビ精霊たちを払いのけようとメガ夫人はマルスの首から手を離した。その隙をコージとみぎては見逃さなかった。炎の大魔神はダッシュで飛び出し、少年をつかむ。そして強い精霊力で少年の体に憑依した幽霊をつかむと、あっという間に引っ張り出したのである。体から引きずり出されたセレブなおばさんの霊は、しばらくみぎての腕につかまれてじたばたしていたが、セルティ先生が『鎮魂送還』の呪文をすばやく唱えると、そのまま夜の闇に消えていったのである。

絵 武器鍛冶帽子

*       *       *

「本当にすいませんでした。めったにこんなこと無いんですけど…」
「ちょっと驚いたわ。精霊に憑かれやすいっていうのも大変ねぇ。」

 意識を取り戻したマルスは、どうやら憑依されていた間のことをあまり詳しく覚えていないようだった。まあ本人の霊体は体から追い出されてどうすることもできなかったのだから、これはいたしかたない。きちんと精霊魔法を勉強して、自分で対処できるようになればいいのだし、それに憑依はうまく使うととても強力な魔法を使うことができるようになる。それに彼にはチビ精霊たちもいる。

「でもマルスが助かったのも、こいつらチビ精霊たちのお手柄ですよ。いたずらばっかりしてるわけじゃないんですね」
「あ、俺さまも驚いた。こいつ…音符の精霊が突撃したときにはびっくりしたぜ」
「ぽ~ん♪」

 マルスの手のひらで安心したように音をたてる四分音符は、みぎてやコージに褒められて嬉しそうである。日頃いたずらばかりしているチビ精霊たちだが、マルスのことが本当に好きなのだろう。少なくとも彼らが隙を作ってくれなかったらいくら大魔神みぎてでも人質を取られている以上、苦戦は間違いなかっただろう。
 セルティ先生は今度はコージに向かって言った。

「でもコージ君のとっさの口合戦、いい感じだったわよ」
「口合戦はみぎてやポリーニ相手でそれなりに慣れてますよ先生」
「なによコージ、あたしがうるさいみたいじゃないの」
「ええっ!俺さまも?」
「二人とも胸に手を当ててみるとよくわかる。十分騒がしい」

 たしかに…あのとっさのコージの反撃がなかったら、メガ夫人はマルスに憑依したまま手放さなかったかもしれない。訓練なしで憑依をうけるというのは、本人にとってはかなりの負担になることなのである。あのまま憑依を続けていると、マルスの霊体が持たなかったに違いない。コージの舌戦で動揺したからこそ、あの死霊はマルスの体から姿を見せ、おかげでみぎてや音符の精霊が反撃できるようになったのだ。
 まあ実際のところ、口合戦ではコージはいつもポリーニと対決してるのだし、相棒のみぎては口は下手だがにぎやかである。伊達に修練を積んではいないということだろう。

「でもほんとよかったですよ。大学見学で衰弱して入院とかそういうことになったら、しゃれにならないところでしたし…」
「両親に顔向けできないもんなぁ。まあともかく何とかなってよかったよ。さすがに疲れた」

 やはりいくらコージでも、あんな騒ぎとなればさすがに緊張するし疲れもする。というか、毎度毎度のこの騒動はいくらやっつけても全然なれる気はしない。まあたいていの場合は無事に収まるし、それはそれでスリリングではあるのだが…
 しかし原因の一端であるポリーニはさっきからかんかんに怒ったままである。メガ夫人の強烈な毒舌はいたく彼女の沽券を傷つけたらしい。

「でも失礼しちゃうわ。あのメガ夫人…みぎてくんもっと殴ってくれればよかったのに」
「ええっ、おばさんだって女の人だし…うーん」
「ま、少しはあたってるところもあるかもしれないしさ」
「ええっ、全然あたってないわよ!」

 キッパリと言い切るポリーニに、コージやディレルは苦笑するしかない。彼女が多少自分勝手で、周囲の迷惑も顧みず突っ走るというたちであること自体は、誰もがよく知っていることなのである。が…それが無くなればなんだかポリーニがポリーニらしくなくなってしまうような気もする。あの占い師の霊の言葉は「物事を悪く表現した」だけのことかもしれない。
 たとえば傍らの魔神がメガ夫人の言うとおり、親元で普通の魔神らしく暮らしていたとしたら、コージはこんな楽しい大学生活を送ることはできなかっただろう。ポリーニの暴走だって、人のいいディレルのことだって同じである。悪く言えばいくらでも悪く解釈できる…でもいいところも悪いところも含めて、それが人間(魔神も含む)というものなのである。そして…

 コージが確信もって言えることは、今のこの仲間がとても面白いということである。相棒のみぎて、そしてディレルやポリーニ、セルティ先生…きっと自分は普通の大学生より何倍もエキサイトな生活を送っているに違いない…それはちょっと彼にとって自慢できることなのだろう。

「まあとにかくそろそろ帰ろう。いい加減しんどい」
「あっ、もうこんな時刻じゃねぇか!道理で俺さま腹が減ってしかたねぇって思ったんだ」
「そのままもうちょっとやせればいいのに」
「ええっ!ひでぇなぁコージ。みんなでファミレス行こうぜファミレス」

 確かにもうすっかり夜…それも九時前である。あまりのどたばたに時間が過ぎるのも忘れていたのである。腹が減るのも無理は無い。
 そわそわと帰宅準備を始めようと席を立ったみぎては、ふと思いついたようにみんなに言った。

「そうだ、明日の休み、みんなでどっか行かねぇか?」
「いいですね。せっかくマルスも居るんだし…オープンしたばかりのアウトレットモールでも行きましょうか?」
「あ、僕行きたかったんです」
「よしっ!話決まった!コージいいだろ?」
「…みぎて、さてはちょっと狙ってただろ?」

 おとといからそれとなく「アウトレットモールの話題」を出していたというところを見ても、この魔神が興味津々、ぜひとも行きたがっているということは明らかである。本当は予定外の出費となってしまいかねないので不安がよぎるコージだが、まあマルスを連れてゆくというなら悪い話ではない。

「しかたないなぁ。まあいいか」
「やったっ!安売りでいいの見つけるぜ」
「みぎてはこの冬タンクトップでいいんじゃないの?おとといも着てたんだし…」
「ええっ!ひでぇっ!」

 情けない顔になるみぎてに、全員は大笑いである。彼らのにぎやかな笑い声がわかるのか、マルスの周りの小さな精霊たちも楽しそうにカタカタと物音を立てた。

(おわり)

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